Third Arm
〈ドシャァッ!!〉
何度となく振り回される剛腕
風を切り、砂埃を巻き上げる巨大な魔犬の攻勢
それを巧みに躱しつつも隙を狙い何度も剣戟を浴びせるベイカー
一方的な状態とも言えるが、内容はそこまで簡単では無い
確かにダメージは着々と積み上がっているが
「ぶぁっ!」
距離を取りつつ大きく息を吐くベイカー
なにせ10m超のリーチを持つ体躯の攻撃だ、それを躱し続けることは体力の膨大な消費を意味する
息付く暇もないほどの攻撃、そして人と悪魔との間の埋めがたいスタミナの差が如実に、更に開き始めている
「ふぅぅーーっ…」
隙を見て呼吸を整えるのにも気は抜けない、瞬きする暇も持つべきでは無い
綱渡りのような状況であることは間違いないとベイカーの頬を伝う汗が暗に示していた
それは周囲、悪魔の火球を放つ攻撃により気温が上昇していることに影響を受けてはいるが既に今のペースの攻防が始まり10分以上たつことを考えれば、まだ余裕が見える様子ではある
「(熱いのはだるいけど…まだ動ける、ただなにかデカい反撃がしたい…)」
このままのペースでは悪魔を倒すより先に自身の体力が尽きる
もとい、消耗し動きが緩慢になった瞬間にあの剛腕を見舞われるだろう
ベイカーは腰に備え付けた革のスカートのような帯
そこに収めていたエクスプロッシブカートリッジを抜き取る
それは機構剣ダイバーエースに装填しトリガーを引くことで爆発を起こし、まさしく爆発的に斬撃の威力をあげるベイカーにとっての最大火力を振るうためのもの
ダイバーエースにはそのエクスプロッシブカートリッジを最大二つまで装填できる
一つでも十分な火力だが、それを二つにすることによって振るわれる火力は外殻を持たぬ目の前の悪魔に充分なダメージを与えることが可能だろう
しかし、ベイカーは普段カートリッジを一つしか装填しない
理由は至って単純
反動が大きすぎるのだ
両腕で抑え込むのも至難、もちろん片手で扱おうとでもすれば握っていられず暴発するほどにリスキーな決死の攻撃
任意のタイミングで爆発させられるとはいえ、一度トリガーを引けば微細な調整や反動は両腕への負担となる
以前実験的に二つのカートリッジでの斬撃を試したときは絶大な威力と引き換えにベイカーは腕を痛めるほどの反動を体験している
つまりは、倒しきれなければ反撃に対抗しうる手段、その後の攻撃手段が一気に乏しくなってしまうリスクがあるのだ
「(確実なタイミングじゃないと2つは使えない)」
〈ガチッ!〉
ベイカーは一つのエクスプロッシヴカートリッジをセットする
「これでなんとかなってくれよ!」
大きく息を吸うとベイカーは再び走り出した
そして、そんなベイカーと悪魔の戦闘を同じ丘の木陰から覗いている存在があった
メルファだ
ベイカーを追いかけすぐに駆けつけはしたが、あまりにも強力そうな悪魔との戦闘行為に余計な手出しはしないほうがいい、というか出来ない、ぶっちゃけしたくないという判断を下し木陰で傍観するに留まっているのだが
「(大丈夫なのかよ…ベイカー、なんとかやりあえてるみたいだけどあんな奴ホントに倒せんのか?)」
どうにも不安なようで、木陰から飛び出すか否かのような動きを延々と繰り返している
「(いざとなったら…アタシがなんとかするしかないっ!)」
だがメルファはそんな意思に反するような膝の震えを、握り拳で抑えるしかできずにいる
「(ホントに…いざとなったらだからな!ベイカー!)」
【潰れておけ!人間如きがっ!!】
〈ドシャァンッ!!〉
もう何度目か、振り下ろされた剛腕が地面を叩き削る
戦闘が始まったころから比べると割合平坦だった丘にはいくつかの巨大な擦過の爪痕が刻まれてしまっていた
