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【第7話】詐欺師の過去

【第7話】詐欺師の過去


 我が家のリビングは、すっかり星野麗奈ほしのれいなの私物で溢れかえっていた。

 ネカフェ難民だった彼女が、なし崩し的に転がり込んできて数日。最初は「妹の分の食費が浮く」という謎の理屈で押し切られたが、今では完全に生活の一部になってしまっている。


「んー、このポテチうす塩味、やっぱり最強だわー」


 ソファを占拠し、テレビを見ながらポテチを齧る麗奈。その横には、透き通った体の妹・まながちょこんと座り、楽しそうに麗奈を眺めている。


「麗奈さん、それ美味しい?」

「お、愛ちゃんも食べる? ……って、ごめんごめん。食べられないか」

「ううん、見てるだけで楽しいの」


 愛は屈託なく笑う。麗奈には愛の声は聞こえないし、姿も見えない。だが、不思議と会話が成立しているように見える瞬間がある。俺が通訳するまでもない。麗奈の勘の良さと、愛の素直さが噛み合っているのだろう。


「……お前さ、いつまで居るつもりなんだよ」


 俺は愛が淹れてくれた(という設定で俺が自分で淹れた)コーヒーを啜りながら、呆れて言った。


「えー? 蓮、あたしみたいな美女と同居できて嬉しいでしょ? しかも霊能力者の先輩として、色々アドバイスしてあげてるじゃん」

「アドバイスって、『その服ダサいから着替えろ』とか『コンビニの新作スイーツ買ってこい』とかだろ」

「それも重要な霊的修行の一環よ」


 麗奈は悪びれもせず笑う。

 だが、ふと思うことがあった。彼女はなぜ、ここまで「霊能力者」にこだわるのか。霊が見えないのに、なぜその世界に関わろうとするのか。


 その夜、愛が眠った(封印カードに戻らず、部屋で休む形をとっている)後、俺は麗奈に問いかけた。


「前から聞きたかったんだけどさ。お前、なんで嘘までついて霊能力者なんてやってるんだ?」


 麗奈は缶ビールのプルタブをプシュッと開け、少しだけ遠い目をした。


「……蓮はさ、本当に見えてるもんね。愛ちゃんも、他の幽霊たちも」

「ああ」

「羨ましいような、可哀想なような、変な感じ」


 彼女はビールを一口飲み、ぽつりと語り始めた。


「あたしね、昔は見えてたんだよ」


 予想外の言葉に、俺は息を呑む。


「小学校低学年くらいまでかな。普通の人が見えないものが、当たり前に見えてた。路地裏に座り込んでるお爺ちゃんとか、学校の屋上から飛び降り続ける女の子とか」

「……」

「でもさ、誰も信じてくれないんだよね。『嘘つき』『気味悪い』って言われて。親にも少し引かれてた」


 麗奈の声は淡々としていたが、そこには確かな痛みがあった。


「ある日、すごく怖い霊に追いかけられたことがあってね。泣きながら家に逃げ帰って、親に助けを求めたの。でも、親は『また嘘をついて』って怒った。その時、思ったんだ。『ああ、見えちゃいけないんだ』って」


 彼女は自分の目元を指先で軽く覆った。


「だから、強く念じたの。『見えなくなれ、見えなくなれ』って。毎晩、毎晩。……そしたら本当に、ある朝から何も見えなくなった」


 自ら能力を封じた、ということなのだろうか。それとも、成長と共になくなる類の能力だったのか。真相は分からない。


「皮肉だよね。見えなくなってからの方が、あたしは『霊』を利用して生きてる。見えてた頃は怖くて仕方なかったのに、今は見えないからこそ、適当なことを言って金稼ぎの道具にしてる」


 麗奈は自嘲気味に笑い、空になった缶を握りつぶした。


「でもね、蓮。あんたに会って、久しぶりに思い出したよ。あっち側の世界の空気」


 彼女はまっすぐに俺を見た。その瞳は、昼間のおちゃらけた色は消え、静かで真剣な光を宿していた。


「あんたは本物だ。愛ちゃんっていう、一番大切な霊と向き合ってる。逃げずに、ちゃんと見てる」

「……俺は、ただ妹と一緒にいたいだけだ」

「それがすごいんだって。あたしにはできなかったことだから」


 麗奈は立ち上がり、俺の肩をポンと叩いた。


「あんたは本物だから、大切にしなよ。その目も、妹さんも」


 それだけ言い残して、彼女は「ふあー、眠っ。お肌に悪いから寝るわー」と、いつもの調子に戻って部屋へ戻っていった。

 リビングに残された俺は、消えかかったテレビの画面を見つめる。

 『見えないからこそ、人を観察するようになった』と彼女は以前言っていた。彼女の嘘は、かつて見えていた真実から目を逸らした代償なのかもしれない。


 ふと、部屋の隅に愛が立っていることに気づいた。いつから起きていたのだろう。

 愛は少し寂しそうな、でも温かい笑顔で、麗奈が消えたドアを見つめていた。


「お兄ちゃん。麗奈さんね、本当はすごく優しい人だよ」

「……ああ、知ってるよ」


 詐欺師で、図々しくて、金に汚い。

 でも、彼女は俺の「異常」な日常を、誰よりも自然に受け入れてくれている。

 奇妙な同居人は、俺たち兄妹にとって、意外と悪くない存在なのかもしれない。


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