警察庁零課お掃除班①
その日の零課からのメールにはめずらしく、仕事内容が書かれていなかった。
「運動服など動きやすい服装で……って、学校のジャージで良かったかな……」
指定時刻より早く「現場」についたメイは、つめたい風に思わず首をすくめる。
ひとけのない、小さな神社の前だった。
まだ日は暮れていないが、鬱蒼とした木立に囲まれあたりは暗く、肌寒い。
石段も参道も、草ぼうぼう。
ちょっとのぞいてみたが、やぶがはびこりすぎて社殿があるのかどうかさえわからない。
簡素な鳥居もすっかり塗りがはげ、虫食いだらけでボロボロだ。
(ちょっと強い風が吹いただけでも……倒れちゃいそう)
怖かった。わけもなくぞくぞくする。
心霊スポットとしてどこかに掲載されていてもおかしくない、イヤな雰囲気だ。
しかも今日はどういうわけか、守護神は連れて来ないようにと指示されていた。
ひとりである。
メイは寒さと心細さでいても立ってもいられず、軽く足踏みして身体を温める。
「だ……だいじょうぶ! 『現場では上官の指示に従ってください』って書いてあったってことは……誰か零課の人が来てくれるはずで……」
ポケットからスマホを出して時間を確かめて、どきっとした。
「え? もう時間過ぎてる? 五分も? わーん、誰でもいいから早く来てください~」
そうするうちにもどんどん日が陰ってくる。
さらに十分がすぎ、もうこれは、サポート係に問い合わせた方がいいかも、と考え始めた時、ぶうう、と車のエンジン音がした。
ヘッドライトがひらめき、古神社の前のうす暗い小道に、軽自動車が乗り入れてくる。
「神納さん、待たせてごめんなさい! 前の現場が押しちゃって……」
停まる前から窓を開けて叫んだのは、ポニーテールの若い女性だった。
青いラインの入った、おしゃれな白いジャージを着ている。
スポーツジムかなにかの、インストラクターみたいだ。
「ちょっと待ってね! 車、邪魔にならないとこに停めるから!」
行き止まりの小道の奥で、スタントマン顔負けの運転技術ですばやくUターン、駐車する。
降りるとすぐ、後ろの荷物入れに走り、竹ぼうきを二本出して来た。
「じゃあこれ、はい!」
満面の笑顔で新品っぽい竹ぼうきを渡され、メイはわけがわからないまま受け取る。
小柄で元気のいい、人好きのする笑顔の女性は自己紹介した。
「はじめまして! 零課鎮静班、通称〈お掃除班〉班長の諸淵千里です。いちおう警部補です」
「あ、よ、よ、よろしくお願いいたします。神納五月……巡査です」
二十代にしか見えないのに警部補で班長さんなんて、きっとすごい霊能者にちがいない! と気後れしまくるメイに、諸淵千里はあははと笑った。
「そんな、しゃっちょこばらないで、気楽にいきましょう! わたしのことはふつーに千里さん、って呼んでくれるとうれしいな」
「え、諸淵さん、でも班長さん、でもなく……?」
「だってモロブチ、って言いにくいでしょ? 声も通りにくいし。あ、わたしも神納さんのこと、メイちゃんって呼んでいいかな。知らないオトナにあだ名は呼ばれたくない?」
「そんなことありません、どうぞ」
「ありがとー」
などと話す間に、千里はメイのまわりを二周し、頭の先からつま先まで、ためつすがめつしたあとで、にこっとした。
「遠見係の中富さんが言ってたとおりね。霊気はよく練れてるし、護身も最低限できてる」
「あ、中富さんって、千里眼の……」
零課への通報を受けるのが専門の、市松人形が大人になったような和風美人である。なんでも見通すものすごい千里眼で、メイをふくむ課員への指示伝達もやってくれている。
メイは研修時代から、手厳しく叱られてばかりいた。
はっきり言って、苦手だ。
「そう、その中富さんがね、神納さんの祭文読みあげ、最近、けっこういい感じになってきたよーって、教えてくれて」
「そ……そうなんですか?」
本当ならちょっとうれしい。
「祈念も悪くないって。彼女がほめるのめずらしいから、それならうちの班のお手伝い、してもらえるかなーって思って、来てもらったの」
真顔になり、古神社の石段を指した。