どれか一振りでも当たっていればとてもじゃないがベイカーは無事で居られなかっただろう
「この腕から!!」
振り下ろされた腕、その手首目掛けて剣を振り下ろす
十分隙を付けている、まだベイカーの攻撃に対しての危機感が小さいのか絶好の好機だ
剣を振り下ろすと同時にダイバーエースのトリガーを引く
〈ドォォオッ!!〉
刀身の先端、その峰に設けられた噴出口から爆炎が上がり同時にその勢いは剣戟を悪魔の手首にめり込ませた
「行けるっ!…行けっ!!」
〈ズジャッ!!!〉
砂を裂くような音を立てながら剣が振り抜かれる
今までで一番、血の結晶が傷口から吹き出す
しかし
「(くそ…っ!腕が太すぎて切り落とせないっ!!)」
威力は十分だった
しかし、単純にダイバーエースの刀身の長さより悪魔の腕の径が太い為断ち切ることが出来なかった
【ガァッ!!…やってくれたが、足りなかったな?そんなことまで出来るとは面白い人間だ…】
切られた手首、その傷口を押し合うようにもう片手で押さえると
どうやら傷口は塞がってしまったらしい
プラプラと振り、調子を確かめている
「(マズイ…あれでダメージが与えられることがバレた。次からはそう易々と斬らせてもらえないな…)」
【我は魔犬オルトロスの力を持つもの、所詮人の足掻きなどで地に伏すものではない。もうこれまでのようには行かぬぞ?小僧ッ!!】
〈ジャァッ!!〉
強烈な踏み込み、今までよりもずっと力強く早い
気づけばベイカーの左方からこちらに向けて腕が振られている
「(早すぎるッ!?)」
ベイカーは剣を縦に構え、同時に左後方へ飛んだ
〈ゴッ!!〉
鈍い音と共にダイバーエースの刀身にオルトロスの左腕がぶつかると、そのままリーチの限り振り抜かれる
「ぐぅっ!!」
〈ドシャッ…ズシャッ!〉
地を転げながらベイカーが飛ばされる
衝撃は可能な限り殺したつもりだがこれだけの体躯の差、微々たる抵抗にしかならない
〈ドッ!!〉
最終的には大木にぶつかりベイカーは何とか丘に留まった
「痛ぇな…くそっ…」
打撲のダメージを感じはする、幸いにも骨に達したダメージは無さそうだがあくまで運が良くてのそのダメージだ
剣を突き立て、立ち上がろうとする
オルトロスの攻撃をまともに受け今なお堂々と剣しているダイバーエース
刀身には地上最硬金属とされるウルベイル鋼が使われているため、防御手段としてもこれ以上はない
以前は加工手段が不明だった為、硬度はあれど利用することができなかったウルベイル鋼
しかしフェンリルの魔力、〈変質し、変質させる魔力〉の使用によって加工が可能となることが判明した為、眠りに着く前のミザリーに助力してもらい剣の形に成形しておいた
それもベイカーの意志を貫くためだ
そして友との誓い、ベイカーは再び立ち上がった
「(あそこまで腕を斬れる…なら、残された手段は一発限り、一撃で仕留めるしかない。それには…)」
再び腰からエクスプロッシヴカートリッジを、今度は二つ取り出すとベイカーはオルトロスを見上げた
その視線の先は
「(頭だ…頭部にカートリッジ二発の一撃を喰らわせられれば倒せる…)」
唯一の突破口、それにベイカーは狙いを定めた
同時に、そんなベイカーを遠巻きに木陰から見ていたメルファも期せずして同じ思考の着地点に至っていた
「(冷や冷やするってベイカー…でもあの目線…そうか!頭か?頭にカマしてやれば行けるってことか!…でもあんな所にある頭にどうやって…)」
メルファの懸念通り、ベイカーの狙いは頭部
しかしその頭部は体高でも5m超、二足で立つなら10m超の位置にある
おまけに先程までとは違いベイカーの攻撃に対しての警戒値も高い
一撃当てるだけ、という解はひどく困難な壁のように立ち塞がる
