盗賊と契約
「金色の髪か…」
ベイカーがポツリ呟いた
公国では茶系の髪や赤系の髪色が多い。それは武国や護国でも同じだが、奏国には金色の髪を持ったものがいる
しかし皆が皆そうではないということらしく、この宿の女将や窓から見える人たちは茶系の髪色が多く決して金髪の割合が他の髪色より多いという訳ではないようだ
だがそれでもベイカーにとって一番馴染み深いのが金色の髪だった
「(ミザの髪色…)」
と、どこか感慨深くなっていると
「いつの間にアタシは宿に連れ込まれてんだ?」
いつの間に落ち着いたのか、顔だけをこちらに向け女性がベイカーに話しかけてきた
「人聞きが悪いな…急に倒れ込んだんで一応ね。今医者を呼んでくれてる…寝てた方がいい」
「あー。良い良い!もう平気だから…」
女性は身体を起こすと額に乗っていた布を桶に戻し立ち上がる
「そんな訳ないだろ、あんなに苦しんでたのに…」
ベイカーの制止も構わず早足で部屋を飛び出すと、そのまま宿屋を出ていく
放っておくわけにもいかないベイカーも急いで部屋を出ると店先にいた宿屋の女将に代金を渡し、後を追った
再び路地のほうへと入って行く女性は先程苦しんでいたのが嘘のように身軽に歩いている
どうやら本人の言うように体調は問題ないのだろうかと、ベイカーが考えていると
女性がくるりとベイカーに振り返った
「いつまでついてくんだよ?引っ捕らえようってか?」
「は?…何の話だよ?」
ベイカーの返答に女性はポカンとした表情を浮かべた
「もう忘れたのかよ?人助けに夢中で?…とんだお人好しだな…」
そこまで言われてベイカーはやっと思い出した
「ああ、そういや君スリだったな。」
「スリなんてケチくさい呼び方すんなっての!アタシは盗賊だ盗賊!」
どうやら何かしらプライドの線引きがあるようでスリ呼ばわりに憤慨し始めた
「…何が違うんだよそれ」
はぁ、と息を一つつくとベイカーは
「まぁ、もう身体は大丈夫なんだな?スリのことは…」
「盗賊だ!」
「ああ、盗賊に一瞬財布取られたのももう気にしてないし軍やら憲兵に突き出す気もない。俺は急いでんだ、だからもういいな?」
悪名でも響いているのだろうか、女将の態度の理由がなんとなくわかったなとベイカーは思った
「ん?そりゃ良いけどさ…そういや腕が立つのにアンタみたいな奴の話はここぞ聞いたことない、港町にいるってことは…アンタこの国のもんじゃないだろ?」
「そうだけど…」
「急ぐってなんか困り事か?…うん、そうだな!」
不意にずいずいとベイカーに近づき出す
窃盗を咎められないと分かった途端、現金なものである。
「アンタにゃ貸しも、まぁ一応恩もある!なんか困ってるなら話ぐらい聞いてやってもいいぜっ」
「は?…盗賊でも恩に着るってことがあんのかよ。」
「あるだろ、そりゃ。まぁまぁ聞かせて見ろって、奏国なら大体の土地は回ってんだ。土地勘ないままじゃ何するにも不便だろ?」
頭を掻きながらベイカーは悩んだ
本当に信頼しうるのか、スリ、もとい盗賊という名乗りからの不信感はどうにも拭えない
が、今は情報が一つでも欲しいのも確かだ
「分かった。4時間、5時間前ぐらいだと思う。ルグリッド公国からこの港町に貨物船が着いた、その貨物船に乗ってたはずの黒い馬車。そのゆくえが知りたい」
「あぁ………ああ、確かに降りて来てたな。荷馬車だろ?」
「見たのか!?」
思わず詰め寄ったベイカーに女性が驚く
「あ、あぁ見たよ。夜中何の気なしに港ブラブラしてた時にな、陽射しもないのに頭からローブ被った奴が手綱引いてたから何か気にはなったんだよな。」
「何処に行ったか分かるか?どんな奴だ?」
「そこまではなぁ…怪しかったからあんまり深追いすることもなかったし。ローブ被ってる他に目を引く特徴もなかったと思う」
「そうか…でもここに着いたってことが分かったまでは良い収穫だ」
港町を探す、そう思ってベイカーが踵をかえす
「待て待て待て、多分その馬車はもうポーリーにはいないと思うぜ」
