第1話「日本の空を護る者」
――清々しい青空と、眩しい日に照らされて、彼は門の前に立った。
目の前に広がる大きな校舎。隣には、広大な飛行場が備わっていた。
ここは、「日本防衛航空学園」通称「防空学園」日本の空を守る、重要な拠点である。これらが何のためにあるのかは、いずれわかることだろう。
威厳あるその基地の正門を、若いスーツ姿の男が一歩ずつ、覚悟を抱いて歩み出して行く。植木の満開の桜が、彼を歓迎しているように揺れた。
彼は、「空見守斗」(そらみ しゅうと)この防空学園に新たに配属された指揮官。ここでは「機長」と呼ばれる存在だ。
機長と言っても飛行機を操縦するのではない。だが、役割は飛行機の機長と同じくらい重要なものだ。
校舎の玄関に着くと、ある人物が彼を出迎えた。
「空見機長、初めまして。着任おめでとうございます」
キリッとした制服に身を包み、正帽を被った若い女性が機長を歓迎した。
「日本防衛航空学園、関東中央基地へようこそ」
「私はこの基地の作戦オペレーターとして勤務しております『E-767』と申します」
「E-767……?(AWACS、早期警戒管制機と呼ばれる機体だ)」
空見は驚いて目を見開いた。飛行機の名前を有する存在に、困惑するのも無理はないだろう。
「あら、機長様。もしかして『スカイフェアリー』に出会うのは私が初めてでしたか?」
「ああ、君が……あのスカイフェアリーなのか」
――スカイフェアリー
戦後に突如として出現した、「飛行機の魂を宿した謎の存在」である。航空妖精とも呼ばれる。
その多くは10代から20代の少女の姿をしており、過去に存在した戦闘機や爆撃機など、人類がかつて空を駆けた名機たちの記憶と意志を継承している。
彼女たちはそれぞれ、自身の名を冠した「飛行ユニット」を装着し、大空を舞う。時に音速を超え、時に爆撃を繰り出し、今では“空の守護者”として世界中で活躍しているのだ。
その力を求めて、各国は彼女たちを保護・運用するための機関を設立した。日本において、その中枢を担っているのが――この日本防衛航空学園である。
スカイフェアリーたちは人類と共に空を守るパートナーであり、同時に、兵器としての宿命と過去を背負った存在でもある。
「飛行ユニットを着けてないと、スカイフェアリーを見た目で見分けるのはほぼ無理ですからね。意外と街中ですれ違ったりしてたかもしれませんよ?」
「なるほど……」
「さ、こちらへ。校舎と基地をご案内いたします」
E-767に連れられ、空見はまず校舎に案内された。
「当学園では現在、700名ほどのスカイフェアリーたちが在籍しております。彼女たちは日々、増えつつある脅威に備えるべく、学問と訓練を積んでおります」
「……脅威……『アグレッサー』のことですね?」
「その通りです、最近特に襲撃が増加しておりまして……司令部は対応に追われています」
――アグレッサー(侵略者)
かつて空で散った兵器の無念と、人間たちへの強い憎しみから生まれた敵。
彼らは、過去に失われた機体や兵士たちの記憶が融合し、怒りと怨嗟を糧にこの世界へと現れた存在である。
その姿は時に戦闘機、時に爆撃機、あるいはスカイフェアリーのような姿さえ模した「歪んだ模倣体」とも呼ばれている。
アグレッサーたちは憎悪に身を任せ、建物や民間人を容赦なく襲う。度々起こる大規模襲撃に、世界は混乱していた。
だが彼らの多くは、生きることも戦うことも望まず、ただ記憶と怒りに囚われ彷徨う哀れな存在でもある。
日本を含む各国は、アグレッサーの脅威に対抗するため、スカイフェアリーと共に防空組織を整備。
この防空学校は、まさにその最前線である――。
「アグレッサーへの対処は、この国の空を守る上で最重要事項であります。機長様の指揮が、私たちスカイフェアリーの力を大きく増強することでしょう」
