第2話:転生の平社員の日常
この物語はフィクションです。
業界の内情は存じ上げないので、こんな転職サイトあったらという妄想100%です。
今日は依頼者との2度目のビデオ通話だ。先日顔合わせした20代男性。Vtuberになるのは初めてという人だ。ワケあって会社を辞め、バイトをしながらVtuberになることを模索していた時、ウチの会社に行きついたそうだ。
うちはVtuberからVtuberへの転生、他の業界なら同業他社への転職だけでなく、初めてVtuberになる人向けにも対応している。VtuberからVtuberへの転生だけでは稼げるだけの案件数を獲得できないからな。
通常の転職サイトであれば顧客の転職先から支払いがある。Vtuber事務所からも転生者の斡旋がうまくいけば紹介料をいただくが、如何せんまだウチを利用してくれるVtuber事務所はまだ多くない。いくつか懇意にしてくれてる中堅以下の事務所があるのが救いだ。
大手から声がかかったことは一度もない。大手Vtuber事務所には転職サイトに募集などかけなくても数百、数千の倍率の応募があるからだ。
だからうちは利用者側が会社のサイトに登録するだけでも登録料を取っており、転生出来たら仲介料を追加で取る仕組みになっている。他職種の様に無料ならもっと利用者が増えると思うが、経営面はもちろん、社長の個人的な方針でもある。
「お疲れ様です、Vtuber転生支援サイト、担当の此川です」
「お、お世話になります」
「先日送付しましたキャラクターデザインの依頼先の案、及び見積について、ご覧いただけたでしょうか」
「はい、確認しました」
「先日お話を伺いましたVtuberとしてのキャラクターのデザインと活動の方針から、合致しそうなイラストレーターを3名ご提案させていただきましたが、いかがでしょうか」
「全然知らなかった絵師さんも紹介してもらって、助かります。自分だけじゃ調べきれないし、今までこういうクリエイターの人たちに関わったことないから、どう依頼していいのかと思ってて。そもそも依頼していいのか自信なかったし」
「それは良かった。もし、依頼したい方が決まっていれば先方に紹介させていただきますが……?」
「もう少し考えさせてください。まだ誰に頼もうか悩んでいるのと、それから……」
「何か、気になることが?」
「やっぱり、お金って、どこもこれくらい掛かるものなんですか? ちょっと高いかなと思って」
金銭面についての懸念は初めての方から特に多い質問の一つだ。なるべくなら安く済ませたいのは人情だろう。
「直接交渉するとなると、場合によっては安くなる可能性はあります。弊社の仲介料等はなくなるわけですからね。しかしお相手によってはもっと高額になることもあるでしょう。そういったクリエイターの方々とも弊社との間での交渉の末、こちらの金額に設定させていただいていますので」
会社とクリエイターの間で予めある程度交渉してはいる。とはいえクリエイターにもしっかりと利益が入るように価格設定している。依頼先のクリエイターを安く使い潰すなんてウチでは御法度だ。
それに社長曰く、「お金がすべてじゃないが、やはりそこに信頼と責任が生まれる」のだとか。
この段階で、価格を理由にうちでの転生をやめる人は一定数いる。無理には引き止めない。登録料はもらっているのもあるし、言い方は悪いが、メッチャ悪いが、申し訳ないが、ケチな顧客を依頼先に紹介して後々トラブルを起こされるわけにはいかないからな。
「分かりました。誰に依頼するかも含め、もうちょっと考えます。それから、配信の機材とかの相談もできますか?」
「勿論です。ただ弊社はクリエイターやVtuber企業との斡旋を執り行っていますが、機材についての購入はご自身でしていただきます。よろしいですか?」
「はい、分かりました」
配信セット一式今ならタダで貸し出します! とか出来たらいいんだが、そこまで面倒は見れないんだ。すまんが、普通のサラリーマンが転職活動するのも自分でスーツ買って身なりは整えるし、交通費も自腹だ。皆同じさ。
せっかく転生するんだからなんの費用もデメリットもなしに、チート能力のひとつやふたつ授けてやりたい。しかし俺は転生の神様でも何でもない、神様気分に浸りたいだけの平社員なんだ。一緒に頑張ろうぜ。
俺は午前中の予定が一段落し、事務所のある雑居ビルの近くのコンビニへ昼食を買いに足を運んだ。
先ほどの男性は順調にいけば、早ければ3か月ほどでデビューできるだろうか。個人勢でのデビューで、予算も限られているのだから、時間とお金はかけすぎずまずはデビューしてしまうことが大事だ……と個人的には思う。
男性Vtuberは女性に比べれば少ない。チャンスがあると前向きに捉えるか、需要がないと諦めるか、正直難しい。だが間違いなく言えることは、男性Vtuberとしてバズりたければ企業勢でないとかなり厳しい。
個人で人気のある男性Vtuberなんて本当にごくごく一部のものだ。他の者にはないずば抜けた才能とか、特殊な知識や経験のある者だけだ。
それがないものは、とにかくこれから配信者として修業するしかない。多くの企業は経験者を求めているのだから、何でもいいから配信して経験値を稼ぎ、自分の配信スタイルを確立するんだ。そして企業勢を目指せ。そしてその際はまたウチの会社をご贔屓にして転生してくれ!
