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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
奪われた御伽噺
5/21

奔走

ベイカーがメルファと名乗る女性の協力を得て、共に行動を始めて二時間程が経ったころ


二人を乗せた馬は猛然と、目的地である技術者の町、又は工房の町ガンベルへ向かい走り続けていた


見た目通りの頑強な肉体を持っている馬で、二人も乗せているとは思えないほど軽やかにスピードに乗りながら地面を蹴り続けていた


奏国に着いてからここまで、まだスタートに過ぎないがそれでも順調に進んでいることは間違いない


しかし、馬の手綱を握るベイカーはどこかげんなりとした顔でため息をついていた


その理由は


「なぁなぁ、そんで?そのミザって子とはただの幼馴染なのか?」


馬に揺られているだけが退屈なのか、話好きなのか、はたまたその両方なのか

とにかく質問攻めにしてくるメルファだった


「もういいだろ、別に詳しく話すようなこたないんだって…そういうメルファは?なんで盗賊なんてやってんだよ?」


こうなったら矛先を変えるしかない

聞く側じゃなくて話す側にすれば、根掘り葉掘り聞かれずには済むだろうとベイカーは逆に問い返すことにした


「あらぁ?気になる、アタシがサンセット盗賊団に居る理由が?」


「ん?なんだ、一匹狼ってわけじゃないのか…仲間が?」


「そっか、今朝奏国に着いたばっかじゃ聞いたことないか。アタシは泣く子も黙るサンセット盗賊団の一員なのさ」


「サンセット盗賊団…そんなに有名なのか?」


「まぁな、50人ぐらいで構成されてて奏国だけじゃなくて、四大国規模で考えても相当でかい盗賊団さ。有名になったのはここ数年のことだけどな」


「よくもまぁそんな大所帯で盗賊なんてやるもんだよ。そんなら軍も憲兵もほっとかないだろ?」


後ろのメルファの様子は見えないがなにやら得意げな顔はその話口調から容易く浮かぶ


「ところが、全く尻尾が掴めないから国も手が出せないんだなぁこれが。奏国の至るところで被害は出ているんだけど、その実体や実行犯を目撃したものは露もいない。ただ被害が出たって現実と人の噂だけが広まってんのさ」


「…君がその一員ねぇ…とてもじゃないけどそうは思えないな。」


神出鬼没とはかけ離れた立ち振る舞い、出で立ちと性格

どうにも信じ難いとベイカーは眉を顰めた


「褒めてんのか?でも根っからの悪党って訳でもないのさ。被害に遭ってんのはどっかしら悪い噂を持ってる商人やら、必要以上に物資をかき集め流通を止めてホントに必要な人らの足元見る金の亡者とか、ま、要するに真っ当な奴らじゃないってことだ。」