「(でも、もしかして…これなら…)」
メルファは自身の懐を探りながら、微か見えた活路を現実とするためのイメージを頭の中で繰り返し始めた
その時、メルファは何かの物音を聞いた
今なおオルトロスとの戦闘行為で慌ただしいベイカーにそれを捉える余裕こそなかったがメルファの耳には確かに届いていた
更に耳を澄ませてみると、それはいくつもの馬の蹄の音
それも一つや二つではない、数十もの蹄の音だと気づく
「(向こう側から…王都側の道から登ってきたのか!なんてタイミングだ…こんな盛大に戦闘の音がしてんだから引き返せよぉ)」
もしも、その馬の一団にもオルトロスの注意が向けば被害が広まることは明白
メルファとしては新たな一団の介入はベイカーへのヘイトが薄れ、逃走のチャンスに繋がれば幸いである
がメルファはここまでの付き合いで、ベイカーが他者を囮に逃走するような男ではないと感じていた
となると、ベイカーがその一団を庇うという選択肢さえも見えてくる
つまりベイカーへの負担がこれまでとは比にならない程増してしまう
「(…あれ、あれって…?)」
丘の向こう側を見据えていたメルファ
その目にチラと映ったのは、メルファ同様丘の様子を伺う人影
どうやら馬を降りて密やかに様子を見に来たのだろうがその姿は軍人のようだった
「(そっか!誰か通報してたのか、それで王都から討伐隊でもこさえてきたってことか)」
多くの馬の蹄の音に合点がいったはいいが、その兵士はすっと来た道へと戻って行った
「(となるとこっからあの討伐隊がベイカーの手助けしてくれるはず!流石に兵隊なら足手まといにゃならんだろぉ……ならんよな?)」
ちらと再び丘の上に視線を移す
やはり見る度に小さくなったりはしないオルトロスの巨大な影がベイカーを潰さんと躍起になって暴れ散らかしている
それでもベイカーは懸命にチャンスを狙い、汗を散らしながら動き回り何とか攻撃を躱し続けている
その時、ベイカーの足が砂利で滑った
片脚だけでは踏み込みは足りない、つまり躱しきれない
再び振り付けられる悪魔の剛腕が風を切る
「くそっ!!」
ベイカーはせめてと剣で防ごうと構えるがそれでも被るダメージは想像に易い
思わずメルファは叫んだ
「ベイカーーッ!!」
ごく僅か、ごくわずかだがオルトロスの視線がメルファに移る
その挙動の影響でかすか振り付ける腕の軌道が逸れる
それを察したベイカーは片脚に思い切り力を込め、後方に跳ぶ
同時にトリガーを引くとダイバーエースの峰を爆発させ、その勢いも利用し
〈ブォンッ!!〉
バランスを崩しながらもなんとか攻撃を躱すことに成功する
【ちっ…他にもいたか…】
介入者にオルトロスの注意が向く
その視線の先の木陰からジワジワとメルファが現れる
「あ、アタシの雇い主なんだ…これ以上勝手するなよ…」
言葉の端も、膝も震えている
悪魔のサイズからすると何とも足りないナイフの刀身を向け、それでも視線だけは真っ直ぐオルトロスに向けていた
「バカッ!出てくんな!良いから下がってろ!」
「ば、バカー!?そりゃベイカーだろ!こんなの相手にしようなんて大バカだぜ!?」
「だったら、そんなのの前にわざわざ出てきたメルファもそうだろ…」
「お、おん、そうだな…どうしよう…」
なんとも腰が引けてはいるが、なぜか引く気はないようだ
「(あの兵隊ども…全然来やしねぇ、こうなりゃアタシが…やるしかない!)」
メルファのやる気を感じたのか、ベイカーは再び剣の柄を握りしめた
「でも…助かった。人を守るって…きっとそうなんだな。自分よりデカい相手にだって…震えながらでも立ち向かわなきゃ行けない」
「ベイカー…?」
ずっと見ていた後ろ姿をベイカーは思い出していた
