Beast of prey
時刻はやや遡り、ベイカーやメルファがガンベルで聞き込みに精を出していた頃
バリオール奏国 王都ニブルへイズ
その中心に位置するニブルへイズ城内
その王室
30m四方はあろうかという正しく大広間、豪奢な飾りや絨毯が華美かつ厳かに整然とされた空間
その中程に置かれたやはり豪奢な椅子に一人の人物が座していた
長い黒髪を悠然と揺らし、タイト且つ品のいい服に身を包み、真っ白な毛皮があしらわれた豪勢なコートをラフに肩にかけた女性
気の強そうな顔立ちというのか、意志の強そうな目でまっすぐ前を見据え
脚を組み替えながら、静かな空間に響く声で言った
「それで?」
その女性の目の前で膝を付いているのは、どうやら手紙を運んできた兵士のようだった
上等な便箋にしっかりとした蝋で止められた一通の手紙
それを捧げるように両手で掲げている
「なんと書いてある?構わんから開けてみろ」
「はっ!」
と恐れ入りながらも、丁寧に封を開けると手紙を丁重に扱いつつもその文面を読み上げた
「…」
その内容を両目を閉じ、静かに聞いていた女性は読み終わったと同時に再び目を開けた
「つまり何か?ルベリオの坊やは、その公国から奏国にやってくる赤髪の剣士の世話をしろと言っているのか?」
「いえ、そこまでは記されておりません。ただ、奏国内での活動…なにかを捜索したいとのことですが、それに関して失礼のないように予め文を送らせて頂いた。という内容であります。」
「失礼のなきようにか、あの坊やはその辺りの礼儀は流石にイグダーツの教育が行き届いていると見えるな」
両手を組み、やや口角を上げる女性
「いかがなさいますか?陛下」
と兵士がその手紙を畳み、差し出しながら尋ねた
つまりはこの女性が
この王室の主、つまりはこのバリオール奏国の王であり四大国の一角の長
ナルスダリア・エルリオンであった
「なぁに、特になにかの要請ではあるまい。ただ公国のものが勝手に私の庭をうろつくのが失礼だと思って一応の許可をとった、というだけだ。私が動く必要はない。…さがっていい、ご苦労だった」
手紙を受け取るとナルスダリアはそれを広げ確認しながら退室を促す
即座に兵は一礼し、キッチリとした動きでその部屋を後にした
「…ヴィンセント」
ナルスダリアが囁くような小さな声で呼ぶと
「ここに」
と背後から一人の青年がまるで影から滲み出たように静かに現れる
軍服を着こなしたその青年兵は港町ポーリーにいた青年兵のようだ
「どう思う?」
「恐らく文面にある事に嘘偽りはございません。しかし、正確に全てを書き綴っているわけではないかと」
「そうだな、その赤毛の剣士が探すものがなんなのか?恐らく公国軍を動かすには時間がかかる、ゆえに自由の効く個人に先行させて奏国でその何かの捜索を任せている。しかし、その何かの詳細を明かしはしないか」
「こちらに知られては不都合、ということでしょうか?」
「かも知れない、だがあの坊やにしては字が荒れているな。相当急いでこの文をしたためたのだろう…まぁだが繋がったものはある」
「先のポーリーからの伝書ですか?」
「ああ、時系列的にそのポーリーにいた赤毛の剣士が公国からきた捜索隊、ただ一人のな。そしてその捜し物を求めてガンベルか、はたまたガンベルを過ぎてこのニブルへイズに訪れるかもしれん」
「いかがなさいますか?」
「興味がある…ルベリオ坊やは端的に言えば赤毛の剣士の邪魔をするなと言いたかったのだろうが、老婆心ながらに手助けしてやらんこともない。その赤毛の剣士にコンタクトを取ってみろ、このナルスダリア・エルリオンが話を聞いてやるとな」
「陛下のお優しさ、公国の一個人に向けるのは勿体ないと思われますが…」
口調や接し方からみると青年兵は、並々ならぬ忠誠心をナルスダリアに抱いているようだ
「まぁ、打算めいた部分もあるさ。ここでルベリオの坊やの勅命を受けた赤毛に助力したとなれば、腰の低い坊やは私に貸しができたと思ってくれるだろう。恩を売っておいて損は無い」
