第3話:転生の天使、降臨
この物語はフィクションです。
業界の内情は存じ上げないので、こんな転職サイトあったらという妄想100%です。
その日も意味もなくパソコンの電源をつけ、SNS等を眺め無駄な時間を過ごしていた。
本来就職活動をして、次の収入源を見つけなくてはならない。経済面だけでなく、精神的にも、薄暗い部屋の中で引きこもっているだけよりも、何らかの手段で社会と関わりを持っていた方がいいだろう。
インターネットから離れなさいと、主治医にも言われていた。でもやめられずにいた。つい、いつもと同じように、エゴサをする。
引退したのだから、すでに自分ではないのだし、エゴサーチと呼ぶのは語弊があるかもしれないが。ともかく執着を、夢を捨てきれずにいた。
不要になったはずの配信関連の機材も、捨てられずに机の上を占領していた。
「あいつの転生先、見つからないな」「転生してないのか?」「ガチで死んだんじゃね?」「ざまあw」
心無いコメントばかりが目に入る。たまらず薬を飲む。
もうあの世界には関わらないと決めたのだ。就職しよう。でもどこへ? まともな社会人としての経験なんて一切ない。そんな自分を採ってくれるところなんてあるのだろうか。
それとも勇気を出して転生する? いや、もう誰も信じられないあの世界にはいられない。リスナーも、配信者も、誰も……。
転職、転生……何気なく検索した中に、ふとあるサイトが目に着いた。本当に現代のサイトか? あまりにもシンプル。読み込みも爆速だ。
「……Vtuber……転生支援サイト……?」
Vtuberにも転職サイトみたいなものがあったのか。しかも登録するだけで登録料を取るのか。転職サイトなんて無料で利用できるところだと思っていたけど、そういう企業もあるのか。
今行動しなければ、一生このままだ。
病気のせいで強迫観念に襲われたのか、虫の知らせか、そのサイトにすぐさま登録していた。今思えば、当時の精神状態でよく詐欺も疑わずに登録したものだ。
サイトからのメールはすぐに届き、その日のうちに転職……ではなく、転生エージェントとビデオ通話ができた。
「Vtuber転生支援サイトへのご登録、ありがとうございます。私が言うのもなんですが、よくこんなサイトに登録してくださいました!」
主治医以外との会話は久しぶりだったように思うが、人のよさそうなエージェントのおかげで緊張はすぐにほぐれた。
「よ、よろしくお願いします。えっと、登録しておいてなんなんですけど、まだVtuberまたやるか決めてなくて」
「そうでしたか! 転職するか決めてなくても転職サイトに登録だけする、なんてサラリーマンにはありがちです。お気になさらず! それと実はご相談がありまして……。いやエージェントの私からというのも変な話ですが、あのですね……」
「来生君、後でちょっと話があるんだが、いいかな。午後、時間あるときでいいんだ」
社長はそう来生さんに伝えると外へ昼食をとりに出て行った。ずいぶん改まった雰囲気だが、何の用だろう。他の社員の前だと話しずらいことか?
「珍しいですね、来生先輩が社長に呼び出されるなんて。何やらかしたんですか~?」
ずけずけと味田が声を掛ける。よく言えば物怖じしない、悪く言えば他人様をナメてるよなこいつは。その図太さのおかげでストレスに耐性があるからこそ、歴代のうちに入社した新人の中では長続きしているのだろうが。
だが実際、来生さんが社長に呼び出しされるなんて珍しいから、正直気になった俺は自分のデスクで昼食をとりながら聞き耳を立てる。
「別に何もしてないわ。いったい何かしら?」
「じゃあ、デートの誘いとか! 先輩も社長も独身でしょ? 先輩、社長の誘いでこの会社に入ったんでしょ? やっぱ気があるんですよ~!」
「私なんかモテないわよ。それに、そんな理由で採用したりして、会社を私物化するような人じゃないし」
もっともな意見だ。社長は人として、オタクとして尊敬に値する人物だ。うちの会社にアンチが増えていようと、利用者さんからはもちろん、世話になっているクリエイター陣からの好感度は申し分ない。
社長のこれまでの姿勢、即ち仕事に携わっていただいたクリエイターに対する敬意と、金銭的な誠意によるものが大きいだろう。
「え~でも、先輩声だけはすごい良いじゃないですか。声だけは」
