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戦場で英雄? ご冗談でしょう?  作者: 逆さ藤


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首都への召喚




 海軍省、と呼ばれる建物は酒門から二日の距離にある扶桑の首都にある。首都には名前がない。首都は首都、ということだそうだ。島国である【扶桑】のちょうど真ん中あたりにあるので、扶桑樹のヘソと呼ばれることもある。



 御影は頭を痛めながら翌日から準備を進めた。



 受勲する。何の勲章かは知らない。御影自身がだらしない上、上からも下からも横からも評判が悪い有様だった。酒にだらしないくせに一兵士として強いから始末に追えないのだった。



 実際御影も、もし娑婆で通用する算盤でもあればさっさと海軍など辞めたいとすら思っていたのだがとてもじゃないが無理だとも考えていた。



 海軍は帆船での死者が毎度毎度続くから年がら年中徴募を行なっているが、そうした中で如才なく立ち回るのはいつでも商家出身だったり、奉公の経験があったりする者だった。とても真似できそうにない。 



 だから嫌でも食うために海軍にいるしかないのだった。誰でも同じ理由であり、娑婆は地獄、軍はもっと地獄、と言われる所以である。




「なんだろうなあ」




 一人ごちながら用意を済ませる。ここら辺の所作は海軍では一等最初に習う。


 素早く手早く物静かに。


 その上黙って死ねば最上の兵士。


 最後の一文は物言わぬ名も無き兵士の自嘲だった。



「私は何もしてないんだけど」



 背嚢にまとめるほどの荷物もないが、流石に二日もかかる行程だ。蒸気汽車は軍人割引が効く。


 下宿の襖の前で声がした。



「御免、御影兵曹はいるか?」


「いるよ。入れ」



 反射的に声を出した。最初にこうして声をかける仕草を覚えた時は震えたものだった。海軍では反乱を抑える名目で(実際は退屈な海原に飽きた水兵の暇潰しだが)暴力が推進されている。



 兵は畳と同じで、叩けば叩くほど良くなるのだそうだ。御影も同じように水兵の頃は顔を腫らした。



 その上女性兵士に付き物の、乱暴から逃れるために苦労したものだった。まあ、実際のところ女性兵士の大半は屈強で、御影のようにガタイがいいものが多いから男じみているから返り討ちにする場合もあるのだが。



 襖が開く。



 小柄な水兵だった。鉛管服と呼ばれる白のツナギを着ていてイガグリ頭。簡単な顔立ちをしている。上官はこいつの名前を覚えるのに随分と苦労するだろうと思った。



「誰だお前」


「はっ、海軍省付、田中一等水兵です! 御影兵曹を案内するように言われました!」


「田中……田中ね」



 こいつの名前を覚えるのはちと面倒だぞ、と思わされる。普通の顔に普通の名前。しかも特徴らしい特徴はイガグリ頭だが、水兵は大体こうだから苦労する。



 御影は私服に着替えた。シャツとズボン、上衣とこちらも地味だ。



「どうも、一水。御影だ。それで、何をするって?」


「は、案内です」


「ああ、案内か。どこまでだ」


「海軍省までです。命令ですので」


「子供じゃあるまいし。お前も大変だな」 



 もちろん、これを拒否することは出来ない。案内せい、と命令されている以上、田中は案内しなければならないからだ。



 酒門では鉛管服姿など珍しくないとはいえ、首都だとかなり稀だろう。御影は目立ちたくない、という思いを押し殺し、告げた。



「命令受領した。頼むよ、田中一水」


「はっ」




 張り切ってらあ、海軍省付きというから水兵としては出世コースに載っている。自分のような海兵団時代に酒に溺れてしまって上官を殴りつける真似は絶対していないはずだった。



 下宿の外に出る。



 酒門の街は戦勝ムードに湧き立っていた。



 元は単なる漁港だったこの街だが、海軍に土地を供出した後は、本来が天然の良港だったことも相まって資本投下が行われ、今では【扶桑】の中でも指折りの都市だ。帆船を整備するドッグ、帆船を作り出す造船所。そこで働く労働者のために出てきた商家が作り出す通りは活気がある。



 通りがかるとすぐに鉛管服姿の水兵とあった。素通りだ。ただし、田中を見つけると慌ただしく敬礼を行った。どうやら海兵団をでて間もない三等水兵のようだった。



「い、いいんですか?」


「何が」


「敬礼を——」


「いいって。面倒だろ」



 実際、新兵の頃など外出許可が出ても街なんかぶらつきたくないものだ。そこここに上官ばかりいて気を抜くなど思いもよらない。しかもその上官を含めて監視する憲兵もいるわけだから、街全体が牢獄のように感じられる。



 御影はそうしたことが嫌だったので何度か楯突いていたが、楯突けば楯突くほど先輩方のありがたいご指導を受けるものだから厄介極まりなかった。



「面倒って話じゃ」


「あのな、田中。私は確かに公務を受けていくがな。休暇中に呼び出しをくらったんだぞ。そりゃやる気もない」


「そ、そうなんですか?」


「そうだとも。お前、何か勘違いしてないか? 私に対して何を聞かされたんだ?」


「救国の英雄と」


「なんだい、それ——」



 吹き出しそうになった。



 笑わせるつもりなのかと訝しんだが、田中の目はふざけている感じが微塵もない。



 御影はその目が不思議だった。



 こいつ、私に何を期待しているんだ? 



「【綾帝国】との激戦で、陸戦隊を救ったと聞いています」


「戦国の頃の武将じゃあるまいし、ありえねえよ。銃弾飛び交う中で一人が何出来るってんだ?」


「銃剣を煌めかせて隊を救ったと」


「相手が殺す気できたんでな。こっちも殺したんだ」


「【順港撤退戦】で英雄的な活躍をしたとか。御影兵曹は軍神だとか」


「随分持ち上げるね。私はギリギリ下士官になった口だが」



 歩きながら喋る。今は私服だが、バッグに詰めた中身は第一種軍装だ。海軍の礼服に当たる。本来行事でもなければ全く着る機会のないものなので、普段は衣嚢の肥やしだが、三日後に着なくてはならない。ああ、面倒だ。



「その期待を裏切らないように化けの皮を被らにゃならん」


「そんな事、言わない方が」



 田中は未だ困惑を隠せていない。



「まあ、言わんよ。言っても意味ないしな。戦場帰りってのは本当だし、それまで否定する気はない。問題はいい子ぶらなきゃならないってことだ。田中、服の皺取り出来るか?」



「首都にはそうした人がいっぱいいますよ」



「そりゃいい。私は首都に行った事がないんだ」


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