「必要でしょうか?ルグリッド公国は四年前の左大臣の謀反において、国として大きなダメージを負っています。四年という歳月を持ってもそれは癒しきれるものではなく、公国の王は未だ若きルベリオ陛下…四大国のパワーバランスの中ではやや、見劣りするかと」
「そうとも言いきれんさ。確かに前評判はただの幼い無知な子供で、大臣であるイグダーツが実際の権限を持つものと思っていたが。二年前、わざわざ物見遊山ついでに顔を拝みに行ったときその前評判は覆された。ルベリオは…幼いながらも目に燃えるような光が宿っていた、あれは大成する。そう感じさせた」
「私も一目拝見出来れば、そう思うでしょうか」
「あぁ、同行したのはお前じゃなかったか。それに…坊やの護衛役のあの銀髪の女、あれはとんでもないぞ、澄ました顔をしていたが内に猛獣を飼っている。あれを従えているだけで公国の力量はかなり跳ね上がる…」
「公国王の剣、ですか。お手合わせ願いたいものです」
「やめておけ、遊び半分で猛獣に手を出せば無事ではすまん。それよりも早速兵を動かして赤毛を探してくれ」
「はっ!…そういえば同行者がいるという話ですがそちらはどうなさいますか?なんでも盗賊だとか…」
「任せる。」
「直ちに…失礼いたします。」
足音も聞こえず、その青年兵は去ったようで
再びその広い王室に沈黙が訪れる
一拍の静寂の後、ナルスダリア・エルリオンは
「退屈せずにすみそうだな。」
と天を仰ぎ零した
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そして時は戻り聞き込みを終え休息を取るためにベイカーとメルファは宿屋の一室に戻ってきていた
「なんで…一室しか取ってないんだよ」
ベイカーはソファに座って頭を抱えていた
馬を預けてもらうため、そして宿を取ってもらうためガンベル到着すぐにそれをメルファに任せたのだが、戻ってみると部屋を一室しか取っていないという有様
他に空室もないとのことなのでとりあえず、一旦は部屋に入室したのだが、手狭な部屋にベッドとソファ、簡易的なテーブルがあつらえられただけの簡素な部屋
「旅費だって抑えるに越したことないんだ、そんな気にすんなって。アタシがソファで寝るし、な!」
「や、いいんだ。俺がソファで寝るよ、メルファは今日大分手綱引いてくれてたからな。」
「そっか?じゃぁ甘えさせてもらうか…ベイカーって何持ち歩いてんだ?それ」
ベッドに横たわりながらも、ベイカーが外したホルスターの着いた腰巻きに何かが収められていることに気づいたメルファが尋ねる
「ん…これはお手製の爆弾みたいなもんでね。こっちのカートリッジをこいつに装填すると中の薬品同士が反応して爆発するって代物さ」
「爆弾?ずいぶん過激なもの持ってんだな、お?…もしやその剣にもそのカートリッジ付けれんのか?峰になんかそれらしいもんが…」
立てかけられた剣、ダイバーエースのその特筆すべき点にも気付く
「良く見てるな、そうだよ。こいつも同じ仕組みで爆発を起こしてその勢いを利用するんだ、こいつはトリガーで作動させれる分自由は効くけどな」
「へー!すげぇな、それベイカーが作ったのか!?」
思いがけず興味を持ったらしいメルファにベイカーは思わずポカンとした顔を向ける
「え?あ、ああ、言ったろ。機械とかそういうのが好きでさ」
「だからってそんなの聞いたことないって…なぁ?その爆弾アタシにも使える?」
「難しいもんじゃないけど危険なんだ、使えるけど使わせないぞ?」
「ええ!うら若き乙女に素手でこの厳しい世界を渡りあるけと?」
「ナイフ持ってたろ…」
「悪魔にあんなの気休めにしかなんないって、なぁいいだろー?」
「危ない真似はさせないって言ったろ?」
頑ななベイカーにメルファが口を尖らせる
「…メルファは何か荷物あるのか?なかなか年季が入った鞄だな」
メルファはメルファでなにやら荷物があるらしく、ベイカーが腰に取り付けた鞄より一回りは小さいがなかなかに使い込んだものを持っていた
