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My Nightmare~Last Loaring~  作者: Avi
花の咲く意味
20/21

Empathy

何が起こったのか、理解し切れなかった


ベイカーは目の前で起こったことが、いや目の前に現れた者が本当にそうなのかと何度も目を疑った


それを思えど望むことが自分には出来なかった

機械の身体で生きることを決めたミザリーにそれを願うことが正しいと思えなかった


しかし


「…ミザ…なんだよな、本当に…」


唇が震えるほど信じ難いが見間違いではない

人の身体の、ミザリーだ


人としてのミザリー・リードウェイ


失っていたはずの彼女の姿がそこにあった


「でも…どうして…?」



【何故今になって人の姿に戻れる!そんなに甘いものではないはずだ…どこまで人の命を冒涜すればっ!!】


それはベイカーにとってもディエゴにとっても突然起こった疑問


ミザリーは自分の生身の両腕を見下ろしながら言った


『…メルファが私に与えてくれた。取り戻させてくれたのよ…人として生きる道を』


「…メ、メルファ…が?」


『フェンリルから話は聞いてた。膨大な純な魔力がある今ならウルベイル鋼を変質させ人の身体を取り戻せるって…でもそれには本来手に入るはずのないものが必要だった』


「手に入るはずのない…それって…?」


『肉体の情報よ。人の身体がどういうものなのか…よく分かんないけどそれがないと変質させられない。


それを…「代魔病」で肉体が魔力に変わったメルファ。

ビー、あんたの中にあったメルファの魔力が私に流れ込んで与えてくれたの。』


「…っ!…メルファ…」


ベイカーの瞳に涙が浮かぶ

アタシに任せとけ、そう聞こえたのはやはり幻聴などではなかった


「…どれだけ…俺は君に救われる…っ」


『…メルファから伝言よ。たった三文字のね…でもアンタならもうわかってるんでしょ?泣いてる暇は?』


ミザリーの言葉にベイカーは涙を拭う


肉体の情報で身体を取り戻す

それが事実ならば、現に事実として目の前にミザリーは人の身体を取り戻している


ということはメルファの身体を蝕んだ〈代魔病〉

その治癒が可能性でなく、本当に実現できたかもしれない


メルファを、救えたかもしれない


そんな後悔が浮かぶ

だが同時に浮かぶのは彼女の笑顔だ


彼女ならきっと、そんなベイカーの後悔を望んではいない

身体が熱を取り戻したかのように急激に熱くなる


「ない…俺は…俺たちは応えなきゃならないんだ」


ベイカーは力強い足取りでミザリーの横に並び立つ

そして二人はヴァナルガンドと化したディエゴへと真っ直ぐに視線を向けた


『想いが…私たちの中にある。

メルファの最後の叫びは私たちの中でずっと響く、それが私たちの力になる。


ビー!!』


「ああ!」


ベイカーの返事にミザリーはふ、と笑うと翠色の瞳で真っ直ぐに前を見つめ



『さぁ…生きるわよ!』



〈生きろ〉と叫んだ彼女の言葉は響いて消えない

消えていいはずがない、それも彼女が生きていた証明なのだから


〈パチンッ!〉


ミザリーが指を弾くと生身の身体でも変わらず


光る三つ編みが〈バチチチチチチッ〉と電気を鳴らし発現する


ベイカーも倣って指を鳴らす


〈バチッ!!〉


とベイカーにも光る三つ編みが現れるが

もうその三つ編みの先に橙の光は灯っていない


メルファの魔力が、もうベイカーの中にないことを証明するように


だがそれを哀しんではいない


「(もう大丈夫だ!メルファ…俺はもう君に十分すぎるほど助けられた、力を貰った。


だから…心配しないで見ててくれ。記憶の中の君が…笑ってられるように、約束は果たす!!)」


メルファがくれた力は消えていない


【だが…だが人間になり弱くなった貴様がもはや私に適うわけがない!】


『人が弱いって?

私の目に映る人達は強い人ばかりよ、苦境に立って尚輝こうとして、咲こうとする。それを弱いって言うのならあんたには本当の強さが見えていないわ』


【そんな綺麗事を言えるのさえほんのひと握りな者だということも知らぬのだろう!


