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【短編小説】不夜城

作者: 青いひつじ


夕暮れの森の中。ふたつの影が地面にゆれる。ひとりの髭を蓄えた男が、隣の男に耳打ちするように話した。


「そうだ。ここだけの話だが、お前、西の山奥にある城の話を知ってるか」


隣の坊主頭の男は、怪訝な表情を浮かべ答えた。


『西の山?あそこはたぬきが大量に生息する、別名たぬき山だぞ。あの荒れ果てた山にそんな立派な建物があるものか。つまらない空言を信じてどうする』


「それが、俺も最初は信じてなかったんだか、どうやら本当らしい。知り合いの猟師が夜中に見つけたんだ。夏の夜に風を浴びに外へ出た時、山の中にぼんやりと光が浮いていたそうだ。次の日の夜、その光の近くまで行ってみたら、立派な門構えの煉瓦造りの城を見つけたんだと」


『この村に煉瓦造りの城だと?初耳だな。どこかの金持ちの城か?』


「さぁーな、俺がこの話を聞いたのが2週間前。あいつ、今度は門番に声をかけてみると言っていたが、それ以降会えていない。なぁ俺たちも行ってみないか」


ひとりの男は、謎の城に心を奪われ、またひとりの男は城を怪しんだ。


『いやぁ、やめておいたほうがいいと思うぞ。だいたい、行ってなにするんだ』


「まったく、お前は夢のないやつだな。いい、俺ひとりでいくさ」


退屈な人間だと言われた坊主頭の男は、ムッとした表情を浮かべ、昼間であればと条件をだした。夜になれば視界は奪われ、コダヌキ一匹すら見つけることが難しくなる。熊なんかに遭遇したらさいご、命はない。さらに男はこの山でよくたぬきを狩るため、夜にたぬきの霊が現れて自分に取り憑くのではと考えた。男の提案に、たしかに昼間の方が城の全貌がよく見えると、髭面男も賛同した。男たちは翌日の猟の後に西の山に登る約束をし、各々家路についた。





太陽がてっぺんに到着した頃。髭面男は大きな図体を茂みに隠し、顔の前で猟銃を構えた。枝葉の隙間から、こちらに向かってくる猪へ銃口を向けた。気づいた猪が右へ左へ移動し、銃口もそれに合わせるように軽く揺れる。猪がピタリと動きを止めた瞬間、森には、鋭い破裂音と金属音が波紋のように広がった。

それを聞いた坊主頭の男が、山川の向こうから戻ってきた。


「おい見ろよ。これは大物だ。母親か」


猪が動かなくなったのを確認すると、髭面男は素早く近づき、腰のナイフを使い、放血した。


『俺の方は今日はだめだ。一匹も仕留められなかった』


「珍しいな、たぬき名人が。どんぐりに飽きたんじゃないか」


『数日前までは何匹か懐いて近づいてきてたんだが。警戒されて今日はさっぱりだ』


「お前の悪行がたぬきたちの間で噂になってるんじゃないか」


『悪行なものか。たんまり餌を与えているというのに。気をよくして、あいつらの方から近づいてきてるんだ』


「こりゃぁ、ひでぇ男だ。それだから嫁さんにも逃げられる」


『それは関係ないだろ』


坊主頭の男の声を無視して、髭面男は赤黒く染まった猪をソリヘ載せ、顎下の汗を拭った。


「よし、じゃあ約束の場所に向かうとするか」


髭面男のいう約束の場所とは、"謎の城"のことであった。城に興味のない坊主頭の男は、しぶしぶその後をついていった。退屈な人間だと揶揄されて咄嗟に行くと言っただけで、全く乗り気ではなかった。

少しすると前を歩く足が止まり、髭面男はその辺りをきょろきょろと見渡した。


『どうした』


「いや、ここが聞いた場所なのだが、なにもないな」


男が足を止めた先には、ごろごろと転がる苔の生えた巨大岩と、その間を流れる山川があった。無数の木々が自分の思うままに立ち並ぶ、静かで、大変気持ちの良い場所であったが、男たちが待ち望んでいた光景はそこにはなかった。




男たちは山を降りると、知り合いの猟師たちに城のことを話した。坊主頭の男と同じように、初耳だと言う者もいれば、噂で聞いたことがあると答えた者もいた。聞いたことがあると答えた者たちが共通して言う言葉があった。"その話を教えてくれた猟師は今、行方不明になっている"と。



