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第5話:悪魔でもVtuberです


 俺は15分遅れで休憩に入る。休憩室で朝の通勤時にコンビニで買っておいたカップ麺に湯を注ぐ。小さい貸事務所だから休憩室も狭いので、冷蔵庫やレンジ、ケトルとちょっとした茶菓子の置き場と化している。昼食は外食か、自身のデスクで皆摂っている。


 休憩室から戻ると、残っているのは彼末(かのすえ)さんと池見(いけみ)さんの二人だった。他の3人は外に食べに行ったのだろう。彼末さんはパソコンでまだ何なら作業をしている。池見さんは自分と子供、旦那さんの分ほぼ毎日弁当を作っているのだそうで、今日もお手製の弁当を広げている。

 

 「お疲れ此川君。今から休憩? 担当の人数増えて大変でしょ?」


 「はは。まあそうっスね。リインちゃんさまさまって感じっス。でも池見さん達も担当増やしてくれて、めっちゃ助かってます」

 

 「リインちゃんが業務内容変わる分、フォローは誰かがしないとね」


 2か月前ウチの広報担当Vtuber”月屑リイン”として来生さんがVtuberデビューして以来、順調に顧客が増えている。特に新規でVtuberとしてデビューしたいという希望が増えた。その分一人一人の担当数が増えていった。

 それに加え、「リインちゃんと話したい」「リインちゃんに担当して欲しい」という問い合わせがいくつが見受けられたため、リインちゃん即ち来生さんを転生エージェントから外し、裏方に徹してもらうことになった。その分、裏方メインだった彼末さんもエージェントとしての負担が増えることになった。


 「此川君が担当したお客さん、最近調子どう? 新規さんが結構デビューしたんじゃない?」


 「いや~みんな頑張ってるんすけどね。現実は厳しいっつうか……。特に個人勢としてデビューした男性Vtuberは、企業所属に比べて伸びないです。池見さんはどうっスか?」


 「私は女の子を担当することが多いけど、そうねえ、確かに男の子よりは”見つけて”もらい易いかもね。配信や動画以外にも、SNSでの発信がバズったりして。でも一芸に秀でてないと配信者として成功するのは大変かもね」


 「ああ~神になって転生者にチート能力授けてやりてえよ! 彼末さんは最近どうっスか?」


 パソコンの画面を凝視していた彼末さんは一瞬考え、自分が声をかけられたことに気付き俺に視線を移す。


 「……俺? 何だい?」 


 「あ、すんません。全然作業勧めてて下さい。大した話じゃないんで」


 「いいんだ、個人的なことだから。ちょっとウチの規定を見てたんだけど……。此川君、ウチって従業員割引みたいなのあったっけ?」


 「ええ!? いや知らないです。彼末さんが知らないんじゃ、ないんじゃないですか?」


 「そうか。リインちゃんは会社のVtuberだから経費出たけど、どうするかな」


 「もしかして彼末さんVtuberやりたいんスか!? 来生さんがリインちゃんやってるの見て自分もやってみたくなった!?」


 「まさかバ美肉とか!?」


 普段自分のことを語りたがらない彼末さんにここぞとばかりに俺と池見さんは質問攻めする。

 ちなみに、バ美肉とは”バーチャル美少女受肉”のことだ。男が美少女の()()を被り、配信することだ。別に性的趣向とか性自認が所謂()()と異なるわけではない。ただそうしたいからそうするだけで、中身は所謂()()の男だ。世界よ、日本の多様性について来れるか?


 「俺じゃないよ。娘がね、興味あるみたいでさ」


 「そういえば娘いるんですよね!?」


 「成人してるんですよね? 趣味でやってみたいとか? それとも職業としてVtuber目指したいんですか?」


 娘さん、成人しているのか。池見さんの方が彼末家について持っている情報が多いようだ。


 「もともと配信サイトで活動始めてたんだけど、Vtuberとしての体も欲しくなったらしい」


 「配信で生計立ててるんですか? もしかして結構有名な配信者だったり?」


 「副業だよ。本業は声優やってるんだけど……」


 「え!?」


 「誰です!?」


 「えーとね、珠村 沙華(たまむら さはな)って名で活動してる」


 「私、知ってます! 今年のプリ〇ュアやってますよね! 娘が見てます!!」


 「何で今まで教えてくれなかったんスか、結構なニュースじゃあないですか!」


 「おじさんの自分語りなんて皆嫌だろうと思って……」


 「自慢の娘の自慢話くらいしてくださいよ!」







 