「ためしにあの石段、下の一段だけ、掃いてみて」
「はい」と竹ぼうきを手に石段の方へ走って行こうとするメイを、千里はひきとめる。
「ううん、石段には乗らないで。ここから、掃いてみて」
「ええーっ? で、でも、ここからじゃほうきが届かな……」
「学校で、妖怪が食べてた〈雑草〉、消しちゃったことがあるんでしょ?」
メイは仰天した。
「えっ? そ、そのことは零課に報告は……してない……はず……」
「中富さんが見てたの」
「えっ……すっ、すみません。べ、べつに隠そうとしたわけじゃないんですけど……」
「それは気にしなくてだいじょうぶ。事件じゃないし。安心して」
「は……はい」
「それより〈雑草〉消しちゃった時のこと思い出して。メイちゃんはどうやったの?」
きかれてメイは宙をあおぎ、けんめいに記憶をたどる。
「ええと……あの時はべつに〈草〉を消そうと思ったわけじゃなくて……妖怪ヤギさんたちが、残留思念のケガレを食べて片づけてくださってるときいて……お礼を言ったんです。そうしたらヤギさんたちとっても喜んで、もっと言って、って。なのであらためて、感謝をこめてお礼を申し上げたら……ヤギさんの向こうの〈草〉が全部、ぱーっと消えちゃって……」
「そう、それ!」
千里は期待に目を輝かせてメイの肩をたたいた。
「それを今、やってみてほしいの。ここから、あの石段に向かって、感謝を飛ばす感じ!」
「で、で、でも、ここには感謝する相手とか……」
「いいからやってみて」
にこにこと笑顔で迫ってくる千里に気合い負けして、メイは目をつむり、妖怪ヤギにお礼を言った時の気持ちをけんめいに思い浮かべる。
そのまま「えいっ」と竹ぼうきをふった。
なにも起きない。
こんなの絶対ムリですよ~、という気持ちでメイは横目で千里を盗み見た。
しかし千里は、竹ぼうき片手に余裕の笑顔で待っている。
なんでそんなに自信があるのか、メイにはさっぱりわからない。
(感謝……感謝……ここにいない妖怪ヤギさんに、じゃないよね、じゃあ……誰に?)
わけがわからないままふたたびえいっ、と竹ぼうきをふったが、やはりなにも起きない。
(わーん、だってこんな遠くから石段掃けるわけないし……ここ、感謝する相手もいないし)
泣きそうになりながら、さらに二度、破れかぶれで竹ぼうきをふった。
効果なし。
だがそこで、ふと気づいた。
(あ、感謝する相手なら……いるかも)
昔はいた、と言うべきか。
今は、社の敷地になにかが存在する気配はない。
からっぽだ。ちょっと悲しい心地がするぐらい、からっぽだ。
でも昔はこの社に祀られていたヌシやその眷属が、学校のヌシと妖怪ヤギのように、ここを浄めてくれていたのではないか。人も彼らに協力していた。社をつくり、お祀りして。
(その人たちやヌシさまが、今のこのありさまを見たらきっと……悲しむだろうな)
メイは竹ぼうきを手にしたまま、無意識につぶやいた。
「きれいに……なりますように」
そう、口に出したとたん、ああ、きれいにできる、喜んでいただける、という確信が生まれて、うれしさにふっと胸が温まる。
その温かさにうながされるまま、竹ぼうきで軽く、その場を掃く。
「!」
淡い金色に輝く風が竹ぼうきからほとばしり、数段ある石段を下から上へとなであげるのを、メイはぽかんとながめた。
石段にはびこっていた雑草ややぶが、あらかた蒸発してしまったのにはもっと驚いた。
「えっ? えええっ? あ、あれって全部、ケガレだったんですか?」
うろたえるメイをよそに、千里は大喜びでばんばんメイの背をたたく。
「いいねいいね! メイちゃん思ったよりパワーあるじゃん! 使える! 助かる!」
「え……」
「具象化したケガレと物理実体の見分けなんて、やってりゃそのうちわかってくるし」
千里はにっこり、満面の笑顔で両手を広げた。
「零課お掃除班にようこそ! 今日はここ片づけたあと、五カ所回るからがんばろうね!」
警察庁零課お掃除班②へ続く
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