絶望から逃れたつもりだろうが…まだ我らの悲願は尽きない!】


〈ズァッ!!〉


鉄の鞭が脈打ちながらミザリーへと向かう


『久しぶりだけど…頼むわよ』


〈タン〉


と自らの腿をポンと叩く


生身の、人としての肉体


それと同時にうねりを上げる鞭がミザリーの立っていた位置に着弾する


〈ズシャズシャドシュ!〉


地面を菓子のように削る音が響くがミザリーの姿はもうそこに居ない


【なに!?】



ディエゴが注視していたにも関わらず捉えられない

その姿を完全に見失ってしまっている


速い、さえ表すに足りない


『こっちよ』


聞こえたのは背後、それもあまりに近い

その距離にミザリーが居るのに関わらず自動防御するはずの魔女の檻の鞭でさえ反応が遅れる


〈ズザザザザザザッ!〉


完全に後手に回る鞭は地面を削るに従事してしまっている


【バカなっ!機械の身体ならばいざ知らずなぜ人の姿でそこまでの速さを…っ!】


ディエゴの疑問は最もだ

あまりに早すぎる駆動は、生身の身体には抵抗や反動が大きすぎる

筋肉や腱がそれに耐え切れるはずがない


〈タッ…タッ〉


鞭さえ振り切る速度のミザリーが速度を緩め、ディエゴの前に姿を表す


【…まさか…貴様は…?】


『ええ、人間よ。でも限りなく悪魔に…フェンリルに近い、人の肉体を持った悪魔みたいなもんよ。』



それは完全な同調を意味する

世界を駆ける狼である悪魔〈フェンリル〉と人である〈ミザリー・リードウェイ〉


余りにも特殊な条件が重なったためにその前例は過去数千年の文献はもちろん事実的にも存在しない特殊事例


詰まるところ今のミザリーは悪魔が己の能力をいかんなく発揮している、というだけ


肉体への負担などそもそもがない


狼の能力を狼が振るって、その脚が折れるはずがない


そして今のミザリーには濾過された莫大な、それも純な魔力に満ち溢れている


『一気にいくわよ!ビー!』


「ああ!」


目配せも、合図も2人には必要ない

幼い頃から共にある2人は互いの間に絶対的な信頼関係がある


ミザリーならばこうする

ベイカーならばこう動く


どう考える、なにを思う、そこに齟齬はない


「(ミザなら…とにかく突っ込む!なら!)」


ベイカーはダイバーエースを握りディエゴへと切りかかる


【小僧がっ!死に体が調子に乗るな!】


「小僧でも分かることがあんたにはまだ分かんないのかよ!」



〈ギィンッ!!〉


光る三つ編みで機構剣ダイバーエースの峰を抑え込むようにして斬りかかる


ディエゴは槍を掲げそれを防ぐが弾き返すことができない


【(なんだっ?この小僧…まだこんな力がっ!)】


光る三つ編みとの連携でパワーはかさ増ししていると言ってもベイカーの身体は満身創痍でも言葉が足りないほどの重傷


容易に振りほどけないその力の正体がディエゴにはまだ気づけない


「何度だって言うぞ!あんた、メルファの父親なんだろ…そんな大切なことからまで目を背けんのか!!」


【私が目を背けているだと…!ふざけるな!私はメルファの父親だ!目を背けているなどよくも!】


「だったらなんで、今してることが彼女が望まないことだって分からないんだ!望んでることをしてやれるはずなのに、しないのは目を背けてるから以外にあんのかよ!!」


【小僧っっ…ッ!フェンリルッ!!】


ベイカーがディエゴを御している間にミザリーはディエゴの背後に回っていた


剣を、スカーレッドを掲げている


狙いはディエゴの背中というわけではない

その背後にある6本の鉄の鞭


つまり〈魔女の檻〉の力


『ウネウネウネウネうっとおしいのよ!』


〈ブワッッ!!〉


掲げた剣から翠色の炎が巻き起こる


ミザリーの剣スカーレッドは竜人の悪魔〈アニマ〉と化したクロジア・レンブラントから譲り受けた魔器


本来ならば魔力を炎に変えて纏うものだがミザリーはそれに自身のフェンリルの魔力を混ぜることによって翠色の炎を纏わせる


つまり炎の性質を持ちながら〈変質〉を促すことができるというテクニカルなもの


しかし、ミザリーはそれによってどういう効果を得られるかを認識している訳では無い


以前〈ナベリウス〉に取り込まれたガゼルリアを救出した経験から


ディエゴから〈魔女の檻〉を引き剥がすことができるのではと思ったに過ぎない



〈ギャァンッッ!!!〉


振り下ろされた剣が防御体制をとった鞭と激突する


削り合うように火花を散らすも

翠色の炎が鞭を伝い、ディエゴの本体へと走る


【ぐぅ!舐めるなぁっ!!】


それが自身にとって不都合という予測からか


