第1話:今日も誰かが転生する
この物語はフィクションです。
業界の内情は存じ上げないので、こんな転職サイトあったらという妄想100%です。
朝の通勤電車の中、俺はスマホでまとめサイトを眺めていた。ゲームやアニメ、SNSでの話題、そして最近はVtuberあたりの配信者なんかを扱っているよくある奴だ。
意識の高い社会人なら、こういった隙間時間は啓発本とか読んだり、外国語の勉強とかして自己研鑽するんだろう。実際通勤や帰宅途中そういったサラリーマンは時折見かける。
でも別に俺だって自分の職種に無関係のことをしているってわけでもないさ。界隈の情勢とか顧客の把握をしておくのはどこの業界だって大事だからな。
そんな朝から熱心に情報収集に勤しむ俺の目はある記事で止まった。
『○○から新たにデビューした2期生、△△は元個人勢の××の転生!!』
昨晩初配信を行った、とある新人Vtuberについての見出しだ。すっかりアニメやゲームと肩を並べる……というと大袈裟かもしれないが、Vtuberに関した話題はそれくらいネットではよく目にするようになった。
こういったサイトだけでなく、ネットニュースや果ては朝のニュース番組にまで取り上げられる始末だ。大きくなったものだ。実際、現代のインフルエンサーとしての影響力は侮れない。オリジナルソングが老若男女問わないレベルでバズったり、廃れた観光地が再び賑わいだしたり……。
もちろん所謂”中の人”、即ちVtuberの演者について根掘り葉掘り調べ上げ、それを話題に出すのはネットのごく一部の者たちだ。
それにしてもだ。俺は感心したような、呆れたようなため息をつく。
「名探偵かよ、こいつらは」
駅から少し離れた雑居ビルの階段を3階まで上がる。そこのフロアの貸事務所が俺の勤め先だ。ドアのロックの番号『1071』を押してエンターを押す。
「はよーございまーす」
まだ誰もいない事務所にすっかり環境に慣れ切った挨拶が響く。今日は俺が一番乗りのようだ。ノートパソコンの電源を入れ、立ち上げながら照明をつけて回る。
「おはよう。此川さん今日は早いね」
「はよーございます。なんか早く起きちゃって、いつもより早めに出ちゃったんスよね」
1年先輩の来生さんが、相変わらず澄んだ美しい声で挨拶する。眼福ならぬ、耳福とでもいえばいいのだろうか。
「ちゃんと寝れてる? 最近忙しかったでしょ?」
「いや~もうぐっすりっすね。ようやくひと段落したんで!昨日の夜は最終チェックして、そのあとすぐ寝ちゃいました」
「真面目だよね。いつも最後の最後まで見届けてあげて」
「まあ、なんつーか、界隈のファンってだけっスよ」
俺は自分のデスクに座りPCでメールのチェックを行う。俺は1通のメールに目を通す。
件名:お世話になりました
Vtuber転生支援サイト 此川様
おかげさまで、新天地で無事再スタートができました。
偏に此川様のご支援のおかげです。ありがとうございました。
今後もより一層、Vtuberとして多くの人にコンテンツを届けられるよう活動してまいります。
大変お世話になりました。
Vtuber×× 改め 新人Vtuber△△
「…上手くいってるみたいだね」
「転生者よ! 新たな世界での人生を謳歌するのじゃ!!」
俺は両手を高々と広げ、異世界へ旅立つ転生者を見送る神にでもなった気分に浸った。
朝9時、出勤時間になり社員全員がデスクに着く。1年目の新人が、まあ今どきの子というか、新人の癖にいつも1番最後に時間ギリギリになって出社してくる。今のところ遅刻は無しでここまでやってこれたので、頑張っている方だと思う。出社して偉い。
社長の知り合いの会社の新人はすぐに新人が辞めたという話だ。退職理由なんて人それそれだが、多くは激務による心身の不調や、人間関係、ライフスタイルに合わないといったところだろう。うちの会社も去年の新人はすぐに辞めてしまった。理由は……うちの会社特有のものだったよ。
ウチの会社は人間関係は良好だと思う。上司からのハラスメントなんて、俺の前の職場に比べたら格段と減った。あったとしても価値観や常識の相違からくるもので、悪気は皆無。だからその都度女子社員がおじ社員を躾けている。平和なものだ。
「朝礼始めるぞ~」
社長の号令で皆席を立ち、社長のデスクに体を向ける。社長を含めても総勢6人。小さな会社だ。
ハラスメントとは縁遠い穏やか~な中年男性の社長。会社創立時から経理から雑務までこなしている彼末さんは、恐らく社長と同年代の中年男性。4歳と1歳の姉妹のママ、池見さん。会社では1年先輩だけど年齢的には2、3歳年下の来生さん。入社1年目、新卒の味田。そして俺、此川現30歳の6名だ。
「え~、先日もうちのお客さんがうまいこと転生しましたね。うちの知名度も少しづつ上がって来て皆の担当数も増えてきていると思うけど、今後も1人1人しっかりサポートしていくように」
「う~い」
「は~い」