「そんなこと言ったら、おじは順世ちゃんみたいな愛想が良い娘がいいんじゃない? 順世ちゃん愛想だけはいいじゃない?」
先にちょっかいを出しておいて、コンプレックスの名前を出された味田は目に見えて面白くない態度をとる。
「あ、そういえば先輩もう一つだけかわいいとこありましたね。ねえ、六華先輩?」
男には見えないマウント能力によるラッシュの速さ比べが始まりつつあったので、巻き込まれないうちに俺は早めに昼食を食べ外に散歩にでも出かけようかとコンビニ弁当を書き込み始めた。
「あーあ、社長がイケメンで金持ちだったら全然気に入られてよかったんだけどな。オタク専門の転職サイトじゃなくって、もっとエリートが集まる転職サイトに就職したかったなあ。そしたら優秀な客の転職をサポートして、そのままその人のとこに永久就職できたのに」
味田は急に矛先をうちの会社に向ける。転職エージェントと利用者の結婚ってあんのか?探せばあんのか?俺は知らんぞ。それと、オタクの転職じゃなくてVtuberの転生、な。
「此川君は転職エージェントだったんでしょ? 実際どうなの? 利用者さんと結婚する人とかいんの?」
唐突なキラーパスに白米を詰まらせ殺されかけた俺はお茶で流し込み命拾いをする。
キラーパスの主は彼末さん。いたのかよ。どこかで休憩してるかと思っていた。他人様のこと言えた義理じゃないが気配なさすぎだ。会社創立時から総務やら会計やら一人で何でもこなしてくれているデキる人ではあるのだが、謎の多いおじだ。奥様と娘さんの3人暮らしらしいということぐらいしか俺は知らない。
「え!? 此川先輩って転職エージェントだったんですか! 最初からこの会社に就職したんじゃなくて!? うそ!?」
うそとはなんだ。あったんだよ俺を新卒で採用してくれたとこが。
「中途入社だよ。前のとこでは普通のサラリーマンの転職を扱ってた。よくある転職サイトさ」
「それでどうなんですか!? 優秀なサラリーマン来ますか!?」
「中にはいるけど、だからって客に手を出すようなコンプラ意識低いやつを会社は置いとかないだろ……。俺は顧客と結婚した奴とか聞いたことないぞ」
「此川先輩がモテなかっただけじゃないの?」
そうだけど、そうじゃねえよ。こいつがほかの転職サイトに落ちたのは、面接官が問題起こしそうな就活生をしっかり見抜いていたからなんだろうな。
じゃあ何でうちは採用したんだろうか。キャラクターの名前考えるのが好きだから?でもそれは勤め始めてから発揮されたものと思われるし……。今度社長に聞いてみるか。
「じゃあ何で此川君うちに転職してきたの? 」
「どーせVtuberが好きだから、関わりたかったんでしょ?」
「どーせって……実際そうだけど。だって見つけちゃったからさあ」
「中途の募集?」
「そう。なにせ転職を扱う職場だからいろんな採用情報が入ってくる。その中になんとVtuberを転職、即ち転生させようという会社があるじゃあないか! もう客に見つかる前に俺が転職するしかねえ!」
「なにそれずるくない!?」
その日は遅くまで顧客とのオンライン面談があり、久しぶりに残業となった。お相手が兼業Vtuberだから、どうしても仕事終わりにしか時間が取れないため致し方ない。
普通にサラリーマンを日中こなすだけでも大変だろうに、そのあとで配信業をしている人たちには恐れ入る。
「お疲れ~。耳だけ傾けて、ちょっと話聞いてくれ」
社長が居残り組に声をかける。味田は相変わらず全力で定時退社し、小さい子共のいる池見さんも保育園に迎えに行くため退社した。
彼末さんは遅くまで残ることあるし、いるらしい娘さんはそんなに小さくないのだろう。そうでなきゃ奥様一人大変だ。向こうから話さない限り、今どきはプライベートには突っ込みづらい。
今いるのは俺と来生さん、彼末さん、そして社長。まあイツメンて感じだな。俺は耳だけ傾けPCでの作業を続けた。
「うちのイメージキャラクターの月屑リインちゃんだけど、Vtuberとしてデビューさせようと思う」
「メッチャ大事な話じゃないの!? 傾聴させて下さいや!!」
俺は手を止め社長の方へ体を向けた。
「だって忙しそうだし……」
デザインが出来上がった時は朝礼で発表したくせに、何でまたこのタイミグで発表したんだ社長。月屑リインVtuberデビューだって!?
