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第八話 Lord have mercy

 モーントは足を縺れさせながら息も絶え絶えにスラムから逃げ出した。平民街にある人通りの少ない道にまで辿り着いて走る速度を落とし息を整える。周りには数名の護衛とスラム街で出会った女が居た。どさくさに紛れてモーントと共に逃げて来たらしい。女は自分の身体を抱き締める形で震えていた。

「女よ。アレは一体…なんなのだっ!」

 冷静に成り切れず、声を僅かに荒げながらモーントが女に詰め寄る。

「しっ、知りませんわ!わたしが知るわけないじゃないですか!」

「しらばっくれるつもりか!」

「本当に知らないのです!あんなのが居るのを知っていたら、いくら生活が苦しいからってあそこに住もうだなんて思いませんでした!私は被害者です!」

 女はモーントを怒らせないように言葉を選びながら頭を下げて弁明した。口だけなら何とでも言えるとも思ったが、怯える姿に罪悪感が刺激され、ひとまず何があったのかだけでも聞くことにする。恐怖で動きにくくなった口で、女はスラム街であったことを語り始めた。

 いつも通り最悪な日々を過ごしていた女は、仕事をしている最中だった。仕事とぼかしていたが服装からして、まあ、そういう事をしていたのだろう。怒声と悲鳴を聞きながらの行為に慣れたのはいつだったか。ただその日は妙に静かだった。誰かの命乞いも何かが壊れる音も全くしない日など初めてである。眠らない街とでもいうのか、スラム街では昼夜問わず音が溢れていた。さながら地獄のオーケストラが出張サービスを開いているかのようである。

 おかしいなとは思ったが、そういう日もあるだろうと女は仕事を続行した。なんか変だからと途中で止めれるような仕事でもなかったので。折角苦労して捕まえた客を逃すのも嫌だった。

 だが男が聞いたこともない悲鳴を上げて裸で女から逃げ出した。何事かと女は男を追おうとして、自身にかかる影に気が付いた。なんの影かと目で辿った先に例の化物が居たというわけだ。それからは無我夢中で逃げたが、逃げる途中で化物が死体を飲み込む様子を見て、静かだったのは全部吸収されたからだと女は気が付きモーントを見つけて保護を求めたというわけである。

「アレがなんなのか、私達庶民なんかよりも御貴族様の方が詳しいんじゃないですか。本ってやつに載ってませんでしたか」

「いや少なくとも私はあんな生き物を見たのは初めてだ。これから調査をすることになるだろうが…」

 モーントはもう一度自身が来た道に目を向けた。置いてきてしまった護衛達は、今のところ戻って来る様子がない。兎に角、父上に報告せねばと王城へ向かおうと歩き出すと、女がモーントへ向けて手を伸ばす。当然その手は護衛に叩き落された。

「やめよ」

「しかし!」

「女よ。貴様の不敬は我が騎士達の無礼で不問としよう。ただし、二度目はない」

「しっ、失礼致しました!」

 女が平伏する。スラム街に居たくらいだ。教養が無いのだろう。ならば多少の事は大目に見てやるのがせめてもの慈悲だ。

「して。まだなにか用か」

「はいっ!恐れながら申し上げます。あの化物が居ては、私はスラム街に戻ることも出来ません。馬小屋でも牢屋でも構いませんので化物が討伐されるまで、この身を保護して頂きたいのです」

「ふんっ。なるほどな」

 厚かましい奴め。モーントは未だに平伏している女を舐めるように見た。襤褸の隙間から見える肌は滑らかで、胸も尻も柔らかそうだ。腰がくびれており、身体つきだけでも唾を飲み込む程に魅力的であった。加えて容姿も整っているときた。メイドとして教育を施して城で働かせてやっても良いかも知れないと、モーントは僅かに鼻息を荒くする。

「ついて来い。住む場所を与えてやろう」

「御慈悲に感謝致します」

 護衛達はモーントに考え直すように進言したが「黙れ!私は王子だぞ!」と取り合ってもらえず、渋々女が着いてくることを了承した。

「女。名はなんという」

「マリアです。高貴なお方」

 マリアはゆっくりと面を上げ、微笑んだ。


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