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貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~  作者: ありゃくね


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第29話:鉄の城塞

 地響きが近づいてくる。

 王都の大通りを埋め尽くす、銀色の奔流。

 騎士団だ。

 彼らは整然と隊列を組み、一定のリズムで足を鳴らして前進してくる。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。


 その光景は、まさに動く鉄の城塞だった。

 先頭を行くのは、人間ほどの大きさもある分厚い大盾を構えた重装歩兵たち。

 催涙弾の前には馬は役に立たないとみての、重装歩兵の装備である。

 彼らが隙間なく盾を並べることで、動く壁を作り出している。


「……さすがは騎士団ね。威圧感が違うわ」


 バリケードの上、アリサが舌打ち交じりに呟いた。

 マシロ商会前には急造の障害物が築かれ、数百人の警備隊が待ち構えている。

 だが、その表情は硬い。

 これまで相手にしてきたゴロツキや盗賊とは、明らかに「格」が違うことを肌で感じているのだ。


「隊長! 射程に入ります!」


「始めて。……挨拶代わりに、自慢の『超強化催涙玉』をお見舞いしてやりなさい」


 アリサが手を振り下ろす。

 瞬間、周囲の建物の窓が一斉に開いた。


 放たれたのは、真っ赤な液体が入ったガラス瓶。

 『超強化催涙玉』だ。

 治安維持に普段用いているものから、香辛料の濃度を数倍に高めたものである。

 これが炸裂すれば、強烈な刺激臭と成分が騎士の目鼻を焼き、戦闘不能に陥らせる。

 はずだった。


「来るぞ! 盾を上げろぉぉっ!!」


 指揮官の号令一閃。

 大盾が一斉に掲げられる。


 ガシャーン! ガシャン! キンッ!


 ガラス瓶は分厚い木の盾や鉄板に弾かれ、地面で砕け散った。

 飛び散った液体も、盾の裏側までは届かない。


「第二波、来るぞ! 頭を下げろ! 隙間を作るな!」


 完璧な防御陣形。

 遠距離武器に対する教科書通りの対応だ。

 だが、アリサは不敵に笑う。


「ふん、防げるかしら? 気体を」


 地面で砕けた瓶から、揮発したカプサイシン成分が立ち昇る。

 赤い霧が騎士団の前列を包み込む。

 これなら、盾など関係ない。鎧の隙間から入り込み、呼吸器を直接攻撃する――。


「装着ッ!!」


 騎士たちは動じなかった。

 腰から取り出したのは、ボロ布。

 いや、ただの布ではない。液体でびしょ濡れになった、分厚い布だ。

 彼らはそれを手早く顔に巻き付け、兜の上からしっかりと縛り上げた。


「進めぇぇぇッ!!」


 騎士団が再び前進を開始する。


 だが、本来ならここで降り注ぐはずの援護射撃がない。

 後方で何が起きているのか、前線の指揮官は知る由もなかった。


「ぐあっ!? な、何をする!?」


「悪いな。俺たちはあっちに付くことにしたんだよ」


 最後尾に展開していた弓兵部隊は、すでに制圧されていた。

 彼らの背後から忍び寄ったのは、同じ騎士団の鎧をまとった「裏切り者」たち。

 ロッテが事前に買収していた別働隊が、戦端が開かれると同時に牙を剥いたのだ。

 遠距離では厄介な弓兵だが、近くの味方に襲われれば成す術はない。


 結果として、前線の重装歩兵たちは、援護のない中、赤い霧へと突入することになった。

 赤い霧の中を、彼らは平然と……いや、苦悶の表情を浮かべながらも、決して足を止めずに突き進んでくる。


「ぐっ……! 目が、しみる……!」

「息を止めるな! 浅く、ゆっくり吸え!」

「今のうちは目をつぶって耐えろ! 耐え抜いて接近戦になれば我々の勝ちだ!」


 指揮官の声が飛ぶ。

 濡れた布で口元を覆い、成分を吸着させる。至極単純で、原始的な方法。

 だが、徹底的に訓練された兵士が実践すれば、それは「対化学兵器戦術」となる。


「嘘だろ……!? あの赤い霧の中を、突っ込んでくるのかよ!?」


「化け物かよ、あいつら……!」


 警備隊員たちが後ずさる。

 いくら対策をしたと言っても、決して無効化できているわけではない。

 皮膚は焼けつくように痛いし、目も開けていられないはずだ。

 だが、彼らは止まらない。

 個人の苦痛を、「規律」という名の鋼の意志でねじ伏せているのだ。


 これが、戦争。

 これが、王国の騎士団。


 ドーンッ!!


