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「部品が足りなイ?」
またも本人の意思の関係も無く俺の肩を椅子代わりにしている魔学者の妖精、ベルが俺の耳元で言った。
一つの窓が木の板で塞がれ、材料置き場がやたらとすっきりしたマテル修理店の中、かじかんだ手を揉み、エリーのコアとルーン文字を刻み直した部品を前にしている。
「あぁ、魔石は持って来てくれた分で十分なんだが、損傷防止ルーンが壊れてたせいで思った以上に腹の部分に近い部品が壊れている。端的に言えば、コアのルーン文字を保護メッキするための準液体金属が全く足りない、いや使えない」
<そういえば最近ヒレや尾を動かし辛いです。これも損傷のせいでしょう>
俺はベルにやんわりと、しかしはっきりと怒気を向けつつ、オートマタ……今はコアのみの状態だが、のエリーは端的に自分の症状、その原因の考察を述べる。
準液体金属とは、魔力の調整度合いで強固な金属になったり、整形しやすい粘液状になったりと、かなり扱いやすく、かなり万能で、その上かなり需要があるせいで、かなり高額な金属だ。
さっきベルが入って、いや今は木の板で塞いであるガラスを割って突入して来た時に割れた瓶や樽の山の中に入ってたが、片付けをしている最中にガラスやその他薬品と混ざり使い物にならなくなっていることに気付いた。
こんな状態の準液体金属を使うのは流石に気が引ける。
「えート、トルク、何が言いたいのかナ?」
当の犯人はこれは部品の山だった、今はわずか無事だった樽や瓶が両手で数えられる、もう山とは言えない現状を見て、流石にまずいと気づいたのか俺の肩から離れ、わずかに顔を青くしながらこちらに尋ねる。
小馬鹿にしたような笑みを崩すこと無く。
だがもう俺はさっき窓を割られた瞬間から容赦は無い。
矢継ぎ早に次の句を言い放つ。
「自腹で買うか、取ってこい。それまでエリーの修理はお預けだ。返却はしないぞ、まだ修理中だからな。」
<ベル様、短い間でしたが楽しかったです>
「そんな殺生ナ!か弱き乙女をこんな寒空の下放り出すつもりかイ!?」
ついさっきどころか直前に焼き切れたルーン文字の修理、そして自己修復のルーンの刻み込みが終わったオートマタのエリーはおおよそ俺の言おうとしたことを予想したのだろう、悪ノリするように俺の言葉を裏打つ。
「窓を粉々にしたり自分の身長の何倍もある瓶や樽をやすやすと壊すような子はか弱く無い!」
「ぐッ……!」
苦虫を噛み潰したような顔を向けられるが毎回毎回こうも破壊工作をされて堪忍袋の尾はズタズタに細断されている。
ちなみに街中を回ってほぼ買い占めた準液体金属の瓶を割られたから、街を出てすぐの岩石洞窟で鉱石を探さなくてはならない。
<ベル様……>
「あア、わかったヨ、わかっタ」
ふらふらと飛んでいたベルはエリーのコアの乗っている作業台にうつ伏せで着陸しつつそう言った。
観念したか、と思ったのも束の間、ベルはうつ伏せのまま、両腕をあごの下に敷き、楽しげ……いや、いたずらっぽい笑みを浮かべ膝を交互に曲げながら二の句を次いだ。
「しかシ、一人では行けないなァ。万に一つも無いだろうガ、もしこのベル様が野垂れ死んだらどうすル?お代も何も残らないゾ?それに如何に天才といえども分野外の事はわからなイ。あア、誰彼か鉱学に詳しいものは居ないだろうカ」
「む……」
要するにベルはついて来い、と言っている。
こっちをニヤニヤしながらチラチラと見ていることからそれは明らかだ。
ベルは魔学者……要するに魔導士だ。
少なくとも、いや言うとおり、万に一つのことが無い限り岩石地帯の魔物には後れを取ることすら無いだろうが……。
「ナ、良いだろウ?」
<動かなくて良いなら店番もします。留守は任せてください>
いつの間にかベルは目の前に彼女の身長程ある杖を持ちながら、エリーは元のぬいぐるみにコアをねじ込み、カウンターに身を乗り出しそれぞれ言った。
別に元から乗り気では無いわけでは無いし、断るという外堀もエリーによって埋まっているため、行く以外の選択肢は完全に無くなった。
「じゃあ行こうか、ベル、仕度をしておいで!岩石洞窟に行くから明かりと、防寒具だぞ!」
「言われなくてモ!行ってくル!」
ベルはまた別の窓ガラスに突っ込み、粉砕。俺はその光景を呆然と眺め、出来たら岩石洞窟で一緒に石英も取ってこようと決めた。
ガラスを作る機材ならある、だからと言って気力はないが。
<……トルク様。マスターが迷惑をおかけします>
言葉を選んだ上で、同情するようなエリーの声を背中にボサボサと頭を掻きながら俺は採鉱用の道具や防寒具を取るためにカウンターをエリーに任せ、店の奥に戻るのだった。
日曜日と言ったな、あれは嘘だ。
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