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少年とバク  作者: ふあ
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3

「あら、シオ、珍しいわね。いつも午前中に届けてくれるのに」

 翌日、すっかり午後の陽気が訪れる頃、シオはサツキの家に絵を届けた。青色の屋根に、珍しい煙突のついた家にサツキは一人で住んでいた。あちこちを飛び回っている父親は滅多に帰らず、数人の手伝いも用事を済ませると帰ってしまう。気楽でいいとかつてサツキは笑った。

「ちょっと寝坊してね。差し支えなかったかな」

「大丈夫よ。それより、遅くまで絵を描いてたんでしょう。駄目よ、ちゃんと休まなくちゃ。シオは絵のことになるとすっかり時間を忘れてしまうんだから」

 バクに夢を食べさせていたんだと、シオは言わなかった。他人に存在を言いふらされることを、バクは望んでいないからだ。

「気を付けるよ」

 シオが笑うと、「心配してるのに」とサツキは頬を膨らませた。

 それから何度も、シオとバクは夜の町に赴いた。そして、夢を食べて元気になったバクは、夢の話をシオに話して聞かせた。どれもシオにとって興味深く面白い話だった。

「月に照らされる海から、魚たちが飛び上がるのです。黄色、青色、色鮮やかな魚たちが、ぴょんぴょん飛び跳ねます。一匹がとても高く飛んだので、月の端っこにぶつかりました」

 朝食の席で語るバクの話は、まさに夢物語だった。

「面白い夢だね。ぼくもその景色を見てみたいな」

「シオさまも、夢を食べられたらよいのですが」

 バクは最初に出会った頃よりも、随分と大きくなっていた。シオが両腕で抱えるほどの大きさはある。今は向かいの椅子に座り、スープ皿のミルクを器用に行儀よく飲んでいる。

「シオさま」

 シオがパンを食べ終わると、バクは神妙な声音で言った。

「昨晩訪れた、二人目のお家の方とは、あまり関わらない方がよいかもしれません」

 唐突な言葉に、シオはきょとんとする。

「二人目って、あの……大通りを南に入った細道の家だよね。確か、果物屋の」

「私が夢を食べたのは、そのお店のご主人だと思いますが」

 次第に力を取り戻しているバクは、家の壁を隔てても中の人の夢を食べられるようになっていた。夢の在り処を探し当て、本人の隣にいなくとも外から夢を誘い出して食べるのだ。

「その、あまり良い夢ではありませんでした」

「悪夢だったってこと?」

「いえ、その」バクは言い辛そうにもじもじとする。「私たちは、夢を食べることで、その人が良い人か悪い人かわかるのです。良い人の夢はたとえ悪夢でも、とても美味なのですが」

 しょげかえった瞳で、空のスープ皿の底を見つめる。

「なんと申しましょう。昨晩食べたのは、苦みの残る夢でした。なので、あの方には、あまりお近づきにならない方が……」

 バクの力は、自分たち人間の常識を超えている。シオはすっかりそれを理解していたが、それでもこの忠告は半信半疑だった。あまり訪れたことのない果物屋だったが、嘗てリンゴを売ってくれた主人は変哲のない人物だと思えたからだ。

「わかったよ、忠告ありがとう」

 それでもシオがそう言うと、バクはほっと安堵の表情を浮かべていた。


 数日後、町に買い物に出たシオは、パン屋の主人が教えてくれた話に驚いた。

「商売人としちゃあ、許せないね」

 憤慨しながら語ったのは、とある悪事についてだった。遠い国から取り寄せたと言って高値で売りつけていた果物が、実は二つ隣の街で収穫された安ものだったのだ。その果物屋は、まさにバクが夢を食べた店だった。

 帰りに通りかかったが、細道にある店は固く扉を閉ざしていて、中に人の居る気配はなかった。

「ねえバク、きみの力はすごいね」

 町はずれの家に歩きながら呟くと、ポケットから小さくなったバクが顔を出した。ふわふわ浮き上がり、シオの肩にちょこんと乗る。

「光栄です」

「その人は、どんな夢を見ていたんだろう」

「悪い夢ではありませんでした。むしろ、その人にとって充実したものだったのですが……私には、とても」

 味を思い出したのか、ぺろりと舌を出す。その顔に思わずシオは笑ってしまう。

「バクの前では、悪い人になれないね」

「シオさまは、とても良い人です。この町で一番です」

「ほめ過ぎだよ」

「いいえ。シオさまの夢は誰より美味しいものでした」

 味を思い出し、バクはつぶらな瞳を細めて幸せそうな顔をした。シオは幾度かバクに夢を食べさせていたが、バクの言った通り、その時に見た夢は全く覚えていない。

「……じゃあ、今夜はぼくの夢を食べるかい」

 シオが提案すると、バクは短い尻尾を犬のように振り、「ぜひ!」と頷いた。

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