第6話:転生の神々
「えーと、何だっけ? 縁もたけなわ?」
「それは終わる時のヤツっスかね」
「社長頑張れ~」
「ともかく、皆日々お疲れ様です。今日は無礼講ということで、飲んで食べて、営気を養って下さい。せっかくゲストもいらしてるので、交流を深められればとも思います。それでは、乾杯!」
「かんぱ~い!」
ここは駅前の居酒屋。広くはないが、1団体分の貸し切りの個室がある程度の広さはある。そこで社員6名と、ここ最近弊社所属Vtuberの制作を始め随分と世話になる機会が増えたイラストレーターの太陽サラ先生と3Dクリエイターのあざきんさんを招いての飲み会を催した。
さあ、転生の神々の宴だ!
「にしても、味田さん来るなんて意外だな」
「来ちゃまずいですか?」
「いいんだよ来て! よく来たよ!」
「タダ飯食えるって聞いたので」
「社長によく礼言うんだぞ? 来週朝あったらすぐ、改めて礼を言うんだ。いいな?」
「何で2回も?」
「そういうもんなの、社会人は! それからなあ、本来は俺が今いる位置はお前さんみたいな新人が陣取るべきなんだぞ? 個室の入り口! 店員が持ってきたドリンクやらメニューを皆に配ったり空いたグラスや皿を回収したり、飯を取り分けたりだなあ……」
「そうやって女性を奴隷扱いするのって、時代遅れですよ?」
「女性だからとかそうじゃなくって……。分かった俺が取り分けるよ! 酒も注ぐよ! 若けえもんはもっと飲んで食いな!」
「アルハラですか?」
「俺にどうしろっての……?」
グラスを遠ざけられ、注ぎ足そうと俺が向けたビール瓶は虚しく空を彷徨う。
俺と味田のやり取り見ていた太陽サラ先生はクスクスと笑う。
「先生何とか言ってやってくださいよ」
「アットホームな会社で良いと思います。あ、ブラックだって意味じゃないですよ? 本当の意味で、です」
後輩に拒否られ行き場を失ったビール瓶を先生へ向ける。先生はグラスを取り、俺はそこにビールを注ぐ。社会人してるな~って感じ。もちろん仕事中も感じているぞ。
「最近は先生には世話になりっぱなしで」
「いえいえこちらこと、お仕事いっぱいいただいて」
先生は俺の注いだビールをほぼ一気に飲み干してしまった。とんでもない蟒蛇を召喚してしまったのでは? 社長の財布は大丈夫か?
「ホントにVtuber転生支援サイトさんには感謝しているんです。こちらで仕事を回してもらうまでは、鳴かず飛ばずでしたから」
「ウチの月屑リインや、この間の珠村さんのデザインもめっちゃよかったですよ。先生くらい才能のある方でもなかなか注目を集められないなんて、イラストレーターも大変な業界ですよね」
「いや、その、そんなことないです。私の才能なんて……。もっと才能ある人いますよ。それこそ見つけられてないだけで」
「いいえ! 先生は才能あふれる素晴らしいイラストレーターです! もっと自信持ってください先生! いや、ママ!!」
上座付近で社長たちと話していたであろう来生さんが遠くから大声で割って入ってくる。もう酔いが回っているのか? 大分顔が赤いようだが。
Vtuberが自身をデザインしたイラストレーターをママと呼称するのはこの界隈の文化だが、こうして面と向かって、しかも年下の女性をママと呼ぶのはなかなか異常な光景だ。
「はい! パパもそう思います!!」
ちなみにパパというのはLive2Dクリエイターのことだ。最近は会社の広報担当Vtuber:月屑リインを始め、サラ先生のデザインしたVtuberのLive2Dをこちらのあざきん先生に依頼する機会が増えている。本日はウチの会社のママとパパの筆頭をお招きしたわけだ。惚れにしても酔いが回るの早いな。あざきん先生はすでにへべれけだ。
上司たちも大分できあがっていそうだ。これは、俺が最後までしっかししていないとマズイか?
