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戦場で英雄? ご冗談でしょう?  作者: 逆さ藤


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9/10

受勲後




 壇上に上がるとそこには扶桑の行政長官がいた。軍人からすればとてもじゃないが個人単位で会うことのない雲の上の存在。



 行政長官はなぜだか緊張した顔をしていた。



 おいおい旦那。そんなに緊張しなくてもいいだろう? こっちはただの海軍のお荷物だったんだぜ? 



 ただ、そこまでだった。




「御影翔子三等海曹。貴官の奮闘は他に並ぶものなし。黄金柏葉付野戦勲章をここに授けます」


「は」



 何を言っているんだと思った。


 行政長官。これは丸いメガネをかけ、灰色の短な髪を整えていた細身の男だった。外見だけ見れば売れない作曲家みたいな男が、震えながら御影の腕に(男性から女性に叙勲する場合、胸にかけるわけにもいかないため、腕につける)勲章を授けた。



「おめでとう」



 それだけ言う。



 一方御影は混乱していた。彼女が受けた勲章は陸軍海軍問わず、最高位とされるものだ。これ以上ない勲章であり、年金の額も桁違いである。もちろん、そんなものは付録品に過ぎない。この勲章をもらったものは過去にも何人もいない。だからこそ、価値があるとされている。



 そんな大仰な勲章をいただいてしまったのだ。酒門の軍港でのんびり憲兵と遊んでいたような自分が、である。



「は、は……つ、謹んでお受けいたします」


「随分と、英雄にしては控えめですね」



 行政長官はなんだか意外という顔をしていた。御影の心に気づくはずもない。腕が急に重くなったような気がした。



「は、はあ」


「何か一言いただければ、と思いますが」



 なんてことを言うんだこのメガネ。こっちはわけが分かってないんだぞ。帰国してからこっち、何もかもわけが分かってないんだ。



「勲章に、恥じない、生活を」


「ほ。さすがですね。英雄の生活をしっかりとすると」


「そうですね」



 御影は言われるがままだ。壇上で言葉を発するなんてごめんだ。さっさと逃げ帰りたい気持ちを押し殺しながら御影はあわあわと受け答えを繰り返した。



 

 それからはとんでもない時間だった。御影にとって居心地の悪い時間である。酒門では陸戦隊の再編成が続いているから御影は休暇中。そんな中で客が途切れない。



 ある者は取材と称して【綾】での戦いを聞いてくる。ある者は勲章を見せてくれとねだってくる。見せろと言うから見せるが、その者たちの反応もさまざまだった。御影の下宿はあっという間に人が集まるようになり、下宿の小母さんの顔が曇る。不在の時にも鍵を開けなければならないからだ。



 そこから休暇が終わっても、居心地が悪い日々が続いた。今までは身だしなみが良くなくても注意するのは甲板士官の新米少尉くらいだった。それが今や大尉の分隊長や艦長クラスが御影を直々に注意するようになった。



 甲板士官の叱責が懐かしいな、などと御影は思った。



 ある意味御影はそうした特殊な役割だったのだ。だらしなく、下士官に上がるのも遅く、堕落した水兵。その上怒ろうが怒鳴ろうがまず自殺することはない。甲板士官などなんとも思っていないような図太さがあった。



 それが休暇が終わり、下宿から戻ってみると応対が一変していたのだ。門の前の歩哨はいつも以上に堅苦しい敬礼をしてくる。仕事をすればなぜだかいつもより部下が言うことを聞く。



 楽だ、楽ではある。将校の見る目もなぜだか違った。



「おう」



 休憩の際、わざわざ下士官集会所にやってきた志村がバン、と背中を叩く。御影は顔を顰めながら応対した。



「よう」


「おめでとう。英雄様。素晴らしい勲章と生涯年金だな。海軍なんていつやめてもいいんじゃないか?」


「どうだかね……。正直、こんなものひとつで話が変わるとは」



 ため息をついて御影は胸の略綬を見た。制服には様々な印がある。右腕には山形の善行章が一本ある。同期の志村には二本だ。胸にはマークと呼ばれる、どこの術科学校を出たのかを記すワッペンがはられる。水兵さんは飾りが多いというが、実際陸軍より余程多い。



「私は善行章ひっぺがされた口だから、これ以上出世しないはずだったが、この分じゃもう少し上にいけるかもしれんな」


「よく言うぜ。あんた階級なんぞ気にもしてねえだろう? 海軍の鼻つまみだぞ」


「まあな。好き勝手動けた。何せ鼻つまみなもんでね。それが今じゃどいつもこいつも御影兵曹は英雄だ、とくるんだからな」


「最高だろう?」



 志村は呑気に言う。タバコがジリジリと減っていた。



「最低さ。結局私がやったのはよ、せいぜい橋頭堡の確保だけだ。生き残ったのはたまたま。班員六人が死んだんだぞ」


「勲章をくれた、と言うのはよ。お前の判断が間違ってねえ、って証拠だろ? 少なくとも海軍統帥部はそう判断した」


「それなら上陸作戦を指揮したやつにやればいいんだよ」


「そうじゃない。作戦を発動してもそれが成功するかもわからんだろ? お前は作戦を成功に導いた現場の下士官だったんだよ。誰にもわかる感じでな」



 志村は紫煙を吐き出す。丸っこい顔が戦場から帰って変わった気がした。



「お前、頭良くなったか? バカだと思ってたけど」


「あほ、俺はずっと頭がいいよ。次の昇進も待ってるしな」


「そうか。でも、ま、呼ばれ方は同じだよな。志村兵曹」



 下士官——つまり、一等から三等の海曹は皆同じ呼ばれ方をする。下の兵たちからは軍隊生活に慣れ親しんだ親分たち。上の士官たちからは海軍の中核を担う中間管理職である。



「給料が上がるからな。いいもんだよ」



 志村はそう言って話を締めた。


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