俺と味田が雑な返事を返す。別に俺は社長をなめてるわけではない。堅苦しい雰囲気作ると若い連中は嫌だろうと社長も理解がある上で、ゆるい雰囲気を作っている。今どきの新人が辞めないための企業努力だな。
「……ま、気負わず仕事してくれるのもいいんだが。というのも、さっき言ったようにうちの知名度の上昇に伴い、また増えてきているからな」
「何がです?」
「言葉は悪いかもしれないが、アンチだ」
これがうちの会社特有の、新人が続かない理由の一つだ。よくあるクレーマーというのとも違う。クレーマーは企業の利用者が何らかの不平不満を抱いてしまう場合の呼称と言っていいだろう。
当然こちらに不備があれば謝罪し、真摯に対応する。だが社長の言う「アンチ」はうちの利用者ではないから、ただただ一方的に暴言を言われるだけで対応しようもない。やはり「アンチ」とでも表現するしかないのだ。
「会社宛てに、あまりにも度が過ぎた内容のメール等送られてくることも依然あった。私も確認してはいるが、危険を感じるようなものが送られて生きた時はすぐに報告するように」
「此川先輩がオタクたちの推しを奪っちゃったから、恨まれてるんですよね? 先輩、夜道に気を付けた方がいいんじゃないですか~?」
「いや俺だけじゃないでしょ! そう言う味田さん、会社の情報を漏らしてないだろうね!? 利用者さんの情報とかさあ! いつもだけど、ネットで転生者がバレるのあまりにも早いよ!」
「ひど~い、言いがかりですよ。パワハラ、パワハラ! 先輩こそPCの操作ミスとかコンピューターウイルスとかで、やらかしてないですか?」
「朝から喧嘩しないの」
「ていうか此川先輩って、オタクなのによく推しを奪う側になりましたよね?」
「いや奪うっていうか……結果的にそうなっているかもしれないけど、違うんだって! 推しがいなくなるのは寂しいけども、それ以上に俺は所謂Vtuberの中の人に楽しく、どんな形でも配信を続けて欲しいわけ! どんな形であれ元気な声を届けて欲しい! それに転生が必要ってんなら、何でもサポートして転生させてやるんだよ!」
「朝から熱意があってよろしい。せっかく此川君が熱く語ってくれたので、今週の目標はそれでいこうか」
しまった。勝手に乗せられて、いらんこと口にしてしまった。本来目標を発表する当番だった味田は発表せずに済んでご機嫌だ。どうせなんも考えてなかっただろ。
「最後に、この前発注した新しい会社のロゴと、イメージキャラクターが出来上がりました」
社長はコピー用紙に印刷されたロゴ「Vtuber転生支援サイト」と、青紫色を基調とした天使の女の子のキャラクターを社員にまわす。
「相変わらず分かりやすさだけが取り柄の社名だ」
「可愛い。これ、太陽サラ先生に依頼を?」
「来生君が勧めてくれたとおり、先生に頼んでよかったよ。Vtuberにかかわる会社なのに、それらしいマスコットキャラがいないのは物足りなかったからね。名前は考え中だけど、いい案があったら出してほしい。 じゃあ皆今週もよろしく」
「お願いしま~す」
俺はデスクに着き今日の予定を確認する。最初の依頼者は10時にテレビ通話で顔合わせの予定だ。今のうちに改めてプロフィールを整理しておくか。この人は初めてVtuberになる人で、男性。20代。それから……。
「ねえ、此川君」
向かいの来生さんが何やら嬉しそうに声をかけてくる。
「さっきの決意表明、よかったよ。元気貰っちゃった」
「決意表明っていうか、いや~、モチベーションというか。ていうか来生さんが何で元気に?」
「なんとなく」
濁されてしまったが、何はともあれ同僚が不機嫌でいるよりは、ご機嫌でいてくれた方が仕事もしやすい。特に深入りせず再び自分の仕事に戻ろうとしたときだった。
プるるるるるるる!!
広くない事務所に電話が鳴り響く。1コール、2コール……。
「先輩お願いしま~す。味田、手が離せませ~ん」
ホントかよ? 電話番なんて本来下っ端がやるべきだろ。
「此川君、出てあげて。多分その方がいい」
先輩の美しい声に言われてしまっては仕方がない。俺は諦めて受話器を取る。うちの仕事の依頼の多くはメールで来る。正直電話に朗報は期待できないが、さてどうだ。
「お電話ありがとうございます。こちらVtuber転生支援サイト……」
『おい! お前達だろう!! **ちゃんに転生を唆したのは!! お前達のせいderdftgyhujiko!! ふざけるNaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
「す、すみません電波が遠いようで。もう一度仰っていただいても……?」
『お前たちのせいで! オレ達があんなに支えてたのに!! ああああああああああああああAAAAAAAA!!!!』
「ちょ、ちょっと聞き取れないので、場所を変えて……で電波遠いですね~」
ガチャリ
「お疲れ」
「朝から転生したくなるぜ」