歓声
二日後である。扶桑の港町、酒門には帰還船の出迎えをするためか大勢の群衆がいた。黒山の人だかりとはこのことだろうか。やえなみ丸の甲板からそれを覗き込むと御影は妙な気分になった。
甲板の横で志村は笑っていた。
「大観衆だぜ。少しは胸を張れよ」
「どうかな……。私の班は死者も出てる」
「どこだってそうだぜ」
「お前は違うだろう?」
死者が出ない、とか部下を疲れさせないというのは胸を張れる事実だ。だけど死者を出すとやはり気を病む。
「まあ、群衆にとってはお前の気持ちなんかどうでもいいことだ。結局群衆にとってはこの戦争に勝てたってのが一番の関心ごとなんだよ」
「そうだろうけど……」
納得はいかない。自分にとっては自分の部下が複数人無くなった方が余程きついのだ。
「勝ち戦の人員だ。立派に胸張らなきゃよ。仕事だぜ仕事」
「仕事か」
そう、仕事だよ仕事——。志村は最後に付け加えた。
そうだ、仕事なのだ。そう思えば少しでも救われる。私が無能だとしても、そう思えば少しはマシに思えた。
「第二中隊! 降りるぞ!」
第二も第一もあるもんか。陸戦隊としての最終的な人員は半分だけだった。二日間でさらに亡くなり、最後に残ったのは一個連隊どころか二個大隊ほどの五〇〇人ほどだった。
要するに実質的に壊滅したわけだ。私は背嚢を担ぎ、やえなみ丸から降りた。
「英雄様だ!」
「ご帰還だ!」
「あれが最前線の神様だぞ!」
何が起こったのかわからない。警備の巡邏がどうにか周りの群衆を抑えている。
「……?」
私は群衆を割ってくれている巡邏に頭を下げながら間を歩く。さっきまで終始縦揺れを繰り返していた帆船の中にいたもんだから足元がふわついている。
——誰かいたのだろうか。英雄? 確かに英雄的な活躍をした兵はいくらでもいる。ただし、彼ら彼女らは大陸での戦いで土の中に埋まっていたはずだった。
「おい、おい」
後ろから声が聞こえてくる。誰だ。
志村だった。
「お前、周りに腕でも振ってやれよ」
「……なんで?」
「いや、なんでって」
「私が腕を振らなきゃいけない理由がわからない」
「嘘だろ?」
「私は何もしてない。英雄なら、他の誰かよ」
ボサボサの髪を振り回して御影は言った。後ろで志村が頭を抱えているのが少しだけ見えた。
「……お前さ、目悪いか?」
「いや。両目ともいいよ。狙撃兵に誘われたこともある」
「じゃああれ見えるか?」
志村が行進しながら言った。指差した方向には垂れ幕があった。
【軍神、御影兵曹!】
御影は目を擦った。
擦ってもその時は変わらなかった。
軍神?
誰がだ?
御影って誰だ?
私だ。
「志村、あんたの間違いじゃない?」
丸っこい目が狼狽えた。
「俺か? ごめんだね。軍神扱いされてまた戦場に戻るのは勘弁だ。出来りゃ内地でのんびりと憲兵と遊びたいね」
「私だって嫌だ。軍神なんて死んでるじゃん。私は生きてるんだけどな」
御影にとって軍人としての勝利は生き残る、ただそれだけのはずだった。だから現在の状況はまごう事なき勝利ではある。軍神という言葉はその否定でしかなかった。死者に寄り添っていた人間を誤魔化す言葉に過ぎないからだ。近しい人を亡くした誰かを慰める言葉。死してもこの国を守ってくれるのだと囁くお題目にすぎない。
死は死だ。二度と戻ってこないし、会えないし、語りかけてくることもない。
御影は死を嫌っていた。
垂れ幕は歩けば歩くほど増え、御影にかけられる賞賛もさらに増えてくる。たまらなかった。嫌だった。最初は笑っていた志村もだんだんと同情の目線を向けてくる。
「……俺はなんて言ってやればいいかわかんねえよ。軍神様」
御影はそれに応えないまま、切れ長の目を出来る限りまっすぐにした。前だけ向いていよう。周りを振り向かないようにしよう。そして歓声には決して応えまい——そう思うことでしかこの感情は抑えられなかった。
「……しかるに今回の戦争、大陸の【綾帝国】による同盟国【朝】への信仰は正義を確信する【扶桑】にとってはとても許されざる行為であり——」
偉い人による言葉というのはどうしてこう眠くなるのだろうか。用意された式典は青空の下で行われ、めでたい時にしようされる紅白幕に囲まれた場所に長椅子が用意され、兵も下士官も将校も関係なく長椅子に座らされた。
戦勝記念式典とは銘打っているが、果たして私たちが寄与できた部分というのは少ないのではないだろうか。御影にしてみれば茶番だった。
敵を降伏に追い込んだのは陸軍であり、海軍は制海権や橋頭堡の確保以外は単純な海上封鎖をしていたにすぎない。だというのに、対抗意識なのか海軍は大々的に分かりやすいお披露目の場所を用意していた。
「敵陣に上陸し、嚆矢を放った陸戦隊は永劫語り継がれるほどの活躍を——」
苦笑いしか浮かばなかった。その永劫語り継がれるような活躍のおかげで特別陸戦隊は壊滅したのだが。
「すなわち彼ら彼女らは【扶桑】第一の英雄にして、子々孫々まで語り継ぐべき勇者であること、疑いようがありません」
結構な事だ。偉い人のつまらない話はようやく終わった。これでようやく帰れるというものだ。御影は立ち上がりたい気持ちを、もう少しだと自分に言い聞かせて抑えた。




