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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
イグリゴリ
9/21

前兆

夢の中にいる、それを時折自覚できる瞬間がある

きっと誰にでも


それは薄暗い中を目を細めて歩くような感覚だったり、水中を漂いつつ水面を見上げるような感覚だったり様々


知っている場所だったり、知らない場所だったり

現実めいた光景に夢か現か計り兼ねる時もある


それでも一番「夢」だと自覚するのは、現実でないと思い知らされるのは


失くしたものが、失ったものが目の前に現れる瞬間である


哀しくも間違いなくこの世にいない人

儚くも消えた大切な人の笑顔


常にきりきりと締め付けられるように痛む胸が、夢の中であっても自分を苦しめる


自分で選ぶ道が険しいと分かっていても、大切な人のためにと選び進んだ

正しいかどうかの答えがなくとも振り返らず進む他ない


茨の道だなんて簡単な言葉で表せられるものでは無い


誰を頼れもしない、守ってもらえない

自分は世界から嫌われなければいけない、そうでなければ


そうでなければあまりにも辛く哀しい


それなのに



すぅっと、瞼が少しずつ開く

自然と窓の外から部屋に差し込み始めた朝陽に視線が移る


その途中、視線が椅子に座ったまま目を瞑り、未だに寝息を立てるベイカーに移る


腕を組み、ほんの少し口を開けた平穏な寝顔


その寝顔だけを見れば頼りなく映るような青年かも知れない


しかし、ベイカーは彼女を、初対面のメルファを守ろうとしてくれた


そして


「…怒ってくれたな…」


すっかり目が覚めたメルファは身体を起こした、すると手に何か妙な感触が触れる


それはよく見ると氷嚢だった、しかし氷はすっかり溶けてしまっている


はっとして、メルファは腫れていた瞼をそっと触ると、思っているより腫れがひいている

どれだけの時間かは分からない、それでもきっと


「(当ててくれてたのか…)」


「おっと…」


のんびりする訳にも行くまいとメルファは身支度を始めた

部屋を出たり、入ったり、慌ただしく支度をしているとベイカーの瞼も少しずつ開き始める


「…朝か」


呟くとベイカーは目を覚ますためか頭を振った


「よう、今起こそうと思ったとこさ」


「ああ、おはよう…少しは腫れ引いてきたな。他の怪我は…平気か?」


真っ先にメルファの怪我の様子を気にする


「問題ねえって、これ、ありがとな」


すっかり溶けた氷嚢をベイカーに投げ渡す


「寝相は良さそうだったからな、顔に乗っけといただけさ」


「そっか…なんか変なことされたんじゃないかと気が気じゃなかったよ」


頬に手を当てて茶化してみるがベイカーは意に介さずストレッチを始める


「バカ言ってんなよ、何かお腹に入れたら早速始めよう」


「りょーかい!今日も長い一日になりそうだぜ!」



_________________________


同時刻


ニブルヘイズ城内の大広間


昨日ベイカーがナルスダリアと会合した場所

変わらずナルスダリアが玉座に座し、その眼前に十数名の兵士が並んでいた


ナルスダリアは毎日、朝、昼、夜のタイミングで逐一兵士達にそれぞれの業務やそれに対しての連絡・報告をさせている


朝になされる報告は、夜間の業務に関してや朝の業務に対しての行動予定などだ


順々にそれぞれの持ち場、王都内外の持ち回りの範囲の報告がなされていく


王都内、ニブルヘイズ城付近の報告は片腕と名乗っていたヴィンセント・ヴァレリからだ


「昨日夜、王都内にてイグリゴリと思しき者たちの存在を確認致しました。特筆すべき行動はありませんが、姿を確認されたのが城門付近であったことから可能性の一部としてイグリゴリ側も奏国側、つまり王城の動きをつぶさに観察・監視していることを視野に入れるべきかと」