「え?分かんないだろ?」
「人の話は最後まで聞きなぁ?」
せっかちに見えたのか、諭すように女性は手振りで落ち着けと示す
「その馬車、どこか破損してるみたいなんだよ。見た感じ、走り方がぎこちないってか…車輪か、その軸か、詳しくはわかんないけど完全な状態じゃないってのは素人目にも分かるぐらいだった」
「破損…?」
ベイカーの頭に浮かんだのはロワールの事だった
公国王都ソーデラルから抜けた馬車を追跡し、そして重傷を追ったことから戦闘行為が行われたことは間違いない
その馬車の破損は、わずかでもその逃走を妨害しようとしたロワールの決死の抵抗の跡かもしれない
「(ロワール…)」
「…おーい?聞いてる?」
「あぁ、それで破損してるなら港町で修理か何かしてる可能性もあるだろ?なんでここにもう居ないって言えるんだ?」
「そりゃ修理できるようなとこはあるさ。1箇所だけな?」
「じゃぁそこにいるかも…」
女性は親指を立てるとその指で、2人のすぐ側にある小屋へとベイカーの視線を促した
軒並み建っている家屋と比べて一回り程は大きいが一階部分が作業場のようでくり抜かれたような造りとなっている
そこには修理中の棚やら小さな手押し車やらが置かれている
しかし、そこに馬車のような大きなものは到底見当たらない
「な?ここにないならもうないんだよ。その馬車は多分、東のほうにあるガンベルってとこに行ったんじゃないかと思う。そこそこ大きな町だし、何よりあそこは工房や職人が多いってんで、修理場所には困らないだろうし。なんだったら、その馬車もそもそもガンベルで造られた可能性だってあるしな。んで仮に!そいつの最終目的地が王都だってんなら、地図でポーリーと王都を結ぶと丁度その通りみちにあるのがガンベルだ。」
「…なるほど。遠いのか?」
「歩きゃぁな?馬だと半日もあれば見えてくるんじゃないかな?」
確定ではない、だが女性が示した予測はベイカーにも可能性の高さを感じさせる
「よし、ありがとう!助かったよ、これで貸し借りはなしってことで。」
「…なぁ?その馬車に何があんだ?確かに物は良さそうだったけど、まさか馬車自体が目的な訳じゃないだろ?」
「…幼馴染だ。俺の幼馴染が拐われてる、あの馬車の中に…」
言うつもりはなかった
だが不思議と口をついて出てしまった
ベイカーの目的
ギュッと握り締めたその拳に現れた必死さに女性が気づく
そして
「んん!よしゃ!分かった!」
突然声を張り上げた女性にベイカーは慌てた
「な、なんだよ?」
「アタシが手ぇ貸してやる!これは恩だの貸し借りだのじゃない!契約だ」
「契約?」
「だからぁ、アタシが道案内だの情報収集だの色々手伝ってやるっつってんだよ。で、アンタが無事幼馴染を取り戻せたら報酬くれ!ってこと」
「仕事として、俺を手伝ってくれるっていうのか?盗賊にしては割と真っ当な提案だな…」
「そりゃ正当な報酬でご飯食べれるに越したことないだろ?どうだ?アタシは役に立つぜ、それに…」
「それに…?」
「華がある!」
なにやら自信満々に腕を組んでいる
確かに顔立ちは整っているしスタイルもしなやかである
それを自覚している驕りが見えはするものの
「はぁ…さいですか」
ベイカーはなんとなくこの女性の押しの強い雰囲気に幼馴染の姿を重ねた
だからと言う訳では無いが
腰に下げた鞄の中から、革袋を取り出すと中から金貨を一枚取り出し
〈キンッ〉
それを指で女性へと弾き渡した
「おっとっと…これは?」
受け取った金貨を指で挟みヒラヒラさせながらベイカーへと問う
「前金だ、無事ミザを取り戻せたら帰りの船賃以外は全部やる。」
「へぇー!気前いいじゃん、これは一肌脱がなきゃな?」
「ただ危険なことはするな、情報収集と案内で手を貸してくれればいい。荒事は俺がやる、いいな?」
「オッケー!決まりだ!アタシはメルファ、あんた名前は?」
「ベイカー・アドマイルだ」
ベイカーが名乗ると同時にメルファと名乗った女性は握手を求めてきた
