【第10話】国家の招集
【第10話】国家の招集
それは、なんの変哲もない平日の午後に届いた。
ポストに入っていたのは、質素な白い封筒。差出人の名前はなく、ただ『重要』という赤いスタンプが押されているだけだった。
「……なんだこれ」
学校(名ばかりの登校だ。単位はギリギリ)から帰ってきた俺は、リビングで封筒を開封した。
中から出てきたのは、厚手の一枚の紙。
『出頭要請』という文字が、やけに重々しい明朝体で記されている。
『榊 蓮 殿
貴殿を国家霊子管理局・特別能力者対応課への任意同行対象者として指定します。
つきましては、○月○日 10:00までに、下記住所へ出頭されたし。
本状は法的拘束力を持ちませんが、拒否された場合、霊子資源管理法に基づき強制調査の対象となる可能性があります』
「……国家霊子管理局」
その名前が持つ独特の圧力に、肌が粟立つ。
父が嫌っていた組織だ。遺品の中にあった何かの書類で、記述を見たことがある。『霊子』という単語。その単語は国家がよく使う呼び名だ。
「うわ、なにそれ。呼び出し?」
横から麗奈が覗き込んできた。彼女の手には、コンビニで買ってきた肉まんが握られている。
「みたいだな。……心当たりなんてないんだが」
「あるじゃない、心当たり」
麗奈は肉まんを頬張りながら、俺の胸元のポケット(そこにはトランプが入っている)を指差した。
「あんたのそれ、相当ヤバい力なんでしょ? バレてんじゃないの」
「バレるって……誰に?」
「お役所仕事ナメちゃいけないよ。あたしも住民税滞納してる時、どっからともなく督促状来たし」
「それとはレベルが違うだろ」
だが、麗奈の言う通りかもしれない。
公園で遭遇した、スーツ姿の男たち。あれが恐らくその管理局の人間だ。あの時、俺のデータが取られたのかもしれない。
『お兄ちゃん、これ……嫌な感じがする』
愛も不安そうに封筒を見つめている。
『行かない方がいいよ。なんか、冷たい匂いがする』
「ああ。俺も行きたくはない」
俺は封筒をテーブルに放り投げた。
「無視する」
「おっと、それは悪手かもよ若人」
麗奈が人差し指を振った。
「相手は『国家』って名乗ってんのよ。バックに国がいる組織相手にバックレたら、それこそ指名手配とかされちゃうかも」
「脅すなよ」
「脅しじゃないって。あたし、こういう手合いの執念深さは知ってるんだから」
麗奈の目は笑っていなかった。彼女なりに、社会の裏側の怖さを知っているのだろう。
「逃げても無駄だよ。相手が本気なら、あんたの居場所なんてすぐ割れる。……だったらさ、一回行ってみて、話だけでも聞いてきたら? 案外『今度アンケート協力してね』くらいの話かもしれないし」
楽天的な麗奈の言葉だが、一理ある。
無視して敵対認定されるよりは、一度接触して相手の狙いを探るべきか。
何より、父がなぜ死んだのか。その影に「国家」という存在があったのではないか。それを確かめたい気持ちもあった。
「……分かった。行ってみる」
俺は決意した。
「ただし、何かあったらすぐに逃げる。愛、お前は隠れてろ」
『嫌だ! 私も行く!』
愛は即座に反論した。
『お兄ちゃん一人じゃ心配だもん。それに、いざとなったらお兄ちゃんのこと守れるし』
「守るって……」
『私、お兄ちゃん守るためなら何でもするから』
愛の瞳は真剣だった。強い意志を感じる。
俺はため息をつき、頷いた。
「分かった。でも、絶対に姿を見せるなよ」
「あたしはどうする? 留守番?」
麗奈が肉まんの最後の欠片を口に放り込んだ。
「お前は……そうだな。もし俺が帰ってこなかったら、逃げろ」
「えっ」
「ここも安全じゃないかもしれない。何かあったら、すぐに逃げてくれ」
俺の言葉に、麗奈は少し驚いた顔をし、それからニヤリと笑った。
「了解。でもさ、あんたが帰ってこなかったら、誰があたしの家賃払うのよ。……だから、絶対帰ってきなさいよね」
軽口の中に、僅かな心配の色が滲んでいた。
指定された日は翌日。
俺は制服ではなく私服に着替え、トランプをしっかりとポケットに忍ばせた。
国家霊子管理局。
その場所は、都心の一等地に立つ、無機質な灰色のビルだった。
入り口には看板さえ出ていない。だが、そこから漂う威圧感は、明らかに普通のオフィスビルとは異なっていた。
「……行くぞ」
俺は小さく呟き、自動ドアをくぐった。
これが、長い戦いの始まりになるとは知らずに。




