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4 言わない約束

「え? オバケとそうじゃないものの見分け方を教えてほしい?」

 野々宮(ののみや)(かえで)は、ストレッチの動きを止めて目を丸くした。


 体育の授業中である。ジャージ姿の楓は四百メートル走のタイム測定直後とは思えないほど涼しい顔で、まだまだ余力がありそう。

 そういえばさっきも、陸上部員に熱心に勧誘されていた。


 たいていの種目でいつもクラス最下位のメイは楓のすらりと長い手足、抜群にやわらかい動きをうらやましくながめながら、気を取り直して続けた。


「あのね、このあいだお化け屋敷に妖怪が出て……零課のお仕事で行ったんだけど」

「ふんふん」

「わたし、作り物のお化けと本物の妖怪、見分けがつかなくて困っちゃって」

「ええー、そんなの、見ればわかるでしょ」


 あっけらかんと言う楓は、いわゆる「妖怪もののけが見える人」だ。

 本人いわく「霊感はない方だと思うけど」物心ついたころから見えるらしい。


 ただふだん、そんなそぶりなどまったく見せないから、楓が妖異(ようい)を見ることのできる人だなんて、幼なじみのメイも最近まで知らなかった。


 ちなみに楓はプロのモデルだ。

 最近ますます忙しそうで、欠席も多い。今日は久しぶりに登校してきたので、メイは朝から相談をもちかけるチャンスをねらっていたのだった。


「あんたんとこの神さまは、なんて言ってるの?」

 楓は立ちあがり、腰に手を当て首を回す運動のついでにちらっと周囲に目を配り、小さな破壊神が頭上高くに浮かんでいるのをさりげなく確認する。


 メイもつられて空を見あげかけたが、以前なにも知らないクラスメイトに、

「なに見てるの? 鳥? 雨でも降ってきた?」

 ときかれたのを思い出してガマンする。なんとなく声をひそめた。


「スサノオもね、見ればわかるだろ、みたいに言うんだけど、わたし……ぜんぜんわかんなくて。ベテランの野々宮さんならなにか、コツを知ってるかなーって……」

「コツって言われてもねえ」


 こりゃ困った、と言いたげに口をとがらせる楓を、メイは拝む。

「お願い! なんでもいいから」

「んー……じゃあ、あんたのあしもとのそれはどう?」

 言われて目を落としたメイは、足もとに散らばる数個の小石を前に固まった。


「えーと……それ、ってどれ?」

「わかんない?」

「ぜ、ぜんぶ、ふつーの石にしか見えないけど……」


「じゃあヒントね。その中に一個だけ、オバケがまざってまーす」

「えっ、ホントに?」

「ホントのホント。どれだと思う?」

「えーっ……そ……そんな……どれかな」


 メイはしゃがみこみ真剣にひとつずつ、小石を見くらべるが、なにひとつ差がわからない。当てずっぽうで一個、つまみあげた。


「こ……これかな?」

「ブーッ。それはただの石」

「じゃあこっち?」

「はずれー」

「……ごめん、わかんない。この中にホントにオバケがいるの?」


 完全にお手上げモードのメイに、楓はこりゃ重症だ、と言いたげな顔になる。

「じゃ、種明かし。そっちの、ちょっと白っぽい小石をひろってみて」

「? うん」

 メイは素直に手をのばす。と、


「あ」


 突然、なんの変哲もない小石からにゅっと、極細の手足が生えた。

 立ちあがり、一目散に逃げ出す。

 二メートルほど遠ざかったあたりでぱっと手足をひっこめ、勢いでころころ転がって……たちまち、そのへんの小石にまぎれて見分けがつかなくなった。


「うそ……!」


 あわてて追いかけて見分けようとするが、いつのまにか色も変えてしまったようでさっき見たばかりの「白っぽい」小石はもう、ない。


「すごい……カメレオンみたい! ぜんぜん見分けつかない……!」

「ええー? メイがそんなこと言うからオバケ、喜んじゃってるよ?」

「? そんなこと、なんでわかるの?」


「ちびオバケ、あんたに化けっぷりをホメられてうれしくって、ふるふるしてる」

「ええっ」

「ついでにうれしいキモチがちょっともれちゃって、まわりが明るくなってる」

「そ……そんなのなんにも、見えないけど……」


