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【第11話】管理局の招集


【第11話】管理局の招集


 都心の一等地にそびえ立つ、窓のない灰色の要塞。

 『国家霊子管理局』。

 看板の一つも掲げていないそのビルは、まるで周囲の喧騒を拒絶した巨大な墓標のようにも見えた。


「……失礼します」


 自動ドアをくぐると、そこにはホテルのロビーのような、過剰に清潔で静謐な空間が広がっていた。

 受付に座っているのは、感情を削ぎ落としたような無機質な笑みを浮かべる女性だ。


「榊 蓮様ですね。お待ちしておりました。特別対応課の室長がお呼びです。エレベーターで最上階へどうぞ」


 俺は促されるままに、鏡のように磨き抜かれたエレベーターに乗り込んだ。

 ポケットの中には、まなが封印された『ハートのエース』をはじめとする、数枚のトランプカードが収まっている。


(お兄ちゃん、気をつけて。ここ、すごく『怖い音』がする……)


 愛の震えるような声が、意識の奥底で響く。彼女にはこのビルの深層から漏れ出す「何か」が、絶叫のように聞こえているらしい。


 最上階の扉が開くと、そこは全面ガラス張りのオフィスだった。

 眼下には新宿のビル群が見えるが、室内の空気はひんやりと冷え切り、オゾンのような独特の匂いが立ち込めている。


「よく来てくれた、榊 蓮君。いや、――『バインダー』の継承者と言うべきかな」


 部屋の中央に置かれたデスク。そこに座っていたのは、銀縁の眼鏡をかけた痩身の男だった。

 管理局の特別対応室長、黒崎くろさき

 彼は歓迎の意を示すように立ち上がったが、その瞳の奥には、好奇心の強い解剖学者のような冷徹さが宿っていた。


「父上……榊 げん氏には、以前から協力をお願いしていたのだが、生前はついに首を縦に振ってはくれなかった。君がこうして応じてくれたことを、嬉しく思うよ」


「父のことを知っているんですか」


「もちろんだ。彼は国内で唯一、霊を『完全な形で保存』できる技術を持っていた。我々が喉から手が出るほど欲していた技術だ」


 黒崎はデスクの上のスイッチを押した。

 オフィスの壁一面がスクリーンに変わり、そこにある映像が映し出された。


「……っ、これは」


 それは、巨大なカプセルのような装置の中に、無数の青白い光が詰め込まれている光景だった。

 光は何かの機械とチューブで繋がれ、脈打つたびにその一部が強制的に引き剥がされ、配線を通って施設の奥へと運ばれていく。


「これが我が管理局が誇る『霊子固定化発電システム』。現在、この国の電力の十五パーセントを担っている。だが、固定化された霊子体は時間と共に劣化し、エネルギー効率が落ちるという欠点がある」


 黒崎は冷酷に続けた。


「しかし、君の持つ『バインド』の力があれば、霊を減衰させることなく、理論上は永久にエネルギーを抽出し続けることができる。君の妹、榊 愛さんのような『純粋体』なら、それこそ一基で都市一つを支えられるだろう」


「……何、言ってんだ。愛を、電池にするって言いたいのか?」


 俺の声が怒りで震える。

 ポケットの中のカードが、愛の怯えに呼応するように激しく熱を帯びる。


「言葉が悪いな。彼女を『永遠の存在』にするための、最も合理的な活用法だよ。榊君、君も妹の消失を望んでいないはずだ。管理局の設備で彼女を恒久固定すれば、彼女は未来永劫、この国の一部として生き続けることができる。君への報酬も約束しよう。一生遊んで暮らせるだけの金をね」


 合理性。未来永劫。報酬。

 並べられる甘美な、しかし血の通わない言葉たち。


 その時だった。

 スクリーンの映像の中で、劣化した一つの霊が限界を迎え、ドロリとした黒い霧となって霧散した。

 管理局の技術者は、ゴミを片付けるような手際で、その後に新しい『資源』を補充した。


(お兄ちゃん、助けて……! あの人たち、お父さんが言ってた……霊を『壊してる』連中だよ!)


 愛の悲鳴が脳内を駆け巡る。


「……断る」


 俺は一歩、黒崎に向かって踏み出した。

 トランプケースから、一枚のカードを抜き取る。


「誰がそんな場所に愛を渡すかよ。俺はあんたらの実体を確かめに来ただけだ。愛を、父さんの『代償』を守るためにな」


 黒崎の表情から、偽りの笑みが消えた。

 

「残念だよ。やはり親子だ、君もまた理不尽な感情を優先するのか」


 彼が指を鳴らすと、オフィスの背後の扉が開き、タクティカルベストを着込んだ重武装の男たちがなだれ込んできた。

 彼らが構えているのは、銃ではない。霊子エネルギーを中和・拘束する特殊な電磁ロッドだ。


「任意出頭の段階は終わった。ここからは公執行ミッションだ。……案ずるな、榊君。妹さんのカードさえ無事なら、君の安否は問わない」


 取り囲まれる俺。

 ビルの上空を、数台の戦闘ヘリが旋回し、真っ赤なサーチライトが室内を舐めるように走り抜けた。


「愛、行くぞ!」


『うん! お兄ちゃん!』


 俺の手の中で、カードが眩い閃光を放った。

 国家という巨大な怪物との、本当の戦いがここから始まることを、俺は確信していた。


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