受勲式
「——御影三曹?」
田中の声がした。呆然とした顔が見える。ボサついた髪の毛が整えられ、軽く結ばれていた。そこまで長くないので、小さな尻尾のようになっている。
「終わりましたよ」
温厚な声で、中年の理髪師がそう言った。
「厄介でした。ボサボサで」
「癖毛でね。実に手間をかけてくれたな。礼を言うよ」
「少しは整えられては?」
「好きじゃないんだ。まあ、いいじゃないか。こうしたときは二度とないだろう」
御影は掻きむしりそうになったが我慢した。髪が整っているのはあまり落ち着かない。
「そうでもないようですよ。上層部は色々考えているみたいです」
「よう、田中。お前、なんでそんなことを知っているんだよ」
「水兵の噂は信憑性高いですよ」
「そりゃ知ってる。私も水兵だったからな。半分くらいはあっているかもな。半分だけな」
実際噂は信頼性もある。水兵までくれば確かに尾鰭がつくものだが、それでも噂の本質は本当だった、なんてことはよくあった。
それでも御影はそれを受け入れたくはなかった。何せ、受け入れてしまえば御影自身が噂の中心に存在している。それだけはごめんだ。
「服も上がったみたいです」
「どうも……」
さあどうぞ、と差し出されても困った。山猿同然の自分の軍服。それもせいぜい正月や海軍の祭り程度でしか着ない第一種軍装の正装だ。
御影自身もほとんど身につけていないからシワがよっていたはずだったが、差し出されたそれは新品同様になっていた。
「なんだか着慣れないな。中央ではいつもこうか?」
「そうですよ。中央ですからね」
「お前、結構苦労してんな」
軽く言って、御影は姿見の前に出た。
ボサボサの髪はなで着けられていて使ったことのない整髪剤の匂いがした。
ジャケットの襟目は正しく、厚手の生地はますます彼女の印象を着せ替え人形のようにしていた。
「ひでえなあ……」
「何がです? 整えられている大したものですよ」
「そう見えるなら、周りの庸人のおかげだよ。私は理髪師でも服屋でもないからな」
ぶっきらぼうに言って、御影は軍帽を被った。似合わない。この格好でいつも通り酒門を歩いていたら噴き出されるだろう。
「田中。お前案内なら終わりじゃないのか?」
「ご冗談を。最後まで案内せよと命令されていますので」
「おう、そうか。そりゃ災難だな」
「? 何がです?」
「いやなんでもない」
あまり偉い人だらけのところにいたいとも思わないのだが、田中は意外とそうは思わないようだった。
受勲の式典は思ったとおり、とても退屈なものだった。御影にとっては地獄である。
偉い人の挨拶。これが長い。叙勲者は御影の他にも大勢居る。
偉い人には偉い勲章が。御影のような下士官にはそれに見合ったものが配られる。会戦章、第一級、二級前線勲章といった野戦参加者に送られる勲章の授与が始まるが、そこに御影はいなかった。本来授与されるものはここら辺だと思っていたので意外だった。
一体いつ配られるのか。
早くしてくれ、全く。酒門に帰りたい。仕事は嫌いでやりたくないが、それでもここよりマシだ。
そんなことを考えていたら、ようやく名前が呼ばれた。御影翔子、と呼ばれて立ち上がる。
半分呆然と聞いていたから、なんの勲章を贈られるのかはわからない。年金があればいいがな。そんな呑気なことを思えていたのは声がするまでだった。