 後日、彼末さんの娘さんの珠村沙華さん、本名を彼末沙華さんが事務所に訪れた。通常の依頼であればオンラインでやり取りするのだが、まあ社員の家族だし、会社で使ってる配信機材の実物を見ておきたいという希望もあり特例として案内した。

 

 なにより池見さん達が会いたがっていたから、ぜひ呼ぼうという流れになった。

 俺たち同様、社長も彼末さんの娘さんのことは知らなかったようでたいそう驚いていた。しかし次の瞬間には「ウチでVtuberに受肉したことをにおわせて貰おう」と企んでいた。


 「社長の天目です。いやあ、今回初めて彼末さんの娘さんが声優さんだって知りましたよ」


 「父がお世話になっております、珠村沙華です。すみません、休憩時間にお邪魔してしまって。空いている時間がちょうどこの時間だけだったもので……」


 「そんな、お忙しいなかよく来てくださいました! 今回担当いたします、池見と申します。毎週娘とプリ〇ュア見てますよ!」


 「本当ですか? ありがとうございます」


 「き、来生(きすぎ)です。機材が気になるとのことなので、私はそちらの……」


 「あ、あなたがリインちゃんですよね? 声聞いて分かりましたよ! 実は配信、何度か拝見しましたよ」


 「え、あ、ありがとうございます。光栄です」



 すっかりミーハーな池見さんと、借りてきた猫の来生さんに続き、俺も挨拶を済ませる。


 「此川です。お父様には大変お世話になっており……」


 「とんでもないです。父、ちゃんとしてますか? 家ではゾウアザラシみたいに転がってますけど」


 虫の居所の悪そうな彼末さん。そうか、家ではゾウアザラシなのか。ギリギリ愛嬌あるか……?

 そりゃあ平日働いて疲れてるもんな。家にいる時くらいゾウアザラシしたいよな。全国のゾウアザラシ、じゃない、お父さん達お疲れ様です。


 ところで1年目の味田(あじた)は外に昼食を取りに行っているため不在だ。たしかに休憩時間だからどう過ごそうと自由なんだが、上司の娘が客としてくるんだから顔みせるくらいしてもよさそうなもんだが。「別に声優とか興味ないです」と言い残し行ってしまった。うーん、ザ・今時の若手って感じ。



 担当の転生エージェントとなった池見さんを中心に、今後の予定や現在弊社の広報担当Vtuber”月屑リイン”が使用している機材を説明した。


 「今配信で使ってる機材を流用して、あとはトラッキングに使うものはこれと同じのでいいかな」


 「珠村さんは、元々顔出しで配信してたんですよね。どうして今回Vtuberに?」


 「そうですねえ。やっぱり数字ですね。視聴者数が伸び悩むので、何か新しいことやろうと思って。流行りに乗っかった方がいいのかなって思ったんです。声優同士でも競争激しいのに、最近はVtuberさんもってなって……。なんとか自分を売り込んで、ファンを増やすにはこれかなって思ったんです」


 確かにオタクの分布? とでもいえばいいのか、声優オタクからVtuberオタクへ人口が移っているのは感じる。実際俺もガキの頃の方が今より声優に詳しかったように思うし。


 「あ、別に私はVtuberさんを敵対視してるつもりはなくて、共存共栄できればと思ってるんですよ!」


 珠村さんは来生さんの手を取る。


 「転生したあかつきには、ぜひコラボしましょう!」


 「へあ!? は、はい!?」


 月屑リインとして配信している時の暴れっぷりは一切面影のない来生さん。いずれは売り言葉に買い言葉、殴り合いのコラボ配信が見られるだろうか。俺は間に入るオタクを処すモデレーターとして励むぞ。


 









 

 


 『皆どうこの体? かわいい? そうなの、ある日ある会社の広告宣伝車両(アドトラック)に轢かれて、目が覚めたら体が2Dになっていたの。でもこっちもいいでしょ? 堕天使? 悪魔? みたいな感じで』


 どこか見覚えのある絵柄の、赤と黒を基調とする悪魔のような少女は、足から順に上半身までアップにして視聴者に自身のデザインを見せていく。髪飾りの彼岸花が怪しく光る。



 『これからはVtuberとしてもやっていこうと思います! あ、ちなみに、あくまでもVoice tuber略してVtuberだから、よろしく!』



 

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