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貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~  作者: ありゃくね


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第21話:騎士団への挑戦

 『赤の猪亭騒動』から、数カ月が経った頃。

 下町の飲食街は、これまでにない活気に包まれていた。


 まず、震源地である『赤の猪亭』。

 ロッテの宣言通り、店は高級路線へと舵を切った。

 内装はシックで落ち着いたものに改装され、テーブルには一輪の花。

 厨房では屈強な料理人がパツパツのコックシャツに身を包み、数人の部下に指示を出しながら忙しなく働いている。

 客層も一変した。以前のような荒っぽい冒険者や酔っ払いは姿を消し、代わりに身なりの良い商人や、お忍びの貴族たちが優雅にナイフとフォークを動かしている。


「本日のメインは『ホロホロ鳥の香草焼き~特製バルサミコソースを添えて~』でございます」


「素晴らしい香りだ……。それに、この床、この壁……塵一つない清潔さだ。王城のパーティ会場よりも綺麗なんじゃないか?」


 貴族の紳士が感嘆のため息を漏らす。

 価格は以前の10倍以上。にも関わらず、連日予約で満席だ。

 清潔な空間と現代レシピの料理は、富裕層の心を鷲掴みにしていた。


「……チョロいですわね」


 カウンターの奥で、ロッテが売上帳をパラパラと捲りながらほくそ笑む。

 本来なら警備隊の執務中だが、彼女は業務を神速で片付けてまで店に駆けつけていた。

 過酷なダブルワークのはずだが、その顔に疲労の色は微塵もない。売上帳の数字が、彼女にとって何よりの栄養剤なのだ。


「ロッテ、顔が怖いよ……」


「あら、失礼。笑いが止まりませんでして」


「それに、儲かっているのはウチだけではありませんわ」


 彼女の視線の先――窓の外では、近隣の定食屋や居酒屋もまた、大勢の客で賑わっていた。

 赤の猪亭に入れなかった客や、安くて美味い飯を求める庶民たちが、そちらに流れているのだ。

 だが、以前とは決定的に違う点がある。どの店も、ピカピカに磨き上げられているのだ。


「へえ! この店も綺麗になったな!」


「ああ、ウチも『魔法の洗剤』を使ってるからね! 味は変わらず、値段も据え置きだよ!」


「そりゃいい! 入ろうぜ!」


 そんな会話があちこちから聞こえてくる。

 店主たちは皆マシロたちから購入した洗剤を使い、店を清潔に保つことで客を呼び込んでいた。


「洗剤の売れ行きも好調ですわ。皆さん、『次はいつ入荷するんだ』って、お金を握りしめて待っていましたもの」


 ロッテが悪代官のように笑う。

 感謝され、競合を回避し、さらに洗剤の売上で継続的に稼ぐ。完璧な「お金を生み出す仕組み」が完成していた。


「こんな急に地位の高い人が訪れるようになって、治安の方は大丈夫なの?」


「万全ですわ。わたくしの権限で、第三警備隊の巡回ルートをこの通りに集中させましたの。

 おかげで酔っ払いや無銭飲食はゼロ。貴族の方々も『治安が良くて安心だ』と大喜びですわ」


「……公私混同じゃない?」


「あら、貴族の方々が多く集まる場所ですもの。万全の警備を敷くのは当然のことですわよ?」


 ロッテは悪びれもせず言い放った。

 警備隊の副官という地位をフル活用し、国の予算で自分の店を鉄壁の要塞に変えているのだ。


「さて、マシロ君。そろそろ次のステップへ進みますわよ」


「次って……まだ何かあるの?」


 パタン、とロッテが売上帳を閉じる。


「飲食街での成功もそうですが……何より、わたくしたち第三警備隊が、装備の手入れに『あれ』を使っているのがバレましたの」


「あ、そっか。みんなピカピカだもんね」


「ええ。飲食街を訪れた騎士団の方々がそれを見て、第三警備隊の整備方法に興味深々のようですわ」


「なるほど、実演広告になってたわけだ」


「ええ。特に、装備の管理をしている『兵站局』の方々が、強い関心を持っているとか。

 彼らは日々、剣や鎧のメンテナンスに明け暮れてますもの」


 ロッテの目が鋭く光った。


「その兵站局から、正式な呼び出し状が届きましたわ。……事実上の商談依頼ですわね」


「へえ、向こうから来るなんて珍しいね」


「それだけ切羽詰まっているのでしょう。……さあ、行きますわよ。待ち合わせの時間はすぐですわ」


   †


 こうしてマシロとロッテは、王都の中央に鎮座する『王立騎士団本部』の裏門、兵站局の受付に立つことになった。


 ちなみに、普段マシロが出入りしているアリサの職場は『第三警備隊』の詰所だ。

 この二つは、明確に組織が異なる。


 分かりやすく言えば、警備隊は「警察」だ。

 王都内の治安維持や捜査を担当し、市民にとって身近な存在である。