〈ガンッ!!〉


とベイカーを力任せに弾き飛ばしミザリーへと手を向ける


それを合図に赤い結晶が一斉にミザリーへと向かう


『つっ!くそっ…』



〈ギンッ!!!〉


鞭への攻撃を切り上げ、ミザリーが数歩下がり距離を取る


『平気?』


ミザリーがちらとベイカーに気を遣う


「ああ…それより、鞭もチャフも厄介だ…ディエゴを無力化すんのも楽じゃない」


『あの鞭も硬すぎて切れやしない、チャフに至っちゃどうしようもないわ。


私の炎で焼けると思う?』


「ミザの炎は変質を促すもんだから、個の悪魔には効果は薄いと思う。

多分あのチャフにはナベリウスの意思があって独立してる、魔女の檻の鞭も多分同じだ。


つまりあの鞭とチャフはそれぞれ独立してる悪魔と思った方がいい。」


『まぁ武器でしかないって思っとくわ。結局本体叩くしかないってことね…ん?』


ミザリーが異変に気づく


魔女の檻の鞭が空へ伸び行く

合わせてナベリウスのチャフも空へと舞い上がっていく


その向かう先は〈魔界の門〉が不気味に脈打っている


だが正確には


【餌ならば幾らでもある…幾らでも沸いてくる。

力を取り戻せ!魔界の覇者達よ!!】


ディエゴの叫びが号令のように響くと


魔女の檻の鞭が〈魔界の門〉より溢れ出す悪魔を絡め取り、〈ナベリウス〉のチャフが同じく悪魔らを包み込み


力を、吸収している


「なっ!?」


鞭とチャフそれぞれが正しく独立した悪魔のように無数の悪魔らを淡々と吸収している


『私らを放っておいて食事なんて舐められてんわね!』


〈ジャキッ!!〉


と大型拳銃マリーゴールドを構える


〈バチッ!〉


静電気が爆ぜる


魔力をマリーゴールドへと流し込んでいるように拳銃本体も電気を帯び始める


【邪魔は辞めて貰おうか、これ以上のな!】


そこにディエゴが槍を掲げ飛び込んでくる


『ちっ!』


〈ギンッ!!〉


即座に銃を引きスカーレッドで防御する


『まさかあの2体に餌食わせて復活でもさせるつもり?どうなるか分かってやってるの!』


【貴様らこそまだ理解していないのか、私はこの世界を一度混沌に落とす。そのために必要なことだ】


『いつまでそんなことっ!』


〈ガチガチガチッ…〉


合わせた剣と槍が金属音を鳴らす


【いつまで邪魔をする気だ。いかに貴様らが力を持とうが、我らの悲願を止められるものではない!


いかに力があろうが如何ともし難いことがあるのだ。いい加減気づくがいい!


ツガイの竜が貴様らに助力しようが!それでは我らを止めるに至らない!


見ろ!魔女の檻が…ナベリウスが…贄を喰らいて顕現する様を!!】



空を待っていたチャフが、多くの悪魔を取り込み喰らい突如脈動を始める


チャフだけではない


同じく悪魔を喰らっていた鞭も6本全てが絡まり始め


人の形をなし始める


荒いやすりを擦り合わせるような嫌な気配


そして


〈ズァアアァァ…〉



張り詰めた空気を引き裂くように


空に2体の悪魔が、現れる



男女どちらとも取れる姿の赤い天使


〈妖魔ナベリウス〉


そして機械仕掛けの魔女を模した人形


〈魔女の檻〉と呼ばれた母たる魔〈ナラ・ガーベラ〉



巨悪、大悪、全ての憎悪、嫌悪を形にしたような歪な存在感が並び空にある今


世界が地獄へと近づいた


否、もはやすでに地獄の底へと変わったと言っても決して過言では無い



【ははははは…これで世界は終わりだ。形を成した奴らを止められるものが私以外この世にあるものか!


いかにフェンリルであろうとこれを打破するのは不可能だ。


ナベリウス!!ナラ・ガーベラ!!


世界を…まずはこのバリオール奏国を壊せ!!】



〈キャキャキャキャキャッ!!〉


無垢な子供のような笑い声をあげながら肉体を取り戻したナベリウスが舞う


どうやら本来のナベリウスではなく、あくまでその魔力を持っている疑似的な存在ではあるらしい


眷属という主従関係があるように見え、ディエゴの命を受け


王都ニブルヘイズへと振り返る

命令通り、バリオール奏国を破壊するために


『くそっ!あのお化け…っ!』


ミザリーがナベリウスを止めようと駆け出そうとしたが、足を止める


ベイカーも同じく感じたその気配が、そうさせた



ナベリウスが振り返った目前に〈彼〉が居たからだ



触れる空気さえ燃やすような煉獄の炎に包まれた

竜人の悪魔〈アニマ〉


クロジア・レンブラントだ



「まさか…こんな機会を与えて貰えるとは思わなかった。


ミザリー!ベイカー!

