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4話



目の前が真っ暗になり音も匂いも感じなくなった瞬間、疲労困憊のはずの体が軽くなり、声が出そうになるくらいの快感が全身を駆け抜けた。おかげで、気絶することなくなんとか意識を保っていられる。


今倒れれば間違いなく、失血死してしまう。あの激闘を生き抜いたんだし、絶対に死にたくない。とにかく必要な処置を施さねばならない。それも迅速に。まず傷の確認。全身くまなく、打撲と裂傷を負っているが、生死に直結するもの以外は一先ず無視する。出血がやばいのは右腕と左腿。腕の方薙ぎ払いによる爪で切り裂かれ、尺骨も折れている。てかあんまり感覚がない。腿の方は食い千切られた。深い傷というわけではないが、範囲が広く傷を塞ぎづらい。なんとかバックまで這いつくばっていき、水でざっと洗い流し、医療キットから消毒液を取り出し傷口にかける。動物の爪、牙は細菌、雑菌の塊だ。しっかりと消毒しないと発熱したり、傷口が膿んでしまう。焼けるような痛みは意識をはっきりさせてくれるので今はありがたい。


腕の傷を縫合する。医者である親父に習っておいて本当によかった。左利きでよかったと心から思う。しかし体中を痛めており、特にムチウチとアバラの骨折がきつい、片手での縫合は時間がかかり不格好になってしまった。なんとか3箇所都合13針で傷口を塞ぐことに成功した。ついでに骨の位置を修正し手元にあった枯れ木を添え木にし、包帯でガチガチに固めた。頭の中をひっかきまわされるような痛みに吐き気がしたが、涙と小便を漏らすだけでなんとか耐えきった。腿の傷には血止めとして軟膏を塗り込みガーゼで覆いテーピングで固めた。激痛の嵐で頭がおかしくなりそうだが、生き残るという意志で凌いだ。内臓にもダメージがあるが、治療方法がわからない。とりあえず自分の体力を信じて安静にしておくしかない。もし俺が死んでしまえば、入山を許可したじいちゃんばあちゃんは自責の念で死んでしまうだろうし、親父、母さん、弟、妹も悲しんでしまう。それだけは避けねばならない。俺の命は俺一人のものではないのだ。とにかく生きる。今はそれだけ考えよう。


失血死の恐れはおそらくなくなったが、感染症で命を落とす危険もある。効くかどうか今一つわからないが、病院で処方された薬(抗生物質)のストックを飲んでおく。今より状況が悪化することはないだろうし。



しかしそろそろ限界のようだ指先一つ動かせない。一応やれるだけはやった。家族には申し訳ないが死んだらそこまでの男だったと思ってもらおう。限界を迎え俺は意識を失った。



 寒さと激痛、そして獣の吠え声で目が覚めた。全身筋肉痛と怪我のため体を起こすのも億劫だが、なんとか首だけ持ち上げて状況を確認する。


 俺から20メートルくらい離れたところで緑色のちっさいおっさんと、二頭のオオカミが戦っている。戦いはオオカミの方が優勢なようで地面には脚やら、腹を食い千切られたおっさんが5,6人ほど横たわっており、戦闘中のおっさんもどこかしら負傷している。おっさんたちの攻撃はオオカミに当たることなく虚しく空ぶるばかりで、戦いというよりもオオカミによるなぶり殺しだ。最後の一人が喉笛を食い千切られ、虐殺が終わると、オオカミがゆっくりと俺に向かってくる。はっきり言ってやばい、やばすぎる。こちとら起き上がることすらままならいのに、ましてや戦闘なんて絶対無理。死にたくないっていう気持ちはある。しかしどこかでしょうがないって気持ちもある。弱肉強食、自然界の掟。今まで俺も食うため、楽しむため弱者を狩ってきた。今度は俺が弱者になってしまっただけのこと。「殺すからには殺される覚悟を持て、持てないなら狩りなんてするな」とはじいちゃんの教えだ。すんなりと今の状況を受け入れることができるとは我ながら驚きだ。無駄な抵抗もできそうにないし、目の前のオオカミに2頭に、さあやれと視線を送るとなんと、クーンクーンと甘えた声ですり寄ってくるではないか。