髭面男は昼も夜も、その城の正体について考えるようになった。1番困ったのは、猪を狙っている時ですら、その城が頭に浮かぶことであった。ある日の猟の帰り道。男は、坊主頭の男の顔を伺いながらある提案をした。


「なぁ、一度夜に行ってみないか」


『断る。あんな噂を聞いて、わざわざ行く奴がどこにいる。お前ひとりで行け』


「そんな冷たいこと言うなよ。話を聞いて考えてみたんだ。行方不明になった猟師たちはみな、ひとりであの山に向かったと言っていた。もしふたりで行けば、最悪どちらかひとりは逃げられるかもしれない。なにかあれば俺がおとりになるから、お前はひとりで逃げればいい。どうだ」


身の危険を感じれば、すぐにでもひとりで逃げていいと言う男だが、それでも坊主頭の男はしばらく悩んだ。しかし結局最後には、髭面男のすがりつくような懇願に負け、肩に絡みつく手を振り解き、いやいや承諾したのだった。





深々と更け、月が雲に隠れ眠ったような夜。男たちは森の闇の中にいた。

かすかな光ひとつ灯らない道だったが、男たちはこの山のことを熟知していたので、行く道にはさほど困らなかった。困ったことといえば、地面を這う木の根につまずき転びそうになることと、森を抜ける風が、時折り誰かの笑い声に聞けえることくらいだった。

耳の側で鳴っていた音が、虫の音からせせらぎへと変化し、髭面男はその場で足を止めた。


「ここは、昨日猪を仕留めた場所だ。後少しだぞ」


髭面男はわくわくした表情を見せ、坊主頭の男は大きく息を漏らした。しばらくすると、髭面男は立ち止まり、いつかと全く同じようにきょろきょろと辺りを見渡した。その様子に坊主頭の男は肩を落とす。


『やっぱり城なんてないんじゃないか』


坊主頭の男が後ろから声を投げた。


「しっ!大声を出すな!もう少し進んでみて‥‥」


身をちぢめ息を潜めた髭面男が、自由に伸びた枝葉をかき分けたその時であった。広がった光景に、男たちは目を見張った。

ふたりの前に現れたのは、噂に聞いていた通りの煉瓦造りの小さな城だった。城を守るように建てられた城壁。中へ続く門の両端にはランタンをぶら下げられ、ガラスの中で小さな炎が揺れている。噂に聞いていた光はこれかと、男たちは思った。腰に刀を差した門番らしき男もふたり見える。どうやら猟師たちの間で広まっていた噂は本当だったようだ。

『もう十分だろ。帰ろう』と男の肩に手をかけた坊主頭の男だったが、髭面男はふらりと立ち上がり、吸い込まれるように城の門番へと近づいていった。


髭面男の存在に気づいた門番が咄嗟に腰の刀へ手をかけ、それをみた男は両手を上げ不審者でないことを示した。


「おっとこれは失礼。私は怪しい者ではありません。この村で猟師をしている者です。ここの噂はかねがね聞いておりましたが、いやぁ、こうして見ると立派な建物ですね。アーチの造りと分厚い石壁は古代ヨーロッパの城を彷彿とさせる。趣がある、実に素晴らしいお城だ」


男の言葉を聞いた門番は青ざめ、柄に添えていた手を離した。それから不思議なことに、髭面男に向かい素早く敬礼した。


『これは大変失礼いたしました。お勤めご苦労様でございます。旦那様より、猟師の方がいらした際には城に案内するよう申しつけられております』


門番は、聞き取りやすい口調でこう話した。

その言葉を合図に、もうひとりの門番が慌てた様子で胸ポケットから鍵を取り出し、門の南京錠に差し込んだ。装飾をあしらった錬鉄製の黒い門は、苦しそうに声を上げ、ゆっくりと開かれた。道を塞いでいた門番たちは素早く定位置に戻り、改めて男に敬礼をした。


「おい!お前も早く来いよ!城に招待してくれるそうだ!」


髭面男は手首を激しく振り、隠れたままの坊主頭の男に手招きをした。眉間に皺を寄せた坊主頭の男は、茂みから出てくると、門の隙間から城を凝視した。城の中に招待されるというのが、坊主頭の男には少し不可解だった。そこは一見綺麗に見える建物だったが、よく見ると、城の入り口に暖簾のように垂れ下がる蜘蛛の巣がかかっていた。窓ガラスは砂埃をかぶりすっかりくすんでいる。庭も手入れされていないようだった。