「あ、あんま見んなよ。これアタシが自分で作ったからそんな立派なもんじゃないんだって」
「へぇ、器用なんだな。使い込んじゃいるけどしっかりしたもんじゃないか」
「よせよ、中身だって大したもん入ってないしな」
と言いつつ中身をゴソゴソと取り出して見せてくれた
地図やペン、白紙が何枚かに水筒
替えの服など
ただ、その中でベイカーがなんとなく目を引いた物があった
「ん?なんだその本?」
それは一冊の小さな本だった
表紙を見る限りタイトルは見えない
色褪せているからというわけではなく、そもそもタイトルが記されていないようで背表紙にもそれらしいものは見えない
「ああ、これは…ちょっとした物語の本さ。母さんから貰ったんだ、お守りみたいなもんでずっと、何回も読んでる」
表紙にそっと手を当てると、メルファはどことなく寂しそうに微笑んだ
「なんか意外だな、読書好きには見えないけど」
「いやぁ、結構好きだぜ。ただ持ち歩いてると荷物になるからなぁ」
「ふーん…さて、そろそろ休もう。上手く朝が白けるころに目覚めれたらいいけど」
「任せとけ、アタシいつもそんぐらいに目覚めるから」
誇らしげに言うとメルファは頭に巻いたバンダナを外した
さすがに休むときまでバンダナは付けっぱなしではないらしい
普段は纏められているサラリとした金髪が揺れる
「んじゃおやすみな、ベイカー。また朝に」
そう言うとメルファは布団を被り、すぐに寝息を立て始めた
「…猫みたいな奴だな。」
ベイカーもフッと笑うとソファに横になり脱いだ上着を布団代わりに目を閉じた
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その数時間後
再びバリオール奏国 王都ニブルへイズ
ニブルへイズ城内 の一室
時間は深夜を回り、周囲の音も微かなものしか響かない静かな時間
その一室の扉が極々小さな音でノックされた
「お休みのところ恐れ入ります、陛下」
次いで静かな声
滑舌こそ良いがあまりにも絞られた声量
その声が聞こえたかと言って目を覚ます者もそうはいないだろう
しかし
「構わん、入れ。」
一瞬の間に室内から反応が返ってくる
暗がりの中声をかけたものが入室すると、同時に室内の燭台、蝋燭に火が点る
その灯りに照らされてようやく、入室してきたものが青年兵であり
部屋の主が奏国王ナルスダリア・エルリオンだと分かる
「なにがあった?」
ローブの様なものを羽織ったナルスダリアはやはり寝ていたのか、うっすらと目を開け、覚ますように顔をゆっくりと横に振った
「はっ、先程報告がありまして…王都から西方の丘、セルセイムの丘にて10m超の悪魔を目撃したとの報告が入りました。」
「10m超だと?目撃したのは?」
「旅商人です、遠巻きに見ただけですので負傷等はありません。見える範囲で観察し続けた分では特に動きはなかったようですが、その周囲数百mに及びやけに気温が上がっていたそうです。」
「熱、火を操る類の悪魔かもしれんな。だとするとまさしく火急に対応する必要がある」
「暴れたりしている様子はなかったとのことですが下手に手出しせぬほうが良いのでは?」
「いや、悪魔というものは人間界に出現すると魔力が思うように使えるまで多少のラグがある。いわば身体を慣らす必要があるのさ、今がその準備だとすれば動き出すのはもう間もない…大人しいかどうかにしてもどちみち判断するために赴かなければならないだろう。兵を集めろ」
「はっ、陛下はどうなさいますか?」
「気にかかることがある、私はニブルヘイズに留まる。そちらの指揮は任せるぞ」
「奴らのことですね…どうにも最近動きが盛んに見えるのは何か意図しての事でしょうか?」
「さてな。影に潜んで姿を見せない事も可能だろうに、それがわざわざ組織の活発さを見せつけているのだとしたら…何かの前触れということは有り得んことではないだろう。その兆候を前にわざわざニブルヘイズの玉座を空けるほど愚かではないさ」