「ハハ……上手くできればいいのですが……」
「我々も全力で機長様をサポートいたします。ご安心ください」
いくつかの教室を見ながら廊下を歩いていく。今日は休校日で生徒もいないからか、少し静かな印象だった。
しかし、見れば見るほどすごい所だ。いくつもの教室に、理科室、音楽室などの専門教科の教室、さらには大きな体育館やミーティングルーム、食堂まである。
自分は教師ではないので、あまりこういうのに詳しくはないが、それでも規格外の設備であることは容易に知れた。
「校舎はこんな感じですね。では、本命の基地へ行きましょうか」
続いて防衛の要、基地本部へと案内された。
「こちらが司令部です。ここでは作戦指揮やレーダー監視、航空自衛隊との連携を取っています」
司令室中央の大型モニターには滑走路の様子や他の基地の映像が写し出されており、周りにはレーダー管制員やオペレーターがモニターに向かって作業をしていた。
「こちらから私が指揮を取るんですか?」
「いいえ、機長様はスカイフェアリーたちと共に作戦行動を取っていただくため、専用管制機に搭乗してもらい指揮を取ってもらいます」
「えっ? 僕も飛ぶんですか?」
「もちろんです。スカイフェアリーたちの戦闘風景はカメラからでは十分に確認できません。直接確認してもらい、指揮を下さなければ効果的とは言えないのです」
「そうなんですか……!」
「さあ、どんどん行きましょう。次は飛行場と格納庫です」
外に出て飛行場へと向かった。
滑走路は通常のものと大差ない長さだった。スカイフェアリーならばここまで長くなくともいいはずなのだが。
「ここはスカイフェアリーたちの他に、通常の航空機も離着陸可能な滑走路です」
「とういうことは管制機もここから離陸するんですか?」
「そうです。管制機以外にも輸送機や自衛隊の戦闘機も来ますよ」
「戦闘機まで! すごいですね……!」
「そしてここが格納庫です。現在整備中なのであまり多くはありませんが、いつもは管制機が置いてあります」
「隣は整備施設です。航空機とスカイフェアリーの飛行ユニットの修理・点検をしています」
「……最後に研究所なのですが、現在改装中でして……残念ながら本日はお見せできません。また後日案内いたしますね」
「以上が防空学園の全容です。お疲れ様でした」
「ご案内ありがとうございました、素晴らしい施設ですね!」
「ご満足いただけて幸いです。では機長様、これより担当部隊と顔合わせがありますので、担当を交代させていただきますね」
そう言うと、E-767は席を外して別のオペレーターを呼びに行った。
しばらくしてやってきたのはどこか知性を感じられる絶世の美人であった。
「こんにちは、機長。私はプロペラ機担当オペレーターの一〇〇式司令部偵察機です。一〇〇式司偵とお呼びください。どうぞよろしくお願いいたします」
「(綺麗……!心臓止まるかと思った……)」
「あら? ふふっ……見惚れてしまいましたか? 嬉しいですね」
「自慢話にはなってしまいますが、私は『第二次大戦で活躍した世界で最も美しい軍用機』と呼ばれてるみたいなんです」
「コホンッ……失礼いたしました。話が逸れてしまいましたね」
「本日より空見機長は、プロペラ機で構成された部隊の指揮を担当してもらいます」
「ジェット機の子じゃないんですか?」
「実は、最近航空侵犯してくるアグレッサーの多くがプロペラ機型のものなんです。」
「ジェット機では少し相性が悪いというか……まぁいろんな理由があるので、当分はプロペラ機のスカイフェアリーたちを導いてください」
「では、部隊がミーティングルームでお待ちしております。こちらへどうぞ」
彼女は機長をミーティングルームまで案内した。機長は緊張しながらも、その扉を開ける覚悟を決めた。
――はたして、この先どんな出会いが待っているのだろうか?