首都へ
困惑しっぱなしであろう田中には悪いが、やはり御影にはそうした猫被りは無理なように思えた。何せ自分は田舎者である。【扶桑】の端っこに生まれ、しかも親はいないと来た。チンピラ同然の子供時代を過ごし、その中で海軍の徴募に引っ張られた。
御影にとって、海軍は初めて与えられた家族だった。その思いは今も変わってない。
蒸気汽車に乗るのは人生で二回目だった。海軍の仕事、昇進のため術科学校の修了が義務付けられており、首都に程近い虎里にある陸戦学校に向かったのだった。
同期の志村と知り合ったのもそこで、ぶっきらぼうな御影と愛嬌のある志村はなぜか馬が合った。
「田中」
汽車の座席に座る。これから長い汽車旅だ。田中には気の毒だがこうも暇ではやれない。話に付き合ってもらおう。
「はい」
「お前、結構優秀だろ」
「は」
田中はポカンとした顔をした。
「海軍省付きの水兵ってのは出世の都竜門だからな。お前はそれに載ってるわけだ」
「そう、なんでしょうか?」
「そうだよ。このままいけば来年には術科学校に行くだろうよ。専科は何だ?」
海軍は陸軍に比べて少ない。野戦などで人員が膨れ上がる陸軍に比べて海軍は船を無造作に増やすわけにはいかないからだった。一隻作るだけで陸軍の一個連隊分の予算がすっ飛ぶと聞いたこともある。
その中で水兵や下士官は専科を決める。これは陸軍に入って、歩兵砲兵騎兵測量その他諸々、となるのと似ている。
田中は真面目な顔に戻って言った。
「砲術です」
「おお、男の華だな。私には出来ない」
事実だった。ただでさえ女性兵士への乱暴が常態化している上に、砲術科は砲弾や砲など重量物を扱う機会が多いから尚更だった。
「父も海軍です。だから私も」
「ほー。お父上は何だ?」
「海曹長です。今は軍艦【大嶺】の先任伍長だと聞いてます」
「うお、こりゃまいったな。先任伍長か。お前、随分とすごいな」
先任伍長。それは海軍にいれば一定の尊敬を集める存在だ。戦列艦の最上級の兵隊がようやくなれる存在で、その威光は艦長に匹敵するほどである。艦の事は何でもご承知で、兵隊の統率から、甲板士官の指導までこなすその姿は海軍軍人の鏡と呼ばれるほどだ。
「そりゃ海軍も無碍にはしないだろうな。そんな奴が田舎者の従卒などごめん被りたいだろう」
「いいえ、光栄に存じています。父には最前線で戦った英雄のそばで何かを学べと言われました。私も海軍軍人として学ばせていただければと思います」
「おいおい……、褒めすぎだぜ。私はただの下っ端だ。ギリ下士官だしな」
「しかし、最前線で皆を救われたんでしょう?」
「仕事だったからな。私は仕事に励んだだけだ。お前も、肩肘張らずに仕事に励め」
御影はそう締めた。手を振って自由にしていいと促す。
「首都まで長い。自由にしろ」
「は、はあ……」
二日間汽車で過ごすと身体が硬くなってしょうがなかった。一泊しようにも汽車が走り出すとそれに追いつく術はない。そのせいで二日間乗りっぱなしだ。御影は首都の駅でぐぐっと肩を伸ばした。
「ああ、堪えらんねえ。たまらんなこれは」
「そうですか?」
「若いねえ……。私はもう身体バキバキよ。それで海軍省付きの田中よ」
「妙な呼び方ですね」
「私と違って出世コースだからな。それで何すればいい」
「午後から受勲式があるとのことでしたが」
「朝ついて昼には受勲か」
「夜には晩餐会があるとのことです。大々的に報告するのだとか」
「めんどくせえな」
「逃げられませんよ」
「逃げてえ。うまく言いくるめてくれ。私は中央は苦手なんだ。適当なことばっか言ってくるからね」
首都の駅には洒脱な着こなしをした婦人や男性が山ほどいた。その中で御影の姿は山猿と大差ない。最初こそきちんとしていたが、徐々にめんどくさくなり、最後はシャツも適当に着てしまっていた。
田中も最初は注意していたが、御影の「自由にしていいと言ったろう。私も自由にするからな」との声で注意するのをやめていた。最初に会った頃の尊敬の目はすでになくなっている。
「中央が苦手だと言っても、それを無視するのは良くないでしょう」
「良くないね。だからわざわざ来たんだよ。電報一つで逃げられるならそれでいいんだけどな」
「そうなると追加の通信が来ますね」
「さらに面倒ってわけだ。だから私はわざわざ来た。年金でもつくなら願ったりだがね」
「きっとそうなりますよ」
「ならいい。首都まで来た甲斐があるもんだ」
御影の心は軽くなる。
恩給、年金。軍人でしかない、軍人でしかいられない御影にとってそれは気持ちを浮かれさせるには十分なものだった。
「田中よ。お前もせいぜい気張れ。こうして良い事もあるもんだぞ」
「はあ」
勲章なんておもちゃはどうでもいい。御影にとってはその後ろにある現物の方が余程ありがたかった。