「義賊ってやつか…だとしたら妙だな?」


「へ?なにが?」


「なんで俺の荷物をスったんだ?」


「見ろよベイカー、あの雲でかいパンみたいじゃないか?」


「話の逸らし方が下手すぎるだろ…」


「いやぁ…だって人も起きてない時間帯にあんな路地に剣持った見知らぬヤツがうろついてたらまぁまぁ怪しいって」


だからといってスリを行うにしては苦しい言い訳ではある


とは言ってもスリ行為について一度追求しないと言った手前ベイカーはこれ以上の言及はしなかった


「そういや、奏国には金髪は珍しくないって思ってたんだけど。それにしてはポーリーじゃ全然…っていうか君しか見てないけどそんなもんなのか?」


「ん?まぁちょくちょくはいるぜ、珍しいっちゃぁ珍しいけどそれでも町に1人くらいはいるんじゃないかな。アタシほどまっ金金なのは稀だけどな」


確かに、当人が自覚しているだけのことはある


日が登り明るくなってくるとメルファの髪はその陽射しを受けてより鮮やかに光り輝いて見えた


バンダナを巻いているのは、盗賊という立場上少しでも目立たなくするためなのかとも思い当たるほどだ


懐かしい鮮やかな金髪

髪色が似ているというだけでこんなにも影が重なるものかとベイカーは顎に手をやった


「それを言うならベイカーの髪こそなんでちょっと金色なんだよ?公国に金髪がいるなんて初耳だぜ、そういう血縁か?」


「いや、俺のは後天的っていうか。まぁ訳ありさ…どうにも説明しづらいんでな…ん?」


突然馬の速度が緩み始める


なにか不調かと前方を注視すると、何やら低空で飛行している影が見えた


やけに尖った嘴と胴体の倍以上あるアンバランスなほど大きな翼


申し訳程度に翼の先に熊手のような小さな手が見える


鳥型の悪魔だ


いつからこちらに狙いをつけているのか、3mほどの高さをまっすぐに突っ込んでくる


「うお!なんだありゃ!どうするベイカー!?」


ベイカー越しに悪魔を見たメルファがベイカーの両肩をぐわんぐわん揺らす


「おい揺らすなって、このままじゃぶつかっちまう。ちょっと手綱持っててくれ」


身体を捻り、メルファに手綱を渡すとベイカーは馬の背に片足立ちになった


「えっ!アタシ手綱なんて分かんないって!?」


「悪いけど堪えてくれ」


バランスをとりながら馬の首をポンポンと叩くと

馬が地を蹴り、悪魔目掛けて再び走り出す


目前10mまで迫った悪魔が巨大な嘴を構え上げる、それを叩きつけて落馬させるつもりらしい


「ついでにちょっとうるさくするぜ」


ベイカーは腰のホルスターに手を伸ばすと、流れるように六連装の拳銃を取り出し即座に悪魔の嘴に狙いを定め、発砲した。


〈ドゥオンッ!!〉


独特な発砲音を鳴らし飛び出した弾丸は、見事に嘴に命中し2m弱規模の爆発を起こした


鳥型なだけに見た目よりも体重が軽いらしく、迎え撃たれたその威力に更に1mほど押し上げられた悪魔


その真下を馬が勢いよく通り抜けていく

しかし通り抜けていく馬には焦った顔で手綱を握るメルファの姿しかなかった


ベイカーはというと、爆風を振り払おうともがく悪魔のすぐ前に飛び上がっていた


ベイカーの存在に気づいた悪魔が今度こそ叩き落とそうと再び嘴を持ち上げ


そして


〈ブンッ!!〉


と瞬時にベイカー目掛けて振り下ろす


だがその嘴に合わせて身体を回転させベイカーに躱されると、逆に悪魔は自身が嘴を振り下ろした勢いを殺せず高度を落とす


「丁度良いとこに頭がきたな!」


身体を回転させた勢いを乗せ、その悪魔の頭部に剣を振り下ろす


〈ドシャッ!!〉