「その可能性はあるだろうな、だが姿を確認できるとは稀だな…昨日…まぁ良い。だがこちらから無用な詮索は控えろ、あくまで必要なのは対話だ。

イグリゴリに関して動きがあれば即時伝達せよ、しかしイグリゴリに対しては必ず私の判断を仰げ、皆も良いな。」


そしてその後、つつがなく報告が終わり、広間にはナルスダリアとヴィンセントのみが残った


「それで?赤毛らはどうしている?」


「昨夜は食事を取ったのち、宿での宿泊で一日を終えています。動き出すのは今朝からだと」


「そうか、赤毛のこともつぶさに報告しろ。必要ならば独自判断で助力してやれ。」


「公国への貸し作りにしては、どうも興が乗っているとお見受けしますが?」


「ああ、興味がある。私の見立てでは。今は子犬のようなものだが…あれは化けるぞ。もしかしたら公国というよりは奴に貸しを作ったほうが後々役に立つかも知れん。こんな時だけ身体の性を使うのは狡いかも知れんが、女の勘というやつだ」


ごく僅か、ナルスダリアが気付くかどうかは分からないほど微かにヴィンセントは拳を握りしめた


「かしこまりました。では、失礼いたします。」


音もなく、ヴィンセントが広間を出て城門へと向かう背を見送ったナルスダリアは立ち上がる



「さて、何やら事が動きそうだ。私も行くぞ…マカブル」


ナルスダリアの呼びかけに、無人と思われた広間の天井の影がゆらり動く

そして、その影の中で宝石の様な紫色の光が三つ瞬いた



__________________________



そして再びベイカーとメルファ


食事を早々と終えたベイカーらは宿を出た。

これから本格的に聞き込みを始めるが、肝心の犯人が未だ王都にいるのか、それとも王都を離れたのか、せめて現状がどちらであるのかの判断は早めにしたい


ローブを被ったものが引く黒い馬車、それを要としてイグリゴリなる一団の

情報を探る


火急であるには変わりないが、どこに潜んでいるのかも分からないイグリゴリ

彼らに触発せずに行う必要がある


「んで?どう聞き込む?そのゴリゴリにこっちの動き勘づかれてもまずいだろ?」


メルファもそれは察しているようだが


「そんなゴリラの一団じゃないだろ、イグリゴリだ。でもその通りだ、手分けすんのは仕方ないにしても聞き込み方にはちょっと気を使う必要がある、できるか?」


「分かった分かった、とりあえずは今まで通り、馬車の事聞いたりしてさらっとそっちにも触れてみるさ。」


「頼む、そうだな…向こうに赤い屋根の小屋、ちょっとでかいのあるだろ?そこで2時間後に落ち合おう、それまでにもなにかあったら指笛でも吹いてくれ」


「がってん!じゃぁまたあとでな!」


やたら張り切って駆けていくメルファを見送ると、ベイカーは少し気になって様子を伺うことにした


路地に面した工房、ちょうど工房の人間が出てきたところにメルファは声をかけていた


「なぁ、この辺の工房にさ、黒い馬車入んなかったかい?昨日とかさ。」


「んん?馬車なら何台も見かけたけどなぁ、なんかあったのかい?」


気さくに話しかけると、工房の男性は少し訝しげではあるが警戒までは行かないらしく返答してくれている


「いやぁ、昨日見かけたんだけどさ?なんかどっか壊れてるみたいで走り方危なっかしくてさ、ここらでちゃんと修理してってんのかなって気になったんだよ。」


「ああ、そういうことか。つっても黒い馬車かぁ、こっちにゃ来てないと思うけどなぁ。なんせ工房は幾つもあるからな、うちは馴染みしか来ねぇし」


「そりゃそうだよなぁ、なんてったって王都だし。…それによ、何が気になるってその馬車引いてたのが真昼間ってのに黒いローブなんか被っちゃっててさ、怪しいだろ?王都にもそんな変な連中いんのかねぇ」



