愛が呼ぶほうへ
「…という訳だ。
公国からの客人である貴公に随分仕事をさせてしまったな。」
魔界の門が開き、そして破壊された事件から4日後の事
バリオール奏国 王都ニブルヘイズ城
その広間にてベイカー、ミザリーは女帝ナルスダリア・エルリオンから後の顛末を聞いていた
事の発端となった、バリオール奏国の過去の悪習からの復讐者イグリゴリは
その団長であるディエゴ・エルゲイトの投獄をもって解体となったこと
魔界の門が開いている間に世に放たれた大量の悪魔達は、その大半がドライセン護国から援軍として加勢した
クロジア・レンブラント、ガゼルリア・テンパラントの両名によって大半が駆逐され
その駆逐を逃れた悪魔も王都ニブルヘイズにてナルスダリアが軍を率いて掃討に当たったため
ごくごく少数が世に放たれたという被害で収まっていた
同様にナルスダリアの機転により、ルグリッド公国から援軍に駆け付けた、基ナルスダリアの悪魔マカブルによって連れられてきたリーダ・バーンスタインも
ミザリーの無事を見届け、ひとしきり別れを惜しんだ後一足先に公国へと帰って行った
「ディエゴ・エルゲイトに関しては…こちらの質問にはつつなく答えているし、状況の修繕に対して協力的な意思も見せている。
だからと言って罪を償わないということもなく、自ら投獄と処罰を望んでいる。
そして…どれだけ時間がかかってもその後、生きると言うことをやり直してみたい。とな。
それを伝言として貴公らに伝えてくれと言付かっている。」
『それは結構なことね…ねぇ、ビー?』
ミザリーが訝しげな顔で横のベイカーを肘で突っつく
「いったいって…どしたんだよ?」
あまりの重傷に身体中包帯まみれのベイカーだが、それでも修行で培ったタフネスがあるのか
もう歩いて移動することに負担はないようだ
『私の目がおかしいの?』
こそりと耳打ちしてきたミザリーの視線の先には
2人の双子の兵士が直立したまま微動だにしていなかった
ヴィンセント・ヴァレリ、そしてディルミリア・ヴァレリ
盲信すぎるが故に結果としてナルスダリアの前に立ち塞がったヴァレリ兄弟だが、変わらずナルスダリアに仕えているということは許された、ということなのだろう
「双子なんだよ、双子。」
『へぇ…あんなに似るもんなのね。』
人の身体を取り戻したミザリーは、3年ぶりに目を覚ましたということも重なってかどこかはしゃいでいるように見える
まるで幼い頃の無垢な頃のようで、年相応の端正な出で立ちからするとなんだか微笑ましくさえある
「ミザリー・リードウェイ、君にも迷惑をかけただけではなくことの収束までベイカー共々本当に手間を取らせた。
申し訳ない、そしてありがとう。なにか私に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ」
『ああ、別に…あ、なら今度皆でお茶でしましょ、リディやガゼルリアさんとかとお茶会してみたいの。』
「…強すぎるな。」
単純に戦力としての感想が出てきてしまったベイカーだが、よくよく思うとそういう提案ができるようになったと思うとやはり微笑ましい
「ふ、面白いな。君たちは…ああ、いずれ機会を設けよう。必ず、ベイカー、貴公は?なにかないのか?」
「…1個だけ頼まれてほしい。これ…」
ベイカーは懐から一冊の本を取り出した
メルファから託された両親のことが書かれているというもの
「…これは?」
「メルファから預かってたんだ。…父親と母親のことが書いてるって、多分ディエゴがやり直すのに必要なんだってメルファは感じてたのかもしれない。
渡しておいて欲しい。」
「なるほど、確かに。私が引き受けたよ、ベイカー。」
「あ、公国に帰る手段っていうか船も手配してもらえないか?」
「それはいつでも言ってくれ、君たちが帰るタイミングで、最短で乗れる船のチケットを用意させる」
『もうちょい観光してもいいんじゃない?』
「したいんだろ?お手柔らかに頼むよ」
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その数十分後
ミザリーとベイカーは共に歩いていた
街並みを眺め、人の生活圏としては最も賑わっている王都のど真ん中
忙しなくも、人の活力というものが感じられて心地いい
『なんだか…久しぶりだわ。こんな感じ』
賑やかな街を行くことはあっても、人の身体でとなれぱ話は別だ
