第14話:電撃の錬金術
シルヴィアの実験室は、いつも以上の熱気に包まれていた。
机の上には、貴重なミスリルのワイヤーと、オリハルコンの板。そして、禍々しい紫電を放つ『雷の魔石』が鎮座している。
「いい、マシロ。理論は完璧よ」
シルヴィアが眼鏡の上に防護ゴーグルを装着し、自信満々に言った。
彼女が組み上げたのは、ミスリルワイヤーを用いた直結回路だ。
魔石から放出された雷を、抵抗ゼロのミスリル線で受け止め、そのままガラスの容器に入った塩水に叩き込む。
以前マシロが作成したときは魔石の熱で銅線が焼き切れてしまったが、今回は素材の暴力で押し切る形だ。
「ミスリルなら熱を持たない。だから、魔石の出力全開で流しても焼き切れることはないわ」
「うん。じゃあ、いくよ……」
マシロが雷の魔石に魔力を流し込んでいく。
そして許容量を超えた瞬間。
カッッッ!!!!
視界が真っ白に染まり、轟音が鼓膜を叩いた。
衝撃波が二人を吹き飛ばす。
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
二人は床に転がった。
遅れて、バリバリバリという放電音と、何かが砕け散る音が響く。
恐る恐る顔を上げると……。
「……嘘でしょ」
そこには、無惨な残骸があった。
ガラスの反応槽は粉々に砕け散り、塩水が床にぶちまけられている。
魔石は砕け、黒い煙を上げている。
ただ一つ、ミスリルのワイヤーだけが、傷一つない銀色の輝きを保ったまま、虚しく転がっていた。
「……ワイヤーは無事ね。でも、他が全滅だわ」
「ダメか……」
マシロは溜め息をついた。
原因は明白だ。
エネルギーの密度が高すぎるのだ。
雷の魔石は、電池ではない。爆弾だ。
スイッチを入れた瞬間、ダムが決壊したような奔流が一気に押し寄せる。いくら導線が丈夫でも、受け止める先である塩水がエネルギーを受け止めきれずに水蒸気爆発を起こしたのだ。
「……前試したときは銅線が先に溶けたから気づかなかったけど、そのままだと塩水のほうが爆発するのか……」
マシロは灰まみれの顔で呟いた。
一瞬の破壊ではなく、持続する力。
チョロチョロと、しかし絶え間なく流れる小川のような電流が必要なのだ。
「……でも、どうするのよ? 魔石の特性上、出力を絞るなんて芸当はできないわ。アレは『出すか出さないか』の二択しかないんだから」
シルヴィアが頭を抱える。
二人は実験室の隅に座り込み、残骸を眺めながら知恵を絞った。
マシロは前世の知識を総動員しようとするが、彼の得意科目はあくまで化学だ。
物質の反応には詳しいが、電気や物理といった分野はからっきしで、電子部品のない環境で高電圧を制御する方法など、逆立ちしても思いつくはずがなかった。
「……あーもう! 惜しいのよ! ミスリル自体は完全にエネルギーを受け流せてたんだから!」
シルヴィアが悔しそうに、生き残ったミスリルワイヤーを指先で弄ぶ。
彼女はブツブツと独り言を漏らし始めた。
「抵抗がない……つまり、魔力が減衰しない。
一度入った魔力は、熱として逃げることができない。
だったら、その『行き場のない魔力』はどこへ行くの?
出口があればそこから出る。でも、出口がなかったら……?」
彼女の指先が、無意識にワイヤーを丸め、端と端を合わせた。
輪っかができる。
「……ねえ、マシロ」
不意に、シルヴィアの声のトーンが変わった。
熱を帯びた、発見の興奮。
「もし、このワイヤーを繋げて『閉じた円』にしたら、中の魔力はどうなると思う?」
「え? それは……行き場がなくなって……」
「そう。行き場がない。抵抗ゼロのミスリルの中では、魔力は永遠に減衰しない。
外に出られない。熱にもなれない。
だとしたら……永遠にその円の中を、グルグルと回り続けるしかないじゃない!」
シルヴィアが立ち上がった。
その瞳は、新しい玩具を見つけた子供のように……いや、真理に触れた賢者のように輝いていた。
「雷を一瞬で消費するんじゃなくて、このリングの中に流すのよ!
光のような速さで回転させ続ければ、それは『流れ』として保存される。
そうやって閉じ込めてしまえば、爆発なんて起きない。あとはそこから、必要な分だけちびちびと抜き取ってやればいい!」
「……すごい……それなら行けそうな気がする」
マシロは息を呑んだ。
「流石だね、シルヴィア」
「当然でしょ。真の天才とは私のことよ」
†
善は急げだ。
二人はその後も作業を続け、新しい回路を作り上げた。
ミスリル線のリングの入り口に、雷の魔石をセットする。
「いくわよ。……起動!」
バヂィッ!!
