表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/11

【第8話】ダイヤの5

【第8話】ダイヤの5


「蓮クン、バイトの時間ですよー!」


 学校が休みの土曜日。朝から麗奈のハイテンションな声が響き渡った。

 彼女が持ってきたのは、ネットのオカルト掲示板のプリントアウト。そこには『旧市街の廃倉庫、深夜に謎の足音? 財宝の噂も!』という、いかにも胡散臭いスレッドが印刷されていた。


「……これ、ただの都市伝説だろ」

「甘い! 甘いよ蓮くん! チョコラBBより甘い!」

「意味わからん。大体、財宝なんてあるわけないだろ」

「財宝そのものじゃなくてもいいの。『心霊スポット検証動画』とか撮ってアップすれば、再生数でガッポリよ!」


 結局、彼女の勢いに負け、俺と麗奈、そして愛(憑依状態ではなく、俺の側に浮遊している状態)の三人で、その廃倉庫へと向かうことになった。


 現場は、昭和の匂いを残す古びた赤レンガの倉庫だった。

 中に入ると、埃っぽい空気と共に、独特の「気配」が肌を刺す。

 いる。間違いなく。


「お兄ちゃん、あそこ」

 愛が指差した先。倉庫の奥深く、積み上げられたボロボロの木箱の上に、一人の男が座り込んでいた。

 時代がかった商人のような格好。腹をさすりながら、何かを必死に数える仕草をしている。


「……一枚、二枚、足りぬ……まだ足りぬ……」


 怨念というよりは、強烈な執着。その空気が澱んで、周囲の空間を歪めている。

 麗奈には見えていないはずだが、彼女は「うわ、なんか寒気がする。これマジなやつ?」と身震いした。


「ああ、いるよ。商人の霊だ」

「マジで!? よっしゃ、蓮、やっちゃって!」

「簡単に言うなよ……」


 俺は男に近づく。男は俺に気づくと、ギロリと目を剥いた。

「ワシの銭だ! 誰にもやらん! 店を……店を大きくするんじゃ!」


 襲いかかってくる男。その手には、霊力で具現化された硬貨のような塊が握られている。

 俺はそれを紙一重でかわし、男の懐へと飛び込む。

 右手に力を込める。狙うは霊の核。彼の胸のあたりに輝く、歪な光の球。


「『アーキタイプ・バインド』……!」


 俺の手が光に触れた瞬間、男の記憶が雪崩れ込んできた。


 ――貧しい農村の出。

 ――必死に働き、店を持った喜び。

 ――家族を顧みず、ひたすら金を稼いだ日々。

 ――妻の死に目にも会えず、息子には絶縁され。

 ――最期、金庫の中で札束を抱きしめながら、孤独に死んでいく寒さ。


(……寂しい)


 それが、彼の感情の全てだった。

 金は集まった。でも、それを誰かと分かち合う時間は、とうに失われていた。

 男の執着の正体は、金そのものではなく、金によって埋めようとした「孤独」そのものだったのだ。


「……もういいんだ。十分、稼いだろう」


 俺が呟くと、男の動きが止まった。

 男は呆然とした顔で俺を見つめ、やがて涙を一筋流した。


「……ワシは、ただ……」


 光が収束していく。男の体は渦を巻いて吸い込まれ、俺の手の中にある一枚のカードへと変わった。

 『ダイヤの5』。

 ダイヤは「執着、強い想い」の象徴だ。恨みや絶望というよりは、生前すがっていた希望や妄想の類であることが多い。

 絵柄には、金貨を抱えて寂しげに笑う商人の姿が描かれていた。


「終わった?」

 恐る恐る近づいてきた麗奈に、俺はカードを見せる。

「ああ。……でも、財宝なんてなかったよ。あったのは、ガラクタみたいな古い硬貨と、後悔だけだ」


 倉庫の隅には、錆びついた古銭が数枚落ちていただけだった。

 麗奈は「ちぇー、ハズレかよー」と文句を言いつつも、どこかホッとした表情を浮かべた。


 帰り道。夕焼けに染まる街を歩きながら、俺は考え込んでいた。

 あの商人は、何のために霊として留まっていたのだろう。

 ただ、死んだ後も孤独を噛みしめ続けるためだけに?

 そんなの、あまりにも虚しいじゃないか。


「お兄ちゃん? どうしたの?」

 愛が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いや……何でもない」


 家に帰ると、俺は父の遺品が入った段ボール箱を引っ張り出した。

 父もまた、多くの霊を封印してきた。父は、彼らの「虚しさ」とどう向き合っていたのだろうか。

 古びた手帳や儀式の道具が詰め込まれた箱の底。

 一冊のノートが目に止まった。表紙には、父の几帳面な字で『覚書』と記されていた。


 ページをめくる。そこには、霊封印の技術的なメモに混じって、父の独白のような走り書きが残されていた。

 そして、あるページで俺の手が止まる。


『霊とは、行き場を失った情報の残滓である』

『彼らは存在し続けることで、現世を蝕むだけでなく、彼ら自身をも永遠の苦痛に繋ぎ止める』


 そこまではいい。父がよく口にしていた理論だ。

 だが、その次の一文が、俺の心臓を鷲掴みにした。


『故に、全ての霊は速やかに還すべきである。例えそれが、愛する者であったとしても――』


 俺は息を飲み、思わずノートを閉じた。

 愛する者。

 父にとって、それは……。

 そして今、俺にとっての「愛する者」は、俺の目の前で無邪気に笑っている愛、その人だ。


「お父さん……」


 父の言葉が、冷たい棘となって俺の胸に刺さった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