6話
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この世界にきて115日、ようやく雪がやんだ。というか急に暖かくなってきて、気温も氷点下を超えた。洞窟の中に籠もりっぱなしってのも精神衛生上あまりいいものではない。動けないってことはかなりこたえる。雪がやんで気温も上がり始めたとはいえ、かなりの雪が積もっている。このまま放っておういても全て溶けるのはいつになるかわからない。そこで今日は雪かきだ。25日間みっちりと柔軟と体幹トレーニングを行っていたので完全に筋力、体力が戻ったとはいえないがある程度は回復している。リハビリも兼ねて今日は倒れるまで雪をかく所存である。俺は雪かきとか穴掘りと大好きなのだ。男だから「掘る」という行為に憧れや楽しみ見出すことがあるのかもしれない。まあくだらないことを考えずにとにかくはじめよう。
圧縮と低温のためかなり雪が固い。雪っていうよりももはや氷だ。高さ150センチ近くの氷を蹴り壊す。厚さ30センチのコンクリートを破壊できる俺の前蹴りでも20センチくらいしか掘り進めない。めっちゃ固いし重い、やはりリハビリにはもってこいだ。突きも交えながら氷を蹴りくだいていると30分ほどで10メートルくらい進めた。全身から汗が吹き出し、湯気が上がる。息も上がってしんどいことこの上ないが、すごく楽しく充実感がある。今俺は己の体を全力で使っている。そしてそれを誰にも咎められることはない。これほど素晴らしいことがあろうか。人から見ればただ氷の塊を蹴り砕いているだけだろうが、俺にとって全力で体を動かせるってこと、周りを気にししないでいいってことは大きな意味を持つ。
子供のころからとにかく力が強く、頑丈だった。
3歳のころ抱きしめた近所のセントバーナードは潰れて死んだ。
4歳のころ大型トラックに轢かれても死ななかった。
5歳のころじゃれていた親戚の叔父の大腿骨を叩き折ってしまった。
6歳のころ近所の子供を鬼ごっこで軽くタッチしたつもりが突き飛ばしてしまいムチウチと肋骨を骨折させてしまった。
両親は俺が誤って何かを壊したり、誰かを傷つけたりするたび頭を下げていた。そのあとで俺に、「リヒトくんは悪くない。悪くないけど人よりちょっとだけ力持ちだから、気をつけようね」と抱きしめてくれた。本当によくできた親である。意図せず何かを傷つけ壊してしまうことも嫌だったが、それ以上に両親が俺のせいで周りから疎まれることの方が嫌だった。結果として俺は小学校1年生で自室に引き篭もるようになってしまった。弟と妹ともその頃の俺はほとんど触れあったことはない、傷つけてしまうことが嫌だった。
親父は俺のため、東京の大学病院をやめ、母の実家がある東北の田舎に移ることを決めた。その際にエリート医師家系である父の実家からは勘当されてしまったそうだ。しかし俺を責めることはなく一心に愛情を注いでくれた。本当に頭が上がらない。
母の実家は古くは武家、軍人の家系。いつごろからかははっきりしていないがかなりの昔から、武力による確固たる基盤を築いていたそうだ。
一族の男子は一般人とは比較にならぬほど腕力に優れ、頑健で戦場では無双の活躍をし、「鬼の一族」と恐れられたそうだ。時の権力者に召し抱えられていたとも聞く。最近では第一次大戦、第二次大戦に参戦しひいじいさんはその武功により佐官まで拝命した。母方の男子は基本自衛官をやっている。基本的に一族の女子は人並みの力でその子供も特別優れた力を持つことはないそうだが、4~5代に一人くらいの割合で俺のような力の強い子供が生まれることがあるそうだ。そこでじいちゃんの指導の下、俺は力の制御と体の動かし方、心の落ち着け方を学んだ。
小学校を卒業するころには不用意に壊したり、傷つけたりすることがなくなった。しかし人と接することに恐怖心を持っていた俺は家族以外とほとんど会話もせず暗い子供だったように思う。中学校に上がりこれではいかんと、積極的に周りとコミュニケーションをはかったが、小学校からほとんど変わらないメンツの前ではあまり意味がなく、なかなか交友関係が広がることもなかった。俺自身あまり交友関係を広げることを重要視していなかったが、家族が心配したために、実家から遠く寮のある高校に進学した。運動は当然だが、勉強も人並み以上にでき、かつルックスも悪くなかったので、学内ではそれなりのポジションを確立し、健全な青春をおくることができた。
表面上は。
しかし俺にとって高校生活はかなりの苦痛を伴ったものだった。普通であろう、周囲にあわせようとすれば人間だれしも自分を偽り、我慢を重ねる必要があるだろう。
俺もそうだった。
しかしその偽り、我慢の程度が一般人と比較にならない。常に細心の注意を払って壊さないよう、傷つけないよう、殺さないようにしていた。
子供のころは誰でも全力を気兼ねなく振るうことができる。それは、走ったり、遊んだり、喧嘩したり、全力で何かをやることでそこから加減を学ぶことができる。または、本能のままに振舞うことで理性の重要性を確認できる。俺にはその機会がなかった。とにかく力を抑圧し、抑制し、我慢しての毎日。周りにあるのは俺の力に耐えきれずすぐに壊れてしまうものばかり。
馬鹿馬鹿しい例えだが、羊の群れに紛れ込んでしまった一匹のオオカミといったところだろう。表面上はそれなりに仲良くやっていた友人、恋人のことを対等の存在だと思ったことは一度もないし、情も大して湧くことがなかった。
ただ家族に心配をかけたくない一心での高校生活だった。大学には進学せずどこかで傭兵でもやれないかと母方の叔父たちに相談していたところを母に見つかり、泣いて止められたため、心理学部で有名な大学に進学した。それなりにうまく高校では周りと付き合えていたが、ちょくちょく行動、価値観の違いを感じていたからだ。自分と周囲を騙すためには、心の在り様を学ぶことが必要であると考えたためだ。そんな風に自分を抑えての生活だったが、こっちの世界でなら伸び伸びとやっていけるんじゃないかと思う。明らかに俺より強い生物がいる環境でなら。