相合傘
「困った」
状況は確実に悪化していた。
時刻は18時、外は雨どしゃ降り、所持品鞄のみ。
そんな事を確認しているうちに地面を叩く雨の音は更に激しさを増した、気がする。
――状況は確実に悪化していた。
「何してんのよ、桜井」
それはまさに天から降り注いだ一条の光。もしくは地獄から響く鬼の唸り声かもしれないんだが。
「春日、傘持ってるか?」
あ、今の笑い方物凄い嫌な予感が。
「入れてあげても良いわよ」
「……条件は何だ?」
先手を打ち訊いておく。どうせろくなモノじゃないだろうが。
「一週間私の奴隷になり……」
「すまん、濡れて帰るわ」
言い終わるまでに即答。頼んだ俺がバカだった。
「えー」
えー。じゃねぇよ、この女。
「一週間風邪で苦しむよりも一週間私の奴隷になった方が楽よ?」
「絶対風邪引いた方がマシだ」
つーか生徒玄関で奴隷を連呼するな。
「まぁ冗談だけれど」
言って傘を差し出してくる。
「その一本しかないから宜しく」
「待て、お前と一つの傘で帰らないといけない訳か」
「そんな相合い傘で照れる年齢でもないでしょうに」
間違っても照れてはいない。
「それだとお前まで濡れるだろ」
「あ、もしかして心配してくれてる?」
何でそんな嬉しそうに訊く。
「まぁ一応な。俺のせいで風邪引いたって文句言われたくないし」
「でもそれだと桜井ずぶ濡れで帰る羽目になるでしょ?」
「他を適当に捕まえて入れてもらうよ」
帰る方向が同じ連中が残っていればの話だが。
「他は風邪引いても良いんだ?」
……何か俺今、地雷踏んだ気がする。
「さ、春日。俺が傘持つから帰ろうか」
今までの流れを完全に忘れ、極めてにこやかに春日の傘を手に取る。
「そうね。詳しい話は歩きながらじっくりと」
――満面笑顔の春日を隣に俺は傘を広げた。