黄泉夜家
月が浮かび闇が深まって行く中、薄暗く恐らく廃ビルだろう建物の一室に、その者達はいた。
「然し随分と美しい少年よね〜」
「まだ睡眠薬で眠ってもらってるけど、この白い肌。羨ましい位にすべすべよ」
一室の中央を見詰め話しあっているのは二十才前半の男女数名。
その視線の先、部屋の中央の柱に固定される様に設置された鎖を腕と足に嵌められた少年、黄泉夜霊夜はいた。
黒衣姿の霊夜の、かすかに見える髪は白いや月の光を照らす銀髪だ。
月のような澄み切った白銀の双眸は、今は目蓋の下に封じ込められてる。
目鼻立ちは人間とは到底思われないほど整っており、ぬけるような白い肌は実に滑らかですべすべだ。
背はまだ伸びきっておらず、白くしなやかな手足は、霊夜の美少年らしさを引き立てていた。
「さて……しかしこんな美少年を拉致しろ。何て彼の人は何を考えているんだか……」
「もしかして…男に気があるんじゃないー」
「なっ!!」
女性の男好きなんじゃない。の発言に霊夜を囲んでいた男女の間にざわめきが走る。
「馬鹿馬鹿しいな。彼の人は801に等は興味はない」
「ふん、全く同感だな。まぁ我々に彼の人が考えている事など理解できまい。私は、黄泉夜霊夜を確保した。と伝えてくる」
遠目に囲む男女を見ていた男と窓の外から探しに来ないか監視していた男が、否定する。
その内の一人は彼等に霊夜を拉致するよう命じた者に連絡するべく部屋を後にした。
「ほう、確かに例の霊魂を確保したのだな。私が時間が出来次第に迎えに行く」
だから逃がすなよ。と、その命じた者は霊夜を拉致した男に命じた。
「御意。然し霊魂とは一体どういう意味で、見た限りは普通の少年でしたが……」
男は命じた者の霊夜の事を指しているであろう“霊魂”との表現に疑問を抱き問い掛けてみたが……
「其は貴様らが知る必要等一切微塵もない事だ。霊魂の事は忘れるのだなっ!!」
「…申し訳ありません」
重く重圧感の含まれた返答に男は追求を断念するしかなかった。そして携帯は、無機質な切られた事を知らせる音を響かせていた。
「――様、今の電話は。もしや例の件で」
命じた者の隣に控える様に立つ男が問う。しかしその表情は、確信した様な歪んだ笑みを浮かばせていた。
「ふん。愚民風情が……」
「その愚民が協力したから出れたんですがね」
歪んだ笑みを向ける男に、その者は愚民と吐き捨てる。しかし愚民と吐き捨てられた男の言葉に表情が初めて微かに歪んだ。
「良い性格をしているな」
「……お互いにね」
その者と控える男は互いに歪に笑むと、待機していた車に乗り込むのだった。
「霊魂って知る必要等ない事だ。……か」
相手と電話していた男は部屋に戻るなり霊夜を思案気に見ていた。
「霊魂って何の事さ。もしかしてお化けが出たっての!!」
「なっ!?勝手に人の独り言を聞くな!!」
男の呟きは側に来ていた女に聞かれたらしく男は驚き女の言葉に再び部屋内は慌ただしくなる。
「嘘、超怖いんだけどーっ!!」
「おいおい彼の人は、お化けが出る場所に拉致って事はこの霊夜少年を生け贄にする気なんじゃ!!」
「だから鎖で拘束する様に指示されたのね。生け贄に逃げられない為に!!」
混乱は、ねずみ算式に止まる事なく広がっていく。
「おい早く逃げた方が良いんじゃないか。俺達も化けの餌に……っ!!」
バンッ!!
逃げようと言い始めた拉致班の男に乾いた音が響いた。
硝煙の匂いと鉄臭い匂いが一室に広がっていく。
「うっ……ぐ何故、撃ちやがった……」
膝を着き顔を苦痛に歪めるは、逃げようと言い出した男。
その脇腹は鉛の塊を撃ち込まれドクドクッと血を流し、脇を押さえる手も床も真っ赤に染め上げていく。
「お前が逃げようと等言い出すからだ。ちょうど良いじゃないか。貴様が死ねば生け贄の代わりになる筈だ」
冷笑を浮かべ、その者は男の額に照準を合わしていく。
男は、助けを求めるべく仲間に視線を向けるが、誰一人助けようとする気はなかった。そんな状況に男は絶望する。
「ひぃぃいいい!!止めて止めてくれ。逃げない逃げないから。だから殺さな」
いでくれ。と続く筈の男の言葉は発せられる事は永遠になかった。
「見苦しいんだよ。黙って死ねってんだよ」
男の黒光りする無機質な凶器が火を噴いたからである。
額を撃ち抜かれ崩れ落ちる様に床に倒れる男。脳の髄液と血が濁り流れて行き血生臭い匂いが充満していく。
「んん……んんぅ」
「……っ!!」
そして、その銃声で目が覚めたのか。霊夜が遂に目を覚ましてしまった。
たった今、人を殺したという。非常に最悪な状況で……。
「……銃声!!」
「……っく!?霊夜!!」
銃声を耳にした阿修羅と畜生の表情に焦りが浮かび上がっていく。
銃声の発生源に急がねば!!阿修羅と畜生の二人は駆ける速度を上げていく。
霊夜が無事で有るように願って……。
「おやっ…眠り姫ならぬ眠り皇子の目が覚めたみたいだね」
「あらあら……霊夜君も寄りに寄って最悪な状況で目覚めなくても良かったのに」
「おはよう、黄泉夜霊夜君。今の状況は分かるよね」
目が覚めた霊夜に対し好き勝手に声を掛けてくる男女だが、霊夜は其れ処ではなかった。状況把握に集中していた。
この鉄臭い匂い。刈り取る時に良く嗅いだ匂いだ。其と不快なこの匂い。人間が人間を殺した時に発する極めて不快な独特の匂い。
この匂いが意味するのは只一つ。
「……殺人か。実に不快な匂いだ」
状況を把握したであろう霊夜から発せられた言葉に、驚愕する男女。
「そして……くっ!この鎖で俺を拘束したって訳か」
「……………」
拉致班は全く声を発する事が出来なかった。余りにも冷静過ぎる霊夜に対し驚愕してしまったのだ。
どうなっているんだ!?何故、こんなに冷静でいられる。普通なら、驚き泣き喚き叫ぶ筈だ。其れに。
「不快な匂いだ。何て随分と冷静なんだな」
人が死んでいる。死体が目の前に転がっているのに、悲鳴すら上げない。こいつ……タダ者じゃねぇな。
霊夜に感心していた男に、更なる衝撃が襲った。
「……お前が逃げようと言い出した男の脇を初撃、次に致命傷の額を撃ち抜いたな」
「なっ!!」
あの時は眠っていた筈の霊夜に殺した時の事を語られたからである。
???「あの男もさぞや恐怖しただろう。流石は選ばれし霊魂」
霊夜「……?」
???「おやおや、選ばれし霊魂が近付いとるの。退室しようかの」
霊夜「誰か来ていたのか。まぁ良いや。次回は拉致班とラストだぜ」