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貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~  作者: ありゃくね


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第17話:お風呂でお掃除

 アリサたちに見送られた直後。

 マシロとシルヴィアの気丈な振る舞いは限界を迎えていた。

 徹夜のテンションが切れた瞬間、三日分の疲労が鉛のようにのしかかってきたのだ。


 二人はゾンビのように肩を組み、裏路地にある古いレンガ造りの建物へと向かった。


「……ここが、シルヴィアの家?」

「そ。一階の角部屋。……鍵、開けて。手が震えて穴に入らない」


 マシロが代わりに鍵を回し、重い鉄扉を押し開けた。


 ギィィィ……。


 扉が開いた瞬間、マシロの鼻を襲ったのは、酸化した機械油、焦げた紙、そして何日放置されたか分からないコーヒーの煮詰まった臭いだった。


「……うっ」


 マシロは反射的に呼吸を止めた。

 部屋の中は、薄暗く、そして「カオス」だった。


 足の踏み場がない。

 床を埋め尽くすのは、書き損じの羊皮紙、ねじ切れた銅線、大小様々な歯車、そして中身の入ったままのビーカーたち。

 壁際には本棚があるが、本はそこにはなく、床にタワーのように積み上げられている。

 ベッドの上には、脱ぎ捨てられた白衣、シャツ、下着、靴下が地層のように堆積し、万年床と化していた。


 これは汚部屋ではない。

 必要なものを手の届く範囲に無造作に配置し続けた結果生まれた、機能性を追求した成れの果てだ。

 現実世界で言うところの、秋葉原の裏路地に住むハードウェアハッカーの部屋そのものだった。


「……歓迎するわ、我が家へ。……靴は適当に脱いで。どうせ埋もれるから」


 シルヴィアはふらりと中に入り、床に散らばる図面を踏みつけながら進んでいく。


「……シルヴィア。君、ここで寝起きしてるの?」

「んー? そうよ。実験して、眠くなったらそこの服の山に埋まって寝るの。起きたらまた実験。最高でしょ?」


 シルヴィアは誇らしげに言ったが、マシロの顔色は蒼白だった。


「……埃がすごい。ハウスダストの巣窟だ。これじゃあ肺がやられるよ」

「平気よ。肺より先に頭がおかしくなるわ」


 シルヴィアは部屋の奥にある扉を開けた。


「とりあえず、シャワー……浴びましょ。私、もう服脱ぐ力もない……」


 彼女が指差した先。

 そこには、タイルが黒カビで覆われ、蛇口が青サビだらけになった、世にも恐ろしい浴室があった。


「……っ!!」


 マシロの潔癖センサーが、限界値を突破した。

 疲労? 眠気?

 そんなものは、目の前の汚れへの殺意で吹き飛んだ。


「……ダメだ。許せない」


 マシロは背負っていたリュックを比較的マシな床に置き、中から生成したばかりの洗浄剤ボトルを取り出した。

 取り出したのは強アルカリ電解水ではなく、混ぜるな危険の塩素側『次亜塩素酸ナトリウム』だ。


「シルヴィア。三歩下がって」

「え? なんで?」

「除菌だ!!」


 シュバババババッ!!!


