違和感
息を吸った。
ちいさい桜の花びらが、私の肩にそっと逃げてきた。
こんな世界におびえてしまったその花びらを、私はそっと撫でてあげた。
春の透き通っていた風に混ざる車のにおい。
横を通る香水に、すべてを貫いていくバイクの音量。
先を急ぎすぎた世界は、ずっと暗かった。
目を閉じた。
すべてを、見なかったことにした。
深い記憶を開けた。
桜の花びらは、みんな朗らかに笑みを浮かべる。
踏みしめている草に申し訳なさを感じる。
花々のあたたかさに混ざる光に、風が遅れて到着する。
ごめんと謝るのを横目に、さざなみのような世界の音だけが聞こえる。
ここに存在できるのは、私だけだった。
戻りたくはなかった。
目が開いた。
戻ってしまうことは知っていた。
再びすべてが戻っていく。
もう桜が笑みを浮かべることはなく。
私にとっての全ての不都合から目を逸らそうとした。
そんなことが不可能だってことは、知らないふりをしていたかった。
今はいつよりも平和だ。
道ゆく人々は笑っている。
それでも、私だけは笑えなかった。
こんな場所で笑っていられるような自分ではなかった。
ひしひしと感じる違和感は、消えることはない。
日光を遮る高層ビル。
ただひたすらに画面を見つめる電車内と、地下の濁った空気。
無駄だと感じるほど飾った建物に人、目を突き刺す数多の騒がしい光。
すべて、違うんだ。
わがままな私は、何かが違う。
浮かばれない感情だった。