「かしこまりました。では…失礼いたします。」
そして深夜に再びの静寂が訪れる
と思いきや、兵の収集のためか、にわかに階下に音が響き出す
「待てよ…ガンベルから王都に向かっているのであれば…例の赤毛もセルセイムの丘を通るか、早急に対処してやらねば公国からの客に傷を付けることになるな。」
そうポツリと呟くと、兵に喝でも入れるべくナルスダリアも王室を後にしたのであった
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そして翌朝
いや厳密に言えばまだ深夜かもしれない時間帯
空が白み始めたころ、本人の宣言通りにメルファは目を覚ますとすぐにベイカーを揺り起こした
そして、目が薄らしか開かぬままではあるが手早い支度を澄まし
ベイカーとメルファは静かな町中を抜け、王都ニブルヘイズへと馬を駆り始めた
「ふぁぁ…寝れたか?ベイカー?」
「ああ、意外としっかり寝れた気がする。それで…王都までどのくらいかかる?」
「丸一日はかかるかなぁ。もちろんなんの問題もなけりゃぁな」
「意外と近いんだな?」
「ああ、奏国は王都ニブルヘイズが一番にできあがってからそこからのアクセスを重視して周りに町とかが出来上がったりしてるから町と町との距離はそんな離れてないんだ。…まぁ例外はあるけどな」
「例外?なんか意味深だな」
「…王都ニブルヘイズより北側にも町や村とかちょくちょくあるんだけどさ。その距離は南側にある町とかと違って距離があったり、険しい山を越えたりしなきゃいけなかったり…王都から疎遠な位置関係になっちまってんだ。そこには王都からのお恵みもないし、完全に北と南で暮らしがまるで違う」
「なんでそんなことに?…ドライセン護国みたいに過去の魔女狩りの遺恨とかの影響か?」
「うーん…それがどうも込み入った状況らしくてさ…アタシも良く分かんないんだよなぁ。でも、国王が今の高飛車女に変わってからは北側の方にも国としての支援を始めてるって話だから…まぁ分からんっ」
「へぇ、この国にも色々あるんだな。じゃぁメルファは南側の生まれか?」
「いや?北側の村だよ」
「じゃぁ、生まれた村を出て南側へ?」
「ああ、南側が栄えてるってのは知ってたからな…15の時に村を飛び出してからはご覧の盗賊家業さ」
「15の時…メルファ今いくつだ?」
「乙女に歳のこと聞くのか?恥ずかしいなぁー!」
「多分俺と近いだろ?」
「ベイカーはいくつなんだよ」
「22だ。」
「え?ホントかよ、じゃぁマジで同い年だな」
メルファが思わぬ共通点に機嫌を良くしたのか後ろから肩をバンバン叩く
「痛いって、じゃぁ七年も今みたいな暮らししてたのか」
「そゆこと、お。空が明るくなってきたな、これでようやく飛ばせそうだ」
そう言い放つと馬も待ち侘びたと言わんばかりに嘶く
「よしゃ!行くぜぇ!」
とメルファが声を上げると、手綱を握っているのはベイカーにも関わらず馬がその豪脚を振るい出した
力強く地面を蹴りあげながら、二人を乗せた馬は王都ニブルヘイズに向かって猛然と走り出した
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時を同じくして
王都ニブルヘイズでは、セルセイムの丘にて目撃されたという10m超の悪魔の討伐へと50人ほどが編隊され、今まさに出発の号令をあげていた
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そしてベイカーと奏国の悪魔討伐に編成された隊は図らずも
それぞれの存在も知らずセルセイムの丘へと向かい12時間が経った
夕刻が迫ったころ
「もうそろそろ暗くなり始めるな」
ベイカーが、飽くなきメルファの質問責めに休符をうつように呟いた
やはり話好きなのか、ガンベルを発って以降メルファは数分たりとも黙ることはなかった
だが、予想外に前日話したベイカーの剣の機構やカートリッジを組み合わせて爆発する爆弾の仕組みなど興味があるのか。それについての質問も多くあり、ベイカーも口が走ったっというのも確かだった
