浜での戦闘
鉄と火薬が大勢を殺し、砂浜を穿った砲弾は人を埋めるほどの大穴を開けているのを見た。
銃弾が耳を掠める中、御影は短艇の上にいた。三等海曹の役割は班長——陸軍で言えば分隊——だった。短艇から身を躍らせ、目標まで直走る事。それが仕事だった。
舳先が砂浜にハマった。
「突撃!」
御影は大声を上げた。正直に言う、恐ろしかった。怖さを掻き消すためだった。それが部下にはたまたま勇壮に見えたのだろうか。
砂浜を踏み締めた瞬間、すぐ隣の短艇にいた兵が薙ぎ倒されたのが見えた。敵の弾幕は当然、舳先を狙っている。上陸作戦は陸戦隊の十八番とされているが損害が出ないはずもない。
大きな音とともに、端艇が木っ端微塵になった。退路はもうない。
「班長!」
誰かの声がした。その声は誰のものだろうか、部下かもしれないし、そうじゃないのかもしれなかった。
悲鳴が交錯し、誰かが倒れる。御影の顔に何かしらの液体がかかった。
「……っ!」
声もない。木っ端微塵になるのは短艇だけではない。人か、かつてそうだったものたちが砕け散る。
御影の軍靴はそれを踏み締めていた。砂浜であることが幸いしたのか滑ることはなかった。
「第四班! 第四班!」
「班長!」
部下の誰かだ。少なくともこちらを向いてそう言っているから間違いない。
「他は」
「脱落六名」
「急げ」
十人の部下が半数消えた。脱落、死んだかどうかわからないだけだ。今、現状としていない。員数に入らないから死んでいることにした方がいい。
砂浜の中間点。そこには急場ごしらえとしか思えない塹壕がある。
御影はそこに落ちた。周りには驚愕の表情を浮かべた【綾】の兵がいた。黒色の服に厚さしのぎなのか丸型の傘をかぶっている。
御影はまた大声を上げた。
恐ろしかったからだ。
死ぬのだ、と思った。
死にたくなかった。握りしめた小銃の先には銃剣がある。御影はそれを突き出した。
相手の喉笛から血が吹き出し、御影の顔を赤く染める。その一場面で、周りは完全に恐慌に陥った。
塹壕にいる兵はそれぞれ御影を敵視し、殺そうとする。当然だった。御影はそれに対抗するためにここに来たのだ。
結果、狭い塹壕の中は地獄になった。大声を上げ狂ったように暴れた。いつか終わるのだと思った。耳を掠め、腕を抉り、軍服の中は血で溢れかえっていた。
「班長!」
「うおおあ」
わけのわからない声が出る。その声に背を向けてまた目の前の笠の兵を突き刺した。小銃に弾込めする暇なんかない。無我夢中でしかなかった。
「班長! ここですここで!」
「行け! 殺せ!」
耳に入る声に、完全に興奮状態の御影は髪を振り乱しながら言った。
周りの声は徐々に増えていく。
「やめてください!」
「突出しすぎてます!」
「ここで味方を待ちましょう! 到達点はここです!」
最後の言葉でようやく我に帰る。
御影は息をついた。さっきまでの異常な興奮状態は過ぎ去り、呆然とした表情を浮かべていたと思う。
「あ、いたた……」
「班長!」
「ああ、大丈夫だ。そんなに慌てるな。おい、何人いる?」
腕の痛みが走り、周りを見渡した。まだ点呼など出来る状態じゃない。
砂浜の塹壕から逃げ出す【綾】の兵隊たちが見えた。後続の陸戦隊が徐々に増えていく。どうやら今日中に橋頭堡は確立できそうだ。
「中隊長は?」
「戦死と聞きました」
「じゃあ、小隊長」
「前田小隊長は負傷して後送されました」
どうやらこの塹壕まで辿り着いたのは御影の班だけのようだった。
班員全員が待ち侘びるように御影の言葉を待っている。御影はあえて言った。
「衛生兵、包帯を寄越せ」
御影はそう言って包帯を受け取り、手早く巻く。塹壕周辺にはまだ他に誰も来ていない。前を見ると、二つ目の塹壕が見えた。笠を被った【綾】の兵はそこで集合し、次の攻撃を待ち構えているようだった。
「もう少し前に進むぞ、全員弾込め」
御影の言葉に、最初に反応したのは松永英二上等水兵だった。御影が一番信頼をおいている部下。ただ、まだ年若い水兵だ。その表情には正気を疑うような鈍い光がある。
周りも同じだ。鈍く、疲れ切っていてここに止まりたいと言わんばかりだ。
「御影班長、そんな」
松永上水の声はそのまま班員全員の気持ちを代弁していた。しかし、時間はない。全員で合議している暇がない。班の責任は果たしている。それでも、このままここで止まる事が正しいとはとても思えない。
「すぐここに味方が来る。旅館の女将よろしくここでお味方様いらっしゃいとはいかん。露払いを行う。弾を込めろ。銃剣付け替えろ」
それだけ言った。落ち着くために何度かの深呼吸を行い、塹壕の淵に手をかけた。
「行くぞ」




