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フェリミェールの歌は、決して長いものばかりではない。

その場その場の思いつきで作る歌に関しては、確かに終わりが見えないことが多々ある。

歌詞をつけず音だけで考えるため、続きが思い出せない曲のように、同じ音色が幾度も繰り返される。もちろん思い出せない曲の時は永遠と繰り返し続けることもある。

それらを除けば、フェリミェールの持ち歌は一般的な長さだろう。だいたい4~5分くらいといったところだろうか。

この時、ルートヴィッヒのために歌っていた子守唄は少し短めの歌だが、フェリミェールは器用に歌い変えて歌い続けていた。

ルートヴィッヒを寝かせるためだ。

しかし凡そ6周ほど繰り返した所で、フェリミェールは歌をピタリと止めた。

別に飽きたわけでも、疲れたわけでもない。

ルートヴィッヒの隣に寝転がっていると、ふと何かの視線を感じた気がしたのだ。


--何? どうしよう……。何処からだろ……


「ルーイ、ルーイ。起きて」

そっと起き上がり、ルートヴィッヒを小声で呼び起こすが、中々起きそうにない。

「ルーイってば!」

少し声を大きくしても、やはり起きない。

元々、すんなりとは起きてくれない質だが、この時は旅中の疲れも重なったのだろう。繰り返し呼び起こそうとするが、起きる気配すら感じられなかった。

「ど、どうしよ……。ルーイのバカ! 早く起きろよぉ……」

最後はただの泣き声だった。

そんな情けない狼が一人、ついに本格的に泣き出しそうになった時、突然真後ろから草を掻き分けるような音が鳴った。


「っ!!!!」


叫びそうになった口を咄嗟に両手で押さえたフェリミェールは、その形でしばし固まった。

恐怖で涙もピタリと止まる。


--振り向かなきゃ……

--危険な時はじっとして相手の正体を確かめること、ってルーイ言ってたよね


--あれ? 動くなって振り向くのもダメなのかな

--ルーイ! ルーイ! やっぱり助けて!


小パニックを起こしかけたフェリミェールに、追い打ちを掛けるかのように音はゆっくりと移動を始めた。

音に反応してフェリミェールの体が跳ねる。

音の主がフェリミェールの正面に来ようとしているようで、止まっていた涙が再び込み上げてきた。

何とか涙が溢れる事を耐えても、耳も尻尾も身体にぺったり張り付いてしまって怯えていることは一目瞭然だ。

それでも気を奮い立たせて動こうとするが、まったく体は言うことを聞かない。

ルートヴィッヒを起こすことすらできず、口に押し当てた両手を離すこともできず、ただ座り続けることしかできなかった。


--これで俺が死んだらルーイに取り憑いてやる!

恐怖に体の自由が効かなくても、思考は自由なフェリミェールだった。

体が動けばルードヴィッヒを蹴り飛ばしたいとまで考えた時、ついに音の主はフェリミェールの正面に来てしまった。

いつ襲われてもおかしくない状況に、フェリミェールの体が震えだす。


しかしどうしたのか、恐怖に固まるフェリミェールを置いて、草を掻き分けていた音は正面で止まったままそれ以上動かない。

正面に来るまでに草を掻き分ける音は続いていたのだから、どこが終わりかもわからない広い草原内では、必ず立ち去る音も聞こえるはず。

だが、フェリミェールの耳は音の主が立ち去った音を聞いていない。

むしろ、ただ観察されているような視線だけを相変わらず感じていた。


動くに動けず、気を抜くこともできない状況に、フェリミェールの頬を汗が伝う。動きのない両者の間を、風が流れて行く。


頬を伝う汗が風で冷たく感じられたが、それがフェリミェールを多少だが冷静にさせた。

震えも止まり、口に押し当てた手の下で詰めていた息をそっと吐くと、手に感覚が戻っていることに気がついた。感覚が戻るだけでなく、戻ったことに気がつくだけの余裕も生まれていた。