ミザリーを取り戻すべくと硬くなったベイカーの緊張を察して、解してくれているような
そんな些細な気遣いだともベイカーは感じていた
「おー、夕焼けだぜ。綺麗だなー…アタシ好きなんだよな、夕陽」
見ると確かに淡いオレンジの光が遠くに揺らめいていた
「そういや、ベイカーの髪もなんか夕焼けみたいな色してるよな。夕陽に頭突っ込んだのか?」
「どうやるんだよ、それ。まぁ金色ほど珍しい訳じゃないけど…確かに赤みが強いって言われるな。」
「にしたってちょっと明るいよな。」
そう言いつつ後ろからベイカーの頭をワシャワシャしてくるメルファ
「やめろやめろ、乱れるだろ」
「もう乱れてるだろ!前髪下ろしたらまた印象違うんじゃないかー?」
「くせっ毛なんだよ、どうやったって跳ね上がっちまうんだ」
「すご…頑固なんだな。…ん?」
ここからは小高い丘に沿って大きく曲がりながら登っていく道筋
よって、少し首を捻れば丘の上の方の様子が多少なり伺える
「…気のせいかな、ベイカー?この丘のてっぺんに何かいるぜ?」
「こっから見えんのか?目がいいんだな…」
メルファに言われベイカーも丘の上に目をやるが特に何も見えたりしない
「…なんだろなー?…なんかアタシはやな予感すんぜ」
「やめてくれよ、女の勘って当たるだぜ」
「それって女が言うもんじゃないのか?」
「前例ならいくらでも見てきたんでね」
とは言いつつも、ここで馬を止める訳にも今更迂回する訳にもいかない
だが
「おっ?な、なんだ?」
突如として馬がスピードを緩め、じきに立ち止まった
なにやら忙しなく身体をゆすり丘の上に視線を向けている
「お前も何か感じてんのか…なら何か居るって決まりだな…」
そういうと、ベイカーは馬から飛び降りた
「おい、どうする気だよベイカー?」
「見てくるよ、メルファは馬を頼む。落ち着いたら合図する。」
言うや否やベイカーは走り出した
「まぁベイカーなら大丈夫か…」
と走り行く後ろ姿を見送ると、メルファが再び丘の上を見上げる
「….待てよ?この位置で動いてるのが見える?」
しばし思考に時間を費やした後、メルファの脳内に浮かんだ答えは
「もしかして…めちゃデカいんじゃないか?」
気づくと同時にメルファは馬を降りると、手近な気に手早く括り付ける
「ちょ!ちょっと待ってろよ!」
と馬に伝わるかは不明なジェスチャーで指示すると
ベイカーを追って慌ただしく走り出した
「べべべベイカーッ!!マズイんじゃないのー!?」
〈ザッ!!〉
そんなベイカーはというとかなりの速度で走り、すでに丘の上にまで迫ってきていた
「ふぅ…」
何か後ろから聞こえた気がするが、それはメルファだろうとベイカーは辺りの索敵を始める
静かだ
ガンベルと王都ニブルヘイズの間にあり、行き来をするならば最短であるし、特に険しい訳でもないとの話の割には人の往来は見えない
程なく丘の頂上にたどり着いた
夕陽も沈み始めてはいるが眺望は良く、昼間ならばかなり遠くまで望めそうだとベイカーは思った
大きい木々が多少彩っている以外はほほ平地で特に異変や何かが居そうには思えない
〈ピリッ〉
静電気が小さく鳴ったような音が聞こえた
「なんだ?」
ベイカーは音こそ聞いたが、その音の元が自身の金髪だということには気づいていない
それが予兆や警報、警笛に近いものだとも知る由ももない
だがベイカーは気づいた
足元に落ちた影
いや、足元程度ではなくベイカーなど容易く飲み込むほど巨大な影に
〈ズァァンッ!!〉
その巨大なものがベイカーの居た場所へと落下してくると
丘が揺れるほどの衝撃が静寂を破った
【ァァ…?】
唸るような声が何者かから聞こえてくる
どうやら手応えの無さに気づいたようだ
5m近い体高、二足で立てば10mをも超えるだろうという体躯はしなやかにも見えるがその身体の岩のような凹凸は筋肉質であることを明確に示し、荒々しく随所に毛羽立っている黒い体毛は体毛というには硬く尖っている