 マシロが鬼の形相でボトルの中身をぶち撒けた。

 カビだらけのタイル、ヌメリのある床、変色した浴槽。

 最強の殺菌漂白剤が降り注ぐたび、汚れが悲鳴を上げて溶けていく。


「ちょっ、マシロ!? 早く浴びたいんだけど?」

「黙ってて! 君を洗う前に、まず君を洗う場所を洗わないと意味がない!」


 マシロは超高速でスポンジを動かした。

 徹夜明けとは思えない神速の動き。

 5分後。

 そこには、新築のように白く輝き、ほのかに滅菌された清潔な香りが漂うバスルームが爆誕していた。


「……はぁ、はぁ。……よし。これでやっと、人間が入れる場所になった」


 マシロは額の汗を拭い、満足げに頷いた。

 そして振り返ると――。


「……ふあぁ。終わった?」


 そこには、既にシャツのボタンを外し、半裸状態で立ち尽くすシルヴィアがいた。

 眼鏡は外され、あどけない素顔が露わになっている。

 恥じらいも何もない。ただただ「早く洗って寝たい」という本能だけで動いている動物の姿だ。


「……シルヴィア、服」

「んー……脱がせて。指、動かない」

「ん」


 マシロは無駄のない動きでシルヴィアの服を脱がせた。

 現れた身体は、驚くほど華奢で、そして白かった。

 日を浴びていない研究者特有の、透き通るような肌。

 だが、徹夜の後浴室を掃除した人間に、そのようなことを気にする脳の余裕はもう残っていない。


「入るよ」


 マシロはシルヴィアの手を引き、輝く浴室へと招き入れた。

 シャワーをひねる。

 冷たい水が、二人の体を包み込む。


「んぅ……冷たい……」

「じっとしてて。髪から洗うよ」


 マシロはシルヴィアを椅子に座らせ、自作のシャンプーを泡立てた。

 銀色の髪は、皮脂と薬品と埃でゴワゴワに固まっている。

 まるで錆びついたワイヤーだ。


「……絡まってるな。無理に引くと千切れる」


 マシロは指先を細かく震わせ、髪の一本一本を丁寧にほぐしていった。


「あ……そこ、気持ちいい……」

「頭皮が凝り固まってる。血行が悪すぎるよ。……少し圧をかけるね」


 グッ、ググッ。

 マシロの指が、シルヴィアの頭皮のツボを的確に捉える。


「ひゃうっ!? ……あ、あぁ……脳みそ、溶けるぅ……」


 シルヴィアの口から、IQが3くらいに低下した声が漏れる。

 マシロは止まらない。

 首筋、肩、そして背中。

 ボディソープをつけたタオルで、優しく、しかし確実に汚れを落としていく。


「腕、上げるよ」

「ん……」


 無防備に上げられた腕。

 脇の下や、胸の谷間といったきわどい場所も、マシロは「パーツの洗浄」として淡々と、かつ念入りに洗っていく。


「……マシロの手、細いわね」

「……うっ。結局大きくならなかったな……」

「ふふ。私より華奢じゃない? ……折れちゃいそう」


 シルヴィアはマシロの腹に頭をもたせかけ、うっとりと目を閉じた。

 華奢な指先から伝わる、硝子細工を扱うような繊細なタッチ。

 その優しいリズムに身を委ねていると、魂まで浄化されていくようだった。


「……綺麗になった」


 最後に、マシロはシャワーで泡を洗い流した。

 そこには、薄汚れた研究者ではなく、月の光を浴びた妖精のように輝く美少女がいた。

 銀髪はサラサラと流れ、肌は白磁のような輝きを放っている。


「次、マシロの番……」

「いいよ、僕は自分でやるから」

「だーめ。……貸し借りはなし。背中、流してあげる」


 シルヴィアはふらふらと立ち上がり、マシロの背中に抱きついた。

 濡れた肌と肌が密着する。


「……シルヴィア?」

「じっとしてて。……私が、綺麗にしてあげるから」


 彼女はマシロの背中に石鹸を塗りたくった。

 その手つきは不器用で、たどたどしい。


 ……結局、二人が風呂から上がったのは、それから三十分後だった。


「……眠い」

「限界だ……」


 マシロはベッドの上の服の山を腕一本で床になぎ払った。

 舞い上がる埃など気にする余裕はない。

 今はただ、平らな場所が欲しかった。


 ドサッ。

 二人は重なるようにして狭いシングルベッドに倒れ込み、数秒後には二人の意識は深い闇の中へと落ちていった。


 †


 ――数時間後。


 ガンッ!! ガンッ!!

 扉を叩く、激しいノックの音が響き渡る。


「おいコラ! いるのは分かってんのよ!!」

「早く起きないとアリサがやばいですわ!」


 外から聞こえる、聞き覚えのある怒声。

 アリサとロッテだ。

 二人を追って駆け出しかけたアリサをロッテがどうにかたしなめた後、とりあえず朝の業務を一段落させ、その足で駆けつけたのだ。


 だが、二人は起きない。

 あまりにも深く、幸せな眠りの中にいたからだ。


 ギィィィ……。

 鍵をピッキングで開けたロッテと、アリサが踏み込んでくる。


「マシロ! ……っ!?」


 二人は見た。

 ゴミ溜めのような部屋のベッドの上、裸同然の格好で抱き合って眠る二人を。


「……う、嘘でしょ」


 アリサが膝から崩れ落ちる。


「……あらあら、朝出会ったときは『事後』ではなかったのかもしれませんわね」


 ピカピカに磨かれた浴室。

 部屋に充満する、マシロ特有の石鹸の香り。

 そして、シルヴィアの幸せそうな寝顔。


 状況証拠は真っ黒だ。


「……やられた……!」


 アリサがガクリと膝をついた。

 それは、獲物を横取りされた雌としての、完全な「敗北」だった。


「あの陰気な錬金術師……草食系だと思って油断してたわ……!」

「……私のバカ! 大事に温めてないで、さっさと既成事実を作っておけばよかったぁぁぁ!!」


 アリサの魂の叫びが、ゴミ屋敷に木霊した。

 その悔恨の叫びすら子守唄にして、マシロとシルヴィアは幸せそうに寝息を立て続けるのだった。

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