「よろしくな?ベイカー」
「ああ、力貸してくれ」
「んで?その幼馴染がミザって名前な訳だな?」
「とりあえず動きながらでいいか?最速でガンベルに行くのはどうすればいい?」
メルファを促しながら辺りを見回す
少しずつ人の姿が目に入り始めたところを見ると意外に町自体の目覚めは早そうだ
「ここから列車なんて気の利いたもんはないから馬がいいかな、馬貸しなら町の端にいるぜ」
「よし、行こう」
メルファの指差した方へと、目を向けるとベイカーは早足で歩き出す
「にしても戦い慣れてんのか?さっきの悪魔だってアッサリやっちまうし…もしかして兵士だったり?」
「いいや、でも兵士達と一緒に訓練を受けてたんだ。ろくに戦えないうちから場数だけは踏んでたからそれなりにはやれるさ」
「へぇ、っと、あそこだ。今ちょうど馬主のおっちゃんが出てきたとこ」
見ると視界の先、小屋のような厩舎から帽子を被った中年男性が干し草を抱え路地へ出てきた所だった
向こうも朝からこちらへ歩みよってくる若い2人に気が付き、干し草を下ろすと帽子を脱ぎながら声をかけて来た
「おはよう、おふたりさんって…あんたはスリの?」
ベイカーの背後のメルファに気づくと中年男性は少し眉をしかめる
「盗賊だってぇの、ったく、そんな嫌な顔しなくてもいいだろ」
「至極真っ当な反応だろ。彼女に聞いて来たんだ、馬を借りたい」
どうやら自称盗賊のメルファよりは怪しまれていないらしく、客ということが分かってか
気持ち馬貸しの表情が和らぐ
「ああ、そういうことか。どこまで行く気だい?」
「ガンベルまで、場合によっちゃもう少し借りるかも知れない。良いか?」
「代金さえ貰えりゃね。うちは前金として馬代を預かる、無事馬を返して貰えれば預かってた馬代から日割の代金を差し引いた分を返すって仕組みだ」
「なるほど、極論馬が返って来なくても損はしないってことか。分かった」
「あっ、一頭でいいぜベイカー?アタシ馬乗ったことないから操れない、あんたの後ろ乗るからよ」
「…ならできれば脚の速いタフな馬がいいんだけど、足りるか?」
ベイカーは腰の鞄から、革袋を取り出し金貨を一枚取ると馬貸しに差し出す
「えっ、ああ、十分だよ。そんなら…おあつらえ向きなのがいるけど気が荒いんでなぁ」
「構わない、見せてくれないか?」
「よし、入ってくれ。」
馬貸しが厩舎の中へとベイカーを招き入れる
「奥にいるやつだ、こないだ知り合いから譲ってもらったんだが…身体はデカいし気性の荒らさも相まって扱い辛いが脚はここらで一番早い。…手綱さえ握れりゃな」
少しずつベイカーが近づくと、周りの馬は大人しく様子を伺っているくらいだがその馬だけは違った
蹄で地面を削り、息荒く唸っている
だがその体躯は見事なもので筋骨隆々、堂々猛々しい姿勢と相まって他の馬と比べて一回りも大きく見えるほどだ
「こりゃぁ…すごいな。でもこいつがいい」
ベイカーが手綱を握ろうとするも
〈ブルルッ!!〉
息荒く前脚で身体を跳ね上げ威嚇してくる
「うお!…こいつ…」
慌て一歩引くベイカー
しかし、そんなベイカーの脇をすり抜けメルファが馬に近付く
「だめだめベイカー、任しとけって」
「おい、危な…」
とベイカーが注意を促すより早く、メルファは馬の首をさすりながらしっかりと目を合わせていた
「いきなり無礼だよなぁ、お前もこんなとこで大人しくできるタチじゃないんだろ?」
メルファが話しかけると程なく馬の荒い息遣いが落ち着き、じっとメルファを見つめ始めた
「思いっきり走らせてやる、そのついでにアタシらを乗せてくれ、いいか?」
頷くように馬は軽く頭を下げると、メルファがさりげなく手にとっていた手綱に引かれるままに歩き出した
「驚いたな…でも前にも…こんなことあった」
「ま、馬にも美的感覚はあるってこと。さ、行こうぜ」
呆気に取られている馬貸しやベイカーを横目にメルファは悠々と手綱を引き厩舎を出た