不気味に光る四つの瞳を持つ巨大な犬のような獣の悪魔
「今日は見ないと思ったら…デカいのが出てきたな」
悪魔が背後を振り返ると、ベイカーが悪魔を支点に円を描くように歩いていた
【躱したか…】
「…喋んのかよ」
ベイカーは肩に提げた剣の柄を握る
喋る、という人間に取ってごく普通の行為
、つまりが人語を解す
それを悪魔がしているということに緊迫感が増すのは経験則だ
人語を解す悪魔は知能が高い、呻くだけの悪魔などとは比較にならないほどに
加えてこの体躯だ、目の前の悪魔がどれだけ危険な存在か
ベイカーは自分に言い聞かすように柄を握る力を強めた
〈ブワッ!〉
風が起こる
片手を持ち上げただけで砂埃を巻き上げる
腕1本を取っても大木のようなサイズ
「(受けは考えるな!躱せ!)」
振りかぶった悪魔の腕はベイカーの居た位置を横殴りに走った
踏み込みと合わせて振るわれるとそのリーチは10mにも及ぶ
ベイカーは敵の踏み込みに合わせて走り出し、懐に飛び込む形でそれを躱す
〈ザンッ!!〉
と風を切る音の凄まじさ
一撃さえ喰らえない
「…やっと、らしくなってきたな!」
ベイカーは腰のホルスターから大型拳銃を取り出すと真上に構えた
照準は悪魔の顎だ
〈ドゥオンッ!!〉
間髪入れずに放たれた弾丸は、狙い通りに顎に着弾し爆ぜる
その隙に股を潜り再び背後に回り込む
【グゥ…?なんだ?それは…飛び道具という訳か…】
「まぁ…流石に致命傷とは期待してなかったけどな。」
煙たがるように顔を左右に振るう様子を見ると、全く効いていないというわけではないが有効打と言うにも若干足りていなさそうだ
【同じ土俵に立ってやろう…】
悪魔がベイカーを正面に捉えると、口の中から赤い光が漏れ出す
同時に周囲の気温があがったのをベイカーは感じた
「なっ!?」
注視していると、その口内の赤い光が炎だと気づく
〈ボッ!!〉
次何が起こるかは容易く想像がつく
そして悪魔はその想像通りに火の玉をベイカーに向けて吐き出した
イメージよりも火力とその速度は早かったが
「くそっ!!」
なんとか、右方に身を投げ出し火球を躱す
しかし、地面に着弾した火球は燃え広がりベイカーに熱を感じさせた
「なにが同じ飛び道具だよ…冗談きついぜ…」
着弾した炎はいっときも燃えると次第に沈静化していっているようだ
燃焼自体の時間は長くはない、だからといってあの速度で放たれる事を思うとこれも喰らう訳にはいかない
「そろそろ…こっちの番でいいか!」
様子見は十分とベイカーは判断した
リーチのある剛腕と、口からの火球、獣らしい俊敏さもあるだろう
だがそれは一方的に受けるとなるとの話だ
こちらからも攻撃を行えば、敵の攻撃の選択肢を減らす事はできる
ベイカーは駆け出すと一直線に悪魔へと向かう
【活きがいいな!】
再び腕を振り上げベイカーを迎撃しようと構える
即座にベイカーはその振り上げた腕に向かって発砲する
〈ドゥオン!!〉
やはり、有効打ではないが僅か注意を反らすことには成功した
ベイカーはその隙に加速し、後ろ脚へとたどり着くと思い切り剣を振り切った
〈ザンッ!!〉
と鋭い音を立てると、一筋の線が悪魔の脚に刻まれ血が吹き出すように赤い結晶が飛び散る
【ヌゥッ!!】
悪魔は即座にその場で飛び上がるとベイカーを踏み潰さんと着地する
【一太刀入れられるとは思わなんだぞ、小僧】
「なるほど、俺のジャックローズの弾丸は着弾と同時に爆発する。でもお前は炎使うだけあってその皮膚は耐火の役割を持ってるから効かない…でも、物理的にはそこまで頑丈じゃないってことか」
ダメージが入ったことはベイカーにとって良い後押しとなる
ダメージが入るならば、体格差があれど倒せない相手ではない
「これなら……はっ」
ベイカーはふと、思い出し笑った
もしかしたら記憶にある彼女も自身を奮い立たせるために言葉を発していたのかも知れない
剣を肩に担ぎ、真っ直ぐ悪魔見据えてベイカーは言った
「これなら、喧嘩ができそうだな!」