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扉を修理し終えた俺は寒空の下、両手を腰に当て出来栄えに感心していた。
扉の木材だけが目新しく、店自体が余計古そうに見えるが……まあ気にしないでおこう。
仕事、いや、日曜大工が終わったせいか、体に寒さが染みるようになって来た。
指先がかじかみ、感覚が薄くなる。
ふと目を上げると、いつの間にか雪が降っていたらしい。
雪はゆっくりと高度を落とし、肩に落ちた。
身体に降り積もる雪は容赦の欠片も無く体温を奪ってゆく。
家に戻り暖をとろうか、いやまだ温まっていないな、と堂々巡りの思考をする。
すると、頭の上で"ぽふ"という音がすると同時に心地よい重みが掛かった。
「どうしたんダ?風邪を引くヨ」
「……いいじゃないか、一仕事終えたんだ、ゆっくりしても」
「じゃあそのゆっくりとしている所にお邪魔させて貰うヨ。いいだろウ?」
「本人の了承無しに乗ってくるのはやめて欲しいよ、あと乗るなら肩にしてくれ、頭に乗るな」
宙を舞い、頭に乗って来たのは手のひらサイズより少し大きい背の高さの妖精種の一つ……フェアリーのベルだ。優しい色の栗色の髪がゆらゆらと揺れる。
彼女は不服そうに頭から肩に飛び移り、シトリンのように透き通った黄色の瞳を閉じ、白くなった息をふーと吐いた。
妖精種の特徴である蝶のような翅を休める事は必要ではあるものの、止まり木替わりになるのは流石にいい気がしない。
こちらも抗議するように白いため息をわざと大きくついた。
そんな彼女はこっちの気を知ってか知らずか、こちらにニヤリと不敵な笑みを浮かべ言った。
「そうだそうダ、この偉大なる魔学者であるベル様がキミ、修理工のトルクに依頼を持って来たんダ。受けてくれるネ?」
「……伺いましょう。」
ベルはマテル修理店とある鉄の看板に移り、その冷たさにひゃっと小さく叫んだ後また肩に戻って来た後、寒さに縮み、力仕事で疲労した筋肉を伸ばしている俺の肩でそう言った。
偉大なる科学者なら自分で出来るだろう、と言いかけるがぐっと堪え、頭を仕事用に切り替える。
彼女は魔学には精通しているが、身体が小さいため、ルーン文字を掘っても小さい物しか出来ず、結果低い効力しか得られない。
このような種族を差別するようなことを口にするようでは商売者、いや、人間としてどうかと思う。
そしてベル、この小さな妖精学者は俺の腕を見込んでこんな街の外れにある店を贔屓にしてくれているお得意様なのだ、要望には応えたい。
「トルクにはコレを修理して頂きたイ」
ベルは何故かベンチの下に潜り込んでいた俺の膝丈くらいの大きさのアザラシのぬいぐるみを手に、むしろサイズの関係でアザラシに跨り言い放った。
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さて、この街、いや、世界には幾つかの種族が存在している。
まず、俺のような純人種。一般的な四肢、五感、六腑を持つベースの種族……なのだが、最近は獣人種など、他の種族と結ばれる者が多く、純人種としての個体が少なくなっているそうだ。
実際、俺の知り合いでもそういう人は片手で数えられるかどうか位しかいない。
次に、亜人種。純人種にない特徴、能力や寿命などをもつ種族だ。
この種族が最も個体数が多いが、この種族は細分化でき、獣人種、妖精種、魔人種などに分けられる。
要するに、種族が多くなりすぎたため、一括りにしたものである。
しかし、もちろん生活様式、文化はそれぞれの種族にあり、こちらはとても一括りにはできない。
最後に純獣種だ。こちらは純人種でも亜人種でも無い個体が区別されるため、設置された種族のようなものだ。
コミュニケーションが十分に取れる、無害かつどちらの種族にも該当しない、例えば喋る猫とかの魔法使いの使い魔に近い。
それ以外は大体家畜や魔物だ。
「ベルの奴ーっ!後でたんまり請求してやるーっ!」
<……私の損傷はそれほど酷いですか?>
"それ以外"に分類される家畜は何も馬、羊など、生き物だけではない。
目の前で俺を苦しめているモノも大雑把には家畜だ。