一瞬の閃光。
魔石のエネルギーが全てリングに叩き込まれた。
だが、今度は爆発しない。
ブゥゥゥン……。
低い唸り声が聞こえる。
ミスリルのリングが、微かに震えている。
見た目には変化がない。だが、その内部では、莫大な雷のエネルギーが光速に近い速度で周回し続けているのだ。
まさに、雷を封じた檻。
「す、すごい……。本当に閉じ込めちゃった……」
「成功だね。リングは熱を持ってないし、安定してる」
ここまでは完璧だ。
「……で、ここからどうやってちびちび電気を取り出すの?」
「うっ」
問題は、ここからだ。
この「回転する雷」を、どうやって取り出すか。
マシロの指摘に、シルヴィアは言葉に詰まった。
さっき直接雷の魔石を水槽に接続したときは、大電力が流れて塩水が爆発した。
リングに電流を保存することに成功したとはいえ、そこから少しずつ電流を取り出せなければ同じ失敗をするだけだ。
「……このリングの一部を切って、そこに『スイッチ』を付けるのよ」
「スイッチ? ……付けられるけど、それで水槽に直結したらまた爆発するんじゃないかな?」
マシロの懸念はもっともだ。
シルヴィアも一度は頷きかけ、しかし首を捻った。
「……いや、本当にそうなるかしら? さっきは魔石のエネルギーが一気に押し寄せたから爆発した。でも、今はリングの中で回転してる」
シルヴィアはリングをじっと見つめた。
彼女の脳内で、電気のシミュレーションが走る。
「……車輪よ」
「えっ? 車輪?」
「このリングの中の雷は、今、ものすごい勢いで回り続けている。これは車輪が高速回転しているようなものだわ」
シルヴィアは空中に指で円を描いた。
「雷そのものは一瞬で弾ける爆発みたいなエネルギーだけど、このリングに閉じ込められた雷は、重たい『回転体』になってる。
回転している重たい車輪に少しだけ棒を当てても、円盤は急には止まらないでしょ?
摩擦で少しずつ回転が落ちるだけで、回り続けようとする」
「……なるほど。一気に放出されるんじゃなく、回転の勢いを少しずつ分けてもらうイメージか」
「そう! それなら爆発はしない。……いけるわよ、これ!」
シルヴィアがニヤリと笑った。
だが、そこでマシロが待ったをかける。
「待って。その考えが合っていたとしても、結局は『爆発』するんじゃない?」
「え?」
「さっき、車輪の回転のようなものって例えたけど、それでも車輪の回転を遅くするに越したことはないと思うんだ」
マシロの懸念は、単純なリングだと電流の回転速度が速すぎるということだ。
水車に手を添えたときの摩擦と、車のタイヤに手を添えたときの摩擦はどちらも同じ回転のエネルギーによるものだが、タイヤに添えた手の方が大怪我することに間違いはないだろう。
同じエネルギー量でも、もっと『遅い』回転に変えてやらないと、制御しきれない。
「……リングの巻き数を増やせばいいんだ」
「巻き数?」
「そう。ミスリル線をただの円じゃなくて、ぐるぐる巻きにして『距離』を稼ぐんだ」
マシロの脳裏に、二つのイメージが浮かんだ。
一つは『長い鎖』。
地面に置かれた短い鎖は、ひょいと持ち上げればすぐに全部が動き出す。だが、何キロメートルもある長い鎖はどうだ? 端を引っ張っても、重すぎてすぐには動き出しはしないだろう。
もう一つは『螺旋階段』。
高い塔から飛び降りれば即死するが、何万回も回る長い螺旋階段を駆け下りれば、時間はかかるが安全に地面に着ける。
マシロは自分の考えを噛み砕いて説明した。
「さっきの『車輪』の例えで言うなら……1回巻きのリングは『軽すぎる車輪』なんだ。だから雷の一撃で一瞬にして最高速に達して弾け飛ぶ。
でも、コイルを何百、何千回も巻いて電気の通り道を長くすれば、それは『水車のよう重たい車輪をゆっくり長時間回す』のと同じことになる」
「……なるほど! 道のりが長ければ長いほど、最初にチャージしたエネルギーの量が同じでも同じ時間あたりに水槽に流れ込むエネルギーの量が少なくなるから、弱いパワーで長時間動けるようになるわけね」
「そう! 螺旋階段を降りるようにゆっくり動き出す流れなら、スイッチを入れても衝撃は少ないし、安全に制御できるはずだ!」
「となるとこの一周のミスリルリング……」
「……切ったらたぶん大爆発するわね」
短い距離を電気が爆走しているこれは、まさに軽すぎる車輪だ。ループが切れたが最後、一気に内部のエネルギーが放出される。
一瞬で解放されたエネルギーが暴発し、作業者を消し飛ばすだろう。
「……仕方ない、安全な場所で爆破させよう」
「ええ。庭の廃棄場へGOよ!」