離れたところで聞き込みの様子を伺っていたベイカーはメルファの弁舌に感心していた


「(へぇ、上手いもんだな…メルファは大丈夫そうだ、俺も行こう)」


と言いつつもメルファの聞き込み方、話の持っていき方を参考にしようと思いながらベイカーは聞き込みに向かった




その後、一時間ほど過ぎた頃


ベイカーは十数人程度に目立たないように距離を空けるなどしながら話を聞いて回っていた

しかし、馬車についてもイグリゴリについても特にめぼしい情報を引き当てられてはいなかった


王都はガンベルと比べても広い、簡単なは行かないなと次の工房へと足を向けた時

向こう側から、メルファが走ってくるのが見えた


「なんだ?慌ててるな…っていうか」


「べ、ベイクァーぁ…」


ほどなくメルファがベイカーの真ん前に辿り着くと両膝に手を付き呼吸を整え始めた

前にも見た光景だと思いながらベイカーは水筒を差し出す


「なにかわかったのか?っていうか…指笛吹けって言ったろ?そんな毎回毎回走って来なくても」


水筒を受け取り、軽く口に含むとメルファはやっと落ち着き始めた


「やり方分からんくて指笛吹けんかった…」


「先言えよ、で?」


「そうだ、黒い馬車の情報はないんだけどさ。真昼間っていうのにローブ頭から被ってるのが二、三人ぐらい倉庫とかが集まってる…ええと、向こうか、その辺で見かけたって。それも一人の目撃情報じゃないから、偶然じゃないと思ってさ」