オートマタ、魔力を注入することで家事、警備、介護等なんでも仕事をしてくれる、魔石を主な原料としたコアを元にする人形だ。
ベルのオートマタは妖精種には出来ない仕事、例えば身体が大きくないと出来ない力仕事や、彼女の家兼研究所の警備を主に行うようで、決して低くない俺の身長と同等の大きさのアザラシのぬいぐるみである。
その中枢のクリアブルーを湛えた魔石、コアが返答をした。
「長期間メンテナンスをしてないせいで関節がすり減っている、損傷防止ルーンも掠れて効果を発揮せず、そもそもコア自体の絶対魔力量が減っている!ベルには言いたいことだらけだ!」
<マスターは研究に没頭すると文字通り他のものが見えなくなりますからね……。そうそう、魔石の替えならばマスターが後ほど持ってくるそうです。それを使ってください>
怒りというより呆れに近い感情に素直にコミュニケーションを取っている彼、名前からして彼女だろう、エリーという名前のアザラシ……のぬいぐるみを元とするオートマタは扱いとしては家畜である。
理由としては、この世界において主教の自然崇拝に因む。
曰く、作り物の命は自然ではないそうだ。
ベルに限ったことではないが、この教えにかかわらずオートマタや家畜を家族同然に扱う者も多いが、金の有り余るような者は使い捨て、それこそ奴隷のように扱う。
修理工としては全力で前者を支援したい。手間がかかるというわけでなく、その扱い方といい、心構えが嫌いなのだ。
今までそのような客が数人いたことを思い出し少し不愉快になる。
<……どうか……しましたか?>
「ああ、深い意味は無い。ただ妙に気前がいいなと思っただけだ、オートマタ用魔石は最近高騰していたはずだが」
<勘定から割ってくださいと。>
「やっぱり値切られるのか……」
ルーン文字を大量に掘る上、必要な部品や道具の多いオートマタの修理は駆け出しの修理工ができることでは無い。
よって、値段も高くなる。
時にこのような仕事が入った時は高い利益を得ることができ、その日の晩御飯はちょっと豪華になったりする。
久々に大きな収入が入るかと思っていたが現実は甘くなかった。
それどころか悲しいほど辛かった。
俺は半ばヤケになりながらルーンを掘る手を休めなかった。
この店、マテル修理店は数年前に買った家を改築したものだが……つい先ほど扉が外れてしまうほどボロ屋なのだ、雨の日は雨漏りし、冬の日は冷たい風が容易く通り抜ける。
いい加減にこちらの修理をしたいのだが……修理に必要な機材、部品代にほとんど吹っ飛んでしまうのだ。
後の少しのお金は、
「どうモ。ベル様が魔石を持ってきたヨ」
<ベ、ベル様!?>
パリンという甲高い音を立てながらベルが店に突っ込んで来た、窓ガラスを割り、近くにあった樽や瓶を雪崩打たせて壊しながら。
当の本人のベルはまるで子供のような純粋な笑みを浮かべ、両手にブラ下げるように魔石の入った袋を持って浮かんでいる。
対して彼女をマスターとするオートマタのエリーは音と、飛び込んできた当人と、壊れて行く道具や部品を見て驚く……どころでは足りなかったのだろう、コアにあるルーン文字が高熱を帯び、焼き切れた。
セルクは糸が切れたように静かになる。
そう、このようなアクシデントによって、なけなしの金もすっからかんになってしまう。
それも今回は特大のアクシデントだ、総計は0どころかマイナスだろう。胃が痛くなってきた。
「ベ、ベル、魔石を持って来てくれるのは嬉しいけどなんで窓を割りつつ店内に入る?」
「前の扉には妖精用小窓があっタ、今回の扉にはなかったからついカッとなってやってしまっタ、反省はしていなイ」
「普通に扉をノックしろよぉ!」
<……。>
青筋が浮かびかけている俺と、妙に胸を張るベル、完全に機能を停止したように見えるエリーと共に、いつもと少し違うような、でもいつも通りの日常が過ぎてゆく。
いかがでしたでしょうか?
今回は早めに投稿させて頂きましたが、これからは毎週日曜日に投稿する予定です。
誤字、脱字、改善点、感想お気軽にどうぞ。
・同日、ベルの見た目の記述が抜けていたことに気づき、修正しました。