第4話「もうひとつの隼」
アグレッサー迎撃戦の翌日、機長は学園内の職員寮の部屋で目を覚ました。カーテンから微かに輝かしい朝日が顔をのぞかせている。
眠いまぶたを擦り、顔を洗って服を着替えて職員食堂へ行く。ここ防空学園では生徒以外にも多くの職員が生活している。整備士やパイロット、オペレーター、そして空見と同じような機長がいる。
入口で食券を買い、お盆を取って席に座った。メニューはまさに和食の見本という和食定食セット、ほかほかのご飯に味噌汁、焼き鮭にお浸し、どれもすごく美味しそうだ。
「いただきます……!」
早速朝食を食べていると、突然――
「あの……お隣よろしいですか?」
後ろから声が響いた。振り返ると、制帽をかぶったスーツ姿の女性がいた。服装を見るにこの人も機長だろうか。
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます! 失礼しますね」
そう言って彼女は空見機長の隣に座った。選んだメニューは私と同じ和食定食セットだった。
「あの……もしかして、昨日配属された空見機長さんですか?」
ふと、彼女はそう訪ねてきた。
「はい、空見です。あなたは……?」
「私は『加藤想空』あなたと同じ機長です! といっても私も一週間前に配属されたばかりなんですけどね。ハハ……」
「そうそう、あなたの噂は聞いてましたよ。なんでも配属初日に、隼隊を指揮してアグレッサー部隊を壊滅させたとか!」
「そんなに知られてたんですね……」
「そりゃそうですよ! 初日に戦闘指揮をして敵を迎撃するなんてとんでもないことです! 私なんかまだ実戦すら経験したことがないのに……」
「まさに秀才! くぅ~! 羨ましいです!」
妙にテンションが高い人だなと感じた。
そうして、朝食を食べながらしばらく会話に花を咲かせた。新米機長どうし、中々良い交流をすることができた。
「空見さん、色々お話させてもらってありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ貴重なお話を聞かせてもらってありがとうございます」
「では、また業務中に会うかもしれないので! よろしくお願いします!」
そう言って加藤機長は食堂を後にした。
「さて、僕も司令部に行こうかな」
機長も仕事のために司令部へと向かった。到着すると、一〇〇式司偵が迎えてくれた。
「機長、おはようございます。さっそく業務を開始しましょうか」
「本日は隼隊が他部隊との合同練習……模擬戦が授業時間に組み込まれてます」
「学校の授業でも訓練科目があるんですね」
「はい、文武両道がこの学園のモットーですので。演習開始時間まで、昨日の戦績報告とレポートの記述をお願いします」
一〇〇式司偵に言われ、機長はデスクで事務作業を始めた。パソコンと紙の資料を交互に見ながら昨日の迎撃戦を詳細に記録した。
しばらく作業を続けていると、一〇〇式司偵がまた声をかけてきた。
「機長さん! 司令官がアメリカからお戻りになられました。ご挨拶をしに行かれたほうがよろしいかと思います」
「本当ですか!? わかりました、すぐに行きます!」
機長は作業を切りやめて司令官室へ向かった。本来配属初日に挨拶に行くのが普通なのだが、実は昨日までアメリカのスカイフェアリーの防衛機関に視察に行っていたようだ。
司令官室の扉の前で、軽く深呼吸をした。司令官……どうも学校の校長もかねている方らしい。どんな人なのだろうか。緊張しつつも、扉をノックして中へ入った。
「失礼します!」
「初めまして! 昨日配属されました、空見守斗です!」
椅子を回転させて現れたのは、ブラウンの長髪をきっちり纏め、軍服の襟元に記章を光らせた女性だった
「……君が新人機長か。私は堀西茜知っての通り、ここ日本防衛航空学園関東中央基地の司令官だ。防空学園への配属、歓迎する」
「君の話は聞かせてもらった。まさか、配属初日でアグレッサーの戦闘機部隊を撃破するとは……エース部隊の隼隊とはいえ、新人機長の指揮でスカイフェアリーたちの損害が軽微なのも興味深い」
彼女の鋭い目は、機長をつま先から脳天までじっくりの見ていた。まるで彼を品定めをするかの如く。
「とはいえ、そのまま有頂天でいれば痛い目を見るのは避けられまい。あまり調子に乗るなよ」
「あ……はい……すみません……」
「厳しい言い方になって申し訳ないが、我々は現在、深刻な人手不足なのだよ。特に君のような若く才能ある機長は少ない……戦闘中に殉職する可能性も、否定できないからな。そんな中、よく来てくれた」
彼女の澄んだ声は威厳に満ちていたが、同時に部下を気に掛ける優しさも垣間見えた。
「私はこれから、アグレッサーの動向を探るべく調査を開始する。貴官も成すべき使命を果たすことだな」
「……行ってよし」
「……失礼しました!」
機長は深く一礼をして、司令官室を後にした。
(少し怖かったけど……案外良い人かも……?)