と手応えこそあったが、両断するには至らない

と見るやベイカーは再び身体を回転させもう一度、今度は先程よりも回転による遠心力を乗せた一撃を見舞った


〈ズァンッ!!〉


一撃目と全く同じ箇所に振り下ろされた剣戟はその頭部を今度こそ砕いた


悪魔は落下しながらも砕けた氷のように細かい破片になり、それが地に届く前にその全てが消えた


〈ドシャッ〉


器用に体勢を整え着地したベイカーは辺りを見回す


「おーい!メルファ!どこだー?」


荒馬に、手綱を握ったことのないメルファ

どこに突っ走ってもおかしくはない組み合わせ


飛び出したのは早計だったかと姿を探していると


「おーい!ベイカー!見てくれよー、なんか操れてる!」


とメルファが手綱を握りご機嫌に駆けてくるのが目に入った


案ずるより産むが易し、か実際に手綱を握ってみたら上手くいったらしい


「あれ?さっきのデカい鳥は?」


「倒したよ、見てなかったのか」


「急に手綱任されて絶体絶命だったんだ、そんな余裕あるかよ。にしても、悪魔か…鳥肉でも取れりゃ良かったけどな」


「食事の心配か…ガンベルに着くのはどんくらいになりそうだ?」


「夕方頃には着くと思うぜ、こんな風に悪魔に足をとられてばっかじゃお腹減って倒れちまうけどな」


「もうちょっと辛抱だな…乗せてくれ。後ろでいいか?」


「ああいいぜ。華麗な手綱捌き見せてやるよ」


再び馬に乗り上げると、改めてガンベルへと進路を取る


そして、そのまま暫く走り続けたころベイカーが話しかけた


「そういや、メルファ…どっか身体悪いのか?」


ベイカーは港町ポーリーを出る直前のことを思い出し訊ねてみた

もし、重篤ならばあまり無理をさせられないと今更ではあるがそう考えての質問だ


「ん?ぁあさっきの気にしてんのか、もう平気だって言ったろ?思いのほかベイカーが振り切れなくてちょっと無理して走ってバテちゃっただけだよ」


「本当かよ…まぁそりゃ悪かったけど、なんかあんなら言ってくれよ?無理させたい訳じゃないんだ」


「なんだそりゃ…もしかして…」


「もしかして…なんだよ?」


グインと身体を捻ってベイカーを振り向くメルファ


「アタシに気があんのか?」


「はぁ…会ったばっかでんなことあるかよ」


「そりゃアタシみたいなべっぴんさん公国にもいないだろうけど、いくらなんでも気が早いって」


「…いるよ。公国にも」


「はぁん?」


「だぁ!もうんな事いいだろ、それより奏国も結構悪魔が出るんだな…この数時間でもう2体目だ」


「え、疫病神だって言ってる?」


「そうじゃないって、実際多いのか?」


「まぁ特別奏国が少ない多いはないと思うぜ、いくら海で離れてるっても泳げる悪魔も飛べる悪魔もいるし…なんだったらあいつら地面から湧いて出たりもするだろ?変わんないさ、どこも」


口ぶりからするにメルファも相当数の悪魔を見てきたようだ


「そうか、でもそれなら単独行動してんのは危ないだろ?今はたまたまか?」


「基本は1人さ、ゾロゾロ集まってたら目立つし動きづらいしな。まぁ…危ないのは間違いないかも知れないけど、知ってるだろ?逃げ足は早いんだ。それでなんとか逃げ切ってんのさ、あんなの相手にしてりゃ身体がいくつあっても足んないさ」


「まぁ、あの脚の速さなら…」


「女一人で旅すんのが危険だなんて百も承知!弱いもんを狙うのなんて…人も悪魔も変わんねぇしな。それでもアタシはそれなりの覚悟持ってやってんだ、盗賊だなんだの前に一人の女として、この仕事はキッチリやり遂げてやるから心配すんな!」