「そりゃまた何で。Vtuberに関わる企業だから?」
「それもあって、宣伝するにはやはりいいんじゃないかと思うんだ。うちの会社について知ってもらう機会を増やしたい」
「またアンチ増えるんじゃないですか?格好の的ですよ。炎上商法ですか?」
「多少は炎上させられることはあるかもしれない。だが間違いなく注目は集める。逆にファンをつくりイメージアップするチャンスだと思うんだ。ウチはインパクトや分かりやすさで社名を決めが、”転生”という言葉ばかりが先行して、うちがVtuberになるのが完全に初めての人向けにもサポートをしていることは社の知名度に比べ広まっていない。配信でより詳細に宣伝できればもっと知ってもらえる機会ができる。何より客層からして、テレビでCMやるよりネットで配信した方が広告効果は高いだろう」
確かに完全ご新規の顧客は増えてきてはいるが、まだまだ転生のサポートに比べれば認知度は低そうだ。広告費に費用を割く余裕はまだうちには正直ないからな。
「なるほど、自社Vtuberなら準備もある程度社員にやらせて、費用も浮くと」
「そ、それもある、うん」
「でも中の人とかどうするんですか」
「来生君にお願いしたよ」
俺は来生さんの方へ振り向く。彼女はただ、頷いた。そうか昼間の社長と来生が話していたことはこのことだったのか。
「そりゃ社員の中じゃ声は一番いいと思いますけど、いいんですか?やったことない自分が言うのもなんですけど、やってみると結構キツイことも多いと思いますよ、Vtuber」
「うん、やってみる」
「来生君はね、以前Vtuberをやっていたんだ。だから上手くやってくれると思う」
俺は来生さんを二度見した。彼女はまた、頷いた。
翌朝、朝礼にて正式に弊社の広告担当Vtuber、月屑リインの始動が社長より発表される。結局全員揃った時に発表するのだから、初めから朝礼でだけでもいいのではと思ったが、のちに聞いたところ来生さんの決意が揺るがないうちに誰かしらに伝えておきたかったのだそうだ。
1日置いて、やっぱり……と考えを改められないうちに、悪く言えば少しでも引き返し辛くしようとしたのだろう。社長は普段優しいし温厚だが、こういうところは経営者の器というか、組織のトップに立つ存在だと感じる。
その日からVtuber月屑リインの初配信までは業務の合間に、あるいは業務終了後準備を進めた。キャラ設定はどうするか? 話し方、リスナーへの接し方は? 配信時間はどうする? 業務時間外? そうでないならシフトはどうするか? 等々。
演者となる来生さんは当然中心となり、最終的な決定権を持つが、以外にも味田が意見を出してきた。やれ媚びててキモイだの、意味不明だの、厳密には俺たちの案にケチつけてばかりで他に案を出してくれるわけではなかったのだが。
ちょっとしたモンスターペアレントな気がしなくもないが、名付け親としての愛着が味田なりにあるのだろう。
立ち絵のデザインは出来上がっているため、配信時の背景や画面の切り替えの演出の発注、あとはLive2Dクリエイターに依頼して納品を待つのみだ。
いよいよ今日は新人Vtuber月屑リインの初配信だ。
金曜18時に配信予定と、新たに作った月屑リイン公式SNSでも発信した。動画サイトに公式チャンネルも作成済み。チャンネル名は「Vtuber転生支援サイト.ch」だ。
まとめサイトにも取り上げられたというか目をつけられたというか、掲載されたこともあってすでに一部で炎上済みだ。「~を転生させた張本人!」「推しを奪う悪魔だ!」だの言いたい放題だ。
もうこれだけでもウチの知名度が上がった気がする。インターネットは恐ろしい。
来生さんは会社のPCに繋いだ機材のチェックをしている。機材は以前来生さんがVtuberをしていた時使っていたものだ。
これまで合間合間に聞いた話では、来生さんは以前個人Vtuberをしていたが、誹謗中傷に心を傷め引退していたのだそうだ。Vtuberをやめたタイミングで社長に誘われてウチに入社したのだそうだ。そもそも、このVtuber転生サイトの最初のお客様だったらしい!
転生させずに、会社にヘッドハントするとは、つくづく社長には驚かされる。
定時で雲隠れする味田と家の都合で残れない○○さんを除き、今日は来生さん、もとい月屑リインの初配信を皆で見守っている。
来生さんは大きく深呼吸をする。予定時刻まで残り5分を切った。4桁のリスナーが月屑リインの配信開始を待っている。
「……わ」
「どうしたんスか? 何かトラブルでも?」
「ううん。こんな大勢の前で配信するの、初めてだなって思って」
大手の企業勢や、個人であっても人気のある者は通常の配信でもリスナーが5桁集まることはそう珍しくないだろう。しかし、元零細個人勢にとっては大きな数字だった。
「それなりにネットで話題になりましたからね。で気にせずいつも通り、仕事で1対1で通話してる時と同じと思ってやれば大丈夫ですよ! いつもの来生さんのお客様対応なら問題なしっすよ、頑張って下さい!」
「うん、頑張る」
「此川君、君も頑張るんだぞ、モデレーター」
そうでしたね社長。俺も後方腕組同僚面だけしてる場合ではなかったっスね。
18時になり、同僚たちが見守る中、来生さんは転生する。
『皆様初めまして。この度は月屑リインの初配信にお集まりいただき、誠にありがとうございます』
青紫色の天使。弊社のイメージキャラクター改め、広報担当Vtuberの月屑リインは正しく天使のような美しい声で配信を始める。その画面内の星の鏤められた世界に存在する彼女は、三日月を想起させる光輪を輝かせ、はにかんでみせる。
今までVtuberの初配信を何度も見てきた。自分が転生に関わった人たちの初配信も見届けてきた。それでも、デザインから命名、キャラの設定、準備期間まで何から何までかかわってきた自社のVtuberとあって感動もひとしおだった。
さて、ウチの天子様の初配信、しっかりバックアップしていくぜ!