どんな気持ちで彼女が居たのか、どんな気持ちで戦っていたのか
頭では分かっていても、いざその場面になるとどれだけ鍛錬を積んでも恐怖が拭えない
何の鍛錬をしたわけでもない、ただの田舎の村の少女が「戦う」という選択肢を選ぶことがどれほどの恐怖を閉じ込め、どれだけの勇気を振り絞らなければいけないことなのか
そのときの彼女の気持ちに欠片でも触れられた気がした
「俺は戦うことを選んだんじゃない、「戦う」って選択肢を、他の誰かが選ばなくてもいいように!守ることを選んだんだ!俺が守ると決めたものは守ってみせるっ!」
〈パチッ…パチッ!!〉
夜に染まった丘の上
月明かりに照らされ始めたその中に蛍のような小さな光がいくつも鮮やかに灯り始めた
それはベイカーの周りに小さく爆ぜながらも漂い始め、程なくベイカーの背後にそれらが集まった
そしてあるものを形どった
「ベ…ベイカー…?なんだよ、それ…」
メルファが指さす
ベイカーは静電気の爆ぜるような音を聞いていても、それには気付いていなかった
「なんだ?…それって…?」
どうやら背後になにかあるらしいとベイカーが振り返ってみると、その揺らぎを目の当たりにする
「な!?…これって」
そこにあったのはベイカーの後頭部からベールを編んだように伸びた2m程の
金色に光る三つ編みだった
ずっと、ベイカーが見ていた
あの後ろ姿に輝いていた狼の象徴とも言えるもの
「同調したから…俺にも扱えるのか…?」
ゆらゆらと漂うその三つ編みを見るに、どうやら自動的に動くという訳でなくベイカーの意思を反映して動くという事らしい
しかし、急に現れたそれを動かす感覚をベイカーは知らない
「(3本目の腕…みたいなイメージか?)」
意図して動かそうとすると、多少は動くもののその動作は緩慢で頭の中にあるミザリーのようにはいかない
しかも
「(伸びない…?ミザのようにはいかないのか…)」
ミザリーのように伸ばすことで中距離戦闘を可能にすることも難しそうだ
「(流石にミザの劣化版みたいなもんか…?何ができるかは…実践で試すしかなさそうだな)」
ベイカーがそう判断し、三度オルトロスへと振り向く
「ベイカー!?大丈夫なのか?その…なんだそれ?」
「三つ編みだよ、第三の腕ってとこだ」
ベイカーが言うように、ミザリーのもの同様三つ編みの先は手が開いたような形をしており一見腕のようにも捉えられる
ベイカーは自分の中でその光る三つ編みを〈第三の腕〉とすることとしたのだ
そう認識することが精細を得るきっかけだと直感していた
【グァッ、なんだ…魔力か?なぜ貴様がそれを持っている?】
どうやらオルトロスにとってもイレギュラーな発現だったらしく、観察するようにベイカーを注視している
「さぁな…詳しく説明できるほど俺もわかっちゃいないんでな」
【ならば…試させてもらおうか!】
腕を振り上げ、またもベイカーを押し潰さんと振り下ろす
「(イメージしろ!これは…守るための力だ!)」
〈ゴッッ!!〉
鈍い音が響く
しかし、その音はベイカーが叩き潰された音ではない
空を切り拳が地面へと目的を見失いぶつかった音だ
【…どこに!?】
〈ガチッ!〉
オルトロスは足元からの金属音に視線を移す
【いつの間に!小僧ッ!!】
〈ズジャァッ!!〉
煩わしさから足で蹴りあげようとするがそれも地面を削るに留まる
【どういうことだ…っまだそんな体力が…】
「おーー…なんか速いなぁベイカー…」
メルファが感心する
オルトロスは近すぎて気づいてはいないが、多少の距離を取っているメルファにはその変化がよく分かった
ベイカーのスピードが上がっているのだ
体力は消耗するし、受けたダメージも無視できるほど軽微ではない