「わかった。ならきっちり仕事してもらうさ、他に頼るあてもないしな」


「よっしゃ!そんじゃ飛ばすぜ!」


「へ?」


すでにかなりの速度が出ていると思っていたが、メルファが手綱を操ると二人を乗せた馬は更にその脚を早めた


「おわ!マジかよ!」


余りの速度にベイカーはバランスを取ることに従事され始めるが、思い切りその剛脚を振るえる馬と向かい風に目を細めつつもそれを楽しんでいる様子のメルファ


ベイカーは口を出すのも野暮だとただその揺れに身を任せた


_______________


そのほぼ同時刻


ベイカー達が去った港町ポーリーには再びの来客があった


それは薄黒色の軍服を身にまとった青年

奏国 王都ニブルへイズからの巡回だった


未だ二十代でのようだが、剣を携え、その軍服の腕章は特使兵であることを表す赤い剣の刺繍が施されている


特使兵とは、奏国王 ナルスダリア・エルリオンによって特設された制度であり


軍兵ではあるものの奏国王の直接の指示によって動く極々限られた者達


つまり、その青年は奏国王直属の精鋭だ

傍らに佇んでいる白馬がより清廉された雰囲気を醸し出している


「それで、ポーリーにはこれといった異変は見られませんか?なにか変わったことや気になることは?」


どうやら町の人々に聞き込みをしているようだ


「何もありませんよ、つい昨日ルグリッド公国からの貨物船が着港して忙しいってのはありますけどねぇ」


額の汗を手拭いで拭きながら答えているのは港の作業員だ

未だ慌ただしく荷物の整理が行われている港を視線で促す


「そうですか、ご協力感謝します」


と青年が手帳を畳み、調査を終えようとしていた青年のもとへ中年女性が小走りでかけて来た

ベイカーがメルファを介抱するために利用した宿屋の女将だ


「兵隊さん、ここは平和ですよぉ」


と駆けてくるやいなや早口で捲し立ててくる、どうやら話好きであるらしくその王都からの来客に話の種でも仕入れたいのか

王都の様子はどうだの、何か事件は起きてないのかだの、立場を逆転させてまで娯楽を得ようとしている


「申し訳ありませんが、次がありますので!」


辟易した青年兵は、手で制止しながらその場を後にしようと踵を返す


「ああ!そういえば!」


なんとか食い下がりたいのか、女将が声を張り上げる


「…なんですか?」


嬌声に顔を顰めながらも青年兵が顔を女将に向き直す


「今朝方、見慣れない若者が現れてねえ。ちょうど兵隊さんぐらいの歳の!」


「それだけなら…特別珍しいわけでは…」


「いえいえ、それが剣を背負って、兵隊さんのより余程大きな剣でねぇ、それに赤茶の髪なのに前髪がちょっと金色なんです!変わってるでしょう?」


「金髪…女性ですか?」


「いえー、男の子ですよ!珍しいなって思って、それに」


「それに?」


「一緒にいた子も訳ありというか、ここらじゃ盗賊だって言われてる娘でねぇ。どういう間柄かわかりませんけど、馬貸しから馬を借りて一緒にガンベルへ向かったんですって」


「赤茶髪の剣士と盗賊の女?…どうにも気になるな、ガンベルへ行ったというのは確かですか?」


「ええ、馬貸しにそう話してたらしいので。なにか分かったらまた教えてくださいね」


「お約束はできません。」


淡々と言い放つと、青年兵は手早く馬に跨った

馬上で手帳を開くと、素早く何かを書き記し、指笛を鳴らす


程なく青年兵の肩へとどこからやってきたのか、一羽の鳥が舞い降りてくる


その嘴に木の身をそっと差し出すと鳥はそそくさと啄み出す

その間に脚へと先ほどのページを丁寧にちぎり取りくくり付けると


「さぁ我が陛下の元へ…」


と空を指さした


鳥はそれを合図に羽ばたき、青年兵の指さした方向へと真っ直ぐに飛行を始めた


「ガンベル…追いつけるか?」


もはや、宿屋の女将も目に入らない様子の青年兵は手綱を握ると時が惜しいと言わんばかりに馬を走らせた


後に残された女将は話し相手も見つからず、話の種も手に入らずで、さぞ退屈そうに宿屋に戻って行ったのであった


________________


そしてその5時間後


短い夕方の時を終え、すっかり夕陽も落ち夜に染まりはじめた頃


ベイカーとメルファを乗せた馬はガンベルの目と鼻の先に来ていた


「ぎりぎり夜に間に合ったな!もう腹減って動けやしないや」


手綱を引くメルファがうなだれながら、やっと見えてきた町の灯りへと最後のひと押しと馬を加速させる


「まぁ乗ってるだけで動いてやしないんだけどな、でも確かにご飯は食べなきゃだし情報収集の前に何かお腹に入れよう」


「奢ってくれるのか?」


チラっと伺うようにメルファはベイカーを振り返った


「ああ、必要経費ってやつだ。」


「ベイカー…様ってつけた方がいい?」


「現金なやつだ…んなこといいから食事の後は手伝ってもらうぞ」


