【第5話】霊媒師の登場
【第5話】霊媒師の登場
翌日の放課後。……いや、俺は休学中だから、ただの昼下がりか。
麗奈はアパートで「次の『仕事』探すから」と言ってネットサーフィンに勤しんでいたので、俺と愛は二人きりで買い出しに出た。
『今日は何作るの?』
「カレーかな。麗奈が肉じゃがは嫌だって言うから」
『お姉ちゃん、好き嫌い多いね』
「子供なんだよ、あいつは」
スーパーのビニール袋を提げて、川沿いの遊歩道を歩く。
麗奈との生活は二日目にして騒がしくも、どこか心地よいものになっていた。妹以外との会話があるというのは、思った以上に精神衛生に良いらしい。
だが、その穏やかな時間は唐突に破られた。
「……見つけましたよ」
冷ややかな声が、風に乗って耳に届いた。
俺は咄嗟に足を止め、周囲を警戒する。
前方、桜並木の木陰に、一人の男が立っていた。
「誰だ?」
歳は俺より少し上、二十代半ばくらいか。
純白のスーツを着こなし、手には数珠のようなものを巻いている。整った顔立ちだが、その瞳は鋭く、獲物を狙う鷹のように俺を見据えていた。
「昨夜の建設予定地。そこで発生した強力な霊的磁場の消失。……あなたが関与していますね?」
男は静かに、しかし確信を持って言った。
俺と愛の間に、ピリリとした緊張が走る。
一般人には見えないはずの愛の姿を、この男は真っ直ぐに見ている。
『お兄ちゃん、この人……見える人だ』
「ああ。しかも、ただ見えるだけじゃない」
俺は買い物袋を地面に置き、愛を背後に庇うように立った。
男は俺の警戒心など意に介さず、優雅な足取りで近づいてくる。
「私の名は西園寺 白。しがない霊媒師です」
「霊媒師? ああ、そういえば昨日もアンタみたいな詐欺師が家に来たよ」
「……失礼な。あのような俗物と一緒にしないでいただきたい」
俺は少しすっとぼけてみたが、どうやらかなり調べつくされているらしい。麗奈のことも知っているようだ。
ハクと名乗った男は、心外だと言わんばかりに眉をひそめながら続ける。
「私は正当な修行を積んだ、国家公認の資格を持つ霊媒師です。昨夜の件、あなたが霊を『横取り』したことで、私の仕事が一つ減りました」
「横取り? 俺はあいつを封印しただけだ」
「封印……?」
ハクの目が細められた。
彼は俺ではなく、俺の背後にいる愛に視線を移した。
そして、驚愕と、深い哀れみを浮かべた。
「……なるほど。そういうことですか」
「何だよ」
「君は、霊をモノとして扱っている。自分の所有物として」
カチンと来た。
モノとして扱う? 俺が? 愛や、あの兵士の霊を?
「訂正しろ。俺は彼らを守ってるんだ。管理局のような連中に利用されないように」
「利用も保存も同じことだ!」
ハクの怒声が響いた。
これまでの冷静な口調が一変し、激しい感情が迸る。
「霊とは、肉体を失った魂の残滓。本来ならば自然の摂理に従い、大きな流れへと還るべき存在です。それを現世に留める行為は、彼らにとって永遠の苦しみを与えることに他ならない!」
彼は一歩踏み出し、愛を指差した。
「そこの彼女。君の妹さんですか? 彼女は笑っているように見えて、その実、魂が摩耗しているのが分からないのですか?」
「っ……!」
『ううん、そんなことない! お兄ちゃんは私を助けてくれたの!』
愛が反論するが、ハクは首を振った。
「君はそう思い込まされているだけだ。……少年、君の行いは愛情ではない。執着だ。死者への未練が、彼女を縛り付け、成仏を妨げている。それは最も残酷な『呪い』ですよ」
呪い。
その言葉が、俺の胸に深々と突き刺さった。
父さんが死ぬ間際、俺に能力を授けた時も同じことを考えていたのだろうか。
俺のやっていることは、愛のための「救済」ではなく、俺のための「延命」なのか?
「……うるさい」
「図星ですか?」
「うるさいと言ったんだ!事情もしらないくせに!」
俺はポケットからトランプを取り出し、構えた。
ハクもまた、手首の数珠を構える。
「力ずくでも解放して差し上げましょう。それが彼女のためです」
一触即発。
互いの霊力がぶつかり合い、大気が歪む。
だが、その時だった。
「ちょーっと待ったぁぁぁ!!」
間の抜けた叫び声と共に、どこからか自転車が突っ込んできた。
キキーッ! と派手なブレーキ音を立てて俺たちの間に割って入ったのは、息を切らせた麗奈だった。
「はぁ、はぁ……! あんたら、白昼堂々何やってんのよ! 通報されるわよ!」
「麗奈? なんでここに?」
「あんたが財布忘れてったから届けに来たのよ! そしたらなんかイケメンと睨み合ってるし! 何これ、新しいカツアゲ?」
麗奈の登場で、張り詰めていた空気が一気に霧散した。
ハクも呆気にとられたように数珠を下ろす。
「……興が削がれましたね」
彼はため息をつき、懐から名刺を取り出して俺に投げた。
「今日は引き上げます。しかし、覚えておきなさい。君のやり方は間違っている。いずれ必ず、その代償を払うことになるでしょう」
それだけ言い残し、ハクは背を向けて去っていった。
俺の手元には、「西園寺霊媒事務所」と書かれたシンプルな名刺だけが残された。
「……なんなのあいつ。感じ悪っ」
麗奈が名刺を覗き込む。
「でも顔は良かったわね。もったいない」
「……」
俺は何も答えられなかった。
ハクの言葉が、頭の中でリフレインしていたからだ。
『彼女は魂が摩耗している』
俺はおそるおそる愛を見た。彼女はいつものようにニコニコしている。
だが、その輪郭が、昨日よりもほんの少しだけ薄くなっているような気がしたのは――俺の不安が生んだ錯覚だろうか。
『お兄ちゃん? どうしたの?』
「……いや、なんでもない。帰ろう、カレー作らなきゃ」
俺は無理やり笑顔を作り、愛の手を握った。
その手は冷たく、そして儚かった。