「あ、ありがとうございます。恐縮です」
「もっと自信持っていいんですよ! 先生は立派な転生の女神様なわけですから!」
俺の太鼓判に来生さんやあざきん先生、社長たちがうんうんと頷く。
「でも転生ばかりに関わっていたら、アンチが増えてきそうなのですが……」
「そしたらもう、ウチの専属になってくもらいます!」
社長が高々と宣言する。社長も酔いが回り顔を赤らめ、いつもより大分声も大きくテンションが高い。
「先生だけじゃない。皆転生の神だ! お客様和神様ならぬ、従業員は転生の神様なんだよウチは!」
「社長どうしたんですか~? ずいぶん今日は褒めてくれるじゃないですか~」
「いや、いつも皆には感謝してるんだよ? 口にしないだけで」
俺も、そしてきっと他の社員も社長に感謝してますとも。
「味田君もなんだかんだ言いながら、日々よく頑張ってるよ。ありがとうございます。これから頼むよ」
「そんなこと言われても、私いつかは転職しようと思ってますよ?」
我関せずといった具合に一人酒を飲んでいる味田に社長が話を振るとこれだ。こういう席で、はっきり言ってのけてしまうんだよな、今どきの奴は。
「まあまあ。ウチに残るにせよ、どこかへ行くにせよ、なんだかんだ君は成功すると思うよ。なんなら、Vtuberやってみて欲しいくらいさ」
「はあ? 私がですか!? オタクに媚びるなんて嫌ですよ!」
味田がVtuber? 全然オタク気質のないやつが? でも言われてみれば、意外とできるかも?
「意外と合うんじゃないか?」
「此川先輩まで!」
「媚びないスタイルが受けることもあるし、曲がりなりにもVtuber界隈に関わってきたからどう立ち回ればいいかもなんとなくわかるだろ?」
「はあ……」
「それに何より、良くも悪くも図太い!」
皆一斉に頷く。それな、全くだ、と口々に賛同する。
「褒めてませんよね?」
「実際短所でもあるが、長所でもあると僕は思うぞ」
俺に替わり、社長は続けた
「上手く生かせばいい持ち味になる。Vtuberに限ったことではないが、アンチを気にしないでいられるメンタルが大事だ。君の場合ファンのことも気にせず好き勝手しそうだが……。何にもとらわれず自分を貫ける者には、必ず付いてくる者がいるからね」
「金が欲しいんだろ? 金持ちと結婚できなくても、大手で成功すればVtuberも儲かるぞ? ウチじゃ大手と関わりないから実感ないだろうけど」
「ふーん……」
納得したやら、腑に落ちないやら、味田はそれからは黙って俺たちが騒ぐのを聞きながら酒を飲んでいた。
俺と味田以外ひどく酔っ払い、主催の社長が潰れて二次会なんてできる状態でもなくなり、俺は味田とともに他のみんなをタクシーへぶち込み帰路に着いた。
「助かったよ。味田さん酒強いな」
「女性らしくないとでも? オタクは女性に幻想抱きすぎじゃないですか?」
「いや違くて、マジで助かったの。それにオタクだって、女性配信者が飲酒配信してるの見てるから、女性も酒好きな人とか酒強い人いるの知ってるし!」
「ふーん」
「じゃあ俺電車あっちのホームだから、また来週! お疲れ!」
「あ、はい」
社会人だし、後輩だし、「お疲れ様でしたー!」くらい言ってほしいが、今日は酔っ払いの処理に付き合ってくれたことに免じてやろう。
しかし、何か考え事をしているようにも見えたが……。流石に酔いが回ってぼーっとしていたか?
翌週、味田は出社するなり退職すると言い放ったのだった。
新人社員が退職して約1年。
広告宣伝用に生み出されたVtuber月屑リインは商品化に成功。Vtuber界隈のリクルーターに加えて、キャラクターIPでも稼げるようになり営業利益に大きく貢献していた。
ウチが転生のサポートをしたVtuberからコラボの誘いが来ることもあり、立派に業界で活躍している様を見て俺は後方腕組リクルートエージェント面をしている。
そんな中、ウチに大手の事務所所属のVtuberからコラボの誘いが来た。大手からの誘いなんて意外だったが、なによりソイツから誘いが来るという事実が意外だった。
『じゃあ、今日はそんな感じでよろしくお願いしま~す』
『ええ、よろしくね。でも意外だったわ、あなたからコラボの誘いが来るなんて』
『初めての外部のコラボに誘ってあげたんだから感謝してくださいよ、六果先輩?』
『本番で名前呼び間違えないでよ?』
『分かってますよ、リイン先輩。それからそっちのモデレーターにもちゃんと仕事するように言っといてくださいね?』
言われんでもわかってるっつーの。
モデレーターだろうがリクルーターだろうが、世のVtuber達が楽しく活動できるようサポートしまくってやるから安心しな!