「任せとけって、じゃぁ町入ってすぐの宿屋に馬預けれるからまずはそこでこいつにも休んで貰わないとな」


半日程をかなりのペースで進んでこれたのもこの馬の健脚があってのものだ


メルファが首を撫でながらここまでの労を労う


「そうだな、ひとまずこいつの仕事は今日はここまでだ。」


そうこういっている間に町の入口に差し掛かる


高さ3m超の木の柵、丸太を立てかけたような柵に囲まれており町への入口のために横幅10mほどの門がこちらへ向いていた



ここまで近づくと町の喧騒が耳に入ってき始めその賑やかさが一風変わったものだと気付く


人の話し声や雑踏などの賑やかさは勿論あるのだが、それに混じって聞こえてくるのは金属を叩くような音やなにかを溶接するような音、いわゆる工業的な音が多いようだ


「へぇ…これが工房の町ガンベルか…」


「なんだ?興味津々そうだな?」


「まぁね、機械とかそういうのは子供の頃から教わったりしてて趣味っていうか好きなんだ」


「ふーん、そういやベイカーの剣もただの剣じゃないよな?まさか自分で作ったのか?」


「ああ、…まぁその話はいいだろ。宿屋に向かおう」


ふっと、話題を逸らそうとしたのはベイカーなりの配慮だった


好きな事、機械工学の話になるとベイカーはついつい口が走ってしまい、その聞き手を置いてけぼりにしてしまうことが多々あった


昔は良く機械の話に熱が入り、ミザリーを呆れさせていたものだ


それゆえ女子にとって機械関係のものが面白い話では無いという自覚があったからだった


「へーん?ま、いいか。そら、そこが宿屋だ。降りようぜベイカー」


と言った時にはベイカーはすでに飛び降り、着地し周りを見回していた


ポーリーよりもかなり広い町で、人口も時間帯が違うとはいえ随分差があるように見える


事実港町であるポーリーには

立ち寄る商船や貨物船の乗組員達が多数入れ替わりで宿泊や停泊しているため、それなりの人口がいるように見えるが実際町の人間として居住している者は百人程度しかいない


ベイカーが着いたのが早朝ということもあったにしろ、そもそもの人口に大きな差がありガンベルには千人ほどの人が居住しているということだ


そして工房の町としても前評判通り栄えているようで見える建物や家屋は多くが作業用の工房らしくそれぞれの佇まいで町を賑い、工房の町たらしめている


勿論工房のみならず、宿屋や食事ができる飯屋や酒場など、様々な店も立ち並んでいた


技術者でもあるベイカーは軒並みに見える公国では見かけない造作物に興味を取られ、束の間視線を走らされた


「ベイカー、馬預けてくるからな!良い子で待ってろよ!」


そんなベイカーに声をかけると小走りでメルファは宿屋の中に入り何やら声をかけ、隣接している馬小屋へと馬の手綱を引き連れていった


「こんな時じゃなけりゃ…楽しい町だろうに」


ベイカーが好奇の視線を止められないでいると、やはり小走りでメルファが馬を繋いで戻ってきた


こちらもこちらで


「とりあえずご飯にしようぜ!これ以上お腹引き締まったら砂時計みたいになっちまうよ」


空腹の限界らしい

そう言えばではあるが、メルファは出会ってから十数時間水以外口にしていない


ベイカーも同じではあるが、船から降りる際たらふく詰め込んでおいた分まだマシではあるがもちろん空腹は感じる


「あ、悪い。どこか案内してくれよ。来たことあるんだろ?」


「もう決めてある!てかほら見えてるだろ、あっこの屋台でいつも鶏焼いてんだ。」


見ると確かに、通路の真ん中になかなか立派な屋台が立っており


そこから立ち上る煙や風に流れてくる匂いは空腹を際立たせる

屋台の前にはそこで買ったらしい鶏肉を美味そうに食べる工房の職人の姿まで見える



「よし、行こうか。」


ベイカーとメルファは揃って早歩きでその屋台へと向かった


そして、数十分後


二人は手近な丸太の椅子に座り、屋台で買った鶏肉や野菜で食事を終えた


「もう…動けないよ。ベイカー…好きにして…」


「何言ってんだい、良くもまぁそんな細い身体であれだけ食べたな」


とベイカーが感心したのも無理もなく

メルファは細身の女性であるにも関わらず丸鶏をそのまま一匹、健康の為とそれなりの量の焼き野菜も合わせて一人で食したのだ


食べた量で言えばベイカーとそう変わらないほど


「今後こんな落ち着いて食べる機会ないかもしんないだろ?それに普段はこんな良いもん食べれないし…あ、ご馳走様なベイカー!」


「どういたしまして、で?動けるか、メルファ?」


「おうよ、んで、聞き込みだけどな」


「うん?」


「このガンベルはご覧の通り、木の柵に囲われてて入口は東西の門しかない。まぁ隙間とか通れたりするかもしんないけど馬車はそうはいかない。アタシらが来たこっちの門の辺りから順繰りにやっていこう」


