【第4話】国家の影
【第4話】国家の影
コンビニの『高い方の』弁当、税込み八百八十円。
それが、命がけで悪霊を封印した俺たちの祝杯だった。
「……なんか、もうちょっとこう、色気が欲しくない?」
公園のベンチで、豚カルビ弁当を箸でつつきながら俺は不満げな態度を隠さずに呟く。
「はぁ? これがあのコンビニで売ってる一番高い弁当なんだからね? もっとありがたく食べなさいよね。私なんていつも」
「だって、焼肉の代わりにしてはこのカルビ、肉薄っ! 向こう透けて見えそうなんだが」
「はいはい。嫌なら食べなくていいわよ」
俺は冷めかけたカルビとご飯を一口に放り込む。
隣では、妹の愛が俺の肩に寄りかかりながら、クスクスと笑っていた。
『お姉ちゃん面白いね。お兄ちゃんと言い合いできる人、初めてじゃない?』
「……まあな」
愛の声は麗奈には聞こえない。だが、麗奈の明るさ(図太さとも言う)が、少しだけ俺たちの閉じた世界に風穴を開けているのは事実だった。
その時だった。
公園の下、先ほどまで俺たちが戦っていた建設予定地の廃墟に、数台の黒いワンボックスカーが滑り込んできた。
ヘッドライトを消し、静音走行で瓦礫の山に近づく。
「……げっ」
麗奈が箸を止める。
「何あれ? ヤクザ?」
「静かに」
俺は咄嗟に麗奈の頭を押さえ、植え込みの陰に身を隠した。
ただの一般人や警察じゃない。漂ってくる「気配」が違う。
訓練された、鋭利な刃物のような気配。そして、微かに漂う霊的なノイズ。
車から降りてきたのは、黒いスーツを着た数名の男たちと、作業服を着た技術者風の人間たちだった。
彼らは手に奇妙な携帯端末――ガイガーカウンター(放射能測定器)のような機械を持っていた。
「……数値は?」
「残留エーテル反応あり。クラスC相当。ですが……本体が見当たりません」
「消滅したか?」
「いえ、崩壊パターンが検出されません。反応が『途切れて』います。まるで、空間から切り取られたように」
風に乗って、彼らの会話が聞こえてくる。
霊能力者として感覚が鋭敏になっている俺には、百メートル先の囁き声も拾える。
「またか……最近、この手の『消失』が多いな」
リーダー格と思われる男が、苛立ち紛れにタバコを取り出した。
「おい、本庁に連絡しろ。『未確認の干渉者』の可能性があると」
「了解。しかし、今回の波形……妙ですね」
「何がだ?」
「スペクトルが国内のものと一致しません。これ、欧州系の古戦場の周波数ですよ」
俺の心臓がドクンと跳ねた。
欧州系。
やはり、さっきの軍服の霊は、日本の霊ではなかったのか。
「チッ……また『漏洩』か。お偉いさん方が世界中で霊エネルギー回線を繋げまくったツケが回ってきてるんだ」
リーダー格の男が吐き捨てるように言った。
「他国の廃棄エネルギーが日本に逆流してるなんて、公表できるわけねーよな。……おい、徹底的に痕跡を消せ。目撃者がいたら確保、最悪の場合は記憶処理だ」
「……!」
隣で麗奈が息を呑む気配がした。彼女には会話の内容までは聞こえていないだろうが、彼らが「ヤバい奴ら」だということは本能で察知したらしい。
「ねえ、蓮……あれ、もしかして……」
「……国家霊子管理局。噂には聞いていましたが」
霊を国の「資源」として管理する行政機関。
表向きは心霊スポットの管理や除霊を行うとされているが、その実態は謎に包まれている。
父さんが嫌っていた組織だ。
『お兄ちゃん、あの人たち……嫌な感じがする』
愛が俺の腕をギュッと掴む。
『霊を、モノとしか見てない目をしてる』
俺は頷き、カードケースの上からポケットを押さえた。
スペードの7。さっき封印した彼も、このまま放っておけば彼らに「回収」され、実験材料か何かにされていたのかもしれない。
「……行こう。見つかると面倒だ」
「ど、同意! 激しく同意!」
俺たちは食べかけの弁当を抱え、猫のように身を屈めてその場を離れた。
背後で、機械的なスキャン音が夜の闇に響いていた。
帰り道、俺はずっと考えていた。
世界中で霊エネルギーの実用化が進んでいる?
他国の廃棄エネルギーが日本に漏れ出している?
父さんが書き残した「霊は還るべき」という言葉。それは単なる倫理観だけではなく、もっと物理的な、世界の理に関わる警告だったのではないか。
「……ねえ、蓮」
沈黙に耐えかねたのか、麗奈が小声で話しかけてくる。
「あんた、もしかして国際指名手配犯とかじゃないわよね?」
「ただの高校生です。……休学中ですけど」
「ふーん。まあ、深くは聞かないわよ。あたしも警察とか苦手だし」
麗奈はニシシと笑ったが、その目は笑っていなかった。彼女なりに、俺たちの置かれた状況の危うさを感じ取っているのだろう。
アパートに帰り着くと、深夜二時を回っていた。
麗奈は「シャワー借りる!」と言って浴室に消え、俺と愛はリビングに残された。
『お兄ちゃん』
「ん?」
『私、お兄ちゃんの邪魔になってないかな』
唐突な問いに、俺は動きを止めた。
「何を言ってるんだ。愛がいるから、俺は生きてるんだ」
『でも……あの人たちに見つかったら、きっと大変なことになる。私みたいな「強い霊」は、特に』
愛は自分の価値(エネルギー量)を本能的に理解しているようだった。
ハートのエース。
中規模都市の電力を一年賄えるほどのエネルギー。それが管理局に知られれば、間違いなく標的になる。
「守るよ」
俺は愛の半透明な頭を撫でた。
「誰が来ようと、何が起きようと。お前は俺が守る。……父さんとの約束以前に、俺の意志だ」
愛は少し驚いた顔をして、それから花が咲くように笑った。
『うん。信じてる』
その笑顔を守るためなら、国だろうが世界だろうが、相手になってやる。
俺はポケットの中のスペードの7を握りしめ、新たな決意を固めていた。
だが、俺はまだ知らなかった。
管理局だけでなく、もう一つの「視線」が俺たちに向けられていることを。
それは組織の論理とは違う、個人の強烈な信念を持った存在。
――翌日、そいつは唐突に俺たちの前に現れた。