 ついに、先頭の重装歩兵がバリケードに激突した。

 大盾による強烈な体当たり。

 急造の木柵がミシミシと悲鳴を上げ、ひしゃげる。


「押し込めぇぇぇッ!!」


「うおおおおおおッ!!」


 重装の騎士による、質量の暴力。

 バリケードが崩壊し、雪崩れ込んだ騎士たちが警備隊員に襲いかかる。


「ひぃっ!?」


「下がれ! 下がるな、押し返せ!」


 白兵戦となれば、分が悪い。

 警備隊員は所詮、スラムの喧嘩自慢や、少し訓練を受けただけの素人だ。

 騎士と貧民では生まれたときから栄養状態に大きな差があり、一回りも二回りも体格が違う。

 それに加えて相手は殺し合いを職業とするプロフェッショナル。

 個の武力でも、集団戦術でも、勝負にならない。


「よし、十分引きつけた……! 総員、後退! 第二防衛ラインまで撤退!」


 アリサが指示して、自らも戦線の穴を塞ぐため前線に飛び込む。

 棍棒を振るって、突出してきた騎士の兜を砕いた。


「調子に乗るんじゃないわよ!」


 一撃必殺。

 アリサの周囲だけは、絶対不可侵の死の領域と化していた。

 重装のフルプレートアーマーだろうと、彼女の棍棒の前ではひしゃげ、用をなさない。

 だが、多勢に無勢。

 彼女は自分に群がる敵を一手に引き受けながら、味方が下がる時間を稼ぎ続ける。


(……『催涙玉』はあくまで目くらまし。本命は、この次よ……!)


   †


 一方、王城。

 豪奢な調度品に囲まれた円卓の間で、マシロは湯気の立つ紅茶を啜っていた。

 拘束されているわけではない。だが、部屋の外には武装した近衛兵が立っている。

 実質的な軟禁状態だ。


「……粗茶ですけれど、貴方のお口に合いまして?」


 向かいのソファに座る初老の女が、静かに問いかけてきた。

 派手な王冠もマントも身につけていない。だが、その身に纏う空気は紛れもなく支配者のものだった。

 この国の女王、アルバート三世。


「……ええ」


「そう。……貴方の店の淹れ方を真似させてみましたの」


 女王は穏やかに微笑み、自身のカップを手に取った。

 窓の外からは、遠く金属の打ち合う音や怒号が聞こえてくる。マシロたちの拠点で始まった戦闘の音だ。

 だが、この部屋の中だけは奇妙なほど静謐な時間が流れていた。


「この王都の匂いは……あまりよろしくありませんでしたわね」


 唐突に、女王が言った。


「道端には不浄な物が溢れ、風に乗って異臭が漂い、悪疫が蔓延する。それが当たり前でした。

 けれど、貴方が現れてから風向きが変わりましたのよ。

 大気は清浄になり、纏う衣服も清潔で、市場には活力が満ちた」


 女王の言葉には、嘘偽りのない感謝が含まれていた。

 彼女はマシロの功績を正しく評価している。


「一人の人間として、貴方には感謝していますわ。

 ……けれど、王としては看過できませんのよ」


 女王はカップを置き、寂しげな溜息を吐いた。

 その瞳には、諦観の色が宿っている。


「貴方の力は強大すぎます。

 既存の権益を、身分という秩序を、そして騎士という武力の価値さえも根底から覆してしまう。

 変化は世の理ですけれど、急激すぎる変化は猛毒ですわ。

 余の足元……貴族や騎士たちを宥めるには、こうするしかありませんでしたの」


「だから、俺を?」


「ええ。彼らを鎮撫するためには、ここであなたの勢力と矛を交える必要があったのです。

 ……愚かなことだとは分かっていますわ。時代の奔流を変えようなどと、大河の流れを指先で止めようとするようなものですもの」


 女王は自嘲気味に笑った。


「それでも、余は今の王です。

 既存の秩序にしがみつく者たちを庇護し、彼らと運命を共にする義務がございます。

 だから……ごめんなさいね。貴方にはここで、決着を見届けて頂きますわ」


「……分かりました」


 マシロは静かに頷いた。

 女王らはマシロの知識の価値を認めていて、殺せない。

 ならば、今はここで保護されている方が安全だ。外では仲間たちが、思う存分暴れているのだから。

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