「はあ!?」


 と思わず声を出してしまった。オオカミ達は俺を気遣うように頭をこすりつけたり、舐めたりしてくる。傷口からばい菌が入りそうで正直やめて欲しいが、今の俺にとめるすべはない。敵意がないことは明らかなので好きなようにさせておく。


それよりも今は冷静に状況を考えてみよう。

おそらくだが、ここは所謂「異世界」だろう。じいちゃんの山に角の生えたクマや、二股の尾を持つオオカミなんていない。ましてや緑色の小さなおっさんなんて住んでいない。気温も10月の半ばにしては寒すぎる。温度計を確認したわけではないので正確なところはわからないが、2℃か3℃だろう。地面が消えたと思った穴は、次元の穴とかそうゆうものだったんだろう。確証はないが、俺の直観はそう告げている。


俺は運がいい。この世界は俺がいた世界の物理法則、物質、大気の構成など似たようなものであるだろう。でなければ今ごろ俺は間違いなく死んでいる。大気中の酸素の構成がわずかでも違えば人間なんてあっさりと死んでしまうし、いわんや重力がきつすぎればつぶれてしまうし、軽すぎれば弾けてしまう。あくまでも人間は地球という環境に適応した生き物であり、言い換えれば地球という限られた環境の中でしか生きられない。しかし俺は生きている。よって帰納法に考えるならばここは地球と似たような物理法則、物質、大気の構成であると考えられる。しかし奇妙な生物もいることから全てが全て同じであるとは考えない方がよいだろう。あくまで俺が生存できる前提があるとだけ思っておけばいい。正直難しいことはわからないし、あえて知ろうとも思わない。今すべきことは生き残るための行動と思考だ。




 痛む体に鞭打って獲物の解体を行った。普段であればイノシシ一頭解体するのに30分もかからないのだが、左手だけでの作業はかなり難しく、90分もかかってしまった。しかもきれいに解体もできずに...


 助けも来ない異世界(多分)では自分の力だけで生きていかなければならない。そこでの食糧確保であるわけだ。サバイバルにおける最優先事項である水は、幸いにも目視できる範囲に川が流れていることを確認できたため解決。そこで第二優先となる食糧の確保に励んでいるというわけだ。アニメや漫画などのサバイバルでは実に簡単に、倒した獲物を食べているが、実際には解体して調理するという面倒臭い作業が待っている。血抜きをしていない肉なんて食えたものではないし、皮をはいでワタヌキしなければすぐにわるくなってしまう。生き延びるためには食糧の確保は必須であるためどんなにしんどくてもやらねばならない。


 苦労の甲斐あってイノシシからは40キロほど、クマからは100キロほどの肉が確保できた。そして激戦の末仕留めた角クマからは200キロほどの肉を確保することができた。それと心臓の当たりから赤い玉も手に入れた、漫画とかでよくある魔石とかそういうやつだろうか、とりあえず確保しておく。これで食糧の心配はなくなったが、これほどの肉を腐らせずに保存しておく方法がない。殺したからには食うをモットーとしている俺からすれば歯がゆいところである。幸い気温が低いためすぐに腐ることはなさそうだが、できることはやっておけと持ってきた塩と調味料(胡椒)を塗り込み、ロープを通し干し肉にすることにした。ほかにも持ち込んだ、味噌を使っての味噌漬け、醤油を使っての醤油漬け、燻製とできうる限りのことをやっておいた。作業中痛みと疲労から何度も気絶したが其のたびに、オオカミたちが起こしてくれ18時間に及ぶ作業を完遂するこができた。作業中2度緑のちっさいおっさんからの襲撃があったがオオカミたちがあっさりと片付けてくれた。彼らがいなければ間違いなく殺されている。本当に感謝だ。