それでも減速どころか加速しているのにはやはり、光る三つ編みの顕現が関係していた
「(なんだ?身体がやけによく動く、ミザのフェンリル化みたいに影響が出てるのか?)」
ベイカーも理解こそできていないが、それは間違いなく擬似フェンリル化の影響だ
本来のフェンリルのように、ベイカーが帯びている魔力は〈変質の魔力〉ではない
なぜならベイカーはあくまでも〈フェンリル〉と同調しているのではなく
〈ミザリー〉と同調しているからだ
どういうことかと言うとミザリーの認識が関わっており、ミザリーはフェンリルの魔力を自身の身体を動かす〈電気〉として認識している
実際は魔力を変質して電気としているのだが端的に電気としている
よってベイカーが纏う魔力は〈電気〉の性質となっており、その電気は三つ編みとして顕現するだけでなくベイカーの身体を巡りその肉体の活性化を促している
それがこの光る三つ編みの恩恵
「よし…行くぞっ!!」
理解こそ間に合っていなくともベイカーにとっては追風が吹いたような状況
行くしかないと再び地を蹴った
風を切る悪魔の攻撃を躱し、最大限のチャンスを狙う
しかし、オルトロスの意識が変わってきていることにベイカーは気づく
先程までと比べて全く頭の位置を下げて来ない
先程までは動作の端々、腕を振り下ろす、薙ぎ払うなどの動作の影響で剣が届くとまでは行かずとも幾らか頭が下がったりしていた
それがむしろ、頭の高度を維持できるままの攻撃、踏みつける、蹴りつけるなどを多用し始めたのだ
「くそ…そう上手くは行かないかっ!」
一呼吸置くためにバックステップを踏み距離を取った
その時、耳元で声がした
「ベイカー!あたしに任せとけ!」
「うわっ!!!…メ、メルファ?」
思わず驚いて振り向く
「何驚いてっ、うわ!静電気っ!」
今度はメルファが驚く
ベイカーの三つ編みは電気の性質を持っているため身近には静電気が強く漂っているのだ
「なんだ?下がってろって言っ…」
「頭ぶっ叩きたいんだろ?アタシに策があるんだ」
「策…?」
「今あのデカい犬はベイカーに夢中だ、あたしの存在を把握してはいてもアホなことに後回しにしようとほっぽらかしてる。でも同時にベイカーへの警戒は最大で、目を離したりやしない」
「ああ、そうだな。…それで?」
「まぁいいから!合図する、そしたらあのデカい犬の頭に集中しろ!ベイカーの真ん前に叩き落としてやるからよ!」
「どうやって…」
と策を聞こうとベイカーが振り向くとメルファは走って距離を取っていた
「騒がしいな…まぁ乗ってみるか…」
視線をオルトロスへと戻すと、やはりオルトロスの視線はベイカーに張り付いている
メルファの言うように、ベイカー以外への注意はお粗末な状態だ
〈ブワッ!!〉
オルトロスの攻撃が始まった
やはり頭の高度を下げないように、蹴り主体の攻め
スピードが上がったとは言え油断できるものではない
ベイカーは瞬きも惜しみながら懸命に躱し、数発の攻撃をなんとか躱しきった
その時だった
「行くぞッ!!ベイカー!!」
メルファの声が響いた
ベイカーは剣へとカートリッジを一つ、二つと手早くセットする
そしてオルトロスの顔を見上げた
その視界の隅に何か飛んでいるのを見た
それはオルトロスの頭上数十cmの距離
これも視界の隅に居たメルファを見ると振りかぶって、もとい振りかぶった後のような姿勢
そこでやっとベイカーは気づいた
メルファが何かをオルトロスの頭上目掛けて投擲したのだと
そして、その何かとは
エクスプロッシブカートリッジ
それをダイバーエースの機構にある薬品と同じものが入ったカートリッジと組み合わせると爆発を起こすという
爆弾のようなものだ
「いつの間にスってたんだよ!」
ベイカーは思わず笑ってしまった
