【第2話】押しかけ霊能力者と奇妙な同居
【第2話】押しかけ霊能力者と奇妙な同居
翌朝。
俺が目を覚ますと、キッチンから小気味よい包丁の音が聞こえてきた。
トントントン、とリズミカルな音。味噌汁の出汁の香り。
一瞬、母さんが生きていた頃に戻ったのかと錯覚した。
だが、リビングのドアを開けた瞬間、その幻想は粉々に砕け散った。
「おっはよー家主! 朝ごはんできてるわよ!」
そこには、俺の高校のジャージ(サイズがデカくて裾を捲り上げている)を着た星野麗奈が、仁王立ちしていた。
髪はボサボサだが、妙に晴れやかな顔をしている。
「……なんで俺のジャージ着てるんですか」
「喪服じゃ料理できないでしょ? 箪笥漁ったらちょうどいいのがあったから借りたわ」
「不法侵入に窃盗まで追加ですか」
「細かいこと言わないの! ほら、愛ちゃんの分もお線香あげといたから!」
見れば、仏壇には新しい線香が供えられている。
……そういえば、寝てる時にチーンと澄んだ音が響いていた気がする。
愛が仏壇の横で、手を合わせて嬉しそうにしていた。
「お兄ちゃん、麗奈さんすごいよ!お線香のあげ方がプロっぽい!」
「そりゃ本職だからね、形だけは」
俺は大きなため息をつき、食卓についた。
出されたのは、白米と味噌汁、そして少し焦げた卵焼き。
一口食べる。……悔しいが、味は悪くない。
「で? いつ出て行くんですか」
「冷たいわねぇ。昨日の話、覚えてない?」
麗奈は卵焼きをつまみながら、ニヤリと笑った。
「アンタのその『本物』の目と、私の『プロ』の話術。組めば最強だって言ったでしょ」
「だから断ると……」
「今朝のニュース見た?」
彼女はスマホの画面を俺に突きつけた。
画面には、地元の掲示板サイトが映し出されている。
『深夜の廃ビルに出る“切り裂き兵士”の噂』というスレッドが乱立していた。
「最近、この辺りで通り魔的な傷害事件が増えてるの。犯人は捕まってない。被害者はみんな『急に寒気がして、気づいたら切られていた』って証言してる」
「……」
「これ、ただの人間じゃないわよね。アンタなら分かるでしょ?」
俺は箸を止めた。
確かに、最近街の空気が淀んでいるのは感じていた。特に夜、遠くから鋭利な刃物のような気配が漂ってくることがある。
愛も、不安そうに俺を見た。
「お兄ちゃん……私、最近夜になると怖いの。何かが、ずっと泣いてるような声が聞こえるの」
「泣いてる?」
「うん。痛いよ、苦しいよって……」
愛は「純粋体」と呼ばれる高位の霊だ。他の霊の感情には敏感に反応する。
彼女がそこまで言うなら、放ってはおけない。
霊は放置すれば、生者の負の感情を吸収して強大化し、最終的には災害級の被害をもたらすこともある。それが父さんの教えだった。
「……場所は?」
「駅向こうの再開発地区。古い軍需工場の跡地があるでしょ? あそこ」
「今夜、行きます」
「話が早くて助かるわ! 報酬が出たら山分けね! もちろん私が七でアンタが三!」
「金は要りません。あと、あなたは来なくていい」
俺が言うと、麗奈は心外そうな顔をした。
「は? 何言ってんの。私が行かなきゃ誰が依頼主と交渉するのよ」
「依頼主?」
「そうよ! この廃ビルの持ち主の不動産屋に、すでに営業メール送っといたから!『凄腕の霊能者が解決します』って!」
「勝手なことを……!」
「前金で五万振り込まれたわ。もうネットカフェ代のツケと食費で消えたけど」
「使い込み早すぎだろ!」
頭が痛い。
この女、行動力が異常だ。しかも金に関しては嗅覚が鋭すぎる。
「いい? アンタは霊を祓えばいいの。私はそれを『演出』して、金にする。完璧な役割分担じゃない」
「詐欺の片棒を担ぐ気はありません」