『店内の皆さん、こんにちは~! ○×□△……!!』
店内放送からはアイドルだろうか、来月のライブ見に来てねといった内容の告知が流れている。
いや違う、アイドルじゃない。Vtuberだ。厳密にはアイドルVtuberというべきだな。Vtuber事務所所属のVtuberがソロライブを店内放送で告知している。そうかもう来月か、早いな。そろそろチケット買っておくか。一Vtuberファンとして、そして業界に多少関わる人間としてはやはり見ておきたい。チケットを買っておけばネットで、しかも期間内はアーカイブで見れるのがありがたい。
事務所所属のメンバー全員、所謂”箱”でのライブならまだしも(それも十分すごいんだが)よもやソロライブをそれぞれがやるようになり、ネットに留まらずコンビニの店内放送でも宣伝が流れるようになるとは。
あちこちでコラボが展開されるようになったし、時代は変わったものだ。ちなみにここのコンビニのコラボ商品は売り切れのようだ。残念。
うちの転職サイト、もとい転生サイトの未来はどうなんだろう。新規の顧客が増えていることはVtuber人口が増えているのだから、業界が賑わっていると前向きにとらえられる。Vtuberそのものをやめないで、業界内で転職しているというのはそれだけ魅力のある業界なわけだし。
しかし転生が増えれば、ウチの会社のアンチが増えてしまう。どうにかイメージ向上できないだろうか。配信者たちの力には間違いなくなっているつもりなんだけどなあ。
「業界の助けになっていると信じて、午後も頑張るか」
俺はカップ麺とおにぎり1個、お茶を会計し転生の間へ戻るのだった。
事務所に戻りと、社長と後輩の味田が何やら話し合っている。味田の真剣な様子は珍しい。味田は俺を見つけるとぐんぐん距離を詰めてくる。
「先輩! 先輩は私が考えたヤツの方がいいですよね!?」
「いや、何が!?」
訳も分からないまま俺は味田に社長のデスクに連行される。
「ちょうどよかった。此川君、この子の名前、どっちがいいと思う? 結局集まったのは僕と味田君の案だけなんだけど。」
社長は先日見せたうちの会社のイメージキャラクター、青紫色の天使を指す。そういえば名前募集していたな。いい案が浮かばなくて、結局誰かの案が採用されるだろうと保留にしたまますっかり忘れていた。
「そういえば名前決まってなかったっスよね。というか、よく名前も決めずに発注受けてくれましたね。名前含めコンセプト決めないとデザインのしようがないんじゃないです?」
「なんか天使っぽいキャラでと伝えたら、サラ先生はノリノリで描いてくれたぞ。もちろん報酬はしっかり払っているさ。」
「ちなみに何で天使なんスか? 転生させる立場のキャラなら、俺は神様とかが真っ先に思い浮かぶけど。異世界とかに転生させてくれんのはやっぱ女神様っスよ」
「うん、気持ちはわかるよ。でも女神と転生という単語が並ぶのはちょっとね、他の界隈に迷惑かけてしまう気もしてね」
「ああ、確かに、ゲームっぽいかもですね。で、その子の名前の案ってのが……」
キャラクターの隣に2つの名前が手書きで書いてある。筆圧の強さを感じる大きな文字で”転生 天子”。そして丸っこい文字で”月屑リイン”。
「天子ってのが社長で、リインってのが味田さん?」
「そうですよ! ありえなくないですか?子って!! シワシワネームつけますか普通!?」
「分かりやすくていいと思ったんだけどなあ。転生って入れてあるからうちの会社と関連付いてるし、天使だから天子ちゃん……」
「安直だし、子なんてダッサいのありえない!!」
こんなに熱意のある味田は初めて見る。妙に名前にこだわるな……。
そういえば以前、自分の名前が好きではないようなことちらっと聞いたことがあったな。その影響だろうか。
別に悪い名前じゃないと思うが、味田順世。キラキラはしてないかもだし、どちらかと言えばシワシワ寄りかもしれないが。
「確かに社長の案は安直すぎるかも。味田さんの方が、なんというかVtuberっぽさもあるような」
「ほら、数多のVtuberの名前を評価してきた大のVtuberオタクの此川先輩が言うんだから、間違いないです!!」
別にそんなことはしてないけどな。ただ、漢字+ひらがなorカタカナの名前はなんとなくそれっぽいし、覚えやすい気がするのは事実だ。味田の案は正直悪くない。
選挙ポスターの政治家の名前の表記も似ている気がするし何かあるんだろうな、覚えやすい名前の法則みたいなのが。
「この子の名前””月屑リイン”で決定!」
「分かったよ。じゃあサイトの更新を味田君にお願いしてもいいかな? 正式にうちのイメージキャラクターとして”月屑リイン”を掲載するんだ」
「はーい。時間なんで外でお昼食べてきたらやりまーす」
そう言うと味田はバッグを手に取り颯爽と事務所を出ていった。
ウチの会社のサイトは主に女子社員が手を加えている。女子社員が増える前は社長の作った死ぬほど簡素なサイトだったらしい。ちょっと見てみたかった。
「ふーん、順世ちゃんにもやる気というか、熱意のこもることってあるんスね」
「以前、利用者さんのアンケートに転生後の名前を一緒に考えてくれて助かったと、いい名前をもらったという意見をもらったんだ。多分彼女のことだと……あ」
事務所から出ていったと思われた味田順世が扉から顔を覗かせ俺と社長を睨みつけているのが視界に入る。
「私の名前のことで馬鹿にしましたね……?」
「違う! 誤解だ!」
「褒めてたんだよ! 利用者さんから、君の名付けが好評だと……」
「次言ったらセクハラで訴えて社会的に殺す。此川先輩だって”現”とかいうオタクには似合わない名前のくせに。社長は……名前忘れた……」
味田はズルズルと、井戸に帰る怨念の様に消えていった。
「……全く気を付けたまへ、現君?」
「天目通社長は、まず名前を覚えてもらいましょう?」