「行ってみるか…メルファは聞き込み続けててくれるか?」


「え?嫌だ。」


「悪いな、…ん?」


まさか断られるとは思ってはおらず、反応が遅れる


「あたしも行くに決まってんだろ、のけもんにすんなよ。」


頑として聞き入れそうにもない

こちらを真っ直ぐに見るその瞳はそう物語っていた


「わかった、離れるなよ?」


「わ、良いじゃん、男らしいぞベイカー?」


「良いから案内してくれ…ったく調子狂うぜ」


メルファを先頭とし、ベイカーらは路地を何本か歩き、少しずつ中心の喧騒から離れていく


見えてくる建物は、どうやら全てが倉庫とされているようでぽつぽつと作業している人の姿はあれど


先程の賑わう通りからすれば、同じ王都内でもここまで違うのかとそのギャップに驚く


「こっちは随分静かなんだな」


「そりゃ物置ばっかだからなぁ、でも人が居ないわけじゃないし兵士の巡回だって定期的にやってる。王都の賑わいの影でって、こともないと思うんだけど…どうなんかね?」


キョロキョロとメルファが辺りを見回すが、倉庫仕事に従事している人影以外に不審な人影は見えない


「話にあったのはこの辺か?」


「多分もう一本向こうだ、でもあれだな。もしこの倉庫の中にでも馬車隠されてんだとしたら、見つけんのも中々骨だぜ…」


メルファの言うようにこの地域はそれなりの小屋や倉庫が規則的に並ぶ路地がいくつも織り成している


手当り次第というには、数が多いし施錠されてるものもある


もしそうならばと考えるとベイカーも思わず眉をしかめた


だが


「(でも…近くに…ミザが居る気はしないな、そんなのを俺が感じるかどうかはさておき同調してるんだ、少しくらいヒントがあってもいいんじゃないか?)」


ふと視界の端に映る自分の前髪、金色に染った髪を見上げた


「っと、この辺だ。」


メルファが振り向く

どうやらこの路地が、聞き込みで当たった不審な人影の目撃があった場所らしい


確かに奥まった路地にあり静か

連なって並ぶ倉庫に挟まれているため人目も少ない、ミザリーを奪った人物が潜んだり怪しい一団が身を隠すにはまさしくな場所かも知れない


「静かだな…どうだ?メルファ」


倉庫の隙間を覗いたり扉の前で聞き耳を立てて動き回るメルファに尋ねる


「ハズレとも決め兼ねるけど…如何せん倉庫が多いなぁ、もうちょい時間かけて調べ回るか」



「それならこの付近から始めるか、丁度周りに作業してる人も居ないから俺らが怪しまれ心配もない」


「ちょい待ちベイカー…」


メルファがベイカーの背後に視線を止めた

同時にベイカーも、メルファの背後に視線を移す


「ああ、俺にも見えたよ。」


肩に掲げた剣の柄に手を伸ばすとベイカーはメルファと背中を合わせた



いつの間にか複数の人影に挟まれている


ベイカーの眼前に三人

メルファの前にも三人


しかし、ベイカーの感じる気配はそれより多くに囲まれているのではないかと本能に告げていた


皆が皆黒いローブを被り、顔にも何か巻いており、ひたに顔を隠している


「こいつらが…なんだっけ?」


メルファもナイフを構え一応の迎撃体勢をとっている


「それは自己紹介して貰えばいい。…で、何なんだアンタらは?」


「…」


ベイカーは尋ねるが誰一人として答えようとしない


ただ、こちらを観察しているだけで敵意が感じられないようにも取れる


「どんまい…ベイカー」


「…こんな囲んでんだ。何か用があるんだろ?それともイグリゴリのことを探られると困るのか?」


「ああ、それそれ!お前らイグリゴリか?なんとか言えよっ」



「部外者が口を挟むな」



不意に声が響く


ベイカーの正面にいた人物が声を上げたのだ


「部外者かどうかは返答次第だ。お前らがミザを、奪ったのか?」


「…」


再びの沈黙

というよりは言葉を選んでいるようで、未だにベイカーから目を離さずじっと見つめてくる


「どうなんだ?金色の髪の子を公国から拐ったのか?…もしそうじゃないなら、お前らに興味はない。探るのもやめるさ」


「…アレは…元々奏国の物だ、あるべき場所に返すことに誰の文句もあるものか」


その言葉は、答えだった



「…アレ…?」


ベイカーの心がざわつく


「アレ!?ふざけんな、お前ら!女の子を物呼ばわりしてさらってんじゃねぇよバカっ!」


背中合わせのメルファが突然叫んだ

ベイカーと同じ怒りを感じたのだ


「メルファ…」


「ベイカーさんがやっちまうぞおらぁ!」


「…その通りだ」


ベイカーが踏み込み斬りかかる


「(手がかりだっ、掴んだ!こいつらを逃せない!)」


剣を思い切り振り下ろすが


〈ドシャッ!〉


躱されたその剣は地面にぶつかる


だが跳び躱したその人物に即座に大型拳銃を、ジャックローズの照準を合わせる


「動くなよ、こいつを人が受けりゃただじゃ済まない。」


着地したローブの人物がたじろぐような素振りを見せるが、さすがに銃口を向けられれば大人しくならざるを得ない


ベイカーが素早く周囲に目を走らせるが、周りのローブ達も動く様子は無い


しかし、妙な違和感を覚えた


言葉を発した、ベイカーの正面に立つローブの人物は流石に表情は良く見えずとも視線がこちらに向いているのは分かる


しかし、他のローブの連中の視線はベイカーに向いてないように思える


「なんか…ゾワゾワするなぁ…」


背後でメルファの呟きが聞こえた時ベイカーはもしやと勘づく


「(なんだ?メルファを見てるのか、こいつら?)」


そう予測して再び周囲を見る


「(ホントにメルファを…?ミザを拐ったばかりだから金髪で同じ年頃のメルファを気にしてるだけか?)」


それも気にかかるが今は一人でも捕らえてミザリーの情報を聞き出す