さてオオカミたちがなぜ俺に懐いたか理由がわかった。彼らは二股の尾を持つオオカミの子供だったようだ。解体のため角クマに近寄ると、そばで果てている二尾オオカミにすり寄って行き、哀しそうに鳴いた。仇である角クマを倒した俺を新たな庇護者に選んだのだろう。犬とかオオカミの生態について特に詳しいわけではないが、俺をボス(親代わり)としたのだろう、甘えてくる様子は可愛らしい。体高で50センチ、体長で150センチくらいあるが、親のサイズを考えるとおそらく生まれて間もないのだろう。顔つきも仔犬のようで愛らしい。


そんな2匹引っ張られて連れられた場所には洞窟があった。入口の直径3メートル程でそんなに深くない。中からは獣の匂いがし、二頭の子オオカミたちがくつろいでいるようなので彼らの巣穴なのだろう。


 おそらくオオカミの親子が暮らしていたこの場所を角クマが襲ったのだろう。結果、親オオカミは敗れ、しかし傷を負った角クマを俺が仕留めた、というのが一連の戦いの経緯だと思う。やっぱり運がよかった。角クマが現れる前に俺がここに来ていれば、今頃オオカミのエサとなっていただろう。しかも、獣臭を我慢すれば雨風を凌げる拠点まで手に入ってしまった。重傷を負った体を休めるには野ざらしのままよりはるかにいい環境といえる。さらに結果として優秀なボディーガードもついてきた。なんとか生き残れそうだ。


荷物を洞窟に運びこむ(子オオカミ達が)。オオカミ達は非常に賢く、俺が辛そうにバックを引きずっていると、口にくわえてさっさと洞窟に運びこんでしまった。普段の俺なら150キロなんて荷物でもなんでもないが、一度寝た(失神)とはいえ満身創痍であることには変わりなく、吹けば飛んでしまうほどにフラフラだ。一刻も早く休まなければならない。


 しかし休む前に休むための準備をしなければならない。というのもこれは勘だが、近々雪が降る気がする。雪国で7年近く暮らしていた俺にはなんとなくだがわかる、2,3日中に大雪が降る。そのための備えがいる。具体的には薪だ。20キロほどじいちゃん作成の炭を持ってはいるがそれだけで寒さを凌ぐには心許ない。今はハイになっているためなんとか行動できているが、一度でも座り込んでしまえばしばらくは起き上がることもできないだろう。洞窟の周りには怪獣大決戦の影響で折られた木散乱しているし集めることは不可能ではないだろう。贅沢をいえば生木ではなく枯れ木がいいが。


 オオカミ達に協力してもらい、50キロほどの薪を集めることができた。ほんとに便利でかわいいやつらである。しかも運のいいことに洞窟の奥には寝床として使っていたのかかなりの量の枯れ木があった。有難くこれも使わせてもらおう。ついでに角クマの残りも洞窟の近くにはこんでもらう。角とか骨とか爪とかかなり頑丈なのでなにか使えるかもしれない、肉の残りもオオカミ達の食糧として活用できる。あまりきれいではないが毛皮も回収しておく。鞣し処理をしていないので内側は脂でギトギトだが絨毯替わりには使えそうだ。


 あと穴を掘っておく。これも身振り手振りをするとオオカミ達がやってくれた。便所と墓だ。汚物や死骸などは燃やすか埋めるかしておかないと、悪臭や病気の発生源になってしまう。これからある程度の期間ここを拠点にする以上やっておいて損はないはずだ。あとオオカミ達の親を弔ってやりたいという気持ちもあった。母オオカミも自分が腐っていく様を子供達に見られたくはないだろう。形見として二股の尻尾を切り取らせてもらった。子オオカミたちに渡すと匂いを嗅ぎ悲しそうにないた。


 やるべきことをやり洞窟に戻った。何か口にした方がいいんだろうが、内臓に受けたダメージのため食欲はゼロ。抗生物質を水で流し込み、角クマの毛皮をベッドに横になると一瞬で意識が溶けた。


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