 トップは騎士だが、その部下の多くは平民出身の兵士で構成されている。


 対して、騎士団は「国軍」だ。

 他国の脅威から国を守るための戦闘集団であり、その構成員は騎士や貴族で構成されたエリート組織である。

 団員は皆、特注のフルプレートアーマーを纏い、自費で軍馬と従者を維持することが義務付けられている。それゆえ、生粋の資産家でなければ入団することさえ叶わない。

 規模も権限も、そして予算の多さも、警備隊とは比較にならない「雲の上の組織」なのだ。


「……噂の錬金術師というのは、お前たちか」


 受付の奥から現れたのは、兵站局長のヴォルグ。

 油と鉄錆の匂いが染み付いた軍服を着た、初老の男だ。彼の眼光は鋭く、マシロたちを値踏みするように見回した。

 だが、門前払いされた前回とは違い、彼は顎で執務室を示した。


「入れ」


 通されたのは、無骨な執務室だった。

 ヴォルグは重厚な机に座ると、単刀直入に切り出した。


「噂は聞いている。警備隊の連中が、怪しげな『水』を使って装備を磨いているとな。

 ……本来なら一笑に付す話だ。水は錆の原因の最たるものだからな」


 この騎士団は、個々の騎士が装備を自弁する伝統を持ちつつも、最低限の品質維持のために研磨剤や防錆油といった消耗品は兵站局が一括管理・支給する方式を採用している。

 騎士ごとの懐事情による整備不良を防ぐためのシステムだが、それゆえに彼女が採用を決めれば、騎士全員と契約したのと同じことになるのだ。


「だが、実際に警備隊の鎧は輝いており、錆も出ていないとの報告も受けている。

 ……兵站局長として、その『タネ』を確認しないわけにはいかん。納得のいく説明ができるなら、採用を検討してやってもいい」


「ありがとうございます、局長」


 マシロが一歩前に出た。

 彼はリュックから、数種類の小瓶を取り出した。


「タネも仕掛けもありません。あるのは錬金術の理屈だけです。

 おっしゃる通り、ただの水洗いなら自殺行為です。ですが、私たちは『錆びさせない手順』もセットで提案しています」


「口先だけならなんとでも言える」


「なら、実験をしましょう」


 マシロは部屋の隅に積まれていた、鎧の小手を指差した。


「あれを一つ、僕に預けてください。

 僕の方法で洗浄し、防錆処理をします。

 比較として、もう一つは騎士団伝統の『砂と油』で手入れしてください」


 マシロはヴォルグの目を真っ直ぐに見据えた。


「そして、両方を湿気が高く、錆びやすい地下倉庫に、一週間放置するんです」


 ヴォルグの眉がピクリと動いた。

 今の綺麗さではない、一週間後の結果を見る。それは言い逃れのできない勝負だ。


「……いいだろう。だが、もし一週間後に一点でも錆が浮いていたら、二度とこの門をくぐるな。出入り禁止だ」


「望むところです」


   †


 その場で洗浄の実演が行われた。

 マシロはまず、『強アルカリ電解水』を布に取り、小手を拭う。

 こびりついた古い油汚れが一瞬で乳化し、茶色い汁となって流れ落ちる。


「まずはアルカリ電解水で『脱脂』します。油膜があると、次の研磨剤が弾かれてしまうからです」


 次に、マシロは小瓶に入った白いペーストを布に取った。

 それは重曹の粉末に、少量の油脂と、細かい粘土や軽石の粉といった研磨剤を混ぜてペースト状にしたものだ。

 彼はそれで、小手を力強く磨き始める。


「そして、この『重曹ペースト』で磨き上げます。重曹の粒子は鉄より柔らかいので、鉄そのものは傷つけず、表面の錆や汚れだけを落とすことができます」


 ごしごしと砂で削る必要はない。優しく撫でるだけで、鈍い銀色が蘇っていく。

 彼は洗浄した小手を乾いた布で拭うと、最後に茶色い小瓶の液体『特製保護オイル』をたっぷりと塗り込んだ。


「仕上げです。これは、松脂の油に羊の脂を溶かしたものです。

 浸透力の高い松の油が金属の隙間に残った水分を強制的に追い出し、乾燥後に残った羊の脂が鉄をコーティングして錆を防ぎます」


 処理は数分で終わった。

 一方騎士団の整備兵は、一時間かけて汗だくになりながら砂で錆を落とし、油でコーティングすることでやっと整備を終わらせた。


 そして、二つの小手は棚に並べられる。見た目はどちらも美しい。

 勝負は、見えない「湿気」との戦いへと委ねられた。


   †


 そして、長い一週間が過ぎた。

 運命の日。

 地下倉庫には、ヴォルグ局長だけでなく、噂を聞きつけた数名の警備隊長たちも集まっていた。


「……確認するぞ」


 ヴォルグが重々しく布を取り払った。


 まず、伝統的な手入れをした小手。

 表面は油で光っているが……指の関節部分や、金属の継ぎ目から、うっすらと赤い粉が浮いている。

 王都の地下の湿気は容赦がない。手作業で塗り込めなかった微細な隙間から、錆が進行していたのだ。


「……む」


 ヴォルグが眉をひそめる。

 次に、マシロが処理した小手。


 一週間前と変わらない、鈍い銀色の輝き。