優先すべきことに変わりは無い



〈パチッ〉


その時ベイカーの耳に静電気の音が聞こえた

それが自身の髪から鳴っていることは察しがついた


何かの予感を、予兆を知らせるように


「なぁ…なんかこいつら変じゃないか…?」


「女の勘ってやつか?」


ベイカーも散々世話になってきた女の勘というものかと思ったがどうやら違った


「いや、勘っていうか何かモヤが見える…よな?」


メルファの言うように

言葉を発したものだけでなく、それを含む視界に映る六人


それら全てが身体に黒いモヤを纏い始めたのだ



「まさか…こいつら…!」


今までもこういう状況を見てきた

経験則がこの後どうなるかを容易く想像させる


そしてその想像は、瞬く間に現実となってベイカーらの前に現れた


纏ったモヤはその肉体を変貌させ

皮膚を外殻に、その瞳さえ怪しく光る宝石のような眼に変え


一瞬でベイカーらは、人ではなく

悪魔に囲まれるという状況に陥った


姿は人型ではあるものの、外殻がそれらを個体差はあれど刺々しいシルエットに変え各々が手斧や鉈といった武器を有している


しかし共通の特徴として見てとれる

その箇所にベイカーは既視感を感じた


それは、仮面のような外殻で皆が皆顔を覆っているという点だった


ベイカーはすぐにその既視感の正体を思い出す


「ソーデラルで馬車を追うのを…邪魔した悪魔か…」


記憶に新しい

ミザリーが奪われ、それを追うベイカー

馬車まであと一息で手が届きそうだと言う時に妨害を仕掛けてきた悪魔


その悪魔も仮面のような外殻、そして囲んでいる悪魔の一人が持っているような鉈を振るってきた


なぜ、彼らが悪魔化できるのかはともかく

これでタイミング良く王都で起きた悪魔の出現にも関わっている可能性が出てきた


〈とっ〉


と背中にメルファの背がぶつかる


さすがにこの状況はメルファにはハードだ

打開しつつ、手掛かりを掴むためには


「気をつけろメルファ」


「お、おうっ!」


隙を見てメルファを逃がすことも考えたが、メルファに視線を向けていたことがどうにも気にかかりその選択を諦める


更には、どうやら傍観していた五人も戦闘行為に加担する気はあるらしい


実質が二対六


相手方は邪魔であろうベイカーらを排除するというシンプルな結果を求めればいいが

ベイカーらは不利であるにも関わらず、情報を引き出すために捕らえることも視野に入れなければならない


それも


「(メルファを傷つけさせる訳には行かない)」


ベイカーは集中した


気づけば周りは静まり返り、遠くからかろうじて喧騒の端が届く程度になっていた


〈ジャリ〉


と小さく聞こえた方に目をやる


悪魔のうちの一体が先行して飛びかかってくる


武器は手斧だ


リーチはベイカーの剣のほうが長い

動きも反応できないほど早い訳では無い


受けるも避けるも選択できる


そしてベイカーは自覚している訳では無いが視野が広く、感覚が鋭い、瞬間の判断も早い


同時に耳に入る風切り音にも気付き

背後からのその音が弓矢のようなものだと察しをつける


このままだと背後にいるメルファに当たりかねない


〈ブンッ!〉


と飛びかかってきた手斧の悪魔の攻撃を躱し空を切らせる、と同時に振り返る


「屈めっ!」


ベイカーの呼び掛けにメルファが素早く身を屈めると、推測通りに弓矢が飛んできていた


それを剣で弾き落とすと

体勢そのまま即座にジャックローズを背後に構え


〈ドゥオンッ!〉


初撃を躱された手斧の悪魔が、追撃しようと向かってきた身体に命中する


【グゥゥッ…!】


さすがに近距離での被撃、並のものと比べて強化されているジャックローズでの一撃ということも相まって相当のダメージを負わせることができたようだ


「(よし、一発与えればかなり有効なダメージだな。)」


倒せはしないもののすぐに元通り動くことはできない塩梅

それを与えるのにジャックローズが最適だとベイカーは想定する


倒し切ることに躊躇がないという訳ではない


イグリゴリという一団の正体が分かっても目的がいまいち掴みきれない今


例えミザリーを拐ったとはいえ、悪魔と化したとはいえ

生命を奪うということにベイカーは踏み切れずにいるのだ


極端な話で言えばミザリーとリーダ、先の事件で知り合ったガゼルリアやクロジアなども悪魔の力を使役していると言える


しかし、彼女らは決して自分の為にそれらを振るっているわけではない

誰かの為、という心に従って振るっている


イグリゴリがそうではないと言いきれないのはイグリゴリが人を襲ったという情報を聞いていないからでもある

もちろん奏国の情報網に触れず、人知れず罪を犯した可能性も捨てられはしない


それらを知るために


ミザリーを奪われた怒りはあれどベイカーは理知的に動く必要があった


「いくら六人いたって、銃弾より早く動けるか?大人しく話を聞かせてくれ…お前らは何をしたいんだ?」


ジャリと砂を踏みしめる音が聞こえるが、それでも囲んでいる六人は再び飛びかかってくるという意思を潜めたように感じた


すると


ふっとモヤが再びイグリゴリらを包みすぐにそれが晴れる


人の姿に戻ったということは戦うことが目的ではなく

戦闘以外の、なんらかの意図を持って現れたという事の表れではないかとベイカーは思った


「話ができるみたいで安心したよ…」


ベイカーも剣と銃を収める

メルファもベイカーの背に隠れつつも倣ってナイフを収めた


「我らは自由を取り返す、その権利は誰に奪えるものではない。その権利を奪わんとするものには鉄槌を下す…お前こそ何故あれに固執する?公国はそんなにアレを手放したくないのか、力を手放したくないのか?」