視線を動かすことはせず、指先だけを動かせば、先程とは違ってきちんと動く。意を決してゆっくりと両手を下に下ろせば、肘に刺すような痛みが走った。

「痛っ」

曲げた状態で固まっていたために血流が止まり、肘が強張り、下ろした際に痛みが走ったのだろう。痛みは一瞬で、痺れた感覚だけが肘に残っていた。

しかし、フェリミェールは焦った。

一言だけだったとは言え、声を発してしまったからだ。


焦りで呼吸が苦しくなり、喉元を押さえた。

無意識の行動だったが、傍から見れば弱った獣が喉を庇っているように見えた。

身の危険を感じている時、決して弱点となる場所を示してはならない。決して弱っている姿を見せてはならない。

故郷でも旅中のルードヴィッヒにも、常に言われていたことだった。

だが、フェリミェールがその事に気がつく前に、相手が動いた。


「どうした。怪我しているのか?」

「!?」


聞こえてきたのは幼い声。

嘲笑う様子でもなく、ただ問いかける。

襲ってくるような気配は微塵も感じられない。フェリミェールもそれを感じ取り、思わず呆気に取られた。

「おい。聞こえないのか?」

「あ、あ……。え?」

「あっれ~? 話せない訳ないよな。さっきまで喋ってたし」

別人かなどど呟き続ける相手に、フェリミェールの脳内は疑問符で埋め尽くされかけていた。

両者共にどうしたものかと考えた時、別の所から観察者に声がかかった。

寝ていたはずのルートヴィッヒだ。

フェリミェールの脳内に更に疑問符が増え、処理しきれなくなった脳は思考を止めた。

だが、現状に追いつけずに固まっているフェリミェールを放って、体を起こしたルートヴィッヒと観察者の会話は続く。

「何者だ」

「ん? ああ! そっちからは見えないのか。悪い悪い」

よいしょっと掛け声と共に高い草を割って現れたのは、小さなうさぎの頭だった。

見た目は紛れもなくうさぎ。

茶色の毛に覆われた顔の小さな鼻がひくつく。


フェリミェールやルートヴィッヒのような人型の獣、獣人と呼ばれる種族ではない。

所謂”半獣”と呼ばれる種族だ。


人の言葉を話す点と、二足歩行が可能だという点以外は通常の獣と姿形は変わらない。故に人と共に街中で暮らす者も多く、通常の獣や野生の半獣と区別を示すために衣服を纏う。

二人の眼前へと現れた子うさぎも、首元に大きなスカーフを二重三重にして巻きつけている。

ルートヴィッヒが警戒を解いて、うさぎかと呟くと、子うさぎはスカーフを整えて首を傾げた。

「うさぎ何て珍しくないだろ。あんたら狼?」

「ああ」

「うっわー! おれ、野良狼初めて見た」

歓声を上げる子うさぎとは反対に、野良と聞いてルートヴィッヒは渋い顔をした。そして一つ咳払いをすると、体に付いた草と砂埃を落として座り直した。

「野生の狼だ」

「どっちだっていいやい。狼の獣人自体初めてだよー。どこの山でも森でも、森の国でも狼は滅多に出てきてくれないから」

どっちでもと言われ、思わずルートヴィッヒの眉間に皺が寄ったが、続いた言葉に耳がぴくりと揺れた。

「おい。森の国とは”四王の森”のことか?」

まさかとは思うが、近づいてきた子うさぎに問わずにはいられなかった。

「”四王の森”? そんな呼び方もあるのか。そうだよ。たぶんあんたらが言ってる森だと思うよ」

ようやくたどり着いたという思いに胸が苦しくなり、ルートヴィッヒは両目をきつく閉じた。

ルートヴィッヒとフェリミェールの前をうろちょろする子うさぎは、既にルートヴィッヒの視界には入らない。

事態は理解できていないがそっとしておこうと考えた子うさぎは、反応のない二人につまらなさを感じたが、それでもうろちょろするのを止めてどちらかが口を開くのをじっと待つことにした。

だが、子うさぎの足音が止まったのを感じ取ったルートヴィッヒは、目を開けて一言謝罪を口にした。それもすぐに子うさぎに笑顔で気にするなと返される。

「訳ありって奴なんだろ。あの森ってそういう奴も多いし」

「詳しいのだな」

「おれ商座と旅してるから、あの森たまに行くんだ。森の主にも四王にもよく会うよ。--あ、違えな。三王だ。一人は一回しか見たことないや」

腕を組んで首を傾げる子うさぎに、ルートヴィッヒは再び目を閉じる。

誰にともわからないが感謝したくなった。


信じてはいないがこの巡り合わせが神とやらが組んだものなら、神にでも感謝しよう。


「フィー。俺たちにもようやく運が向いてきたらしい」

何の事だと聞いてくる子うさぎをあしらいフェリミェールに声をかけるが、未だ固まったままのフェリミェールからの返事は返ってこない。

そのことに気がついていなかったルートヴィッヒは再度呼びかけるが、やはり返事が返ることはなく、フェリミェールの後頭部を軽く叩いた。


「フィー。聞いているのか」

「----」

「ん? 何だはっきり言え」


「ルーイ--」

「だから何だ」

「おい兄ちゃん、離れたほ

「ルーイのバーーーーカーーーーーー!!!!!!」


僅かに聞こえた子うさぎが咄嗟に注意を促そうとしたが、一歩遅く、静かだった草原にフェリミェールの叫び声が響いた。

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