後を追って路地に出ると、もうすっかり明るくなり人も動き始め本格的に一日の始まりを感じさせていた
「おし!乗れ、ベイカー」
明るいところで見るとやはりでかいその馬へ、メルファが乗れと指示する
すでに鞍も付けられており、馬の準備は万全のようだ
「ぁあ…ふっ!と…」
ベイカーが身軽に飛び乗るのを見守るとメルファが腕を伸ばす
「手伝ってくれ…っと」
メルファを容易く引き上げるとベイカーは腰を落ち着けた
「わ、ちょいちょい、ベイカー!剣がこええよ」
「あ、悪い。よっと」
担いでいた剣を前に回し、馬にも配慮しつつ膝上に乗せる
「よし、それじゃ借りるよ。目的が果たせたら返しにくるつもりだ、それじゃありがとう!」
馬貸しに礼を言うと、馬をゆっくりと歩かせ始める
「方向はしばらくこのまま道なりだ、行こうぜベイカー!」
「…ずいぶんせっかちだな。俺に合わせてくれてるのか?」
「だって…早く助けたいだろ?幼馴染」
メルファの返事にベイカーは思わず笑みを溢した
「なんかおかしいか?」
「いや?ありがたいよ、でもまさか盗賊が親身になってくれるなんてな」
「まぁ…契約だからな」
それを言えばそうなのだが、ベイカーはその盗賊の契約という固い言葉に紛らわせたささやかな善意をかすかに感じ取りながら馬の速度を早めた
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同時刻 ルグリッド公国 王城内王室
まだ朝日が上り幾ばくかの時間が立ったばかりの静かな王室
とは言え耳を澄ませば、臣下や使用人と言った者達の足音ぐらいは聞こえてくる頃合
ルベリオはとうに目を覚まし椅子に敷かれたクッション、その上で傷を癒すロワールを見つめていた
ベイカーがロワールの背に乗り、王城を後にした直後にはロワールの迎えをサウス・リームに走らせていたため
すぐに王城に帰還させることができ、安静にはしなければだがリーダに魔力を分け与えられることで傷の治癒も問題なく快方へと向かっている。
〈コンコン〉
と軽くも通るノック音が響く
そういう所作にも人それぞれの違いが出る
ルベリオはそのノック音、だけではなく普段通りの時間。
習慣づいている来訪からそれがリーダ・バーンスタインだということがわかっている
「開いてますよ、どうぞ」
すぐに静かに扉が開き、銀髪の女性が一礼ののち入室してくる
「おはようございます、陛下」
「おはようございますリーダ、今日もよろしくお願いします」
ルグリッド公国王 ルベリオ・ウェイヤード
若くして国王の座を継ぎ、困難に相対しながらも懸命な、愚直なほど真っ直ぐな心、その姿勢に公国の民たちから信頼を寄せられている
だが勿論、それを支える存在がある
「公国王は剣と書を持っている」と囁かれる二つの存在
先代国王ハーディン・ウェイヤードの代からその補佐として、又国務に関わる大臣として大きな役割を果たしてきたイグダーツ・バルシュ
豊富な知識と柔軟な思考はルベリオに多大な知見を与え、王たるものに必要な知恵を、世界の情勢をその傍らでルベリオに教授し続けており、ルベリオの聡明さを形作り今も尚尽きることのない知識を与えつづける「書」
そして
リーダ・バーンスタインは常にルベリオを守る「剣」としてやはりそのそばで光り続けている
対人、対悪魔、どちらに対しても一騎当千の剣士と他国にまで響き渡るその剛剣
守るというその理由が主従関係を越えたゆえのものだと知るのはごくわずか
その「書」と「剣」があるからこそ、一度は窮地に立ったルグリッド公国が幼かったルベリオを王座としても尚四大国の威光を保てている
それを携えることのできる「器」をルベリオが持っていると皆が期待している、というのは間違いない
「ロワールはいかがですか?」
「落ち着いて来たみたいです、リーダが魔力を分けてくれたから…本当にありがとうございます」
「いえ、魔力なぞ自然と集まります。それに…ミザリーの行方を追うために無茶をしてくれたのですから」