ミザリーは機械の身体になるまで田舎の村であるハンドベルから出たことがなく
公国の王都やドライセン護国、ハイゼン武国を訪れた際にはもう機械の身体だった
人の肌で感じる喧騒が心地好さそうにミザリーは手を広げた
『ふぅ…あっ』
息を吐いた後、ミザリーはなにか思い出したようにベイカーへと手を広げたまま向き直る
『感動の再会にハグでもする?』
「なんでよりによって身体中痛ましい今なんだよ…」
『なら感動の完治にまでとっておきましょ。ぁあ…風もいい感じね、ご機嫌だわ。』
そういって振り返るとミザリーはまた何かを見つけたように駆け出した
「…ミザがこうして笑ってられんのも。」
メルファのおかげだと、ベイカーは彼女を思い出しながら思った
彼女が残してくれた思いがミザリーに望めなかったものを叶えてくれた
恩に報いたくとも、もう彼女はいない
それでもベイカーは改めて決意したことがある。
「…生きるよ。メルファ、ミザと一緒に…」
ふっと零したのは無意識だったが、そこでベイカーは気付いた
「ダメだな…きっと、こういうのは伝えなきゃ」
『なぁに、ボケ散らかしてんのよ…』
未だに追いついてこないベイカーを見かねてミザリーが引き返してきている
「そんなに早く歩けないんだよ、ミザは調子よさそうだな?」
『ばちばちにね。…なんかあんた…』
不意にミザリーがまじまじとベイカーを見つめる
「なんだよ?」
『…でっかくなったわね。』
今更ではあるが、以前までは自分よりも背の低かったベイカーの目線が自身の目線より高いことに気づいたらしい
「今かよ、でもちょっとは男らしくなったっていうか…頼れるようにはなったろ?」
一瞬、不思議な表情を浮かべたミザリーだったがパッと振り向くとまた歩き始めた
「ミザ…?」
ベイカーの問いかけにミザリーは振り向かず言った
「…ずっとよ。」
その言葉の意味に気づくのに少し時間がかかった
非常にシンプルかつ、ベイカーには一番効く返事
つまり〈ずっと頼りにしている〉ということ
思わぬ返事にふっと笑う
だが放っておけばどんどん置いていかれることにも気付き
慌ててベイカーは歩を進めた
前に、進むために
2人で進むために
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# 7years ago
ルグリッド公国
王都ソーデラルから少し離れた村 エンパシー
王都に近いと行っても田舎と言って間違いないほど小さくのどかな村
今日もゆるやかな優しい日常が訪れていた
人口100人程度の規模ではあるが、王都が近いこともあって物流や人の流れもそれなりにあり生活に苦労することもない
相も変わらず、この世界には悪魔がいる
人を傷つけ、殺め、無作法に踏みにじる
それでもその被害に対する対策を国々が独自に発展させ続けており、少しずつではあるがその被害の規模は小さくなって来ている
国の軍だけでなく
それぞれの町や村も警護団などを結成したりと立ち向かう力や意志というものがどんどん根強く勇敢に広がっていることも功を奏している
公国の【金色の狼】や、護国の【ツガイの竜】、奏国には【女帝】など、悪魔を倒し人を助ける英雄たちのおとぎ話というか逸話めいた真実が、広がり勇気を与えているのだとも言われている
エンパシーに長く住んできた長老と呼ばれる翁も、そういうおとぎ話が好きなのか広場で良く村の子供たちに披露していた
といっても多くの子供たちは何度も何度も聞かされているため、話が始まるとすぐにその広場から立ち去ってしまったりしていた
だが、たった一人の少年は無垢な顔でそのおとぎ話をずっと聞いていた
その少年も何度も何度も聞いているはずではあるが、飽きもせずビー玉のような瞳を輝かせながら
ときに相槌を打ちながらその話を最後まで聞いていた
すっかり物忘れがひどくなったのに、おとぎ話だけはしっかり覚えているんだからと通りがかった人たちが感心している
そうしておとぎ話が終わったとき、長老は目の前の少年にこう問いかけた
「さて、君はこの村の子供だったか?名前は?なんというんだい?」
それも何度も聞いているのだろうがそんなことをおくびにも出さず少年は笑顔を浮かべて返事をした
『僕はアシュレイ!アシュレイ・リードウェイ!』
金色の美しい、しかしどこかくせっ毛のような髪を風に揺らしながら少年はまっすぐ前を見ていた
明日を、未来を、輝かしい日々がこの先にありますようにと願うように。