「お前に、俺たちにとっての彼女がどれほど大切か分かりゃしないさ」


「彼女…?あの人形がか?」


「次、物呼ばわりしてみろ…俺がイグリゴリを潰すぞ」


静かな、しかし確かに苛烈な怒りを胸に秘めた言葉

ベイカーが醸すプレッシャーに周囲のイグリゴリがたじろぐ


「…今回は確認だ。そしてそれはもう終わった」


すっ手をあげると、周囲のイグリゴリが各々素早く身を隠した


「逃がすかよ!」


再び威嚇のためにジャックローズを構える



ベイカーの視界に丸い玉のようなものが見えた


それは導火線を持ち、その導火線にはすでに火花が走っている


「くっ!伏せろメルファ!」


ベイカーは振り返るとメルファを包むように覆いかぶさった


〈ブシューッ!!〉


爆薬かとベイカーが推測したそれは、地に落ちると猛烈な煙を吐き出し始めた


瞬く間に白い煙が路地に立ち込める


「煙幕かっ…くそ、やられたな…」


煙幕と分かったとはいえ迂闊に動く訳には行かない


ベイカーは視界が晴れるまで周囲を警戒していたが、風が煙を晴らしたその瞬間までこちらに対しての動きはなかった


本当に今回の目的を果たし、去ったということなのだろう


「…確認…?なんのだ?」


「うえぇ煙い匂いがついちまったよ…単にベイカーにビビっただけじゃないのか?」


「あの状況じゃまだ分かんなかっただろ…でもアイツらメルファを見てなかったか?」


「そう言われれば視線を感じた気がしないでもない…もしかして…」


「なにかあるのか?」


「アタシに…見惚れてたんじゃないか!?」


「とりあえず一度戻るか、用心深そうな連中だ、もうこの辺には現れないだろう」


「聞いてる?おーい?」


ベイカーがスタスタと歩き始める


イグリゴリについての情報は捕えられなかったということもあるが思ったほど得られなかった


だがイグリゴリがミザリーを拐ったことが確定し、団員が悪魔化する、その二つの情報は少なくとも大きな成果ととれる


「(一度ナルスダリアにイグリゴリがミザリーを拐ったことが確定したと報告して協力を仰ぐか?)」


とベイカーが思案し始めたとき


〈ザッ〉


と一人の青年がベイカーの前に立っていた


それはナルスダリアの片腕と言っていたあの青年 ヴィンセントのようだった


都合は良いが、メルファにとっては会って気分の良い相手では無い


メルファをちらとベイカーが見るが、何故か本人は気にしてないようだった


「メルファ…下がってていいんだぞ?」


小声で声をかけるが


「へ?なんで?…ああ!違うってベイカー、こいつじゃない」


「え?」


実質メルファに手を下したのがこいつではないということだろうかと、ベイカーが視線を戻すと青年が2人に向け頭を下げた


「初めまして、ベイカー・アドマイル様でお間違えないでしょうか?」


「初めまして…?」


ベイカーが戸惑っていると、ああ、と合点がいったように青年は両手を合わせる


「失礼いたしました、ヴィンセントや陛下から聞いておられないのですね。私はヴィンセントと双子、彼と同じくナルスダリア様に忠誠を誓うかたわれ、ディルミリア・ヴァレリと申します」


「双子?…そういうことか、よく分かったなメルファ」


「ちょっと違うだろ、髪型の分け目とか表情とかさ?」


「そんなの日によっての誤差だろ…それでわざわざなにか用か?」


「ナルスダリア様より、赤毛に、失礼。ベイカー様に助力するように仰せつかっております、その中、何やら騒ぎが起こっているようだと連絡があり、まさか、と駆けつけた次第であります。」