「みんな気持ちは同じですよ、今は…ベイカーに任せるしかないと言うもどかしさも…」
「それでも私達にはできることもしなくてはいけないこともあります。前を向いて。」
「はい!俯いてたら、笑われますからね!」
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三年前
同じ場所でミザリーとベイカーはリーダ、ルベリオ、イグダーツへとベイカーへと話した内容と同じ話をした
ルベリオは驚いていたが、リーダやイグダーツはベイカーの補足説明を受け、悪意に満ちた魔力の濾過、その必要性を受け入れなければならないと険しい顔をしていた
「私は…分かった。でも私は陛下の護衛に尽力しなければいけない身、眠るにしても可能なら限り近くに…」
リーダが言いたいのはつまり、寝ているミザリーも護衛対象としたいので近くにあってくれということ
だがリーダがそう言い出すことを想定していたミザリー
『だからここで寝たいの。イグダーツさん、場所借りられない?』
「もちろん、幾つか候補があります。後でご案内しますので選んで頂きそこを陛下の権限で機密とすればよいだけですから」
許可をとるようにイグダーツがルベリオを見やる
イグダーツにとっても親友であったハーディンの娘であり、その立ち振る舞いに存分にその面影を感じているからかどうにもミザリーに甘い節がある
「構いませんよ。近くであるなら、そこまで寂しくないかもですね。でもベイカーは…」
ベイカーは寂しいんじゃないのかと少しニヤニヤしながらルベリオが伺う
「ああ、僕も…修行したいんだ。どこかあてとかないかな?」
予想外の言葉に三人が一斉にベイカーを見た
「ベイカー…本当ですか?」
「男としてやんなきゃいけない時がきたってことさ。」
『天下無双になっといてくれると助かるわね』
「高いよ…ハードルが…」
「本気なら…あてはあるわよ」
リーダが顎に手をやりながらベイカーを見る
どこかその覚悟を値踏みしているかのような視線
「本気だ。僕は強くなりたい…もう見てるだけはごめんだ」
「…分かった。手配しておくわ」
「リーダ…あてって…あっ!そうか…ダラム王…」
ルベリオもリーダの言うあてに思い当たりハッとする
『どなた?』
「君ねぇ…会ってから一年経ってないのに、ハイゼン武国の王様だよ。……え?ハイゼン武国?あてってダラム王が?」
「ええ、ハイゼン武国は兵士の戦闘力にかけては随一、ダラム王も現役でいまだ前線に出ておられる方…あなたの望むだけのものは得られると思う」
『現役…確かに熊みたいだったものね。強そうだわ』
「いや、強いんだろ実際。ハイゼン武国に修行か…」
「武国は新兵の養成にも力を入れているし、切磋琢磨するにもあそこはダラム王の威厳や人柄もあって志願するものも多い。公国は、まだそこまで兵の養成に力を入れられていない。その体制が揃うまで待つのも惜しいでしょ」
『だいぶハードな選択になりそうね、ビー。どうする?』
「行くよ。ラビ、悪いけど手配とか…甘えていいか?」
「当たり前じゃないですか!…でもベイカーまで居なくなったら寂しくなりますね。」
やはり、まだ幼いルベリオにとって親しい人と距離を置くことは寂しいことなのかもしれない
しかし、それをする理由が理解でき受け入れなければと思っているからこそ堪えているのだ
「ラビが三年でどんだけデカくなるか楽しみだ」
ポンポンとルベリオの頭を撫でるベイカー
ルベリオの気持ちを察しての行動だ
「…へへ、ベイカーよりおっきくなってるかも知れませんよ?」
『それは…あるわね』
「なんでラビの味方なんだよ。僕だって伸びるかも知んないだろ?なぁリーダ、イグダーツさん」
「ベイカー…それはあるわよ。」
「陛下はこれから成長期ですからね、十分に可能性としてはありますよ」
「なんか忖度してないか?見てろよ…四人とも。」
なぜか分が悪い勝負になってしまったが、ベイカーは身長を伸ばそうと心に誓った
『ま、そんな訳でよ。色々任せるわよ、お姉ちゃん?』
