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部長・今神明

「こんちーっす」

 無造作に部室のドアを開け、いつも通りの適当な挨拶をしながら貴也は中に入る。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 部室に足を踏み入れた瞬間、語尾にハートマークでも付いていそうな弾んだ声に出迎えられた。

「…………?」

 貴也は顔に「?」を貼りつけ、声の方へと目を向ける。

 そこにいたのは、長い亜麻色の髪を鮮やかな青のリボンでツインテールにまとめた美少女だ。必要最低限のものしかないような地味で殺風景な部室に一瞬、色とりどりの花びらが舞ったような錯覚に貴也は襲われた。それほどまでにその美少女は華やかだったのだ。

 一度見たらいつまでも印象に残りそうな、ぱっちりとした大きな瞳がくりくりとして可愛らしい。形の良い鼻の下には桜の花びらを思わせるきれいなくちびる。それらが理想的な輪郭の顔の中で極上の微笑みを形作っていた。

 身を包むミニスカタイプのメイド服も、この美少女のために用意されたかのように本当に良く似合っている。

 基調となる色は明るいライトオレンジ。肩と脇を出すように、ざっくりと肩から胸元を切り取った斬新で大胆なデザインが何よりも目を引く大きな特徴だ。胸にはピンクのブローチをあしらった大きめのリボン。当然、全身の至る所はフリルでいっぱいになっている。背中には正面から見ても分かるくらいの大きなリボンがあり、まるで妖精のように蝶の羽を生やしているように見える。足元は白いパンプスとオレンジが縁取る白のニーソックスが固め、絶対領域を装備。実用性よりも魅せることに重点を置いた、華美なアイドル衣装のようなメイド服だった。

 そんな、可愛らしいメイドが満面の笑顔で出迎えてくれるというシチュエーション。メイド属性の無い人間でも、ときめかざるを得ないロケーションである。下手したら、あるいは上手くしたら、新たな扉を開いてしまいそうなテンプテーションさだ。

 で、あるのだが――

「…………ふぅ」

 貴也の反応は、はにかんだ戸惑いでも狂喜乱舞でもない。ただただ、枯れて呆れて疲れたようなため息だった。その上頭を掻き、面倒くさそうに美少女メイドの横を通り過ぎ、自分の席に座ってしまう。

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。かーぶらぎぃ? その反応はいくら何でもつれねーっつーか、失礼なんじゃねーの?」

 不愉快そうなボーイソプラノが貴也の背中にぶつけられた。

「こーんな美少女が、かーわいらしいメイドになってテメーを迎えてんだぜ? もっとドキドキしやがれよ。もっとトキメキやがれよ。それともおめーはアレか? BLか? 不能か?」

 不穏当な背後からの言葉に、貴也はやれやれと仕方なさそうに振り向いた。

 うろんな視線の先では、偉そうに腕を組み、こめかみをひきつらせてそうな不満と不機嫌を顔に浮かべたツインテールの美少女メイドが仁王立っている。

「滅多なことを言わないで下さい。俺は普通に女の子が好きですよ。男の『こ』には興味が無いだけです」

 『こ』に、スタッカート気味の微妙なアクセントを付ける貴也。その発音を文字にするなら、きっと『娘』という漢字になるだろう。 

 部長は何を隠そう、女装少年なのだ。普段の部長は女子制服を着ているのだが、何かの気紛れか思い付きで、時々部室で色々な格好をしていたりする。どうやら今日は、メイドな気分だったらしい。

「オレみたいにかーわいらしいツラぁしてるヤツぁはな、そのカオに合った格好すんのが適材適所、世のため人のためってもんだ」

 部長はことあるごとに、よくこんなことを言っている。

 そういうよく分からないポリシーの下、部長は男子としての自覚を持って女子の格好をするという、やっぱりよく分からない人だった。

「ハンッ。なーに分かったようなことを言ってやがんだよ。……ははぁん。さては……おめー流の照れ隠しか? なんだよ。そんなこと気にすんなよ。同じ部活の仲間じゃねーか。ほーれほれ。たーんと視姦しやがれよ?」

 メイドの部長は貴也に向けてお尻を突き出すと、素敵な布地が見えるか見えないかのギリギリのラインを保ちながら、挑発するように腰を左右に振りだした。

 その光景はあまりに魅惑的に過ぎるものだった。例え正体が男だと分かっていても、ごく普通の男子高校生なら、思わず下から覗いてしまいたい衝動に駆られるはずだ。

 だが、貴也のリアクションは違う。彼は目の前の桃源郷に迷うことも惑うこともなく、価値の分からない美術品を眺めるような目を一瞬だけ向けると、鞄から取り出したぶ厚い事で有名なライトノベルを読み始めたのだった。ここまでくると徹底しているというより、何かの精神障害でも患っているのではないか? と心配になってしまうぐらいの無関心っぷりだ。

「野郎……! ゼッテーこっちを向かせてやっかんな!」

 自尊心を傷つけられたらしい部長の誘惑(?)は、他の部員が揃うまで続いたのだった。

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