その後はまたデスクに向かって業務を続けた。しばらくして、模擬戦の時間が近づいた。機長は司令部を後にして、飛行場へと向かった。
しばらくして、戦闘服に着替えた隼隊がやってきた。みんなやる気に満ち溢れている。
「機長さんこんにちは! きょうも指揮、よろしくお願いします!」
「五二型、準備は良さそうだな。所で今日の模擬戦の相手は誰なんだ?」
「え? 機長さんも知らないんですか?」
「何も聞かされてなかったけど……」
「もしかしたら、実戦を意識して対戦相手をわざと隠しているのかもしれませんね」
二一型がそう呟くと、向こうから対戦相手と思われる部隊が歩いて来た。そこに、見覚えのある姿が映った。
「あれ……? 加藤さん?」
「あ! 空見さんじゃないですか!」
「もしかして今回の対戦相手は……加藤さんの指揮する部隊ですか?」
「はい! 彼女たちが私の指揮する部隊……『第64戦闘機部隊』です!」
そう彼女が紹介した途端、威勢の良い声が飛行場に木霊した。
「ふん! ホンモノの”隼”がいないのに隼隊なんて笑えるわ! 今日こそ私の実力を見せつけてやるんだから!」
隼隊に闘志を燃やす、濃い緑の短髪で小柄なスカイフェアリーが歩み出てきた。
「あの……君は?」
「私は一式戦闘機『隼』よ! あなたが空見機長ね、聞いたけど配属2日目なんでしょ? そんなやつが私達に勝負を挑むなんて愚かだわ! 痛い目を見せてやるんだから!」
隼はむふんと胸を張り、かなり自信ありげな様子だった。
「あの……隼先輩……? この機長、初日で隼隊を導いてアグレッサーを迎撃した秀才らしいっすよ……それにうちの部隊のファーストエアフレームは隼先輩だけっすし……あんまり挑発しないほうが……」
「橋本うるさい! こんな零戦セット私一人で十分だわ! ……あたしが本物の”隼”なんだから……絶対に負けられないんだから!」
「ファーストエアフレーム……?」
聞き慣れない単語に空見機長が首を傾げる。
「あなた、そんなことも知らないの? やっぱりこの機長全然……」
「隼ちゃん、機長さんのことを悪く言わないでください!」
「あら? あの五二型にしては随分強気じゃない、そんなにこの機長がお気に入りなのかしら?」
「こら隼、喧嘩しないの。私だって配属されてまだ一週間って知ってるでしょ?」
「コホン……すみませんでした空見さん。この子は少し血の気が多くて……」
「ハハ……大丈夫ですよ」
「それで……ファーストエアフレームってなんですか?」
「スカイフェアリーたちの最上位の等級区分のことです。彼女たちスカイフェアリーは、軍用機の魂と記憶を受け継いで生まれた存在……ただ、全員が強い魂を込めているわけじゃないんです」
「隼や隼隊の零戦の方々、烈風さんなど、その機体の名を持ち、強い魂を込めているのが『ファーストエアフレーム』別名『一級機体』です。飛行ユニットとの適合率がほぼ100%で、非常に高い戦闘力を有していると言われています」
「その次に『セカンドエアフレーム』または『二級機体』と呼ばれるスカイフェアリーがいます。うちだと橋本Ki44ちゃんがそうですね。量産機や搭乗員の記憶を受け継いだ個体で、適合率はやや低めですが、戦闘力は十分です」
「あとは稀に飛行ユニットを起動できる人間もスカイフェアリーに含めることもあるらしいのですが……細かいのであまりに気しないでください」
「こんな感じですね! 長ったるい説明になってしまって申し訳ございません……」
「いえいえ、熱弁ありがとうございます」
「あ! そろそろ時間ですね! では……行きましょうか」
「ええ……よろしくお願いします」
全スカイフェアリーたちが、一斉に滑走路へと歩み出た。待機していた整備士たちがゴーサインをだす。
「隼隊出撃!」
「第64部隊出撃!」
零戦五二型と一式戦が叫ぶと、各フェアリーたちが一斉に離陸し始めた。あっという間に、空高く舞い上がるフェアリーたち。
――実戦後の模擬戦、空見機長と隼隊は果たして勝利できるのだろうか?