「人助けよ! 不動産屋は幽霊がいなくなってハッピー、近隣住民も安心、私たちは儲かってウィンウィン! 誰も損しないわ」
ああ言えばこう言う。
だが、放っておくわけにはいかない。愛が怯えている元凶を絶つ必要があるし、何よりこのまま麗奈を野放しにすれば、彼女自身がその「切り裂き兵士」に殺されかねない。
「……分かりました。今夜だけですよ」
「交渉成立ね!」
麗奈はガッツポーズをした。
愛も「お兄ちゃん、頑張って!」と無邪気に応援している。
俺は残りの味噌汁を飲み干した。出汁の味が、少しだけしょっぱく感じた。
◇
夜。
俺と麗奈は、立入禁止のテープをくぐり抜け、廃工場の敷地に足を踏み入れた。
麗奈からは今日、この場に立ち入る許可を不動産屋から得たと聞いてはいたが、立入禁止と書かれた場所に入るというのはどうにも緊張する。
昼間の暑気が嘘のように、辺りは冷え込んでいた。
コンクリートの残骸が墓標のように立ち並び、錆びた鉄骨が月明かりに照らされている。
「うっ……なんか、いつもより寒くない?」
麗奈が自分の二の腕をさすりながら、俺の背中に隠れるように歩く。
口では強気なことを言っても、本能的には恐怖を感じているらしい。霊感はあまりないはずだが、生物としての危機察知能力は高いのかもしれない。
「帰りますか」
「バカ言わないで。前金もらっちゃったんだから、結果出さないと詐欺で訴えられるわよ」
「詐欺師のセリフとは思えませんね」
俺はポケットからスマホを取り出し、ライトを点ける。
その光が、工場の奥にある巨大な搬入口を照らし出した時だった。
キィィィィィィン……
耳鳴りのような金属音が響いた。
同時に、強烈な腐臭が鼻をつく。血と、錆と、古い油の混じった匂い。
「きゃっ!?」
麗奈が短く叫んだ。
彼女の頬に、一筋の赤い線が走る。
切り傷だ。何かが、見えない刃物が、空気を裂いて飛んできたのだ。
「伏せて!」
俺は麗奈の頭を掴み、瓦礫の陰に押し倒した。
直後、俺たちが立っていた場所のコンクリート柱が、スパァン! という乾いた音と共に斜めに切断され、崩れ落ちた。
「な、なにごと……!?」
「出てきましたね」
俺は立ち上がり、ポケットからトランプケースを取り出す。
父さんから譲り受けた、特製のケース。その中には、まだ封印されていない空白のカードと、唯一の切り札である「ハートのエース」が入っている。
「愛」
『うん、お兄ちゃん』
俺の隣に、愛が姿を現す。
彼女の体は淡いピンク色の光を帯びていた。この光は、俺たちの周囲数メートルを照らし、霊的な干渉から守る結界のような役割を果たす。
そして、闇の奥から、そいつが現れた。
軍服のようなボロボロの服を纏い、顔の半分が欠損した男の霊。
その手には、異常なほど長い日本刀が握られている。
刀身は赤黒く錆び付いているが、その切っ先だけが、ギラリと冷たい輝きを放っていた。
「……て、帝国ヲ……守……ル……」
掠れた声。
殺気というよりは、悲痛な使命感が、そこにはあった。
「ス、スペード……?」
俺には霊の種類がトランプのスートとして認識される。
トランプの各スートには象徴があり、スペードは「鎧と剣」。攻撃的な霊の典型だ。
だが、こいつはただ暴れているだけじゃない。何かを守っている?
「麗奈さん、動かないで」
「う、うん……てか、何アレ、うっすら黒い影が見えるんだけど……!」
「集中すれば見えるようになりましたか。才能ありますね」
俺はカードを一枚抜き取り、指に挟む。
封印の儀式。
それは、霊を倒すことじゃない。
霊の「核」に触れ、その記憶を読み取り、理解すること。
俺は深く息を吸い込み、構えた。
右手のカードが、微かに青白く発光を始める。
これが、俺の日常であり、妹をこの世に繋ぎ止めるための「代償」の始まりだった。




