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アザラシ人形のエリーは主人のいない、加えて客も全くいないマテル修理店のカウンターで、内心首を傾げていた。
<魔素が濃いですね……。焼き切れたはずの損傷防止のルーンが再度働き始めています>
自己修復でゆっくりとですが、確実に回復した身体を動かしつつ、そのようなことを疑問に感じます。
今までこんな事は無かった、と私は記録しています、少なくとも私が造られてから3年、そしてマスターのお話で聴いた20年の間では。
<順当に考えればマスターとトルク様に何かあったのでしょうか……?>
あの洞窟には数回ですが私も同行しました、しかし近年は損傷が激しかったため自主的に辞退していました。
その時は何も無かった筈ですが……違和感が払拭し切れません、現に濃密な魔素の流れはその洞窟の方向からです。
<お客様も来ないでしょうし、大丈夫でしょう。>
と、トルク様が聞くと苦笑いと共に肯定しそうなことを思いつつ、殆ど全盛期、造られて間もない状態に修復された身体……メッキはされていませんが、を確かめるように動かしつつ、扉から出て行きます、窓から出るような行動は致しません。
雪道を、僅かにトルク様の足跡が残る道を滑り進みます。
防水かつ損傷防止のぬいぐるみを身に纏い、洞窟へ急ぎます。
<トルク様、マスター、どうかご無事で……>
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ゴーレム、オートマタ開発の源流であるルーン文字を施された岩……と言えば聞こえは良いが、実際は岩が幾つも浮き、その岩が、普通なら一発で生物を肉塊にできるようなスピードでこちらに迫るのだ。対峙した者はたまったものじゃない。
そんなたまったものじゃない状態に陥ったと気付き、いち早く行動したのはベルだった。
「くッ、放テ、イグニッションアロー!」
この洞窟には動物種しかいない、と思っていたのはベルもだろう、動物なら当たれば内側から身を焦がす、しかし無機物の魔法生物には命中時の衝撃しか効果の期待出来ない炎弾を三発、高速で放つ。
二本は、ゴーレムの肩にあるルーン文字に向けて、一本は、
「行ったゾ!」
「はいよ!」
俺に向けて、いや、正しく言えば俺の右手のナイフを狙って。
俺の両手にあるナイフには、それぞれルーン文字を彫り込んである。
右手のものは魔力を一時的に吸収、その属性の魔力をしばらく放ち続ける、というものだ。
右手のナイフに確かな衝撃が伝わった後、銀色の刀身が真っ赤に染まり上がる。
と、同時に二本の赤い炎弾と共にゴーレムへと肉薄する。
ブォン、と風切り音が頭の上から聞こえた。
ゴーレムが地面すれすれに腕部分の岩で薙いだ。
頭上に飛翔していた二本の熱線はかき消え、俺も風圧で身体をもって行かれそうになる。
右足で地面を踏みしめ、左足で地面を蹴って跳んだ。
ゴーレムの脅威は規格外の質量にある。
どんな行動をとっても十分加害できる、という点だ。しかし、その質量を動かすために、速度か、燃費を犠牲にしなくてはならないという欠点がある。
このゴーレムは前者だろう、振り向いた腕がまだ動いていない。
腕部分を振ったことによる反動で目の前にルーン文字が見える肩が目の前に来る。
赤々と燃え上がった右手のナイフを振りかぶり、打ち付ける。
「食らえっ!」
洞窟内に轟音、確かな手応え、自分をも焦がすような熱。
そして、無傷のルーン文字。
「っ!?」
見ると、肩部に当たる直前に不可視の壁がある。
見ると、ルーン文字の一部が光っている。
見ると、ルーン文字の意味が損傷防止の強化系で有ることがわかる。
見ると、まだ動いていないと思っていた振り払われた右腕はそのままに逆方向に振り抜かれる。宙に浮いているえ俺に腕が迫る。
避けられない。
「トルクッ!」
ベルが詠唱をしつつ叫ぶ、と同時に詠唱が中断され杖にこもっていた魔素が霧散する。不味い、この状態ならベルが助けることは不可能だ。
これだけ視界がゆっくりとしているのは走馬灯、ってものじゃなかろうか?