こいつは…こいつだけは僕にやらせてもらう!」



ナベリウスに因縁があるクロジア

数年前の事件にて、最愛の人であるガゼルリアを傷付けたナベリウスを


当時は力が足りずにミザリーに討伐を託す事となったが、それでもどこか禍根は消えなかった


自分で決着を付けたいという気持ちがどこかに根付いていたのだとクロジアはナベリウスを目にした時に気づいた


そして今が、その時だと


「消し炭にする…二度と貴様に誰も傷つけさせない!奪わせない!!」


〈バサッ!!〉


と炎を散らしながら翼を広げると

そのまま剣をぶつけながら大きく弾き飛ばす


『任せたわよ!クロジアさん!!』


クロジアはミザリーを見ると

その生身の腕に驚きながらも軽く微笑んだ


悪魔の姿でありながらもそれを感じられた


「…君たちの身に起こることならもう何も驚きはしないよ。


ナベリウスは任せてくれ。すぐに…片付けてくる」


〈バサッ〉


と翼を翻すと自らが弾き飛ばしたナベリウスの方へと猛然と羽ばたいていく



【ふん…ナベリウスを抑えられると思っているのなら安い計算だ。まだこちらには私とナラ・ガーベラが残っている。


挙句無数の悪魔も続々と現れている。


如何ともし難い戦力差はまだ埋まらない、埋まることはない。】



「さて、それはどうだろうな?」



突如凛とした、力強い女性の声が響く


ベイカーが振り返った先に居たのは

自身との戦闘で多少の怪我は見られる、だがそれをものともせず堂々たる振る舞いでこちらを見やるナルスダリア・エルリオンだ


「ダリア!?…なんでここに?」


「ベイカー…無事…ではないが存命で何よりだ。そして…」


チラとミザリーに視線を向ける


「貴公がミザリー・リードウェイか、なるほど。大した器だと見るに明らかだな…」



『どうも…どなた?』


気圧されるではないがナルスダリアの貫禄に只者ではないという予感ぐらいはあるのか


ミザリーがベイカーに視線を送る、誰だこの人は?と


「バリオール奏国の王様、ナルスダリア・エルリオンだ。ミザの捜索にも手を貸してくれたり…とにかく色々手助けしてくれてる。」


『へぇ…女性の王様ねぇ』


「…さて、ディエゴ・エルゲイトだな?随分様変わりしているようではあるが…やはりここまでの事を起こしたか」


【貴様…ナルスダリア・エルリオン。今更現れるとは随分ごゆるりとしたお出ましだな…助太刀と言ったところか?】


「無論、この国の未曾有の危機だ。私が動かない訳には行かぬだろう、だが私が為すことはあの竜人の悪魔を躱し王都へ向かった悪魔共を殲滅するという一点に尽きる。」


【はっ、つまり我らと魔界の門には手が回らないということでは無いか】


未だに健在のヴァナルガンド

更には〈魔女の檻〉ナラ・ガーベラと魔界の門


それらを捨ておいて王都の守りに専念するというのは勝気なナルスダリアらしくはないのかもしれない


だが、それは正確ではない

あくまで


「役どころというものがあるのさ。ディエゴ・エルゲイト、貴公の事はベイカーとミザリーに任せている。」


【ならば何しにここに来た…絶望を拝んですごすごと逃げ帰るためか?】


「助力に来たというのは間違いない。だが私が此処に来たのは…連れてきただけさ」


【なに?】


「…マカブル。」


ナルスダリアが自身の使役する悪魔の名を呼ぶ


黒い大鰐の悪魔〈マカブル〉

その能力は場所と場所を繋ぐ、そのために必要な条件はナルスダリア自身の訪れた場所でなくてはいけないという1点のみ


つまりナルスダリアがここに現れたのは、〈ここ〉に連れてくる必要がある人物をここに呼ぶため


〈ドプンッ〉


とナルスダリアの前方に黒い水溜まりが現れる


そしてその中から何かが飛び出してきた



「私は此処に、研ぎ続けた牙を振るうのを今か今かと待ちわびていた〈猛獣〉を連れてきたのさ」



『っ!この感じ…?』


黒い影が〈魔女の檻〉へと猛然と斬り掛かる


〈ギィィンっ!!!〉


と魔女の檻の鞭と剣を合わせ火花を散らしていたのは黒い出で立ち


そして出で立ちと相反するように、白銀に輝く髪をたてがみのように揺らす


公国最強の剣士


『リディ!?』


ミザリーにあだ名で呼ばれる


公国にいるはずのリーダ・バーンスタインだった


「ミザリー…無事でよかった。」


親愛なる妹であるミザリーの無事をどれだけ願っていたか


心から零れた言葉にそれは現れていた


「…ベイカー!心から貴方に感謝をするわ、こいつは…私が抑える!!」



〈ギィンッ!〉


「エルリオン王、私とコイツを!」



「ああ、心得ているさ」


ナルスダリアが応えると魔女の檻とリーダの足元に黒い水溜まりが現れ


〈ザバァンッ!!〉


とそのまま飲み込んでしまった


『リディ…!』


「別の場所に移しただけさ。あの竜人の悪魔同様、人払いをしてくれたと言ったところだろう…さてベイカー!

私はニブルヘイズに戻り悪魔の襲撃を抑える、ディエゴ・エルゲイトは貴公、いや貴公らに任せる。


それでいいな?」


「ああ!」


ベイカーの力強い返事を受け取ると

ナルスダリアはふ、と笑い


自身も同じように黒い水溜まりに身を落としその場を後にした



広場に残されたのは


ミザリー・リードウェイ

ベイカー・アドマイル


そしてヴァナルガンドと化した


ディエゴ・エルゲイトの3人



『どうも計画とやらが狂ってきたんじゃないの?』


【何も変わらないさ、ナラ・ガーベラとナベリウスを抑えるなどが真に叶うと思っているのか?


私を貴様らが倒せると思っているのか?】


『あの二人が負けるなんて思ってはないし、アンタを倒すことが重要じゃない、でしょ?ビー』


「ああ、俺はアンタを…殺したくない。」


【そんな甘い覚悟でイグリゴリの悲願を止めようなどどが侮辱以外の何である!!】


「そんなことどうだっていい!!俺はメルファに父親まで失わせたくないんだ!