 ヴォルグは無言で小手を手に取り、光にかざし、布で継ぎ目を強く擦った。

 布に赤色はつかない。

 それどころか、表面はサラサラとしており、伝統的な手入れにある油のベタつきもなかった。


「……なぜだ」


 ヴォルグが低い声で唸る。


「水を使ったはずだ。なのに、なぜ奥まで錆びていない? それに輝きも違う」


「水を使うのは最初の汚れ落としだけです。重曹で磨いた後、すぐに特殊オイルで水分を追い出したからです」


 マシロは静かに解説した。


「砂での研磨は、鉄の表面を削り取ってしまいます。

 砂は鉄よりも硬いため、磨けば磨くほど表面は傷だらけになり、輝きが鈍くなってしまいます。

 対して、重曹は鉄よりも遥かに柔らかい。だから鉄の地金を傷つけず、表面の汚れと錆だけを優しく落とすことができる。……だから、鏡のように仕上がるんです」


 ヴォルグがハッとして、小手の表面を指でなぞった。

 確かに、新品のような滑らかさだ。


「それに、砂は隙間に残り続けます。鎖帷子や関節の隙間に入り込んだ砂は二度と取れず、動くたびに内部を摩耗させます。

 ですが、重曹は非常に柔らかい微粒子で、隙間に入り込んでも自らの圧力で粉々に砕けるため、関節の動きを阻害しません。」


 倉庫に静寂が落ちた。

 圧倒的な事実。

 だが、ヴォルグはすぐには頷かなかった。


「……性能は認める。だが、コストはどうだ?

 砂と廃油ならタダ同然だ。お前のその薬品、全団員分となれば莫大な予算が必要になる」


 ここで、ロッテが動いた。


「コスト? 逆ですわ、局長。

 現在、錆による廃棄で年間どれだけの装備が無駄になっているかをお考えになってくださいまし。

 マシロ君の整備セットを導入すれば、装備の寿命は3倍に延びますわ。

 つまり、毎年のように予算を圧迫している新規購入費……それが3分の1に圧縮できるということですのよ」


 ロッテはニヤリと笑った。


「……浮いた予算で、新しい剣を買うもよし、慰労会を開くもよし。

 わたくしたちは、その『浮いた分』から少し代金をいただくだけですわ」


 ヴォルグは輝いている小手を食い入るように見つめ、そして長く、深く息を吐いた。


「……即決はできん」


 ヴォルグはようやく口を開いた。


「騎士団長の決裁が必要だ。それに、予算の組み替えには財務局との折衝もいる。……来期からの導入を目指して、会議にかける」


 マシロとロッテは顔を見合わせた。

 「会議にかける」それは購入を約束するものではない。お役所言葉で「前向きに検討する」という意味だ。

 そこで、ロッテは食い下がる。


「局長。来期まで待っていたら、その間にまた装備が錆びてしまいますわ。

 ……まずは『試験導入』という名目で、新兵の訓練部隊だけに限定して採用しませんこと? それなら局長の裁量経費で落ちるはずですわ」


 小さな穴を開け、そこから広げる。

 ヴォルグはロッテの抜け目のなさに苦笑し、そしてマシロの方を向いた。


「……いいだろう。50名分だけだ。

 そこで結果を出せば、俺が責任を持って上に通す。……期待しているぞ、錬金術師」


「はい。完璧な仕事をします」


 マシロは深く頭を下げた。


   †


 帰り道。

 即座の大金とはならなかったが、騎士団という巨大な城壁に確実な風穴を開けた。

 試験導入が決まれば、あとは時間の問題だ。あの性能を知った新兵たちが他の部隊に配属された時、彼らは必ず「あの整備セットがないと不便だ」と言い出すだろう。


「……疲れましたわ。でも、これで一番太いパイプが繋がりました」


 ロッテが疲れたように肩を回す。


「純粋な利益はもちろん嬉しいですわ。そしてなにより、アリサが見出した貴方が成果を上げれば、彼女の騎士団内での評価も高まります」


 だが、帰り道。

 ふと冷静になったマシロが、指を折りながら計算を始めた。


「……ねえ、ロッテ。

 飲食街からの注文が、今のところ毎日30本くらいだよね?」


「ええ、右肩上がりですわ」


「で、今回の騎士団の試験導入が、ひとまず50セット」


「……」


「……一日で作れる限界数っていくつだっけ?

 瓶詰め作業なら人を雇えば解決するけど、問題は洗剤を作る工程だ。

 装置には貴重なミスリルを使ってるし、雷の魔石への魔力充填は秘密を守れる信頼できる人間にしか任せられない」


「アリサさんは魔力を使いすぎると仕事に差し障りますから、現状わたくしとマシロ君、それにシルヴィアさんだけ……」


「……生産能力が、絶望的に足りてない」


 営業に成功したのはいいが、作る手段が追いつかない。

 マシロとロッテは、その場に崩れ落ちそうになった。


「こ、工場……! 次は工場を作りますわよ!

 シルヴィアさんを巻き込んでなんとか自動化しないと過労死しますわ!!」

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