「そうか、悪いけどイグリゴリには逃げられちまった。。…でも協力を頼みたい、ナルスダリアに伝えてくれないか?やっぱりイグリゴリが関係してたって…それと…イグリゴリの一団が悪魔化するってのはナルスダリアは知ってたのか?」


「悪魔化…?イグリゴリがですか?…いえ、私共もナルスダリア様より聞いたことはございません。そちらも合わせて報告させて頂きます。」


「頼むよ、俺たちはもう少し王都内を探ってみる」


「かしこまりました。では報告ののち、兵士たちよりコンタクトを取らせますのでその時はよろしくお願いいたします。」


再び頭を下げるとディルミリアは足早に去っていった

機敏且つ整然とした動きはさすが双子というべきか、後ろを向くと全く見分けのつきようがない後ろ姿をベイカーらは見送ると


「少し休むか、その後ナルスダリアからのコンタクトを待ちながら調査しよう」


「了解っ、んじゃぁ来た道を戻るか」


今度はメルファが先に立って王都の中心、賑やかな方へと歩き出す


「でもビビるよな…人が悪魔になるなんて…ベイカーは前にも見たことあんのか?」


「ああ、何度かな。」


「悪魔って…全部そうなわけじゃないよな?」


「なんらかの方法で人が悪魔を宿してるんだ、全部の悪魔が人からなった訳じゃない。あんなの稀のはずだ」


「イグリゴリ…結局なんなんだアイツら?あんな奴らに狙われるなんて、アンタの幼なじみになにがあるんだ?」


その問いにベイカーは一瞬考えた、がメルファに隠すべきではない


危険なことに巻き込んでしまっているという負い目と、短い時間ではあるものの確かに培われたメルファとの信頼が


ベイカーにそれを語らせた


「イグリゴリは…奏国で何十年も続いたフェンリルを継ぐ「語り手」の一族、その中でフェンリルの継承者として選ばれず迫害されることになった人たちの集まり…らしい」


「…っ」


メルファの顔がかすか曇ったが、それに気付かずにベイカーは続ける


「それで…イグリゴリが俺の幼なじみを、ミザを狙ったのは、ミザがフェンリルを宿しているからだ。それをヤツらがどうする気なのかは分からない、それでもヤツらがミザを拐ったって確定できたのは大きな手掛かりだ。…メルファ」


ベイカーの呼び掛けにメルファが振り返る


「な、なんだよ?」


「さっきの見ただろ、今回は無事に終わったけど次ヤツらからミザを取り返すときどうなるか分からない。…だから」


「引けってか?…嫌だね」


「危険なんだ、下手すりゃ命に関わるかもしれない。」


「…命なんて…」


メルファが自分の胸に手を当て歯を食いしばる


「惜しくねぇよ、あたしはやるって決めたことは絶対にやる!ベイカーがミザリーの手を取るまで付き合ってやるからな!突き放してもこっそり付いてく、それが嫌なら観念しろ」


「…強情だな。…わかった。でも俺の言うことは極力聞いてくれ、命令じゃないお願いだ。」


「よし!アタシに任せとけ!」


改めて協力関係を結び直すと、二人は再び歩き出した



__________________


その数時間後


奏国の王都を少し離れた小さな山岳地帯

その麓にあるちいさな洞穴


壁に掛けられたいくつかの篝火

昼前だというのに光が届かないためにそれらが足元を照らす唯一の灯り


その中にいくつかの影があった


「…確かか?」


重々しい声が問う

何かしらの報告がなされた所であった


その洞穴内での長であろうその者の声は、かすかに、かすかに震えているようだった


「はい、年頃も合致していると見られたので恐らく…」


「…そうか。…そうか。」


重々しい声の主は握った拳をもう片手で包み震えていた


「次は私が行こう、顔を見たことがある。確実としてくる…いいな?」



「ああ、頼む。もしそうだったのなら…」


「分かっている、連れてくるさ。友よ…」


影が洞穴内でゆら動き、やがて長と見られるものだけが風で揺れる篝火と共に取り残された


「狼を取り返しにきた赤毛と共にあるとは…何の因果か…しかし今はその因果にすら感謝しよう」



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