第1編 感謝できない人たち——「当たり前」という錯覚が生む断絶
人はみな、ちがう顔を持って生きている。
性質も、個性も、育った環境も違う。
けれど、どれほど情報にあふれた時代になっても、「人間とは何か」を教えてくれる本は意外なほど少ない。
社会のルールやマナーは学べても、人の心の仕組みや、誰にでもある弱さや迷いについて、私たちはほとんど教わらないまま大人になっていく。
この連続エッセイ「人間の教科書」は、そんな“見えない部分”にそっと光を当てる試みである。
感謝できない人、優しさを利用する人、友達と知り合いの境界線、正直者が報われないという思い込み——。
誰もが一度は感じ、しかし言葉にしづらいテーマをすくい上げ、人間関係の影と光を見つめ直すための、短く深い旅を毎編ごとに描いていく。
ここで語られるのは、特定の誰かを批判するための物語ではない。むしろ、「こんな気持ち、私にもある」と読み手が自分自身を映す
鏡のようなものだ。人を理解することは、結局、自分を理解することにつながる。目には見えない“人の本質”こそ、時代が変わっても決して失われてほしくない、人間の土台だからである。
このシリーズが、読者の心に静かな気づきをもたらし、日々の人間関係を少しでも優しく、豊かにする手がかりとなれば幸いだ。
答えはいつも一つではない。だからこそ、一編一編を通して、一緒に考えていきたい——人としてどう生きるのかを。
いつの頃からだろう。
「ありがとう」という言葉が、以前よりも軽くなったように感じる。
いや、正確に言えば、その言葉すら口にしない人たちが増えたのかもしれない。
人間関係はギブアンドテイクだ、と世間では言われる。
しかし、実際のところは「ギブ」に偏った人と、「テイク」しかできない人に分かれてしまってはいないか。
親切を受ける。
誰かが時間を使ってくれる。
誰かが手を差し伸べてくれる。
本来なら、そこには感謝の気持ちが自然と生まれるはずだ。
だが近年、「してもらって当然」という態度が、まるで常識かのように振る舞う人たちが存在する。
これは決して大げさではなく、日々の生活の中で見えてくる小さな兆候からでも容易に感じ取ることができる。
たとえば、困っている時にアドバイスをしても、「ふーん」で終わる。
荷物を持ってあげても、目すら合わせない。
仕事でフォローしても、まるで風が吹いた程度の扱い。
こちらが勝手に親切をしただけ、と言われればそうなのだろう。だが、人間関係とは打算ではない。心が動かされるかどうかなのだ。
私は人から受けた恩には、可能な限り返すべきだと考えている。
それは義務感ではなく、自分自身の「誠実でいたい」という願いに近い。
自分が良いと思う行いを大切にしたいし、相手にも安心して接してほしい。
だが、こうした考え方は近年「お人好し」と片付けられることが多い。
まるで、人に感謝ができることが、世の中をうまく渡れない人の特徴のように扱われている。
果たしてそれでいいのだろうか。
感謝ができない人とは、想像以上に危うい存在だ。
感謝がないということは、相手を尊重する気持ちを欠いているということだ。
人間関係は、見えない糸で結ばれているようなものだが、この糸を細く弱らせるのは、実は大きな裏切りではなく、感謝の欠落のような小さなひずみだと思う。
人は誰しも、誰かに支えられて生きている。
にもかかわらず、その支えを認識できない人は、自分が立っている場所すら理解することが難しい。
「当たり前」が積み重なり、やがて何もかもを受け取りっぱなしの人になる。
そして、最後には誰にも相手にされなくなる。
そんな姿を、私は何度も見てきた。
恩を受けても返さず、ありがとうの一言もなく、気づけば周囲からそっと距離を置かれていく人たちだ。
では、感謝できる側の人間は損をしているのだろうか。
答えは、私は「違う」と思っている。
感謝できる人は、人間関係において“信頼”という目に見えな
い財を積み重ねている。
直接の見返りはなかったとしても、誠実さは巡り巡って別の形で
返ってくる。
私はその瞬間を何度も経験した。
困っているときに声をかけてもらったり、信用して仕事を任せてもらったり、何気ない一言で救われたり。
誠実な行動は、見返りを目的としたものではなくとも、確かに自
分を守ってくれる。
問題は、「感謝できる側」が疲れ果ててしまうことだ。
優しさの乱用は、優しい人間を潰す。
与えることが悪いのではない。
ただ、際限なく与えてしまうと、人は簡単に利用される。
感謝を返さない人は、自分が奪っている実感がないから、「まだ大
丈夫だろう」とさらに負担をかけてくる。
その瞬間、私は思う。
"優しさとは、境界線を引く勇気でもある" と。
感謝できない人に対しては、適切な距離を置くべきだ。
見捨てるのではなく、「あなたの行いは、こういう形で人を疲れさ
せる」と、静かに示す距離感である。
恩返しを求めるのではなく、礼儀として当然のことができる関係かどうかを見極める。
それは冷たさではない。
人間関係を健全に保つための知恵だ。
そして、もう一つ伝えたいことがある。
感謝できる自分を「お人好しだ」と卑下しないでほしいということ。
感謝ができるというのは、人間としての強さだ。
誰かの支えを尊重し、正しく受け取り、丁寧に返そうとする。
これは決して弱さではなく、むしろ成熟した大人のつき合い方だと私は思う。
今の世の中では、効率や損得ばかりが重視される。
でもその裏で、忘れてはいけない価値がある。
それが「感謝」であり、「礼」であり、「誠意」だ。
人からの恩を当たり前と思わない人。
そういう人は、結果として良い人間関係に囲まれ、人生のどこか
で必ず救われる。
最後に、こんな言葉を贈りたい。
“感謝は、弱者の言葉ではなく、強くしなやかに生きるための智慧である。”
感謝できない人たちが増えているように見える世の中でも、あな
たが持ち続けているその誠実さは、必ずどこかで誰かを救い、あなた自身を支えてくれる。
だからどうか、自分の優しさを過小評価せず、必要に応じて距離を調整しながら、あなたらしい人間関係を築いてほしい。
(第1編 終わり)