これ以上彼女が何か失うなんてあっていい訳ないだろ!」


【…もはや交わす言葉は平行線、だな。地獄で話し合いなどと喜劇にもならん…行くぞ。】


聞く耳持たず、と言った反応は変わらない

だが微か、微かに言葉が歪んでいるような気配


『…ビー…』


「分かってる…戦おうミザ、今は…それしかない」



3人を、まるでピアノ線を張り詰めて繋いでいるような緊張感


張り詰めすぎて震えているその細い、鋭い糸が


弾けた



三者が同時に地面を蹴り

何度目かも分からぬ開戦


しかし状況は変わっている、ディエゴから魔力が独立してしまったために鉄の鞭もチャフである赤い結晶もない


シンプルにディエゴの武力と魔力との戦い


酷なことではあるがベイカーに余力はもうない

立っているのがやっとのはず、否、立つことさえままならないはずのベイカーに剣を握らせ走らせているのは気力という他ない


ゆえに実質はミザリー対ディエゴの様相を呈す


ディエゴはもちろんのこと

自身の身体のことを理解しているベイカーも自分を戦力としては微々たるものだと自覚している


たった一人ミザリーを除いて


〈バチッ!!〉


『(ビー…』



ミザリーは想った


あなたが居なきゃ私は化け物だっただろう


私は悪魔だっただろう


機械の人形だっただろう


孤独さえ、死さえ怖くなくなっていただろう


でも


あなたが居れば私は人間になれるだろう


そうありたいと思うだろう


共にありたいとも願うだろう


孤独も、死も、怖くても



終わりはあなたと一緒がいい、と望んでやまないだろう



『…だから!ここじゃ終わらない!』



「ミザ!飛べっ!!」


ベイカーの声が耳に届く


ミザリーは思い切り踏み込むと空へ跳んだ



同時に


「…スゥウゥー」


ベイカーが息を押し出すように吐き出す

その息は、白い


そして剣を掲げ、地面へと突き刺す


〈バキッ…パキキキキキキッ〉


そこを起点に円状に地面が急速に凍り始める



【なんだと!?小僧…まだ悪魔の力がっ】


あまりに急速に凍り始めたためにヴァナルガンドの足が微か止まる


【だからと言って私を氷漬けになどできはしない】


「そんなの分かってる!ミザ!火だ!」



思い切り跳躍していたミザが着地すると、軽く足が滑るものの


『っと、てことは』


〈ジャキンッ〉


素早くマリーゴールドのシリンダーを開き銃弾を交換する


〈ガチッ〉


従来マリーゴールドの弾丸はベイカーのオリジナルである〈タッチファイア〉という貫通性を度外視した、着弾と同時に小爆発を起こす対悪魔用のものが装填されている


それ以外にも状況に応じて弾丸を交換することで弾丸固有の様々な効果を発揮する


貫通性を極限まで突き詰め、硬い悪魔の外殻さえ貫く〈スコーピオン〉


そして今回装填された


『行くわよ!』


器用にヴァナルガンドの側まで走り込んできたミザリー


滑り込みながら近づくとその足元に銃を近づけ


〈ボォウオンッ!!〉


発射した


2m以上の爆炎を巻き上げたその弾丸は〈エキゾースト〉


銃口から飛び出す前に引鉄を引いた時点で爆発を起こす


超近接用の弾丸


無論ミザリーの生身のままでは火傷さえ無視できないものだが、それは魔力によるカバーで防御できた


〈ジュワッッ〉


焼け石に水をかけたような音

実際は氷に炎が触れた音ではあるが


起こる事象は同じ


強烈な水蒸気が吹き上がりあっという間にヴァナルガンドの視界を真っ白に染め上げる


【目くらましなどがなんの役に立つ!】


〈ズァッ〉


水蒸気の中から強烈な電気を纏う光る三つ編みの先が襲いかかる


【フェンリルッ!】


〈ガッ!!!〉


それを槍で防ぐが圧倒的な膂力を誇る三つ編み

捨て置けないパワーではあるが防戦一方とはならない


ヴァナルガンドからすればベイカーは死に体

ミザリーにだけ注意を払えば問題ないと考えてもおかしくはない


水蒸気で姿は見えないがその三つ編みがミザリーのものではあるということは明白かに思えた


〈パチッ〉


【姿見えなくとも三つ編みの先に貴様はいるのだろう!フェンリル!!】


〈ゾゾッ!!〉


ヴァナルガンドの模倣の魔力

それによってヴァナルガンドの背からも紫色の三つ編みが発現する


【生身の身体でこれが耐え切れるか!!】


〈グァッ!!〉


ミザリーの光る三つ編みを辿るようにヴァナルガンドの三つ編みがその元へと迫る



〈ドッ!!!〉


【手応えがありだ…!生身に戻ったのが運の尽きだったな】


見る見る間にヴァナルガンドへと迫っていた三つ編みの光が弱まっていく


三つ編みの主がダメージを負ったのは明白


【あの小僧共々…散るがよいさ…】



〈バチッ…バチッ!!!!〉


【…!?なに!】


木の幹が爆ぜるような電気の音が突然耳に届く


あまりの苛烈さに水蒸気が晴れていく


【なっ…!小僧っ…!!】


水蒸気が晴れたのち

ヴァナルガンドの三つ編みが捉えていたのは

先程まで彼に迫る強力な三つ編みを繰り出していたのは


ベイカーだった


満身創痍にも関わらず力を振り絞り、ミザリーだと錯覚させるほどの三つ編みを繰り出した


そして、その代償としてヴァナルガンドの三つ編みの攻撃を受けた


「…かっ…は…」


【馬鹿なっ!!なぜ死に体の貴様にあれほどの…】


力が出せたのか?