 目を細めて見ても、横目で見ても、地面に顔を近づけて見ても……なにも変わらない。メイはあらためて楓に、尊敬のまなざしを向けた。


「野々宮さん、すごい! どうやったらそんなによく見分けられるようになるの?」

「わかんない」

「あう」


 メイはがっくりきたが考えてみれば当然だ。最初からできる人に工夫はいらない。

「でも」と楓は続けた。


「メイはちゃんと見えてるわけだし、本気で見分けよう、と思って練習したら、見えるようになるかもよ?」

「練習!」

「そう。『だまされるもんか、正体見抜いてやるぜ!』みたいなキモチで見るの」

「だ……だまされるもんか……? しょうたいみぬいて、やるぜ……っ?」


 華奢(きゃしゃ)な拳を握りしめ、せいいっぱい楓の気合いを真似てみるメイだが、いかんせん、口ぶりからして自信のなさが丸見えだ。そこでふと、気づいた。


「でもオバケって、どんなところで探せばいいの?」

「んー、人がたくさんいるとこはオバケも多い。あれって、なにやってんだろーね。ツッコミ待ちの芸人? とか思っちゃう。それとも人を化かす練習なのかな」

「それって、歩いてる人にオバケがまじってる……ってこと?」

「うん、わりとあるよ」

「うそ!」


「でもそうね、初心者にも見分けやすいのは……あるはずのないとこに立ってる標識とかポスト、一台多い自販機とかかなー」

「うわあ……そんなの、気づいたことないよ! 野々宮さんってほんと、なんでもよく見てるね! 名探偵みたい」

「ほめてもなにも出ないぞ、ワトソン君」

 などと言っているところへ、メガホンを通した測定係の声が響いた。


『三班のひとー、次、二度目の測定になりまーす。集まってくださーい』

「あ、メイの番じゃない?」

「うん、今行く。あの……アドバイスありがとう! がんばって練習するね!」


 手をふってトラックわきへとことこ走って行くメイを、楓も手をふって見送る。

 メイはすぐ、苦手な四百メートル走の準備にかかりきりになってしまったので、楓の頭の高さまで小さな破壊神が降りて行ったのには気づかなかった。


「で?」

 目線も合わせず無愛想にきく小さな破壊神に、楓は「たはー」と頭をかいた。

「あの子はちょーっと、オバケ見分けるのとか、向いてないかもねー」

「なぜだ」

「素直すぎるから! 人を疑うことを知らないし、本音を見抜いてやろう! なんて発想自体がないしさー。詐欺師のカモになっちゃうタイプ?」


 ため息とともに苦笑して、つけ加える。

「ま、そこがメイのいいとこだけどね。(きみ)もそう思ってんじゃない?」

「どうかな」

「あ、否定はしないんだ」

「バカも使いようだ」

「うわ、ひど」


 四百メートル走、スタートの号砲が鳴り、トラックにスタンバイしていた三班のメンバーがいっせいに走り出す。例によってひとりだけワンテンポおくれて、でもけんめいに走り出すメイを目で追いながら、楓は続けた。


「メイ、変わったよね」

「そうか?」

「すごく積極的になった。いきいきしてる」

「ふん」

「君も、変わったと思う」

「…………」

「優しくなった……って言ったらたぶん言いすぎだけど、やわらかくなった感じ。もしかすると君にとってはいいことじゃないのかもだけど、あたしはほっとする」


 その言葉をどう受け取ったのか、あるいは会話そのものへの関心を失ったのかもしれない。小さな破壊神が音もなく遠ざかっていくのを感じて、楓は初めてまっすぐ頭上をふりあおいだ。


 神話に名を残す暴虐(ぼうぎゃく)の神はもう、点のようにしか見えなかったが、絶対に聞こえるはず、という確信をもって、楓は口の中でいたずらっぽくつぶやく。


「だいじょーぶ、君が仕事先にいたあたしに、メイにものの見方を教えてやれないか、なんて声をかけてきたこと、メイには絶対、言いませんから」


 瞬間、楓の目には、お昼近い太陽とは別のところで、まぶしい白銀の殺気がきらっと輝いたように見えた。しかし気にせず、ストレッチ運動の続きのフリをしながら、空高くに浮かぶ小さな破壊神に向かって軽く手を合わせ、深々と頭をさげる。


「メイの神さま、これからもあの子をどうぞよろしくお願いします」


 もちろん返事は、なかった。





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