3:祓水祭
雨宮が言うには葬儀のことは記憶にないほど、忙しないものだったという。
葬儀も終わり、一日置いて、俺はあの忌まわしき清水町に戻った。もちろん、あの井戸を探すためだ。なぜ俺達の間で、こんな呪いめいたことが起きるのか。理由はあの井戸にある。そして、調べるべきはここの郷土。土地だろう。それしかない。 そう思って、俺は前に行った図書館とは別で古本屋に向かった。そこにも、郷土資料に近いものがあるだろうと思ったからだ。
「ない......。そう簡単には見つからないか......」
諦めかけて古本屋を出ると、祭りの張り紙が目に映った。そこには「夏の祓水祭」と書かれていた。場所は、祝川の上流にぽつりとある「祓水神社」だそうだ。
「このお祭り、行ってみるか」
祭りの日程は、二日後の日曜日となっていた。俺は忘れないようにメモを書き留めた。すると、スマホのバイブが振動した。見ると、同僚からだった。そう言えば、会社には迷惑かけっぱなしだもんな......。
「もしもし?」
「雨宮、元気か?」
「いや、正直元気ない......。家族みんな死んで、わけわかんないところさ。この町、呪われてんのか? いや、悪い。忘れてくれ......」
さすがの不審死続きに、俺は疲れ果てていた。だが、電話越しの同僚は俺以上に暗い声を発していた。すると、同僚は、申し訳なさそうに話し始めた。
「そうだよな......。そんな時に話すのも悪いんだけどさ......」
同僚の口ぶりからして、会社でのトラブルだろうか。はたまた、それ以上の......。
「今じゃないとだめか? 来週、会社に復帰したその時でさ」
同僚は無言を貫いた。
「......なんだよ。まさか、倒産したっ」
「会社が流れた......。お水様の、せいで......」
「はぁ?」
「お前のせいだからな......。お前が、お水様のことを調べたばかりに......!! 俺達にも祟り雨が降ってきた!!」
「な、なんだよ突然!?」
「お前も、お前も雨に......」
その瞬間、ザザザという砂嵐のような音が聞こえて通話が途切れた。
やっぱり、なにかある。お水様はこの町を呪っている。そして、異物である俺も排除しようとしているのかもしれない。だったら、俺だって考えはある。祭りに行って、全部終わらせる。俺の呪いだけでも消してやる......。
「決行は祭りの日だ」
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とうとう祭りの日が来た。お水様とやらも、この日までは悪さをしてこなかったなと、ふと風呂場のペットボトルを見た。
「水が減ってるな......。兄さんの時と同じくらいか? いや、それ以上に......」
俺はペットボトルの水を見つめた。水はもうコップ一杯分ほどまでに減っていた。
なんだか、俺の寿命を指し示しているようで気味悪かったものの、俺は身を奮い立たせた。
「ふっざけんなぁあああ!!」
俺は気でも狂ったかのように、そのペットボトルに水を注いだ。理由はない。パンパンに入ったペットボトルを、俺は風呂場にボンッと置き、玄関を出た。神社のある祝川へは、自転車で15分ほどでたどり着く。大きな道沿いに自転車を漕いでいくと、数人が同じ方向へ向かっているのが見えた。それも、額にペットボトルを置くように持っている。全員がだ。
「な、なんなんだこれ......」
彼らを気にしながら自転車を走らせると、また彼らもペットボトルのない俺と目が合っていく。彼らの見開いた目から発せられる視線は気になるが、俺は神社へたどり着いた。そこには、どこの祭りでも同じように縁日の屋台が広がっていた。
自転車を降りて祓水神社の境内に入ると、暑くて汗をかいていたのに急に冷房のかかった部屋に来たかのようにひんやりとしはじめた。さらに歩くとぽた、ぽたと水の音が聞こえる。廃れた神社のように少量の水が出る手水舎。その裏に、井戸のような建造物があった。これは、もしかして父が遺していたデータに入っていた写真?
「父さん、母さん、兄さん......。俺はどうすればいい?」
俺はその井戸に近づくと、その上には金網のようなものが敷かれていて、使われないようにされていた。さらに近づき、覗き込むとその中には井戸水が入っていた。だが、俺はその水の汚さより先に何かこちらを見るような視線に気づいた。奥の方を見ると、そこには人が沈んでいるのが見えた。その人と、眼が合った気がした。
「うわぁっ!?」
思いきり腰を抜かし、俺が地べたに尻餅を付けると、顔に水が付き始めた。ちょん、ちょん......。という小ぶりな雨から、唐突に大雨へと変わっていった。強力なシャワーのような強さに、俺は庇のある本殿へと向かった。だが、そこには誰もいない。むしろ、住民は本殿に対して、土下座をしていた。雨が降っているのに関わらず、彼らはひとしきりに何かブツブツと言っていた。
ーこれはまずいー
そう感じて、神社を抜け出そうとして走った。その最中、俺は木の陰でボーっと立つ人影を見た。それは、どこか見たことのあるような姿で、俺は立ち止まってしまった。
「に、兄さん?」
よく見ると兄さんに似ていた。兄さんは、俺を見つけるなり、驚いたようで俺に近づいて手を引いた。
「に、兄さん!! ど、どうして!!」
「話は後だ」
兄は俺の手を取り、鳥居の外まで走って行った。その時の兄の姿は、父のように痩せこけていて目もくぼんでいた。
「今までどこにいたんだよ。どうして連絡もよこさないで......!」
兄の手を放し、怒りをぶつけた。ふと気づくと、神社から遠く離れていて、雨もやんでいた。いや、雨は神社を囲うように降っていた。不気味な光景に魅入られていると、兄さんが顔を出してきた。いや、それよりも、兄さんの事だ。
「すまないと思ってる。だけど俺は、水に魅せられた。もう家族の元には帰れない」
「ど、どう言うこと?」
「俺の事は、もう流れたと思ってくれ」
「......!? 嫌だよ、死んでないだろ! まだ、生きてるじゃないか!!」
「もうじき流される。お水様の代理として......」
「はぁ? いや、なんで!」
「とにかく、お前はもうこの町に来るな!!」
兄は俺を突き飛ばし、再び神社へ向かった。俺は兄を諦めきれず、走ろうとした。でも、俺の足は動かなかった。動けなかったんだ......。兄が神社に消えて数分、神社の上の雨柱はひとしきり降った後、クモさえ消えた。異様に静かになった境内を、俺は恐る恐る見に行った。すると神社に人がいたはずなのに、雨でぐしゃぐしゃになった着物や、屋台だけがあり、人の姿はなかった。まるで、洪水が起きたような光景で、混乱した。みんな、みんな流されてしまったんだ。お水様という、災害に......。俺だけ助かった。いや、助けられたんだ。兄さんに......。
「ありがとう、兄さん......」
俺は神社を後にして、この町からも離れることにした。
祭りから逃れることのできた雨宮は、二度とこの町に行かないと誓った。