その問いに対する答えはベイカーは口には出さなかった


「(決まってる…カッコつけるためだ。)」



【だとすれば…フェンリルは!!】



〈ブァッ!!!〉


瞬間で周囲の水蒸気が全て吹き飛ぶ


ヴァナルガンドが捉えたミザリーは

体勢低くヴァナルガンドを指差し


その背後でやはり

光る三つ編みを後方に張り詰めさせ狙いを定めていた


【貴様ぁっ!!!やれると思っているのか!人間が!悪魔を超えるなどと!

怒りを…憎悪を…!抱え背負った業を、たかが人間である貴様らなどに!】



『越えるわよ、人は…人の想いは!

形なんてない想いだからこそ、その大きさってのは私ら次第なのよ!!』



_____________________


# ツガイの竜 サイド



【キャキャキャキャキャキャッ!】


赤い天使の姿を模した悪魔


妖魔ナベリウス


踊り子が踊るように舞っているその姿は異質かつ不気味


それに対峙するのは竜人の悪魔 アニマと化したクロジア


「以前戦った個体ではない、というよりかは自我を持ってない魔力だけの存在ということか。


だが、それでもお前だけは僕が…」


〈バサッ〉


「僕たちが、ね。私たちはツガイの竜なんだから。」


気配を感じて駆けつけたのか


テシルと呼ばれる竜に跨るガゼルリアがそばにきていた


〈ギャァォ!〉

〈グゥルッ〉


もう一頭のセシルと呼ばれる竜も追随してきており、揃ってナベリウスへと威嚇を始めている


「ガゼル…いや、そんなつもりじゃなくて」


「分かってる。でも私たちのためを思ってくれてるからこそ、私たちはあなたと共にありたいと願うのよ」


「ああ、その通りだね。僕たちが


お前にこれ以上誰かを奪わせたりしない!」



〈ゴォッ!!〉


決意を形にしたような巨大な火柱

豪炎の魔力がクロジアを包んだ



_______________________


# 無敵の姉 サイド


〈ザプン…〉


ナルスダリアのマカブルの力により

〈魔女の檻〉ナラ・ガーベラと共に

ミザリーらから数百mほど離れた荒地に転送されたリーダ・バーンスタイン


ナラ・ガーベラもナベリウス同様

意思を持たぬまでも、その魔力は強力なもの


並大抵の悪魔からは一線も二線も画す


しかしそんなナラ・ガーベラは警戒していた


目の前に立つ一人の人間に


「…特に語ることもないわね。ミザリーが無事だった…それに、あの身体…」


チラとしか見えはしなかった

しかしその腕は、恐らくその身体も生身のもの


何があったかは分からない


それでもそれが彼女にとって好事であることは分かる


考えたことがなかった訳では無い

しかし、それを口にすることがミザリーへの負担になると思い出来なかった


「本当に…良かった。


…さぁハイトイエイド卿の亡霊とでも言おうかしら。

残念ながらあなたを相手する時間さえ惜しい、私の可愛い妹の新たな門出にこの現状は相応しくない。


それを邪魔するならば〈神〉でも殺す


妹のためなら…私は無敵よ」



_____________________





『アンタに声を、想いを届けるためには!

まずはその紛い物の鎧をぶち壊す!』


〈バチバチバチバチッ〉


溢れ出る魔力が電気を帯びる


張り詰めたピアノ線のような三つ編みは遥か後方より剣を構え震えている


【フェンリルゥ!!】



『往け…声を!思いを届けるために…!!』



ミザリーが号令のように腕を振るう



〈チチチヂヂヂヂヂ…ピシャァン!!!〉


落雷のような轟音を鳴らしながら三つ編みは剣を引き寄せる


強烈すぎる電力での引力は超高速の弾丸のように剣を走らせる


3度目の擬似電磁砲

1度目は不発に終わり、2発目は魔女の檻とナベリウスによって阻まれた


しかし、今やその2体の悪魔はなく

ミザリーの魔力的にもそれらを遥かに越える威力を誇る


それが


3度目の正直ではないがヴァナルガンドへと突き刺さる



〈ゴシャァッッ!!!〉



フェンリルの尾を模した三つ編みで軽減しようとするがそれでは到底威力を殺しきれない


躱すにもあまりに早すぎる弾速ゆえ叶わなかった


【グゥァァァァッ!!!

こんな…っ、こんなところで終わって…終わってたまるかぁ!!!】


『…っ!』


意地というべきか、憎悪の爆発というべきか

ヴァナルガンドの力を振り絞りほんの僅か


ほんの僅かにその軌道をずらした


だが余りにも僅か過ぎた



【かはぁ…ぁ、はぁ…】


ミザリーの電磁砲は極わずか軌道を逸らしたからといって極端にダメージを軽減できるものではない


ヴァナルガンド、いや最早ヴァナルガンドとしての体裁を保つこともできない


悪魔化も維持できず、ディエゴ・エルゲイトとしての姿に戻ってしまった



【…忌々しいっ!!なぜ私が…敗北する!


なぜメルファが死んだままに、なぜ貴様が人の身体を取り戻すなどという不平等が許されるのだ!