『おい、大丈夫なのか。城の中、あかりひとつついていないぞ。旦那だなんて嘘なんじゃないか』


「嘘なことあるか。こんな立派な建物だ。きっと中では豪華な食事が俺たちを待ってる」


ふたりは門番に案内され、城の中へと足を踏み入れた。大きな窓から入る月の光のおかげで、城の中は青く明るかった。ツンとしたカビの匂いに、坊主頭の男が鼻を擦った。赤い絨毯の敷かれた階段を登り、案内された部屋にあったのは、長いテーブルとアンティーク調の椅子だった。


『こちらで少々お待ちください。これより、新鮮な野菜や肉を使った料理をお持ちします。スモークサーモンの前菜、じゃがいものポタージュ、そしてメインは牛肉のステーキです。一緒にお酒もいかがですか』


門番は男たちを席へ案内すると、抱えた一本のワインを差し出した。


『なかなかお目にかかれない、高級ワインです。無料でご提供いたしますよ』


髭面男は目を輝かせ身を乗り出した。男は酒豪で、酒には目がなかった。


「よし!これもいただこう。お前もたまにはどうだ」


一方坊主頭の男は一滴も飲めない下戸だったので、男の誘いを断った。


こうしてコースが始まり、次々と運ばれる料理に男たちは感嘆した。出された料理は、味はもちろんのこと、その見た目も美しかった。花畑のように盛り付けされた前菜。ガラスの器に入れられたポタージュ。ひとくちサイズにカットされたステーキ。ワインを一本飲み干した男は、帰るころには右往左往にゆらめき、ひとりでは歩けない状態だった。


『本日の料理は以上になります。誠に申し訳ございませんが、車でお送りすることはできません。我々は城を守っていないといけませんので。徒歩でお帰りいただくことは可能でしょうか』


『実にうまい料理だった。帰りは私がいるから大丈夫だ。気遣い感謝するよ』


「いや〜、うまかったうまかった。夢のようだ〜」


『ぜひまたお越しください。もうすぐ鮎が美味しい季節になります』


ふたりは門番と握手を交わし城をあとにした。

髭面男の千鳥足のせいで帰りは簡単な道ではなかったが、どうにか家に着くことができた。


それから男たちは、定期的に城へ足を運ぶようになった。初めは警戒していた坊主頭も、数週間後にはすっかりこの城の常連になっていた。通うたびに新しい感動をくれるその城に、男たちは夢中になった。




ある夜も、男たちは城で料理を楽しんだ。

すっかりいい気分になった髭面男は、ひとりでは退屈だと坊主頭の男のグラスへワインを注いだ。坊主頭の男も悪い気はしなかったので、それを快く受け取った。グラスをひとくち運ぶと、肉をひと切れ。またグラスをひとくち。繰り返しているうちに、坊主頭の男の平衡感覚は失われ、今にも飛んでいきそうな浮遊感に包まれた。食後、機嫌のいい男たちはいつものように門番と熱い握手を交わした。


『今日のデザートも絶品だったな。梨のゼリーなんて初めて食べた。サツマイモの前菜もニンジンのスープも最高だったよ』


『気に入っていただけてよかったです。またのお越しをお待ちしております』


夜の森には、大声で歌う男たちの声が響き渡った。お互いの肩に腕を回しながら、歩き慣れた道を進んでいたその時であった。坊主頭の男は苔の生えた地面に足をとられ、引っ張られるように髭面男も体を右へ傾けた。ふたりが落ちた先、そこは崖であった。ふたりはそのまま転がり落ちていき、最後、岩に頭を打ちつけた。

坊主頭の男は横たわったまま、もうニ度と動くことはなかった。髭面男が最後の力を振り絞りうっすら目をひらくと、頭から血を流し横たわった猟師の姿があった。行方不明になったと聞いていた村の猟師だった。髭面男はゆっくりと目を閉じ、それから目覚めることはなかった。




翌日。男たちが消えたことを訝しく思った猟師たちは、ふたりを探しにたぬき山へ向かった。ある男が見つけたたぬきの巣の中には、サツマイモやニンジン、カエルやバッタ。誰かがかじった梨。入り口にはなぜかワインのボトルが転がっていたという。





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