〈ふぉんっ!〉
姉とは認めていても、初めてリーダを「お姉ちゃん」と呼んだミザリーの言葉にリーダが風を切るほど凄い速度で振り向く
「ええ…あなたのことも、陛下のことも私が必ず守り抜いて見せる。」
『ラビのことだけでいいわよ、私は寝てても身体硬いんだし平気。』
ミザリーはすっと立ち上がるとリーダに歩み寄り、そしてそっと抱き締めた
『でも自分のことも大切に守ってね、それだけはお願い』
つい先日の戦いでリーダが自身の為に無理を通し、結果的に戦いに勝利したもののその身体は重傷を極めた
魔力があるゆえ治癒能力が高くとも、自己犠牲を厭わないリーダの性格にミザリーなりに思うところがあるのだろう
リーダもその気持ちは分かるはずだが
「あ…………」
なぜだかミザリーに抱き締められるままに、固まってしまっている
思えば、確執が消えてからはミザリーと会話こそ幾つも交わしてきたものの
そういったふれあいは未だこの姉妹にはなかったのだ
そもそもがリーダはふれあいとして記憶にあったのが幼い頃のアリスとのものだけ
つまりは約20年振りのふれあい
勝手が思い出せず、どうすればいいのか分からず固まってしまったのだろう
そんなリーダに
「リーダも抱き締めてあげればいいんですよ」
と助け舟を出したのはルベリオだ
姉妹同士、家族同士のふれあいを感じてか嬉しそうに顔が綻んでいる
「…わ…わかった、陛下も自分も…でもアナタも守る。守るから」
リーダは真綿を扱うかのようにミザリーの背に手を回し、その抱擁を受け止めた
『ラビもイグダーツさんもリディが無茶しないようにお願いね?イグダーツさんはラビのこともお願い、みんなにみんなの事を頼みたい。…ねぇちょっと動けないわよ、リディ』
思わずガッチリホールドしていたリーダが慌てて手を離し、姉妹の和やかな抱擁が終わった
『…ホントはもっと皆と過ごしたいんだけど、少しのお別れね』
「なぁに、本当はミザが一番寂しいってんだろ?わかってるって…ぐふっ」
ヘラヘラしているベイカーの脇腹にミザリーの肘が刺さる
『アンタだけはひと言多いのよ』
照れ隠しの憤慨をしながらもベイカーの前髪の一部
先日から急に金髪となった部分に視線が合う
『まぁ…みんなの成長も三年後のお楽しみよ、でもビーはどう思うかしらね』
ミザリーは自分の掌を広げてそこに視線を落とした
「なんそれ…どういう意味?」
『お楽しみだって、でも三年後もこうやって前見て生きてけたらって思ってる。だから…元気でね』
まだ日が高い昼下がり
窓から差し込む光は十分に明るいものだった
だが、それより眩しいとさえ思えるほどにミザリーは四人に向けて優しく微笑んだ
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そして現在
「それでなにかほかにできることがありますか?」
ルベリオがリーダに尋ねる
とはいっても、王であるルベリオがバリオール奏国に赴くのは急務が過ぎる
それに現実、いまだ敵の正体もその断片すら見えてない状態で赴いてもできることはない
バリオール奏国へのベイカーへの協力要請の書面は既に伝書鳩にて出立を済ませたこともあり、今可能なサポートは終えてしまっている
ベイカーの動きや報告あってこそ初めて対応ができるものもあるが未だベイカーからの連絡はない
つまりルベリオやリーダは完全に「待ち」の状態をやむ無くされている
公国の兵を派遣することも考えたが、国と国の関係を不用意に荒立てる可能性もあり今の段階、そこに踏み切れないとの結論も出ていた
しかし、待ちの状態でのもどかしさは払拭しきれない
ルベリオは案や策を考えることを止められないでいた
「一つ…思いつくことはあります。直ぐに動き出せるものではありませんが、今から手を打っておけば、肝心要な状況の際には間に合ってくれるかもしれません」
リーダの言葉に、ルベリオは頷いた
「聞かせてください、やれることは全部やりましょう。」