ゆるりと湿った空気を肺に入れて深呼吸すると、パニックに陥り掛けた脳が本来の機能を働き始める。
右手のナイフを逆手にし、迫る腕に突き立てる。
当然のように障壁に阻まれ、ナイフがひしゃげる。
同時にナイフに封じ込められた火の魔力が暴発し、小規模な爆発が起こる。
爆風で俺もゴーレムも吹き飛ぶ、ゴーレムは言わずもがな、俺も辛うじて前もってかけておいた補助魔法のおかげでほぼ無傷だ。
ベルはこちらに飛びながら、すぐさま治癒魔法を唱える。
「癒セ、ヒール!トルク、無事カ!?」
「何とか、無傷だっ!アイツは障壁持ちだ!貫通できるか!?」
「……完全詠唱ならバ。時間はかかるガ……」
「十分っ!」
苦い顔をするベルの返答を聞くが早いか、俺は痛みが抜けた右手に左で持っていた鈍く光っているナイフを移し、空いた左手にはポーチから取り出した魔導具を握り込む。
「起動、クイックムーブ!」
「……我は大地を踏みしめる者なリ」
俺の右手の中のナイフが、ベルの振りかざした杖が光を湛え始める。
対峙しているゴーレムはそれに気づき、中断させようとこちらに近づいてくる。
その動きは鈍重だが、ベルが詠唱し終わるには足りない。
「遅い!こっちだっ!」
自身に高速化を掛け終えた俺は敵を陽動すべく、背後を目にも止まらぬ速さで取る。
ゴーレムは先に身の危険を排除しようとしたのだろう、ゆっくりとこちらを向く。
そしてこちらに巨大な岩石の腕を突き出してくる。
今度当たれば命の保証は無い。
今度は俺も冷静だ、獲物をやすやすと壊す真似はもうしない。
右手のナイフを掲げ、空間に描くようにしてゴーレムに向け大きく円を描く。
ズドン、という重低音が響く。
「ッ!……全てを縛る大地の呪縛ヨ……」
ベルは一瞬衝撃波に煽られたものの、詠唱を続けた。俺が目を開けると、巨岩は目の前で止まっていた、否、止められていた。
俺の使った左手に握っていた……今は右手にあるナイフ型の魔道具は空間を切り取ることが出来る。
空間を切り、破壊不可能な障壁を作り出すことが出来る。
その障壁を更に切り取り、相手にけしかけることも出来る。最も、威力が弱く決定打には欠けるが……。
「クイックムーブ、最大駆動!」
それでも此方に気を向かせるように牽制、陽動するには十分だ。
魔導具の高速化を自身に幾重もかけ、相手の周りを上下左右、前に後ろに回り込みつつナイフを振り、天井を踏みしめ、時にはゴーレムに攻撃を叩き込みつつ行動を制限する。
濃密な魔力のせいで魔導具やナイフに吸い取られる魔素は余るほど足りている。
俺は手の中のナイフの感触を確かめながら再びゴーレムに向けて地面を蹴った。
それから幾らも経っていないだろう、ベルが詠唱を完了し、黄土色の魔素が滾る杖を此方……ゴーレムに向けて突き出した。
「……潰せッ!グラウンドプレッシャー!」
ベルが選んだ対象を中心に巨大な重力場を発生させる魔法が洞窟内に響くと同時に、ゴーレムの胴の部分にへこみが発生する。
俺はベルの魔法が発動された瞬間、ベルの元に飛んでいた。
こちらに被害はない。
ゴーレムが何百倍にもなった自重で小さく潰されていくのを見る。
自然の力である重力の前ではいくら強固な障壁をと言えども無力、ルーン文字は粉々に瓦解し、周りの洞窟の壁とともに丸く固まって行く。
そして俺達はナイフを、杖を前に向け言った。
「……展開」
「解放ダ」
重力から解放され、ゴーレムだった物体が弾け飛ぶ。
それを防ぐように、先ほど周りを駆けていた時に準備していた立方体状の障壁を展開し、元々は岩だった砂嵐のような爆発を防ぐ。
俺たちは完勝……とは言わないが、勝利したのだ。
俺はどっと溢れる疲れに身を任せ、地面に座り込み、ベルはそんな俺の周りを楽しそうに飛び回った。
書きだめに余裕ができたため、クリスマスプレゼントという名目で臨時投稿です。
今までのサブタイトルが分かりにくいそうで、変更させていただきました。分かりやすくなったでしょうか?
誤字脱字、感想、改善点等々お気軽にどうぞ。