貴様とメルファの何が違う!なぜメルファは幸せになれないっ!なれなかった!!】



『あんたが幸せじゃないからよ』



【…なに?】



『さっき意識の中で彼女に会えた。

彼女はビーの言っていたように、笑ってた。


涙を流しながらでも消える瞬間まで笑ってた。

私に肉体の情報を渡せば、本当に消えちゃうって分かってても…それでも笑ってた。


それがなぜか、あんたに分かる?』


【…そんなことになんの意味がある。死にゆく運命への…せめてもの抵抗だとでも言うのか?】



『違うわ。彼女は人の記憶の中にある自分の姿が、

誰かが思い出す自分の姿が笑顔であって欲しかったのよ。


残された人達が思い出す自分の顔が哀しくないように


笑ってる自分の姿を思い出してくれるようにって


そして、残された人達が自分の笑顔につられて…笑ってくれますようにって』



【…ッ!!】



その瞬間ディエゴの脳裏に浮かんだメルファの顔も、きっとそうだったのだろう


明らかな動揺がここに来て初めて捉えられた


そしてベイカーも


「…っ」


そうだと感じた

思い出すメルファはいつも笑っていた


長い時間を、死にいく運命と生きながらでも笑っていた


彼女の優しさは短い期間の付き合いでも身に染みている


メルファが本当にそう思っていたのかはもう確かめる術はない


だがそれでもこれ以上涙を流すことをメルファは望んでいないだろうと滲もうとする涙を堪えた



『あんたさっき言ってたわよね。

あんただけの躊躇いでは止めることはできないって


…躊躇ってた理由はそこにあるんじゃないの?』



【そうだとしても…既に私は完全な魔人と堕ちた!

魔界の門を開き悪魔を招き入れた!


止められないのだ!人の心などもはやこの魔の肉体に通ずるものではない】



『アンタに悪魔の力はもう使えない、だから今なら人としての気持ちをもう一度思い出せるんじゃないの?』


【…っ!】


ディエゴは目を閉じた

浮かんだのは


メルファだ


そして妻であるルシア・エルゲイト


3人は王都ニブルヘイズから遠く離れたノーズへッドの付近で慎ましく暮らしていた


何も特別なものがなくとも

〈フェンリル〉などというものなどなくとも


この家族というものが最も大切なものだと、それだえでいいと思えていた


しかし、妻であるルシアが病に伏した


心配ないと彼女は良く笑っていた

強がりだとも思ってはいたがその笑顔に助けられていた


思えば、その頃からメルファは良く笑っていた


ルシアも、メルファも良く笑っていた

太陽のように、眩しくて愛しい笑顔だった


いつだかメルファと話したことがあった


メルファはよく笑ってるな、と


返ってきた返事は子供らしくもあるがどこか優しくもあるものだった


お父さんが元気ないときでもアタシが笑ってたら、笑ってくれるでしょ?と



【…わかっている、いや…分かっていた。


だがそれでも…それでも家族は私の心だった。その心を失ってしまえば人は人でなくなってしまう。】



『居なくなればそれは終わってしまうの?アンタの心に…家族はもう必要ないの?』



【…必要だから…私は!】



「だったらあんたはやっぱり幸せになろうとするべきだ」


ベイカーが足を引き摺りながらミザリーらへ近づいてきた


『…ビー…』


ミザリーが慌てて肩を貸す


「惜しんだっていい…哀しんだって泣いたって後悔したって良いだろ?


