4
雪が降るといつも通っている道の表情が完全に変わる。
うっすらと緑に染まった部分も岩肌の露出した部分も等しく白一色に染まる。
その中、一人の青年が岩肌にぽっかりと空いた洞窟の前に辿り着いた。
「ベル、着いたぞ」
目深に被ったフードの上につもった雪をかき落とし、魔石を使わないルーン文字だけが刻まれた使い捨ての魔法カイロの入った腰の小さなポーチを開く。
「ン?着いたのカ、ご苦労……って寒イ!」
「寒さに身体を慣らすべきって言ったよね?まあ洞窟はそこまで寒くないけど……ポーチは帰りまでお預け!」
「ひゃーッ!」
ベルは寒そうに身体を震わせ、講義するように周りをぐるぐると飛んでいる。
コートを着ているとはいえ、寒さは暖かな身体には堪える。
ポーチの中でぬくぬくと過ごしていることに対する当然の報いだろう……と思いつつ、ポーチのカバーを締めながら、洞窟の中を見回した。
……何時もの様子とはだいぶ違う。
「こコ、何時もの洞窟なのカ?」
「そう、だが……」
ベルもそう思ったのだろう、考えていたこととほぼ同じことを口に出した。
通りなれた岩石洞窟がここであっても、違和感を払拭することが出来ない。
雪でいつもと風景が違うこともあるが、記憶と照らしあわせても、同じ位置にあるカンテラ、梁など、いくら確かめようと事実はここだということを只々表す。
違和感の原因ははっきりと分かる。
いつもは魔石の原石や、準液体金属を含む魔鉱石に含まれる魔素が微量に漂う程度なのだが、今回は肌で感じ取れるほど多い。
魔法に関する知識が疎い俺でも十分分かるほどだ。背筋が泡立ち、鳥肌が立つ。
魔鉱石資源以外に魔素を多く放出するような原因が洞窟にある……と考えてほぼ間違いないだろう。
深い思考から立ち直った俺はベルのいるであろう横を向いた。
「どうする?危険かもしれないし、なにより原因が皆目さっぱり見当すらつかない。エリーの修理が急ぎで無いなら引き返して後日ギルド管理局に相談するべきだと思うが……ってベル?どこに行った?」
体感温度がマイナスを超える中、冷や汗すら出そうな量の魔素を受け、若干……いやかなり狼狽している俺だったが、そんなこと知ってか知らずかベルは洞窟の中へと歩みを止めず、進んでいるようだ。
「凄イ……!これ程の魔素、生成方法を知りたイ……!」
「ちょっ!待て!待てって!カンテラ準備するから!待て!」
完全に興味に取り憑かれ、思考が明後日の方向に飛んでいる様子で洞窟の中へとひた走るベルを見つけ、追うように、ザックから光の魔石を組み込んだカンテラを取り出しつつ、後を追う。
-----
日光の届かない、湿っぽい空気の充満した洞窟。きっと息をし辛いのはむせ返るような苔の匂いのせいだけではないだろう。
張り詰めた、殺気のようなものを俺もベルもお互い感じ取っていた。
俺は腰に差していた二本のナイフを両手に持ち、ベルもいつの間にか杖を抱えて構え、略式の魔術をいつでも発動できるように展開している。
杖の先端の魔石が真紅に染まっているから、火の魔法を充填しているのだろう。
熱気が先端から漏れ出している。
ゆっくりと深呼吸。
辺りには地上ではあり得ない程の、いや今まで生きて来て片手で数えるほどしか経験したことの無い濃度の魔素が充満している。
魔素に色が着いていれば、一面一色に見えるだろう。
耳を済まし、辺りを警戒する。
腰に着けたカンテラはまだ赤々とした光を湛えている。
「……」
ベルが何か呟いたのか、俺が息を吐いた時の風の音か、それとも第三者か。
声と区別出来ない音が一瞬、流れた。
「……ッ!?」
ベルは何か気配を感じたのだろう、抱えた杖を右腕ごと前に突き出し、火の魔術を放つ準備をした。
…………ズッ……ズズッ……
聞こえた。魔道具を使い、自分に幾つか補助魔法をかける。
その音は俺か、ベルの魔術を行使した時の魔素の流れを読み取りこちらに気付いたのか、ゆっくりと、しかし着実にこちらに近づいてくる。
重いものを引きずるような音だ、長年、という程では無いが十年弱のこの洞窟についての経験では全くあり得なかった音。
この洞窟には鉱物資源は潤沢だが、反面現れる魔物はほとんど明確な敵意を持ったものはいない。あっても生き物の血を啜るが火にめっぽう弱い吸血コウモリか、洞窟に住むクマ、ケイブベアのような動物種が多い。
いや、それが全てだったと記憶している。
だから火の魔法を充填しておく、動物よけをしておくなど、対策が容易だった。
だからこそ、目の前に見えた魔物を見た瞬間、固まってしまった。
「ッ!?」
魔法を準備しているので喋ることの出来ないベルの顔が驚愕に染まった。
巨大な岩石が浮いている。
そう形容することしか出来なかった。
「……なんで、こんな。冗談だろう?」
いつの間にか、引きずる音はズシンと踏みしめる音になっている。
響く音、揺れる壁、軋む梁。
「ゴーレムかッ……!」
それは大きく足の部分の岩を地面に踏みしめ、いや、叩きつけた後、肩のルーン文字を光らせ、再度こちらにゆっくりと明確な敵意を纏い襲いかかって来たのであった。
如何でしたでしょうか?
誤字脱字、感想、改善点等々お待ちしております。