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戦場で英雄? ご冗談でしょう?  作者: 逆さ藤


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1/6

帰還船にて


 


 船の舳先に波飛沫が飛ぶ。

 


 その度に帰還船、やえなみ丸は大きく縦揺れをした。突貫工事で作られたこの船は脆く、いつ大波に飲まれてしまうかわかった物じゃない。帰還する兵士たちの顔は様々だがあまり明るいものはなかった。



 兵の大部分はどうにか吐瀉しないよう努力している。下士官と呼ばれる彼らのまとめ役は甲板にいて、少しでもマシな環境を得ようとしていた。将校に至ると専用の部屋にいて滅多に最下層甲板まで向かおうとしなかった。



 負け戦、その帰り道。



 どう足掻いても顔色が明るくなる要素がなかった。



 

 夜の甲板には下士官と将校が三々五々見られる。やえなみ丸の周囲には三本マストの護衛船が少しばかりついているだけだった。夜の闇の中で、仄かな灯火。航海灯が灯っている。星あかりもない夜の海で、小さなそれが気味悪いほど浮き上がって見えていた。



「……」



 ——タバコが吸いたい。



 御影翔子三等海曹はそう思った。



 やえなみ丸は帰還船用に突貫で作られ、帰国後は客船として民間に払い下げられる予定だ。帰還後には結構なオメカシを行ってマストも増設するのだろう。だけれども、そんなのは未来の話だ。今この現状は魚の骨だけの状態となんら変わりがなかった。




(ひどい負け戦だ。他の連中はいいものの……)




 翔子はタバコを探すが、甲板士官に取り上げられていたのを思い出す。舌打ちが漏れた。 あいつら違反には目を光らすくせして敵の前では何の役にも立たない新米の士官のくせに。



 甲板で座り込んだ。何もやることがない。周りも同じだ。誰も彼も無気力に座り込み、あるいは立ち上がって何するわけでもない。気力を全て奪われてしまった人の群れ。



 扶桑皇国海軍、特別陸戦隊第一連隊の哀れな姿だった。先日、上陸作戦を行った際に連隊長以下が戦死。小隊長として前線で戦っていた下級将校も生き残りは二人だけだった。下士官や上級兵たちが独断での命令を発し、這々の体といった有様で帰還船に乗り込んだのが昨日だった。



「御影三曹」

「……何よ」



 御影は疲れ切っていた。ようやくの様で応じる。そこにいたのは同じく生き残りの志村亮吉だった。同期で他の班を指揮し、全員を生き残らせた男。自分より小さい背丈で、丸っこい身体をしているがはち切れんばかりの筋肉が身体を覆っている。短めの黒髪の下には愛嬌がある両目があった。



「中隊長がお呼びだ」

「ああ、そう」

「来いって言ってるんだ」

「中サンが言ってもさ……」

「お前、態度悪いな」

「昨日まで強行軍だったんだ。疲れているんだよ」



 御影はボサボサの髪をかきむしった。手入れをすべきだろうが、戦場でそんな余裕はない。切れ長の目が志村を射抜く。



「そうだな。しんどい戦場だった」


「最初のひと当たりで全滅よ。馬鹿げてる」


「橋頭堡は確保出来た。陸戦隊の仕事はいつだってこんなもんだ。海軍が陸兵の仕事をしようっていうんだからな」


「貴重な兵が死んだ」


「そうかもな。で、そろそろ愚痴はいいか? 中サンも怒るぜ」




 丸っこい身体を震わせる志村だが、そこにいつもの愛嬌はない。命令なのだからさっさと行け。そんな風に言われているように感じた。



「中サンは?」


「貴賓室だ。ああ、失敬。将来そうなる予定の上甲板だよ」

 




 突貫工事とはいえ、海軍においては世界でも有数の扶桑が作った帆船だ。大きいし、出来もいい。将来結構な客船になるだろう。もちろん木っ端下士官なんかでは一生乗る機会もないだろうが。



 居心地のいい最上甲板からタラップを駆け下る。貴賓室は船尾——昔の帆船ならば後甲板と呼ばれていた場所の下だった。空間を作りやすく、客船ならば最も広い作りにしやすいそこは、最も金を出したか身分の高い者専用だった。その証拠に船長の個室も近くにある。



「御影三曹です」



 戸を叩くと中から入れの声がきた。戸を開けると中には何名かの顔ぶれが揃っていた。今や数少ない将校と軍医、船長がいる。空間こそ広いが所詮帆船だ。十人近くいると狭く感じる。調度品がないのでそこには負傷した将校などが寝転んでいた。兵との扱いは雲泥だ。



「おう、兵曹。元気か?」



 貴賓室の中で船長より偉そうにしている馬飼中尉が言った。どっかりと椅子に座り、三角巾で腕を吊りながらこちらを見ていた。威張るのはまだ中隊長になって間がないためである。まだ二〇代の青年といった外見だった。



 馬飼の隣で船長がいた。民間から徴用されている。本業でもない命懸けの仕事をしている船員に御影は同情した。



「はい、元気です。中隊長」

「そりゃ結構だ。何のかんの俺たちが生き残れたのはお前のおかげだからな。礼を言う」



 無事というにはお互い無くしたものが多すぎた。連隊の人員の三割を失い全滅と言われる状態だ。軍医もてんやわんやであり、あと二日の航海でまた何人亡くなるか——。



 その責任を取るのが、まだ新米の中隊長でしかない馬飼だ。その馬飼にしても腕の神経を切るほどの重傷を負っている。帰還しても予備役入りは間違い無いだろう。



「ありがとうございます。謹んで」


「扶桑の海軍もお前に勲章を用意しているらしい。よかったな」


「よかった……ですか」


「よく無いわけもないだろう。昇進だぜ」


「私が何をしたというわけもないので」




 事実だった。自分が何をしたわけでもない。そこまで卑下するつもりはないとはいえ、じゃあ何かしたかと言われればまた変だ。戦場から帰ったばっかりだからか、何か自分の考えをまとめられてない。




「仕事をしたってか?」


「そんなところでしょうか」


「おうよろしい。それでいいぞ。うむ、万事任せておけ。下がれ」




 何のために呼ばれたのかさっぱりわからなかった。ただ顔見せだけのためだったのか、それとも何かの意味合いでもあったのかわからない。それでも御影はそのまま貴賓室から出ていった。


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