「そうだな、破損してるんなら入口から近い工房に駆け込むはずだ。手分けしてやろう、何かあったら合図してくれ」


「イエッサー!」


と意気込むとメルファは早速、手近な工房へと駆け込んでいった


「よし、やるか。」


ベイカーも次いで、メルファの聞き込みしているのと反対側の商店へと向かって歩き出した



その2時間後


「おかしいな…」


ベイカーは聞き込みを続ける中、思ったように証言が得られないことに疑問を感じ始めた


確かにこのガンベルという町は広い

路地が何本もあり、人の往来もそれなりに多く該当のものではないが馬車とも幾度となくすれ違った


しかし行方を知るものはもちろん、その姿を見たものにさえ行き当たらないのだ


入ってきた西門からすでに町の半分も聞き込み、過ぎている


メルファからも情報に当たったなどという連絡もなく再び焦りが生まれ始める


ここにいないとなると、王都へ向かった可能性さえ薄くなる

そうなれば、件の馬車の行先の当てがなくなり相当なタイムロス

ならばまだ良いが、下手をすれば取り返しのつかない状態になる恐れさえある


ここで馬車を見つける、或いは次の行先の見当をつける。そのどちらかが必須なのだ


そのときだった


「んベェイカァーーッ!!」


突然大声が聞こえた

夜を裂いて聞こえた声に町の人々も一体何事かとそちらを振り向いている


ベイカーもそちらを向くと、当然と言えば当然だがメルファがこちらへと駆けてきていた


慌てているのは、十分伝わるがそれはそれもして


「どうしたんだ?何かあったら合図しろって言ったろ?」


ベイカーの元にたどり着き、両膝に手を付き息を落ち着かせているメルファ


ベイカーは水筒を取り出すとメルファに差し出した


それを受け取るとメルファは中の水を軽く流し込むと、やっと呼吸が落ち着いてくる


「ごめんな、ベイカー!あの馬車この町の中にいないんだ、見当違いだった!」


「なにか分かったのか?」


「ああ、ずっと町の人に聞き込んでたんだけどからっきしでさ。向こう側、つまり王都からこのガンベルに来たって馬車にも一応って、聞いてみたらそれらしい馬車とすれ違ったって言うんだ!」


「じゃぁあの馬車は修理もせずに。そのまま王都に向かったのか」


「目撃情報がないとこ見ると、傍を通りはしたんだろうけど町の中にまでは入ってなかったんだと思う。その馬車、妙にぐらついてたって話だったし」


「…?」


修理をする、という予想から外れはしたがルートに間違いはなかった


しかし、やけに表情の暗いメルファに気付く


「メルファ…なんでそんな落ち込んでるんだよ?」


「いやだって…聞き込みに時間使わせちゃったしこれでもしベイカーが幼馴染取り戻せなかったら…悪いなって」


「…何言ってんだ。王都に向かったって線が濃くなったんだ、それにメルファがその馬車に話聞いてなかったらもっと時間かかってたし、王都に向かったとも思わなかったかも知れない。結果オーライさ」


「そ、そっか?よし…なら馬連れてくるよ、待ってくれ」


「いや、俺達も少し休もう。もう夜も更けるし今日は月も出てないから暗い、空が白けるまでは身体を休めよう」


「おう、それもそうか。なら宿戻ろうぜ!」


そそくさと宿屋の方へ歩き出すメルファ

その後ろ姿にベイカーは不思議な違和感を覚えていた


と、いうよりはずっと感じていることだ


「(悪人じゃないよな。どっちかっていうと善人…それも)」


「ほら。急げベイカー、早く戻って少しでも多く休憩すんだ」


「分かってるよ、ったく」


思わず笑みが零れる


「(…ミザと気が合いそうだな)」

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