でも俺たちは、残された俺たちは残していった人達にそんな思いさせないために前を向くべきなんだ。


俺は沢山の人達に力を貸してもらって、別れだって幾つもあった


みんなが居てくれたから大丈夫、なんじゃない。

今もみんなが見てくれてるから、俺は大丈夫なんだって。」



【…ベイカー・アドマイル。強いな、お前は…若さゆえか、これまでの出会いがお前をそうさせたのか…】



「アンタにも…もうそんな存在がいるはずだ。いっとき目を離してたものを…もっぺん見つめ直せ。」


『アンタもよ…わざわざ立って来てないで休んでなさいって…』



「悪いな…」



【イグリゴリという存在は私を長としているが、私が全てではない。


だが私という一個人は…負けたよ。

魔女の檻も、ナベリウスもな。


参ったな…いつか…妻と…娘にどやされそうだ。】


クロジア達、そしてリーダも

それぞれ対峙した魔女の檻、ナベリウスを倒した


それを意味している


そして俯いてはいるもののディエゴの目には

涙が滲んでいる、それだけは分かった



『ふぅむ…』


チラとミザリーが空を見上げる


残る問題は空の〈魔界の門〉



ディエゴを殺す、という選択は2人にはない


だとすれば


『ビー、休んでて』


ミザリーが、ベイカーを半ば強引に座らせる


「え?どうする気だよ?」


『壊すわ、あれ。』


ミザリーはそう言うと魔界の門に向かって歩き出した



『(父親って存在がどういうものか…私にはよく分からない。

幼いころから母さん1人で…私を育ててくれてたし別になんとも思ってなかった)』


ディエゴというメルファの父親、その存在に触れたことによりミザリーはこんな状況ではあったが


そうだと認識してはいなかったが

過去に王都で会った人物が父だとはなんとなく解っていた


顔も知らない

でもその人 ハーディン・ウェイヤードが自分の父親だということは確かな事実


国王だったと言われてもピンと来ない

ルベリオにとっての養父でもあり、話はよく聞いた


だがそれが自分の父親のことだと言われてもやはり素直に飲み込めなかった


『(でも母さんが愛した人、私の事も愛してくれた人、それなら今も私のこと見ててくれてるかもしれない。


国王として民を守った大鷲の賢王、だったっけ。


民を守るなんて大層な考えはまだ私には持てないけど


私は…守りたいものと思えた全てを守りたい!)』



ミザリーが両手を広げるとその両腕が淡い光を帯び


〈パチ…〉



そして、ミザリーは目の前を抱き締めるように腕を交わらせた



両腕が纏っていた光はその場に取り残され、そのまま肩から翼のようにミザリーの背に


花束が散らばったように

一つ一つの光が一枚一枚の花弁のように


翠色の翼がその背に燃えるように広がった



「…すげぇ…ミザ」


見惚れる、というのはこういうことかとベイカーはその後ろ姿に感じた


いや、正確には思い出した


彼女は常に誰かのために奇跡を起こす

その姿に何度も心打たれていたことを



『…大鷲だから翼ってこと?ふ…上等ね』


翼だけではない

狼の尾である、光る三つ編みもその背には漂っている


母と、父の想いがここにあるのだ


〈バサッ〉


〈タッ!〉


ミザリーはそのまま空を駆け始めた


飛んでいるわけではない、ミザリーのその翼はそういうものではないらしい


しかし、その翼はミザリーが空さえ走れるように

瞬間的に適した空間に魔力で足場を形成し続けているのだ


あくまでも走るのだ


彼女は〈世界を駆ける狼〉なのだから



〈ザッ!!〉



程なく空を走り続けると魔界の門を目の前にするところまできた


未だに脈動し続けている魔界の門


ディエゴを殺せば魔界の門は魔力の供給が止まる

裏を返せば魔界の門がある限り、これはディエゴから魔力を奪い続ける


『間近で見ても気分いいもんじゃないわね、めちゃんこ不快だわ…


よって、いや、よらなくても壊す。』


「ミザーッ!!!」



真下からの声にミザリーは声を荒らげる


『おとなしくしてなさいっつってんでしょ!』


「ミザ一人にかっこつけさせるかよ!


…使ってくれ!!」



ベイカーか剣を再び地面に突き立てると足元から再び凍り始める


「…ぐぅ!ぅおおお!」


〈パキパキパキパキ…!〉


見る見る内に巨大な10mほどの剣を形成する


絶対零度の超大剣


「…ぶはぁっ…」


その完成を見届けるとベイカーはその場に腰を落とす


「…行け!ミザッ!今回は…今回だけは譲るっ!」


拳を思い切り突き上げるとベイカーは笑った


『…ほんとバカね、ったく』



〈ビュンッ!!〉


三つ編みを伸ばし氷の超大剣を掴むと、それを遥か後方まで伸ばす


300、400、500mを超えた辺りで三つ編みはキリリと張り詰め出す


魔力を溢れさせ、張り巡らせ、気持ちを乗せる




『さぁ…グランドフィナーレってやつね!』



〈ふわぁっ〉


とミザリーの花弁の翼がより一層大きく広がる


ミザリーは指で銃の形を作るとそれを魔界の門へと

向けた



『これが人の気持ち、想い、願い、祈り、愛ってやつよ。』


銃の発射を真似るように、人差し指を跳ねあげると巨大な氷の剣は


音速、かつミザリーの莫大な魔力を帯びながら魔界の門に激突した



〈ゴギャァァァァッ!!〉



けたたましい悲鳴のような音を上げながら、魔界の門はどんどんその形を不定形に歪めていく


徐々に、徐々に、歪みを大きくし


皆が


ミザリーやベイカー、そして遠巻きにクロジア達やリーダか見守る中


その門は、門としての役割を終えた




『はぁ…なんか疲れたわ。寝起きにはハード過ぎたんじゃない?』


ミザリーがゆっくりと地上へと降り立つとベイカーはそれを突き立てた拳で迎えた


「やったな…ミザ」


『どこも壊れちゃいないわよ、大したもんでしょ』


〈コン〉


と拳同士を突き合わせると

ベイカーの目に涙が滲んできてしまった


生身であるミザリーの拳に触れ、温もりを感じたためにそれを実感してきたのだろう


身体を取り戻したことを


『なに泣いてんのよ、ばかね』


そう言っているミザリーの目にも涙が浮かんでいた


今まで機械の体であるがゆえに思えなかった、望めなかったことが溢れ出してしまった




これで私一人が残されることもない

私を残していくことに後悔し、涙を流す人の姿を見なくてもいい


どちらが先などの順番はあるかもしれない

それでも、それをイメージして最後の最後まで


寂しいも、哀しいも、もしかしたらそれなりにはあるのかもしれないけれど永遠に一人で生きるよりはいい


孤独に慣れてしまって、心を閉ざしてしまったりすることもない


共に過ごすだけの些細な時間を特別だと思えるように


愛する人と共に生きられる、と。

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