メルファの策の正体と狙い
それは
〈ドゴォォン!!!〉
強烈な轟音を轟かせ、オルトロスのちょうど頭の上で爆発が起こる
完全に予想外、不意を突いた大爆発の一撃にオルトロスは倒れ込む
つまり、頭がベイカーの剣の届く位置にまで落ちてくる
「やっと、使い道が思いついた……じゃぁなっ!!」
ベイカーは三つ編みに、まさしく第三の腕のように剣の刀身を掴ませる
これにより反動が大きすぎて腕を痛める危険性のあったカートリッジ二発の攻撃を制御できノーリスクで実践可能となる
【なんだとぉっ!!!】
苦し紛れに叫びながら落ちてくるオルトロスの頭へと
ダイバーエースのトリガーを引きながら剣を振り抜いた
〈ズゴォォォンッ!!〉
またしても轟音を鳴らし、爆撃によって勢いの増した剣戟がついにオルトロスの頭部を捉え
撃ち斬った
「ふっ…ふぅ」
戦いの終わりを感じたのか、光る三つ編み
もとい第三の腕もふっと消えていった
思った通り第三の腕でエクスプロッシブカートリッジ二発の攻撃は制御できる
腕への負担もさほどかかっておらず、これなら継続的に戦闘で使用できると判断できた
これはベイカーにとって大きな武器である
自身の起こした爆炎を手で払い、ベイカーがオルトロスを見やる
砂のように、黒く固まりながら
そして風に流されながらその巨大な体躯が少しずつ朽ちていく
静寂の中、やがてそれは灰のように空の方方へ散っていった
「少しは…近づいたかな。いや、これはメルファの…」
おかげだと言いたかったベイカーの背に何かが飛びついてくる
「やったな!ベイカーッ、すげぇなぁ、あっ!大丈夫か?怪我は?」
身体を揺すってメルファを振り落とすベイカー
「…平気だよ、びっくりしたな。メルファは?怪我は?」
「ああ…」
メルファが途端に俯き左手で右腕を抑える
「久しぶりに全力で投げたから…つっちまってさ…」
「無事で良かったよ、馬連れてきてくれないか?どっか繋いでるんだろ?」
「あいあいさーっ…?あれ?」
メルファの視界に、そしてベイカーもつられて振り向くとそこには
数十の兵士が整然と丘へと登ってきているところだった
「奏国の兵士か?…さっきのを倒しにきた討伐隊ってとこか、悪いけど役目をとっちまった。」
「ベイカー…こいつら今来たばっかじゃない、ベイカーがドンパチやってる時にはもう着いてたんだ、でも何もせず見てたんだぜ」
「それは…不親切だな。まぁ良いけどさ」
と言っても誰一人として反応する訳でもない
「メルファ…もしかして俺無視されてるか?」
「どんまいベイカー…」
〈ザッ〉
と奥から一人が前に進んできた
それは整列した兵士の顔ぶれと比べれば随分と若い
ベイカーらとそう変わらないだろうという几帳面そうな青年だった
それでも様子から見ると若くはあってもそれなりの地位にはあるようだと察した
「失礼、この50余りの編隊でも動かすには多少の前準備があったのでね。遅れをとるだけには足らず、客人の手を煩わせることに。お詫び申し上げます。」
丁寧な口調、そして深々と
だがどこが形式のような感は拭えずとも頭を下げた
「私はヴィンセント・ヴァレリ。奏国王ナルスダリア・エルリオンの勅命にてこのセルセイムの丘を脅かす悪魔の討伐を任されたものであります。」
「それはどうも、ご丁寧に。…客人ってのは?」
「ルグリッド公国王ルベリオ・ウェイヤード様より文が、我が王もそれを確認し丁重にもてなせと命を受けております。赤毛と頬の傷、書面にて特徴を聞いておりました、お名前を頂いても?」
「…そりゃ助かる。ベイカー・アドマイル、こっちは協力してもらってるメルファだ」
「確かに。それでは御両名、参りましょう。王都ニブルヘイズへ…我が国王がお待ちです。」